北アルプスの麓にある安曇野市周辺は,安曇野とよばれ、平坦な土地が広がり、道祖神の故郷と言われるように、たくさんの仲睦まじい道祖神が残され、観光スポットとなっています。                

                

山に囲まれた安曇野を開拓した祖先が、海神(わたつみ)族であったのをご存知ですか?

その祖先が祀られているという穂高神社を訪れてみました。

                

                

霧に覆われた幻想的な社殿の写真で霊験あらたかな雰囲気を醸し出していますが、秋は焚き火の季節、どうやら焚き火の煙が神社に流れてきたようです。

                

                

手水舎は、水が流れているものの柄杓が於かれていませんでした。

こんなところにもコロナ禍の影響が出ています。

                

                

穂高神社の本殿です。七五三詣の季節、笑顔で参拝する晴れ着を来た親子の姿を見かけました。

                

                

境内にはニワトリが放されていました。

このニワトリはただのニワトリではなく、神使、神様のお使いです。

 

                

道祖神のふるさと安曇野らしく、健康長寿を願ってステンレス製の道祖神が於かれていました。

 

 

龍を母に持つ小泉小太郎の昔話の銅像も於かれています。

 

                

船に乗った勇ましい武将は、安曇野地の祖先が、海神(わたつみ)族の阿曇比羅夫(あずみのむらじひらふ)です。

 

                

661年、高句麗が唐の攻撃を受けます。

阿曇比羅夫は百済を救援するために将軍として海を渡り、翌年の662年には、日本へ渡来した百済の王子豊璋に王位を継がせようと水軍170隻を率いて王子と共に百済に再度渡りました。

しかし、663年の白村江の戦いで戦死していまいます。

この戦いに破れた百済は滅亡したと教科書で習いました。

彼は穂高神社に比羅夫命として祀られ、同神社の御船祭は毎年9月27日に行われますが、それは彼が戦死した日と言われています。

                

                

穂高神社に祀られている穂高見命(ほたかみのみこと)は奥穂高岳に降臨され安曇野を開拓されたと神と言われています。

この神は阿曇氏の祖神で海神(わたつみ)族です。

その後裔(こうえい)安曇族はもともと北九州方面に栄えましたが、全国に散らばってこの地を開拓しました。

その名残なのか、境内には船が祀られています。

                

                

境内の一角で石台に於かれた3つの石神をみつけました。

                

この石神は、『結びの石神』と呼ばれ、一番右が“過去に感謝”、真ん中が“現在・今に祈願”、左が“未来・明日に結願” の意味が込めれています。

熱心に祈願するお百度参りとして親しまれていた三石に、それぞれの願いを込めて入魂されているようです。

手に触れることができ、過去から未来へ時空を超えて願いが叶うようにお祈りする石神様です。                

 

                

地酒が奉納さていました。

 

今年の冬は雪が多く寒くなると天気予報で言っていました。

今年の信州の冬はいつもより寒いかもです。

 

野沢菜をつまみに北アルプスから流れ出す清流が豊富な安曇野の銘酒を熱燗でいただき、体を温めカゼをひかないように過ごしたいものです。                

                

                

                

                

                

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アスザック株式会社 インフラエンジニアリング事業部 海外石材チーム

 

 

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