師走にお店で体験した
ふたつの出来事
とある会合での帰り道。都会に出るのは久しぶりだったのでBARでクールダウン。少しの間、まったりとした時間を過ごして、さて帰ろうとタクシーをお願いするとマスターは難しい顔をしながら「手配できるかなぁ」とひと言。
確かに週末ではあるけれど終電がなくなるような時間帯ではない。理由は最近、タクシーの迎車は携帯電話のアプリが主流となり電話の手配が難しくなっているらしい。そんな時代になっているのかぁ?と、少し疑いつつも数社が直ぐの手配は出来ないことを彼の電話のやり取りから悟り、時代も変わったもんだと私自身驚いた。
そもそも健脚でもない私が、徒歩で帰るには相当な距離があるので今夜はマスターのご厚意に甘えて、彼のアプリで手配して頂いた。彼は携帯電話を操りながらタクシーが今どこにいて、後何分で到着するのか、リアルタイムで把握できることをIT音痴の私に丁寧に説明。その後支払いを済ませる頃には、タクシーは店の近くに到着していたことを知った。どうも私は、世間の皆が歩く時代の道からずいぶん遠いところを歩いているようだ。
また別の日。遅い昼食をとるために、とあるチェーン店に入った。昼食のピークはとっくに過ぎているのに待合スペースには多数のお客様が順番を待っている。おかしいなぁ…と思いつつも備えつけのタッチパネルで順番待ちの入力を済ませると、横にいた年配の男性が(私も年配ですが)小声で「遅いなぁ、いつまで待たせんねん」とつぶやいたのが聞こえ、そのとき初めて異変に気づいた。
店内に着席しているお客様はまばらで、調理以外の2人の店員さんは、レジ周辺で伝票を見ながらああでもない、こうでもないと、あたふたとしながら話し合いをしている。
彼らの慌てようと、待合スペースのお客様の数と表情から、「ああ、これは店のオーダーシステムなどの障害が起こっているなぁ」と察知、すぐにキャンセルをして店外へ出たが、少なくとも店員さんがトラブルに対して何の案内や説明もない、「置き去り状態化」されたお客様達はなんとも気の毒な話だ。
どの様なトラブルが起きたのか詳しくは解らないが、ことが起こった今、彼らが先ず行わなければいけないのは、障害が起きた原因の追究や、出来上がった料理を順番通りに正確に届けることではない。優先すべきは、今どの様なことが起こり、今後どう対処するのかを利用しているお客様に正確に説明し、無駄な時間を使わせないことに他ならない。
しかし、それがなされていないのは、不景気によって合理化されたマニュアル通りに働く人材の多用によって、想定外のことにも臨機応変に対応できる経験値の高い人材の不足や、そういった人材教育の軽視がもたらした結果ではなかろうか。
西洋合理主義の
メリットとデメリット
さて、冒頭にご紹介した2つの出来事は、最近、急速に進む西洋合理主義における「メリット」と「デメリット」両面の解りやすい事例なのですが、最初の話は私のように進化に対してガラパゴス化した人がその恩恵を受けた良い例であり、そういった人たちはいづれ時代の流れついていけず自然淘汰されるであろうし、その覚悟も私にはある(苦笑)。
他方、後の話は仕事の合理化を優先するがゆえにIT化が進む中で働く人材が、マニュアル外の問題が起きた時に何を優先すべきなのかなど、AIには処理することが難しい人間固有の能力に長けた人材育成がなされいない現状が、浮き彫りになった事例であるが、それぞれの課題は日本で急速に進む西洋合理主義が浸透する上での表面的問題である。そもそも物質的豊かさをを優先する西洋的なビジネス手法が果たして、精神的豊かさと、その他のことの調和を重視する日本人に馴染むのか。私には甚だ疑問だし、逆にこれからますますグローバル化が進む日本国内において勝ち抜いていくビジネスモデルのヒントはこのあたりにあるのではないかと私は直感的に思う。
小林秀雄の「お月見」という
エッセイから感じた
ビジネスモデルとは
そんな私の感覚を、日本の文芸書評家の祖、小林秀雄氏の「お月見」というエッセイが、解りやすく表現されていたので紹介する。
