ゆづと平野歩夢選手
 
縁のある二人…

 
 
ツイでは知っていたけれど
今年のXゲーム欠場したんだね
なんと骨折…(T-T)
 

Xゲームっていうと、去年優勝してそのまま平昌へと臨んだんだよね

(そしてその後のUSオープンでも優勝し、日本人初の2冠達成!)

 
 
 
 
私、平昌でゆづのメダルが決まる前に力を入れて正座して見てたのハーフパイプだったんだよー

 

平野選手は金メダル候補でしたし

ショーン・ホワイトとの対決がおもしろくてね!

(んー…決勝は誤審があったの…かな?詳しくはないのでよくわかりませんが…)

 

いろいろ技の名前とか覚えたりしてw

4回転とかフィギュアと似てるー!とか思いながら

 

すごいよね、五輪初の連続4回転成功!!

 

 

 

でも、ここに辿り着くまでの道のりは

とてもとても険しいもので…

 

平野選手も大ケガからの復活だった

 

 

 

2017年、五輪前年

試合中に着地に失敗し全身を強打


大ケガを負う

 

 

 

同時に肝臓にも重傷を負い

全治3カ月の診断を受けた

 

 

 

この絶望のなか

 

世間ではこう囁かれたといいます

 

どん底にある人にさらに追い打ちをかけるような、なんて酷い言葉だろうと思いますが…

 

でも平野選手自身は懸命に前を向いていた

 

苦しく気の遠くなるようなリハビリに励み

 

そして現場復帰

 


しかし…

 

彼を待ち受けていたのは

強烈な恐怖心

 

 

 

 

フラッシュバック…

 

トラウマ…

 

それは練習中だけではなく

試合中にも現れた

 

月日が解決してくれるものでは

決してなかった

 

 

それでも練習後、

自分の動画を見て振り返り

 

心に決めた思い…

 

 

 

“戦う”という覚悟

 

 

 

 

 

自分が重傷を負った技を

恐怖心とトラウマを抱きながらも入れると覚悟を決める

 

この決断って、決して容易ではなかったと思うし…精神面でとても大変なことだったんじゃないかと思う

 

増してや平昌五輪まで1年を切っていた時期に

 

 

それでも本番

平昌ではキッチリ連続技として入れてきた

 

 

このダブルコーク1440は

平野選手最大のライバルであるショーン・ホワイトも2017年に顔を62針以上縫う大ケガを負った技なんだよね

 

二人して、同じ年に同じ技で競技人生が危ぶまれるような重傷を負った…

(このショーンのケガ映像見たけれど、もうめっちゃ酷かった( ノД`)顔が裂けてた( ノД`))

 

それでも、ショーンの強い姿に

平野選手も触発されていたという

 

 

 

平昌での決勝は、先に平野選手がダブルコーク1440の連続技を成功

 

その平野選手の演技に触発されて

大トリに出てきたショーン・ホワイトは、なんと初めての連続ダブルコーク1440に挑戦し、成功させて優勝をもってった

(誤審の話は別にしてね…)

 

 

インタビューでは、『トラウマもあって、それでも挑戦したのは歩夢の存在があったから』と言っていました

 

小さい頃からの憧れの存在
 
同じ舞台に立つようになって…
 
その心は…どんなものだったかな
 
両者にとって
 
 
それを表すものが
セレモニーでまったく笑顔のない平野選手の姿かと思います
 

試合後の平野選手の言葉
 
「また4年かー。」

「本当にこの4年間つらかったし、けがもした。1歩1歩が、大変だった」

「またフラッシュバックしそう」
 



なんて重い言葉かと思う


その4年間の道のりが見えるよう




帰国後も『嫌なことしかしてこなかった4年間』って言ってたもんね

 



ソチ五輪を振り返ると「自分の持っていたもので取れてしまった銀メダル」だと


そこから、頂点を取る戦いが始まった


村上コーチは「本当に1番だけを目指して来ていたから本当に悔しい」と話されていました

 
 
この大きな経験
大きな意味を持った“銀メダル”を経て
 
最近アップされた平野選手のインタビュー
ものすごくいい内容でした

この人も選手として深いなぁと思いました
(よければサイトで全文どぞ!)


