戦争支配、経済進出の副産物としての不都合な真実 | HublessHUB皆がTop of the world!

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今朝の産経新聞一面からの記事である。早晩、各国の韓国領事館前にも「像」が置かれることになるかも知れない。ただこの不都合な真実は、戦争という非平時な事態が招いた副産物という事も念頭に置きたい。望まれるのはやはり二度と侵略戦争を起こさない「未来志向」での建設的な対応であろう。

 

ベトナム戦争に派兵された韓国兵士の女性暴行「韓国政府に謝罪要求」英国で団体設立、混血児問題で像制作

http://www.sankei.com/world/news/170919/wor1709190010-n1.html

 

太平洋戦争終結後から約20年、当時の私はまだ子供だったのだが、大阪環状線で森ノ宮付近から大阪城を眺めると、空襲で破壊された砲兵廠(軍事工場)跡がまだそっくり残っていた。地下鉄駅から上に出た所には、いつも数名のオバさん達が回数券のバラ売りに立っていた。またJR大阪駅前一帯もまだバラックがひしめき合いそれが夜には周りのネオンと不釣合いなくらい真っ暗な区画を見せ、親からも「入ってはいけないデインジャラスゾーン」だと聞いたものだ。

 

駅前のコンコースにも傷痍軍人の方が路頭に立ってカンパを呼びかけていた。当時の祖母の話を覚えているが、空襲で淀川河川敷に避難した市民に米グラマンは飛行士の顔が見えるくらい接近し、容赦ない機銃掃射を浴びせたそうだ。大企業にいた祖父は昭和18年ごろにはもうダメだと聞いていたそうだ。また父親は満州国境にいて、迫るソ連軍の戦車に砲弾を見舞い、その進行を妨害したのち撤退するも捕虜となり数年の強制労働をシベリアで強いられた。このように当事者や、まだあの大戦の目に見える証拠が各地に生々しく残っていたのである。

 

話を慰安婦や慰安所に戻す。当時の映画やTVや雑誌の漫画はそれなりに当時存命していた当事者や残っていた目に見える証拠を基に、少なくとも今よりはマトモな考証を経たものであることは想像に難くない。さもないと大勢いた当事者たちが納得しなかっただろう。慰安婦や慰安所の存在を広義に捉えればそれは我が国やその占領地域にも確かに存在していた。勝新太郎主演の映画「兵隊やくざ」もそんなひとつだろう。また(西)ドイツの映画でもナチス占領地に慰安所があったし、1930年公開の映画「モロッコ」の最後のシーンは知ってる方も多いだろう。また連合軍占領後に我が国政府が一般婦女子を守るため、占領兵等を慰安する施設を認可した史実もある。やはり多くの日米混血児が生まれたのである。

 

大虐殺だって同様である。それが24人であっても、40万人であってもだ。それを無いないと言い張るのもどうかと思う。むしろ潔く認めればそれは同じく関係各国に跳ね返って来るのである。ましてやアジア解放のための聖戦だったなどと言っても、それは一面に有ったとはいえ、特に被害を受けた当事者たちやその子孫たちには醜い開き直りにしか聞こえないだろう。

 

最後に、もう20年ほども前なので当事者は存命してない可能性が高いが、フィリピンのマニラ近郊にあった妻の実家を訪れたとき、知らない老婆の遠くからの鋭い視線だけが気になった。少なくとも彼女にとっては、日本人である私は招かざる客であったことは確かなのである。

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