平昌での会見時のゆづ
きれいだったなぁ

この時の自分の心境が
鮮明に蘇ってくる
 
 
これ
覚えていますか?
内村選手が
なぜこんな顔になっているのか
 
 
リオ金メダル獲得後の記者会見
通訳さんの言葉を書き起こします
 
 
(外国人記者さんからの質問)
審判の方々、採点される方々から、かなり好意的に見られていて、同情されてるっていうようなことがあって、いい点が取れてるっていうようなことはありませんか?
 
 
いや、まったくそんなことは思ってないです
やっぱり皆さん、どんな選手でも公平にジャッジしてもらっていると思いますし
 
審判も…同じ人間ですけど、やはりそこは…やはり…そういう感情は入れてないんじゃないかなって僕は思います
 
これ…
当時ちょっと驚いたっていうか…
なんて質問をするんだろうって…
 
ここで、こういうことを問いかける真意が
よく分からなかった
 
失礼とかそんな次元じゃなく
(もちろんそれは大前提ですが)
逆にどういうつもりだったか知りたいと思った
 
 
これを受けて
銀メダリストのベルニャエフさん
(割って入ったとも)
選手を好んでくれるとか…
もちろんそんなフィーリングというものは
みんな持ってるわけです
 
でもこの点数
スコアをつけるということに関しては
ほんとにフェアで神聖なものであることは
我々みんな知っているわけです
 
で、とにかく航平さんは
彼のキャリアの中で
いっつも高い点数を取ってきているわけです
 
ですから、
大変いまの質問というのは
無駄な質問だったと思いますよ、出した方
激おこなんです
ベルニャエフさんwww
 
それを聞いて
笑ってしまう内村選手
ってか、
この屈託のない笑顔に
会場が救われた部分あったんちゃいますかー
 
(世界発信される)この場であんな質問されて
内村選手が激おこになってもおかしくないですもん
 
 
さらに
銅メダリストのウィットロックさんも
彼のスコア
驚くべきものです
 
1番最後の鉄棒
もう言葉がありませんでした
 
とにかくこれだけの冷静さを維持して
最後の着地までパシッと決めたということ
大変なことだと思います
 
 
 
なんていうか…
誰が言うよりも説得力のある言葉
 
この場を一蹴するのに
ふたり以外考えられないとさえ感じてしまう
 
 
侮辱とも取れる質問から
金メダリストを守ろうとする
銀メダリストと銅メダリスト
 
この構図のようなものが
すべてだなって思いました
 
 
これが真の王者なんだろうなって
 
 
ベルニャエフさんなんて
『僕は幸せだ、伝説の男と戦えて』って
コメントしてましたもんね
 
 
 
そういう意味で
すごく印象に残る会見でした
 
 
 
 
さて、
前記事、前々記事の続きです
(あと少しだけ~w)
 
 
ブレットシュナイダーを
ついに成功させた内村選手
 
でも復帰戦の演技構成表には…
それは入っていません
 
 
本音
 
でも
 
 
リスクもあるのかな
 
それに“完成度”という点においては
入れるのはまだなんだね
 
 
 
いよいよ復帰戦
 
新技を抜いて挑むも…
予選敗退
 
重く響くな
この言葉
 
 
(ってか、靭帯損傷から半年ぶりの実戦がワールドカップ…ゆづも同じくケガをして、4ヵ月ぶりの実戦がオリンピック(!!)…そこで金メダル獲るって…内村選手がコメントで『すごいとしか言いようがない。僕からしたら有り得ない。』って言ってくれた意味がわかる気がする…)
 
 
コメント
 
 
腹を括っているような顔つき
 
 
私は個人的に
“死”という言葉を使うのに  
ものすごく抵抗があります
 
というか、
すごく重いんです
 
自分の経験から
軽々しく使えないと思っているから
 
 
でも、
内村選手の言葉は
正面から心の奥に入ってきました
 
本当に
それと向き合いながらの歩みだったと思うから
 
 
難技リ・シャオペンをやる時は
毎回『死ぬかもしれない』と思いながら
挑んでいると言うし
 
このプロフェッショナルの番組でも
『死んだらどうしよう』って練習中に言ってた
 
 
それはきっと
本当の実感としてのところなんだと思う
 
 
 
