恥の文化と社会改革 | 自己超越から自己認識への導きサロン

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日本の文化と欧米の文化の違いについて、
あるHPに次のようなコラムが書かれていました。

日本人は「恥の文化」、欧米人は「罪の文化」といわれ、
恥の文化は人に迷惑をかけるような恥ずかしいことをしない、
ということを道徳基準とします。
一方、「罪の文化」では神と人間との関係を重視し、
宗教的戒律とか良心といったものを道徳基準とします。

ところで「人に迷惑をかけない」という道徳基準では、
今大きな社会問題となっている女子中学生の「援助交際」を
道徳的にもとる行為として非難することはできません。
「誰にも迷惑をかけていないよ」と反論されるからです。

また、人知れず、どこかで若者が自殺した場合も
「だれにも迷惑をかけない行為」として、
「恥の文化」では非難することは困難なのです。
この点、「罪の文化」なら、性と生命の尊さの根拠を示すことができる…

…と書かれてあり、なるほど!そうかと思いました。
簡単に言うなら「恥の文化」は人目を気にする文化であり、
体裁を気にする文化であり、
「罪の文化」の方は神の目を気にする文化と言うことができます。



タレントの美輪明宏は、日本人に身勝手な人間が増えた原因は、日本人に羞恥心がなくなったからだと言いました。


なるほど、羞恥心のなくなった社会では、女性が自分の体を売って、金を求めることに、「 恥の意識 」がなくなり、男が少女の体を金で買うことに「 恥の意識 」がなくなった。


では、本当に日本人には、羞恥心がなくなったのでしょうか?


私は、そうは思いません。


現代の日本人ほど、恥の意識を持った時代はなかったと思います。


ただ、昔の日本人と、今の日本人とでは、恥に対しする意識が違います。


昔の日本人は、目先の金を追い求める生き方に、恥の意識を持っていました。


今の日本人は、金の無い生活に、恥の意識を感じます。


金の無い生活に、恥の意識を感じた社会では、

●企業は、不正をしてまで、利益を求めます。

●大人は、自分の生活を守るために、会社の不正を改善しません。

●少女は、自分の体を売ることで、金を求めます。

●少年は、犯罪を犯してまで、金を得ようとします。


これらはすべて、現代風の日本の恥の文化です。



私は、日本社会に悲観的ではありません。


恥の文化を持つ日本人が、もう一度、人に迷惑をかけるような恥ずかしい事をしないという、道徳基準を持てば、日本社会は改善します。


「人に迷惑をかけていない」という道徳基準では、ライブドアの元社長堀江貴文のように、会社を大きくするために証取法違反をした犯罪者でも、その犯罪がばれなければ、会社を大きくし、社員や株主を儲けさせた大経営者として評されます。


子供を持つ親は、自分の子供をホリエモン(犯罪者)のようにしたいと思い、子供たちもホリエモン(犯罪者)みたいになりたいと言っていました。


目先の金を追い求める生き方とは、無意識に社会の秩序や子供たちの心を崩壊させます。


人々が、目先の金を追い求める生き方とは、未来の子供たちに迷惑となる、恥ずかしい生き方だとわかれば、正しいことをして金を得る努力をする社会に改善されます。






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