小林氏の知人が普段、月見などには全く関心がない若者たちと京都の嵯峨で月見の宴した時の出来事。賑やかな酒盛りの中、話の間合いに誰となく山の方に目を向ける。月を待つ想いが、そんな仕草によってなんとなく通じ合い、やがて山の端に月が上がると、そこにいた皆が一様にお月見の気分に支配された。しかし、ここまでは日本人なら当たり前の話なのだが、この席にたまたまスイスから来た客人がおり、月が上がった途端、皆の雰囲気が一変したことに驚き、今夜の月には何か異変があるのか、と怪訝な顔つきで質問したのが面白かったと話したという。
この話のあと、小林氏は以下のように続ける。
スイスの人だって、無論、自然の美しさを知らぬわけはなかったろうし、日本にはお月見の習慣があると説明すれば、理解しない事もあるまい。しかし、そんな事は、みな大雑把な話であり、心の深みに這入って行くと、自然についての感じ方の、私たちとはどうしても違う質がある。
【中略】
この日本人同士でなければ、容易に通じ難い、自然の感じ方のニュアンスは、在来の日本の文化の姿に、注意すればどこにでも感じられる。特に、文学なり美術なりは、この細かな感じ方が基礎となって育って来た、といえば、これはまず大概の人々が納得している事だろう。
引用元:小林秀雄 『人生について』 中公文庫 1978年 P.195
ここで小林氏は、文学や美術は無論、人との付き合いにおいても相手の表情や言葉の微妙な違いを感じ、その想いをくみ取る。また自然と接するときも、季節の虫の音色や季節の移ろい、そして雨音などからも美しさを感じ取る、というような日本人独自の細かな感受性の内包を、長い日本の歴史によって培われた独特の個性であることを語っており、その本質について次のように述べている。
何の事はない、私たちに、自分たちの感受性の質を変える自由のないのは、皮膚の色を変える自由がないのとよく似たところがあると合点するのに、随分手間がかかったことになる。妙な事だ。お月見の晩に、伝統的な月の感じ方が、何処かともなく、ひょいと顔を出す。取るに足らぬことではない、私たちが確実に身体でつかんでいる文化とはそういうものだ。
引用元:小林秀雄 『人生について』 中公文庫 1978年 P.196
日本人が、これまで営んできたビジネスの本質も同じことで、従来、まず人と人との信頼から始まり、「この人はどんな人物なのか」「約束したことを守ってくれるのか」など、人となりを自身でしっかり見定めた上で物を買う。
例えば、身近な商売人といえば魚屋さん。子供の頃は母親に連れられてよく市場に行ったものだが、「今日は何がおすすめ?」と聞けば「サバ。煮つけにすれば美味しいよ!料理しやすいように3枚におろしておこうか?」と、魚屋の大将が答える。他愛ないそんなやり取りや、それを料理した結果などの積み重ねが信用となり、お得意様となる。
逆に客側から見れば、人とモノを自分自身で品定めする過程も含めてモノを買うことの醍醐味でもあり、それがピタリとはまった時には、買い手もささやかな心の満足感が得られたものだが、私たちが子供の頃には当たり前だったそんなやり取りも、残念なことに今では、ほとんど姿を消してしまったようだ。
近年、IT化などの合理性を追求するあまり、先に話した日本人特有の個性である細やかな感受性にもとづくビジネスの醍醐味や満足感が、現代社会においては徐々に失われつつあるが、私はこのまま西洋的ビジネス手法がこの日本に馴染むとは思えない。ただそれは感覚的なもので、自身の中でモヤモヤとしていたが、先のエッセイの「私たちに、自分たちの感受性の質を変える自由のないのは、皮膚の色を変える自由がないのとよく似たところがある。(中略)私たちが確実に身体でつかんでいる文化とはそういうものだ。(※1)」というくだりを読み、「まさにこれだ!」と、ストンと腹落ちしたのを実感した。
(※1)引用元:小林秀雄 『人生について』 中公文庫 1978年 P.196
日本人特有の感受性に
届けるビジネスサービスの追求
私たち住環境獣害防除の業界は、最近の不況の波が押し寄せる中、アーバンアニマルと人との軋轢によって住環境獣害防除の需要があると勘違いした新規参入業者が、AIなどIT技術などを駆使、奇をてらい、実力とかけ離れた表現の宣伝やホームページを作成し拙速に集客を行う。そんな新規参入業者が多数いる中で、利用するお客様との間でのトラブルが多発している現実がある。
