「捜査する側」を匿名にする日本の新聞報道はアメリカでは通用しない
日米のジャーナリズムで大きく異なる「情報源の秘匿」の意味

牧野洋の「ジャーナリズムは死んだか」
(現代ビジネス  2010年11月04日)  http://bit.ly/aShnHr


大阪地検特捜部で郵便不正事件を摘発した検事はだれか? この質問に答えるのは今ではそれほど難しくないはずだ。

 主任検事は前田恒彦であり、彼を指揮する立場にあった特捜部長は大坪弘道、同副部長は佐賀元明だ。大阪地検のトップである検事正や次席検事ポストにあった検事を認識できる人もいるだろう。

 前田、大坪、佐賀の3人とも、連日のように新聞に顔写真付きで登場したからだ。郵政不正事件に絡んだデータ改ざん・隠ぺい事件で逮捕・起訴され、「捜査する側」から「捜査される側」へ転じたためだ。


2010年9月24日 朝日新聞 郵便不正事件の摘発に取り組んでいた当時、3人は「捜査する側」として新聞に取り上げられただろうか。厚労省の雇用均等・児童家庭局長だった村木厚子を逮捕した時はどうだったか。

 紙面上では、郵便不正事件に絡んで組織としての大阪地検は数え切れないほど紙面をにぎわしているにもかかわらず、同事件を率いていた3人が登場することはほとんどなかった。

 つまり、データ改ざん・隠ぺい事件が表面化する以前は、同事件の担当検事がだれかを知っている人は、世の中にほとんどいなかったと考えられる。

 読売、朝日、毎日、日本経済の各紙を対象に、記事検索システム「日経テレコン」を使って調べてみた。

 対象期間は、大阪地検特捜部が広告会社社長らを逮捕した2009年2月26日から、村木に大阪地裁で無罪判決が言い渡された2010年9月10日までの1年半とした。

 紙面上では、前田は1度取り上げられただけだった。2010年6月23日付の読売社会面に載った「郵便不正、元局長求刑、検察、証言の迫真性強調」という記事中で、次のように紹介されている。

< 大阪地検特捜部で事件の主任検事を務め、公判にも立ち会った前田恒彦検事は『村木被告の指示で証明書が発行されたことに、疑問の余地はない』と言い切った >

 これだけである。前田がどんな経歴を持ち、どんな人柄なのかといった説明は一切ない。過去に音楽プロデューサーの小村哲哉による詐欺事件などの捜査で主任検事を務めたことも、検察ストーリー通りに容疑者から供述を引き出す「割り屋」として評価を得ていたことも、どこにも書かれていなかった。すべてデータ改ざん事件表面化後に明らかにされている。

 大坪と佐賀はどうか。大阪地検特捜部を率い、強力な公権力を行使する立場にありながら、郵便不正事件を指揮する検事として紹介されたことはまったくなかった。大坪は何度か紙面上に登場したが、京都地検次席検事への着任記者会見などであり、同事件とは無関係だった。佐賀は朝日のベタ記事「法務省人事」の中で言及されていただけだった。

 「捜査する側」と「捜査される側」で見た場合、主要4紙は前者のみを匿名にして報道してきたわけだ。事件報道では珍しいことではない。「検察寄りの一方的な報道」で際立っていた村上ファンド事件とライブドア事件を筆頭に、検察側は常に匿名であり、容疑者・被告側は常に実名だった。

 これでは公平性に欠けるが、日本の新聞界で長らく不問に付されてきた。検察のリークに頼る報道を続けてきた結果といえる。言うまでもないが、ネタ元を明かしてしまうと、二度とリークしてもらえなくなる。社会部記者にとって「捜査当局の次の一手を他紙よりも早く、遅くとも同着で報じる」は社命であり、そのためには「捜査する側」を匿名にするのは絶対条件なのだ。

 そもそも、捜査官は公務員として守秘義務を負っている。捜査情報を流したことが判明したら、処罰されかねない。だからこそ、信頼できる一部の記者に限って情報をリークするのである。そんな記者は新聞社内では特ダネ記者と評価され、検察側ではインナーグループの一員として信頼される。

 共同通信出身のジャーナリスト、魚住昭は『官僚とメディア』の中で自分自身の検察担当記者時代を振り返っている。

< わたしは複数の情報源と暗い路上や電車の中、あるいは安い小料理屋などで話すうち、いつの間にか彼らのインナーグループの一員になっていた。身分は記者だが、気持ちの上では情報源たちの仲間だった。彼らに情報を提供し、彼らの捜査に協力しながら、自分の仕事に必要な情報をもらっていた >

