今も裁判員裁判が続いているこの事件。


裁判の様子が連日TVで報じられているが、
聞けば聞くほど怒りがこみ上げて来る。

この期に及んで、
殺意はなかった、
被害者は勝手に落ちた、 
確かに押して落ちかけたけど、
ロープに足を引っ掛けて、
自力で橋の欄干に戻ってきた、
と言い張れる神経には脱帽だわ。
この女、人間じゃない。

しかも、共犯で同じ罪で裁かれ、
すでに服役している証人には殺意があったのかもしれないけど、
自分は無かった、と·····


弁護士もよくこんな主張を支持したな。
それで押し通せば殺人罪にはならない、と、
本気で思っていたのなら弁護士辞めた方がいい。
まあそれ以外に殺人罪を回避する方法がない故の、 
苦肉の策だったのだろうとは思うけど、
被害者を愚弄するにも程がある。


こういう事件が起きる度にいつも思う。
永山基準、って何とかならないか?と。

4人殺さなければ死刑にはならない。
1人で死刑になったのは、
散々強姦の挙句、
滅多刺しにして殺して、
バラバラに切り刻んで河に捨てた、という事件位。
誘拐して直後に殺害しておきながら、
何度も身代金の要求をし続けた、という事件もあったかな。

そういう余程非道な事件でなければ、
4人未満なら殺しても殆ど死刑にはならない。

だが数だけで罰の軽重を決めるのはどうなんだろう、と思う。
確かに教育を受けさせて貰えなかった永山則夫は、
1人殺した事で、もう後は同じ、どうせ死刑、と、
自暴自棄になって犯行を繰り返してしまった。

だが永山こそ、情状酌量の余地のある被告だった事と、
犯行当時19才だった事で、
死刑を適用すべきかどうかでもめにもめた。

最終的に死刑が確定したことで、 
永山基準が一人歩きしてしまったが、
世の中がそういう認識をしてしまった事で、
逆に犯罪を助長している気がする。

どうせ死刑にはならないんだから、という驕りが、
凶悪化させている様に思うのだ。


この事件なども、
内田被告は、
自分は絶対死刑にはならない、と確信している様に見える。
だから「社会に戻れたら遺族に会って謝罪したい」などと恥ずかしげも無く言えるのだ。

相変わらず反省もしない、
更生の見込みもない。
少しでも軽くするために、
手紙を書いたり謝罪の真似事を、
ここへ来て漸く始めたが、
1ミリも心に響かないのは、
そこに気持ちが無いからだ。


私は基本的に死刑存続派だ。
理由は、自分の命をもってしか償えない犯罪があると思っているからだ。

この事件は将にそういう犯罪だと思う。

内田被告に自分の罪の重さを理解させるには、死刑しかない、と思う。
自分の命が脅かされて初めて、 
被害者の気持ちが分かるかもしれないし、
執行に怯える日々を過ごして初めて、
被害者の恐怖が分かるだろう。


だが残念ながら日本は前例主義で、
恐らく死刑は回避されて、
最大で無期懲役だろう。
最近は仮釈放のハードルが上がっているので、
30年位は収監されると思うが、 
それでもいつかは出てくる。

だが仮釈放などすべきではないし、
決して反省も更生もしないこういう犯罪者を、
社会に戻してはいけない。
だからといって、
多額の税金を使って生かしておく意味も分からない。

仮釈放になれば、
被害者遺族に復讐される可能性だってある。
もし自分の娘がこんな風に惨殺されていたら、 
同じ目に合わせて殺してやると思って不思議はない。


論告求刑は8日、
そして判決は22日だそうだ。

果たして裁判員たちは、
どんな結論を出すだろうか。