よくインターのエレメンタリーに通わせている知り合いから悩み相談を受けるのですが、
まず開口一番に、「英語と日本語ちゃんぽんになっちゃうの〜〜」

理由は分からなくもないです。

そして、ちゃんぽんになった方が自然な英語の取り入れ方だったのではないか?と考えてもみたことがあります。何事にもそうなる理由(短所長所)があるわけだから。


けれど、こうなる原因は、
英語でしかその言い方を知らない=英語が日本語より秀でてきたから、

なのではなくて、

英語しか分からない人に英語で話す、日本語しか分からない人に日本語で話す。
このルールがないから、な気がします。
それに、英語も日本語も分かる人に話すって正直、楽!なのもよく分かる。。あせる

ルールがルー語に見えてきた ^^; どうでもいいか 笑

別にバイリンガル同士、その会話で成り立つならちゃんぽんでも悪いことではないと思いますが。若者言葉みたいなものかと。

よく、言語習得では、一話者一言語と言われたりするがために日本の幼児英語教育、英語育児でもひとりの親が日本語と英語どちらも使って話しかけると、子どもは混乱するという人も…

我が家の場合は、もちろん国外在住でも、
親の母国語がそれぞれ違うわけでもないので、この言語習得における危惧は無視して
私が日本語と英語で話しかけたわけですが、


ひとつ決めごとがありました。それが

日本語と英語のちゃんぽん禁止

私が日本語を話す時に、英語の単語や動詞だけを混ぜない。
反対も同じです。

もちろん、私と息子が英語で話している時は
パパは日本語で話に入らない。
(この頃は英語を話しすぎて、居心地よい仲間、ばあばやじいじにも、無意識で英語で話している時があり、みんなに、何?日本語で言ってくれる?と言われていました^^;) 

当たり前に聞こえるけれど、実は気を緩めると 笑 大人はやってしまいがちかもしれないですよね(^_^;)


しかしこの状態の時に、ちゃんぽん禁止にすると、日本語も英語もどちらか一方の言語のみで考えるせいか、相乗効果で豊かになっていった!?気がします。
つまり、我が家のような家庭内での会話単位のちゃんぽん、さっきお風呂では日本語で、
寝るまでの歯磨きや読み聞かせは英語と言った、会話を切り替えるだけのちゃんぽんは
大丈夫。

日本語の一文に、例えば「そんなにgreedyなのは良くないよ、」と使う日本語と英語の単語ちゃんぽんは禁止。親が使わない。

とくに幼児期は、意識していました。英語を始めたばかりでも、日本語で英語を説明したり、英語を覚えてほしいがために、スクエアに折ってね、などしているといつまでも頭が日本語回路を使っているまま…
逆に同じことがインターの子が英語回路を日本語を話す時に使っているままな状態と同じことですよね。

皆さんは、どうでしょうか音譜