 そのうえで、自戒を込めてこう書いている。

< 彼らにとって都合のいいように記事をねじ曲げたつもりはない。しかし、結果としてわたしが書いた記事が彼らの捜査の追い風になったことは間違いない。そしてわたしが特捜部を批判する記事を1本も書かなかったことも事実である >


■ニューヨーク・タイムズの「記者倫理ガイドライン」

 インナーグループであるからには、捜査情報をだれから入手したのか明かすわけにはいかない。「捜査関係者によると」とさえなかなか書けない。インナーグループである情報源に迷惑をかけないよう配慮するあまり、「捜査関係者」から「捜査」を削って「関係者によると」とするのである。

 今年初め、民主党元代表・小沢一郎をめぐる土地疑惑で、新聞が多用する「関係者によると」という表現が話題になった。その時、総務相ポストにあった原口一博は「『関係者』という報道は何の関係者かわからない。検察の関係者なのか、被疑者の関係者なのか」と語り、マスコミの報道姿勢を批判した。

 当然の指摘である。だが、一歩踏み込んで「捜査関係者によると」と書いたとしても、報道機関が追及すべき理想には遠く及ばない。匿名であることに変わりはないからだ。

 以前の記事(「郵便不正事件 なぜ『推定有罪』報道がまかり通るのか」)の中で、ニューヨーク・タイムズが1988年6月16日に作成した記者倫理ガイドラインに言及した。それを改めて紹介したい。

「われわれが捜査関係者から第三者の不正に絡んだ話を聞いたとしよう。その情報を裏付ける証拠は何もない。にもかかわらず、捜査関係者を匿名にしたまま で、実名で第三者の不正を報じたら、捜査当局にうまく利用されたことになる。たとえ情報が間違っていても、匿名の捜査関係者は何の責任も負わなくて済むのだ」

 匿名でなければ捜査情報の入手は難しい。捜査当局の次の一手をいち早く報じるのを「特ダネ」と定義すれば、特ダネ競争で他紙に抜かれるのは必至だ。だが、ニューヨーク・タイムズ編集局長として上記のガイドライン作成を指揮したマックス・フランケルは、当時の紙面上でこう語っている。

「取材合戦で不利になり、他紙に抜かれるケースが増えるかもしれない。だが、それでもかまわない。権力の不正を暴く調査報道で不利になるわけではないからだ」

 ガイドラインに従う結果として他紙に抜かれるのはどんなケースか。

「捜査当局からのリークに頼る報道で不利になる。なぜ当局はリークするのか。2つ理由がある。1つは、単純な不注意で記者にしゃべってしまうから。もう1つは、自己に有利になるようにマスコミを利用したいから。どちらにせよ、匿名であるから当局側は何の責任も負わない」

 前にも書いたように、村上ファンド事件では主要紙の1面に連日のように「週明けにも強制捜査」「きょうにも逮捕」「午後にも逮捕」といった大見出しが躍った。ニューヨーク・タイムズの基準では、このような報道で他紙に抜かれても気にする必要はないというわけだ。


■「情報源を匿名にしたままでは、公平性を確保できない」

 そもそも、アメリカでは「きょうにも逮捕」「午後にも逮捕」といった記事が特ダネとして主要紙の1面を飾ることはまずない。匿名の捜査官が紙面上で第三者を実名で攻撃する格好になり、倫理上の問題ばかりか訴訟リスクも抱え込むためだ。「いずれ発表になるニュース」を先取りする「発表先取り型」報道が評価されないという風土も背景にある。

 わたしがコロンビア大学ジャーナリズムスクール在学中の指導教授には、有力誌ニューズウィークなどで記者・デスクを歴任したジャーナリスト、ブルース・ポーターがいた。彼は著書『プラクティス・オブ・ジャーナリズム(ジャーナリズムの実践)』の中で、こう書いている。

< だれかを非難したり、傷つけたりする情報が含まれる場合には、情報の出所は特に重要だ。実名で報じられる本人はもちろん、家族や友人にも被害が及ぶ。正確さを疑う理由が少しでもあるなら、その情報がどのようにして出てきたのか、読者に知らせなければならない。情報源を匿名にしたままでは、公平性を確保できない。出所がはっきりしていれば、読者は情報の信ぴょう性について自分で判断できる >