無論、そのトラブルの主な原因のほとんどが業者側にあるのは充分承知しているが、利用者側にも、先に述べた、日本人特有の感受性が西洋合理主義という霧によって、盆地の朝に立ちこめる雲海のごとくに埋め尽くされ見失ってしまっているところもあるのではなかろうかと、少なからず私は感じている。
そんなことをつらつら考えるために、とある珈琲店に入った。ここは大阪・兵庫を中心に十数店舗あるスペシャルティコーヒーを提供する珈琲店。コンビニで珈琲一杯、100円ちょっとで頂ける時代に、こちらでは一杯、600円するのだから私のような低所得者にはたまの贅沢に伺うのがやっとなのだが、ちょうど昼時だったのでカツサンドと珈琲を注文。
食事が終わるころには、居心地の良さから身の丈を越える贅沢ながら、食後のデザートにケーキを頼もうと、女性スタッフに「メニューをお願いします」と伝えた。すると彼女は素早く持参、手際よくケーキの掲載ページをめくり差し出すと、「こちらのモノは常にご提供させて頂いておりますし、こちらのものは季節限定のケーキでございます。今のところ全てご用意できます。」との笑顔の案内に内心、私は彼女の接客技術に感服した。
その理由は、私がメニューを頼むと同時に「食事が終わったこと」「カップに中に珈琲が残っていること」「デザートを頼もうとしていること」を瞬時に理解した上でそのページを開き、注文しやすいよう在庫情報まで伝えてくれたからだ。
この一連の動作をスマートに行うためには、日常的に多数利用しているお客様の状況を細かく把握し、お客様から要望があった場合は、瞬時にその状況下で想定し得るベストなサービスを提供ができる心構えを、常に持っていなければ決してできない。まさしくこれが、日本人の心の本質を満足させるサービスであり、この心地よさなら私のような貧乏人でも珈琲やその食事に少々の高額を支払っても良い、と思わせるのだからお見事というしかない。
なるほど。こういうスタッフがいる店であるからこそ、厳しい珈琲業界の中で半世紀にわたり高級路線を貫き、今なお、たくさんのお客様に愛され、数十店舗を維持できているのだと、この会社の経営者とその経営方針に深く感銘を受けた。
私がこのお店で感じた満足感の需要は、全ての日本人の心の根底には必ずあり、私たちはその本質をそう簡単に変えることは出来ない。現在、西洋合理主義という霧によって見失ってしまっている日本人固有の感受性の大切さを近い将来、皆が気づき始めるのは間違いない。その時に備えて、私たちが確実に身体でつかんでいるモノをサービスとして提供、追求していくことがこそが、この混とんとした住環境獣害防除業界の中で生き残っていく唯一の手段ではなかろうかと、この時私は自信めいたものをつかんだ。
さて、話はもとに戻って、BARからタクシーに乗った帰り道。自宅近くのコンビニで降ろしてもらった。理由は簡単で自宅で仕上げの一杯、ビールを買うのにである。さすがに深夜の店内はレジに立つ店員と私の二人っきり。金色の350㎖のひと缶をもちレジに進むとそこには、今どきの若者がぶっきらぼうな口調で○○円ですと答えた。支払いをしながら「お兄ちゃん、夜遅くまで頑張ってるんやなぁー」と声をかけると、彼の表情が一変、「学費、稼がないとダメっすからねー、ありがとうございます。お気をつけて!」屈託のない笑顔で見送ってくれた。
その彼の態度と言葉に、
お月見のお月見の晩に、伝統的な月の感じ方が、何処かともなく、ひょいと顔を出す。取るに足らぬことではない、私たちが確実に身体でつかんでいる文化とはそういうものだ。
引用元:小林秀雄 『人生について』 中公文庫 1978年 P.196
先のエッセイの一節が頭の中に浮かび、その瞬間、私の自信は確信に変ったのは言うまでもない。

アスワットからみなさまへ。
2025年師走のご挨拶
気がつけば2025年ももう師走。
これだけ世の中が進化したのだから
年々加速する日々の流れを
少しでも遅らす装置を頭のいい誰かが、
造ってくれればいいのになぁ…と、
考えているのは私だけでしょうか(苦笑)
例年になく
忙しかった秋口から年末。
毎年、年末とお盆の2回、
アスワットの方針や