キツい練習っていうと
ゆづもきっと同じだな
 
息が上がり
倒れ込むような
 
 
加えてゆづは
ぜんそくもあるから…
 
そのしんどさは
想像を超えたところにあるのかもしれない
 
 
硬い氷に
打ち付けられる痛みもあるし

試合での6練だって…
ものすごいスピードで交錯しますから…
一歩間違えると命の危険が
 

そして、
いろんなものを捨てて…
命を懸けるような思いでやるっていうのも
ある意味“命を使う”という覚悟だよね
 
 

全日本
 
 
 
 
連覇が10でストップと大きく報じられた
 
記事にも書いたけれど
その時のコメント
 
『完璧に2日間やって負けたなら悔しいけれど、結構割り切れている。僕も19歳で勝った。同じようなものを(谷川翔)に感じた。あの勢いは簡単に止められない。一番大事なのは代表に入ること。代表に入り続けることで、東京五輪への道が見えてくる。醜い姿であっても代表であり続けたい。』

『すごく晴れやかな気持ちです。ようやく解放されました。』
 
 
 
身に感じる
下からの追い上げ
 
 
ここは当たり前のように
ズバッと言い切った
 
 
 
 
なんだか…
少し嬉しそうに見えたというか…
 
この状況
これからの状況も楽しみである

そしてそこにいる自分も楽しみ…みたいな…
そんな感じがしたな
 
 
 
 
王者としてのプライド
トップを走り続けてきた誇り
 
それから
いち競技者としての
純粋に“勝ちたい”という思いも当然あるはず
 
 
この“譲る気は全くない”
強い言葉だなぁと思いました
 
この気持ちが芯というか…
大事な核部分でもあるんだろうな
 
 
 
似たような発言
ゆづもしてたw
 
 
 
この顔とw
わざわざ言い直すところよ
 
気持ちの強さ
いい意味での我の強さ丸出しだよww



こういうところって
王者として君臨し続けるのに
必要なんだろうね
 
 
 
 
最後
 
 
 
 

愛です

体操やってて
辛いことばっかりなんですけど
 
いいとこ悪いこと引っ括めて…
…大好きっていうか
 
 
大好きじゃ収まんないんですよね
 
だから愛なんですよ
 

 
一時期は
体操を楽しめない
面白みを感じない
 
そこまで陥っていた内村選手
 
 
それは過去の(幼少期の)自分までをも
根底からひっくり返す事態
 
 
危機を感じたんじゃないかと
 
 
 
だから、
これまでの自分では考えられない
ブレットシュナイダーの
テコ入れをしてまでも
 
自分を変えると
 
 
 
その大元には
体操を好きでありたい
そんな自分を好きでいたいという
思いがあるんだろうなと
 

 
最高難度の大技を成功させて
即座に出た
 
“蹴上がりの喜びには勝てない”
“こんなもの 全然です”

その言葉が示している
 
 
 
 

幼い頃から

習得して習得して
装備して装備して
 
纏って纏って
 
削いで削いで
濾過して濾過して
 
極めた道
 
 
そこに最後、残るのは…
“子どもの頃の自分”…なのでしょうか
 
 
幼少期の強烈な喜びや達成感
夢や目標を抱いていた小さかった頃の自分

それを大事にしてあげる
 
ゆづと内村選手に
通ずるところかなって思いました
 
 
 
今回番組を見ていて思ったことなのですが

子どもの頃の経験や夢っていうのは
その後の人生を支える土台だなって
あらためて強く感じて

 

それは、
選手時代は導となり
 
そしてその後、
たとえば指導者になっても
“そんな子どもを作ってあげたい”という志になるだろうなと
 
 
 
 
考えれば考えるほど
想像すればするほど

大きく広がる思い

だから『愛』なんだろうな



体操(スケート)を愛すると同時に
それを愛している自分をも愛する

人が求める自己受容のカタチが
そこにあるのかなと思いました
 

 
 
 
内村選手の言葉
(私が持っている著書より)
 
 
 
 
 
 
 
 

分野は違えど
内村選手を通してゆづを見つめ
また新たな気づきがあったなと思います


これからの
ふたりが見る景色も楽しみですし

また見せてくれる景色も楽しみです



プロフェッショナル 仕事の流儀
とてもいい番組でした




 


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