こんなもの 全然です。

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美しく成長されて…涙
 
その月日に思いを馳せます…
ゆづる 6歳…エグエグ
 
 
 
 
昨日記事の続きです
(もう趣味記事みたくなってる~w)
 
 
 
内村航平選手
地元長崎県で3歳で体操を始めます
 
これビックリしたな…
 
そうなんだ…
 
 
 
 
うっそ…
それが人生最高なんだ…って思うと同時に
 
なんだか
ものすごく納得してしまったというか…
 
彼が“体操”というものを追い求めている
ここが原点のような気がして…
なるほどなぁ…って思いました
 
 
 
ゆづにも1度聞いてみたい
 
人生最高の喜びの瞬間
忘れられない喜びを
 
 
 
これ
他の番組でも見たことがあるんですけど
内村選手って
幼い頃からこういう(立体的?3次元的?)な
絵を描くのが得意だったそうで
 
頭にあるものを描けるって
すんごい能力だなって思った記憶があります
 
 
ある意味“練習ノート”
ゆづの場合は言語によるものですが
同じ意味合いなんだろうなと思います
 
 
(ってか、
ふたりの王者に共通する事項スゲェ~w)
 
 
 
 
幼少期から始めた体操
 
期待され
期待され
遂に登りつめた2度目の頂
絶対王者 内村航平の名を
歴史に刻んだ瞬間
 
今でもあの感動は鮮明に憶えています
 

しかし、その裏で
知られざる葛藤を抱えていたなんて
 
 
 
 
 
登りつめたら…
あとは落ちるだけ…
 
これって
人間なら当たり前に抱く思いであり…
そして相当怖いだろうなぁと想像します
 
とんでもない頂からの滑落なんて
 
 
加えて加齢…
肉体的衰えは否めない
 
 
ゆづも言ってたね
平昌を振り返って
自分から(無理だとか)
そういうメンタルにはならなかったけれど
環境 状態 状況 条件に引っ張られることはあったと
 
フィジカルがメンタルに及ぼす影響…
内村選手も同じだったんだね
 
 
 
辛い言葉…
 
 
 
ある意味
1番辛い思いなんじゃないかと感じます
 
 
自分が置かれた状況に加えて
あんなに大好きだった体操に面白みを感じない
 
そんな自分に
2度傷つくというか…
2重の苦しみなんじゃないかと思います
 
 
 
そして、
追い討ちをかけるように試練は訪れる
 
長い体操人生の中でも
“どん底”と表現した左足の負傷
 
 
 
ここから
内村選手がどう出たか
 
これがビックリというか
唖然というか
 
でも、
“らしい”とも思いました
 
 
自身初の
最高難度に挑戦
 
『ブレットシュナイダー』
 
 
 
そしてここ
この言葉
“らしくない”
 
“したことがない”
 
“確実に失敗の可能性が高い”
 
“自分を変えられる”
 
 
これって
内村選手が体操において
“何”を大事にしているか
わかる言葉だなぁと思いました
 
 
体操に対して前向きになれない自分
面白みを感じられない自分
何をしていいかわからない自分
これから楽しめるかわからない自分
 
ここを打破するために
これまでの自分では有り得ない選択をする
 
『自分を変えたい』
 
その強い思いが伝わってきました
 
本当に“体操”が好きで
そして“体操が好きな自分”が
好きなんだろうなと思いました
 
 
 
しかし最高難度の新技は
そう簡単には習得できない
 
 
怖さ…
 
この固定されきった概念を
塗り替えてゆくって…困難を極めるよね
 
 
 
 
顔面に
バーが激突する恐怖心との戦い
一歩間違えれば大事故
 
スットーンッと落ちて…
この顔…
なんだか…当たり前ですけど
人間味感じるというか…
 
絶対王者と言われるまでの
人間としての
こんな日々の繰り返しを想像させられました
自分に向けた言葉が
静かに響く
 
 

“格好悪いこと”
“泥臭く”と表現した練習
 
基礎練習が終わると
器具に向かう
 
ひたすら1つの動作を続ける
 
 
すごい世界…
 
 
ミリ単位って…
一体どんな感覚をしているんだろう…
 
ゆづは…
わかるかもしれないね
同じようなことを…している気がする
 
 
積み重ねてきたからこそ
研ぎ澄まされたものがあるんだろう
 
 
 
 
 
これ、
もうただただ黙って聞き入るばかりでした
 
1つの技をいつくもの動作に分解し
徹底的に精度を上げていくと
屈伸コバチだけで
こんなにも分解ヽ(;▽;)ノ
 
そして更に
1つの項目につき3つから4つに
細分化しているとヽ(;▽;)ノ
 
全部で20以上だってヽ(;▽;)ノ

どんだけーーーーーーーーーー
 
 
 
 
ってか、
真面目な話
 
ゆづもジャンプはじめ他の要素について
こんな風に考えているんじゃないかと
 
無良くんへのアドバイスの仕方
あれ聞いてビックリしたもの
 
ものすごく的確で精密な話だったよね
(これまた記事にするかもー!!)
 