自分自身の頭の中を
整理する意味で長文かつ
読みにくーいブログを
懲りずに書いていますが、
バタバタすることを予想して
今年最後のブログ記事は
少し早めにアップすることにしました。
記事の内容は
これから日本で営む
ビジネスの方向性と
アスワットの方針。
書きたいことがたくさんあって、
あれこれ、わちゃわちゃ書き出すと、
一般の方が全く興味をもたない
訳のわからんブログとなってしまいました。
まあ自分が良けりゃ
それでいいんじゃない!と、
自分で自分を慰めています。(笑)
さて、
こんな地味なブログに
一年間お付き合いただき
ありがとうございました。
今年も大変なことが
いろいろあったけれど、
皆様のおかげで何とか
無事に2025年を
締めくくることができそうです。
来年は午年。
今年8月の
ブログにも書いたように、
それぞれのプロと、
無駄なものを
数年かけて削ぎ落とし、
よく練ったものを打ち出す。
その準備は整いつつあります。
2025年後半戦に入る前に住環境獣害防除業とプロフェッショナルの関係性について考えてみた
2026年は
サラブレッドのような
華麗な走りはないものの
ばんえい競馬の曳き馬のように
泥にまみれながらも
力強い走りで疾走する
アスワットをお見せできると思います。
来年も
住環境獣害防除業者・アスワット及び、
公式ブログ、害獣駆除・アスワットの奮闘記を
どうぞ宜しくお願いいたします。
みなさま、
よいお年をお迎えください。
さーぁ、
今年はゆっくりと寝正月やぁー!
2025年12月19日夜
本社事務所にて

年末年始休業のお知らせ![]()
勝手ながら年末年始、
12月28日(日)~1月5日(月)は
休業させて頂きます。
2026年1月6日(火)から
平常通り営業させて頂きますので、
来年も害獣駆除の
プロフェッショナル『アスワット』を
宜しくお願い致します。
※メールでのお問い合わせは
年末年始も受け付けております。
(勝手ながら返信などは1/6以降になります)
これを読めばアスワットの考え方がわかる!![]()
【アスワット前半・後半毎のご挨拶を一挙掲載!】
起業当初から現在までの成長と考え方が見て取れますのでお暇の方はご覧ください!
2025年後半戦に入る前に住環境獣害防除業とプロフェッショナルの関係性について考えてみた
2024年の終わりに害獣防除業の現状とアスワットこれからを語る
2023年のアスワットの前半戦を終えて頭の中を整理してみました。
2022年の締めくくりは、出町ふたばの豆餅とアスワットの今後を語る。
2022年もあと4か月を残し、害獣防除業界とアスワットの今後を考える。
令和3年をあれこれ振り返って考えたこと。「害獣防除業者・アスワット」年末のご挨拶。
2021年、害獣駆除業者・アスワットの前半を終えて感じたことと、夏季休暇のお知らせ。
未曾有の年、令和2年を振り返って。「害獣防除業者・アスワット」年末のご挨拶。
害獣防除専門業者・アスワット 令和2年夏季休暇のお知らせ。
令和元年、害獣駆除専門業者『アスワット』の年末ご挨拶。
【令和元年夏】ブログ「アスワットの奮闘記」の引っ越しと夏季休業のお知らせ
2018年の年の瀬に。
【2018年夏】アスワットの夏季休暇のお知らせと、休暇前に思うこと。
2017年の終わりに想うこと。
【2017年夏】これからのアスワットの考え方とお盆休みのお知らせ。
2016年 アスワット年末のご挨拶。
2015年、今年もお世話になりました! アスワット年末ご挨拶。
2014年もアスワットを応援していただきありがとうございました!
【2014年夏】 アスワットの近況と夏季休暇のお知らせ
【2013年末】 アスワットを今年も応援していただきありがとうございました!
【2012年末】 ねじをまく。
【2011年末】起業した年のしめくくりは。
【起業最初の記事】害虫・害獣駆除業者 アスワット(ASWAT)です。
アスワットのこれまでの取り組み![]()
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害獣駆除専門 アスワット テレビCM![]()