Q.(二十歳になり自分のスタイルを) どう変えていくんですか?

A. 自分の意識、考え、生き方を前面に出していきます。僕は幼い頃から試合で国内各地をまわり、小学6年生で海外に出ました。2014年、15歳のときに出場したソチと18年の平昌五輪で銀メダルを獲得、世界大会でも勝った─こうした歩みを振り返ると、けっこうシンプルだったと思います。

 

Q. 平野さんの経歴はシンプルというよりドラマチックというべきでは?

A. 成績をとりあげて大騒ぎするのは、僕じゃなくて世間ですからね。僕がシンプルと表現したかったのは、指導されたことを着実にこなしていく、という意味です。だけど、それがすべて愉しかったのかというと、ちょっと判断がつきにくいんです。やらされていた部分があったのは否定できませんし、難しい言葉で厳しく教えられ、幼い頃は解釈に戸惑ったこともありました。

 

Q. 具体的な変化は起こってますか?

A. 独りで考える時間がすごく増えました。日に2、3時間はそのために割くようにしています。身体を使うトレーニングだけでなく、頭のなかで明日のこと、もっと先のことをイメージしていくんです。独りになって真剣に考えていると、誰もやっていない技がひらめく。以前はそこで終わっていたんですが、今は新技を実現させる練習方法、成功への最短距離など深いところまで掘り下げるようにしています。

 

Q. 平野さんの“独り思考”はいろいろな局面で応用できそうですね。

A. 最近はスノーボードから派生して、生き方についても考えるようになってきました。今さらかもしれませんが「夢」ってとっても大事だと痛感するようになったんです。練習や人間関係など眼前のことだけ見ていると、愉しみより苦しみのほうが大きくなってしまいがちなので……。

でも、愉しいことは長く続かないと思っています。むしろ瞬間的なものかもしれません。ただ、一瞬を愉しむためには、やっぱり長い苦しみにチャレンジしなきゃいけない。面倒だ、やりたくない、イヤだという想いを克服しないと愉しみは手に入れられません。

 

Q. う~ん。これは深い話だなあ。

A. 独りで考える時間が増えるにつれ、大きな闇を抱えるようになったと思います(苦笑)。でも、苦しみの時間って、スポーツだけでなく、何をするにしても平等についてまわるものですよね。

しかも、長い苦しみに耐えたのに、愉しみが得られないというケースさえあります。そこを突き詰めて考えていくと、結果的には愉しめないとしても、それを恐れない、怖くないといえるくらいにならなきゃいけないんじゃないでしょうか。

 

Q. 平昌五輪は逆転負けで2位。これも平然と受け入れられたんですか?

A. やっぱり悔しかった。ソチ五輪とはまったく意味の違う2位でした。僕が独りで考える時間を大事にするようになったのも、平昌の銀メダルがきっかけです。事実として優勝できなかったわけですが、その現実が残るだけじゃつまらない。次のオリンピックまでに、どれだけ苦しみを重ねれば、金メダルという愉しみを手に入れられるか─心技体すべてが100点満点どころか120点の状態でないと、オリンピックで優勝はできないと思っています。

 

Q. そのために独りで考える……。

A. 僕だけの感覚で考えるわけですから、普遍的なものかどうかはわかりません。考えることで葛藤が生まれることもあります。でも、深く考えていると、救いが見えてくる気がします。

 

Q. 平野さんは積極的に話すタイプじゃなく、人のいうことをじっくり聞きこむことが多いような気がします。

A. ……(しばらくこちらを見つめてから)、スノボを始めた当時、父の厳しい指導を、ずっと横で見聞きしていました。そうするうち、叱責の中から、僕が学ぶことを探しだすようになっていました。人が発する“何か”を受け取る感性は、この頃に発達したんだと思います。

 

Q. 大人びた子どもですねえ(笑)。

A. 今でも人の表情や言葉にはとっても敏感です。自分と違う感性や言葉と出逢ったら、どう活用しようかと考えることが多いです。



Q. 平野さんと話していて礼儀正しいのに驚きました。落ち着いた語り口もクール。世間一般のスノーボーダーに対する、やんちゃなイメージとはかけ離れていますね。

A. 取材での言葉づかいは、父から厳しくいわれたこともあるし、いつの間にかこうなっていました。それに、僕の置かれてきた状況が、雪山で遊ぶってものじゃなかったことが大きいと思います。世界を相手に戦う状況に身をおくなんて、やっぱ特別なことです。自分のことで精一杯だったり、時には何が正解なのか、見えなくなってしまうこともあります。そんな毎日だから、悪ぶるヒマがありません(笑)。