 
 
たとえば
太ももに添える
手の力の入れ方にも工夫が
 
 
 
 
 
まさかここまで考えているとは…
 
この美しさ
表現
芸術
 
確固たる基礎と
確かな技術あってのこと
 
 
そして思う
 
ゆづのあの美しい演技も
きっと同じようなことなんじゃないかと
持って生まれた感性や
表現する力もあると思うけれど
きっと計算され尽くした
見せ方、魅せ方もあると思います
 
 


また
内村選手の練習っていうと
6種目すべての通し練習

本番の通りやるんだよね

これ
リオ直後の“金メダルへの道”で言ってて…


その後のゆづの発言を聞いて
ゆづも放送を見たのかなぁと思った
 
 
参考にしてる
 
 
あとはこれ
おおおー!!っと思ったこと←勝手に
 
練習中
ずっと右手を動かしているの
イメージトレーニングのひとつだそうで
右手を自分に見立てているんだと

 
 
 
 
 
 

完全な頭脳戦


“座っていても実際は練習している”
“頭でやったことを体で表現”

これがもし
フィギュアやゆづにも当てはまるなら
平昌前の彼も同じ状況だった…?

動けなくても
練習はできていたということだよね

それを体に移行さすということが
難しいんだろうけれど…

ゆづや内村選手の次元ならば
できるんだろうなと思う



ゆづも
イメトレかな?っていう動き
よくしてるもんね
 
人さし指でクルクル~や
 
右手を上げたり
 
指さし
 
それから頭脳さし
 
あとは
床をリンクに見立てて
指で自分の動きをなぞっているのも
見たことがある
(ごめん、キャプ引っ張れなかった)


そしてこのイメトレには
欠かせないものが
ん?•́ω•̀)?

 
!!!!!!!!!!
 

ち、
チョコーーーーーー!!!!!!

ゆづーーーーーーー!!!!!!
(*」>д<)」出番だ出番だーーーー!!!!
おふ…♡←

ほうほう
なるほ

頭使うと欲するもんね
(ゆづは勉強の合間に食べてるって言ってたね)
 
 
知られざる真実だ♪
 
 
 
しかし…
靭帯をケガして間もない頃
そのタイミングで
命がけの新技に挑むことを選択するなんて…
 
どん底からの
目指すところがスゴすぎる(;゚; 艸;゚;)

極から極だよ…
 
でも、
鉄棒に手も触れられていなかったものが
触れるまでになっている…

進歩だ…


あぁ…
 
重なる…
 

自身初の最高難度
ブレットシュナイダーへの思い
 
 
 
 

これを語っている時の内村選手の顔
子どもみたいだった

目指すところがある
そこに辿り着いた時のことを想像する

モチベーションなんだなぁと思いました

 



試合が近づき
すべての取材をシャットアウトしている中で

ある日
内村選手から呼び出しがかかる

とうとう…
 
 
ブレットシュナイダー成功!!

 
 
 
 
 

喜びが伝わってくる

(抑えているとは言っていたけれどねwテレビ入ってるからwほんとは大声出してたってwww)


でもすぐに
シビアな思考に
そこで成功しないと
意味がない



そしてこれ
私が最も衝撃だった言葉
 
 
 
 
“こんなもの 全然”
 
 
どん底から
自身初の最高難度を
成功させた達成感を“こんなもの”と…

…表現してしまうほど
幼少期の蹴上がりは最高に強烈なんだろうな


あの喜びと達成感は
29歳になっても尚
体操を追い求める原動力になっているのかもしれないね



なんだか、
『ちっちゃかった頃の自分の目標をかなえてあげる』
そう言って4Aに挑もうとしている
ゆづと重なるところがあるように感じました




世界のトップを走り続けながら
頂に立ち

そこから見ているのは
“幼かった頃の自分”だなんて…

だとしたら
またそれは素敵な話だなって思いました







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