 同スクールでは、情報の出所については常に厳格な指導を受けながら毎日取材に出かけていた。ところが、日本で新聞記者として働いた24年間、取材現場で同様の指導を受けた記憶がない。

 社会部経験はないが、独自ネタとして出所不明のニュース記事を何度も書いてきた。出所不明とは「~によると」といった表現が一切ないということだ。代わりに口酸っぱく言われたのは「発表に持ち込まれるな。先取りして書け」だった。

 アメリカの新聞も匿名の情報源を多用する。イラク戦争をめぐる報道でも匿名のホワイトハウス高官やペンタゴン高官によるリークに依存し、「権力癒着型報道」などと批判された。しかし、「匿名の捜査関係者が第三者を実名で攻撃する」という図式とは違う。

匿名の情報源が真価を発揮する分野が調査報道だ。1970年代前半のウォーターゲート事件が好例だ。同事件では、匿名の情報源が「ディープスロート」として登場し、ワシントン・ポスト紙がニクソン政権の不正を暴くのに協力した。同紙による特報がきっかけになり、ニクソン大統領は最終的に辞任に追い込まれている。

 ウォーターゲート事件でワシントン・ポストが匿名の情報源に依存した記事を連発しても、「倫理上問題だ」といった声は出てこなかった。匿名の情報源は、権力の不正を暴こうとする内部告発者であり、捜査情報をリークする当局者ではなかったからだ。ディープスロートに実名告発を迫っていたら、同紙は特報をモノにできなかっただろう。

 ウォーターゲート事件では、ワシントン・ポストは「一個人(内部告発者)が強大な権力(ニクソン政権)を攻撃する」という構図の中で調査報道を展開した。「強大な権力(捜査当局)が一個人(容疑者・被告)を攻撃する」という構図を支えるリーク型事件報道とは180度異なる。前者が「権力監視型報道」とすれば、後者は「権力癒着型報道」だ。


■日本の新聞が守るのは「当局の匿名性」
 ここで、以前の記事(「日本でも『内部告発サイト』ウィキリークスは通用するか」)で触れた「三井事件」を思い出してほしい。検察庁の現職幹部だった三井環は、検察庁の裏金疑惑を暴こうと内部告発を決意し、水面下でマスコミに接した。だが、匿名のままでは期待通りの協力を得られなかったことから、実名告発に踏み切らざるを得なくなり、最後は別件で逮捕・起訴されてしまった。

 アメリカの新聞が内部告発者の匿名性を守ろうとするのに対し、日本の新聞は当局の匿名性を守ろうとする――単純化すればこんな構図も描けそうだ。記者にとって情報源の秘匿は常に重要だが、その意味合いは日米で微妙に異なる。

 郵便不正事件がアメリカで起きた事件だとしたら、捜査当局側は「顔の見える組織」へと丸裸にされただろうか。言い換えると、データ改ざん・隠ぺい事件が起きなくとも、大阪地検の特捜部長、副部長、主任検事らの名前や経歴、捜査手法などが広く紹介されただろうか。

 結論から先に言えば、答えはおそらくイエスだ。

 つまり、郵便不正事件を報じるなかで、新聞が大阪地検特捜部について(1)主任検事は「割り屋」としてエース的存在になった(2)大阪地検は東京地検への対抗意識から突っ走る傾向がある――などと書くわけだ。特捜部による強引な取り調べの可能性も含め、読者に貴重な判断材料を提供できたことだろう。

 しかし、「捜査する側」を丸裸にした新聞は大阪地検の怒りを買い、出入り禁止にされたにちがいない。捜査情報をリークしてもらえなくなり、日本的な特ダネ競争から脱落してしまうということだ。

 アメリカでは「捜査される側」と同様に「捜査する側」についても詳しく報じるのは当たり前だ。日本の特捜部長に相当するニューヨーク州司法長官や証券取引委員会(SEC)委員長が新聞紙面上で、顔写真付きで大きく登場する。「捜査する側」がスキャンダルに巻き込まれなくても、大型事件を指揮している人物がだれで、どんな意図を持っているのか、読者には伝わるのである。

 直近では「ゴールドマン・サックス対SEC」が興味深い。これについては次回で取り上げる。

(敬称略)