 

Q. 平野さんの今後も競技一色ですか?

A. スノボはあと10年位と思っています。ライバル云々じゃなく、平野歩夢だけを見据えてやっていくつもりです。自分のために、自分の感性で闘う。「そんな技、人間ができちゃうの!」といわれるパフォーマンスをしてみたい。そのためには、練習の段階から、自分の限界と闘う必要があります。17年には練習中に瀕死の重傷も負いましたし……。

 

Q. いちばん怖いのはケガですか。

A. それもありますが、やっぱり自分自身ですね。ふと「こんなことして何になる?」という疑問が浮かぶのが怖いです。これを突き抜けたところに、きっと新しい僕がいると思います。そうなったら、オリンピックとか、金メダルなんて関係がなくなっているかもしれない。とにかく、今わかっていることより、未来のわかっていないことにすごく興味がある。それを知るために、20歳からの人生があるはずです。

 
 

…なんか、
所々誰かさんと重なるのは私だけ?|ºдº)…?

発言内容もそうですし、考え方や物事の受けとめ方、冷静に俯瞰してものを見る視点、環境、ちょっと哲学的なことも散りばめられているような思考の仕方…人物像…似ているというか…重なる瞬間がありました
 
 
アスリート…
トップアスリートはどこか通じているところあるんだろうなって思います

 

ゆづと平野選手の話

 


うんうん、そっか


想像できるw

 

 

 

 

そかそか

そういう内容だったわけね


 

 

うん…

時代の流れもあるしね

 

ゆづはもう“無理をして”っていう境地にはいないような気もするけれど


かつてはこんなことも言っていた

 

 

そういう時期を経て現在がある


これはなにもジャンプの回転数だけの話じゃなくてね

 

 

 


そうだよね

 

 

ケガや恐怖心などを乗り越えながら

 

日本のトップとして

世界のトップとして

 

期待を背負い

 

その競技の本当の意味での限界を突き詰め

道を深めて切り開いてゆく

 

牽引していく存在


分かり合えるところ

通ずるところあるんだろうなと思う

 

 


ゆづも言ってた


年齢も分野ジャンルも違うけれど

競技者としての奥義は共通しているものがあるなと、二人を見ていて感じました

 




共に4歳でスケート、スノーボードを始めたというところも共通点か(*^^*)

 
子どもの頃から世界に出ているので、『学校へもほとんど行けなかったから、そういう(普通の楽しい)経験がない』って、平野選手言ってたよ

あぁ…やはり世界を駆け回る生活は…そうなんだなぁと思いました

ゆづと同じだなぁって
 
 
音楽は生活と切り離せないところも♪
 
 
 
ケガ中の乗り越え方も
 
 
 
どんな試練も力に変えてゆく


 
 

外国勢が主流の競技の中

日本人として乗り込んでいくこと

 

そこで経験した悔しい気持ち

競技を発展させたいという思い


その自分の心と向き合い見えた

“自分のスタイル”

 
 
 
 
圧倒的に美しい滑りをして
 
正確で高い技術力をもって
難しいことに挑戦しつつ
 
空中の姿勢
滑らかな着地、つなぎといった

演技の完成度を極め
 
『圧倒的に勝つ』と
 
 
これが平野選手のスノーボード
 
 
 
 
なんか…もうすでに一本筋が通っているな

19、20歳の言葉には思えないね…
 
 

こんな言葉が出るまでには

それだけの経験と過程があるということを私たちも学んできた



平野歩夢選手


 

 


“夢”に向かって“歩む”

名前そのものの生き方だなぁと思いました


ゆづと同じだ


 


アスリートって素晴らしいな

尊いな


そんなことを
ただシンプルに心から思います

 
 
 
平野選手の骨折が
一日も早く治りますように


ゆづの演技も待ち遠しいです(*^^*)
 
 
 
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