前記事へのコメント、反応(いいね!ポチ)
ありがとうございました
 
なかなかコメントしづらい
記事だったと思います
 
いつもなら、ああいう記事を書いたら
次の日は別ベクトルの記事を書くのですが
今日は少しだけ書きますね
 
 
 
 
 
 
 
昨日いただいたコメントの中には
読んでいて泣いてしまったものもありました
 
どうしようもなく琴線に触れる
そんな感覚になりました
 
 
 
 
 
 


私はこのブログの世界を知って
いつも思うことがあります
 
 
文字だけの世界なのに
どうして時に“出会うべくして出会った”
そんな出会いがあるのだろうと
 
 
 
 
まったく別の人生を歩んできた者同士が
言葉を中心に引き寄せられ交わる
 
そんな世界です
 
 
 
 
 
文章とは不思議なもので、
相手の顔が見えないのに
 
何気ない一言に
あれ?と気がとまったり
 
ほんの少しのニュアンスに
どうしようもなく気が引かれたり
 
 
そしてその方が
決して触れない話題については
何か抱えてらっしゃるのかなと思いを馳せる
 
 
 
そういうところから始まって
日々、相手のことを少しずつ知り
 
言葉を重ねて
 
ある瞬間、

“あぁ、だから私はこの人が好きなんだな”
“私が惹かれたのはこの理由だったのか”と
明らかになる
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私たちは
それぞれの人生を歩んできて
それぞれの痛みを経験し傷を抱えている
 
その中にはまだ、
癒えていないものも当然あると思う
 
 
 
そういう人が
羽生結弦という人の人生に触れ
そのスケートに魂を揺さぶられ
惹かれて好きになる
 
理由は人それぞれあるにせよ
その人間を好きになる
 
 
 
その時点でもう
私たちは出会っているのかもしれません
 
 
 
 
彼に惹かれるということは

何か心に秘めたものがあり
何か互いに通ずるところがある
 
そう感じています
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私は現地に行く機会がほぼないので、
彼の応援は
この“顔が見えない世界”というのが主です
 
 
 
それは時に怖いものかもしれません
 
 
 
でも3年近く過ごしてみて
 
見えないからこそ募る思い
日々深まる気持ちというものを
確実に感じています
 
 
 
少し…
ゆづを想うものと似ているかもしれませんね
 
 
 
 
 
 
思うのは
 
辛い経験や悲しい経験
痛みや傷を知る人は人に優しくできるということ
 
私がこれまで
人生で出会ってきた人もそうでした
 
 
弱っている人や
落ち込んでいる人の心に寄り添い
癒しの言葉を紡ぎ 関わります
 
 
 
それは、
自分が経験しているからこそできること
 
 
痛みや闇を知っているから
人に優しくするということに喜びを感じる



これは、新たな智慧や実践により
光の道を開くことをめざす人間の
生まれ持った本質であると思っています
 
 
 
 
 
だから、
 
他者を激しく弾糾するような
攻撃的な文章に触れると
 
私には時に
助けてと叫んでいるように聞こえます
 
私こんなに苦しい
こんな自分の心を誰かわかってと
 
本当は人に優しくありたい
温かい絆で結ばれたいと

願い
手を差し出しているように見える




言わずにはいられない
書かずにはいられない

せずにはいられない
 
 
 

その言葉
その行為に至る心の深根を思う
 
 
 
 
 
 


この 顔が見えない世界も
常に光と闇のカオスです
 
それは、常々感じているところ




相手が直接見えないからこそ
いくらでも不調和な言葉を投げかけられる

その因のひとつである
自らの心の傷を埋めるように発した
言葉の暴流に自ら呑まれながら



でも見えないからこそ
いくらでも相手を思いやることもできる

目に映らないからこそ心に映す努力をする
 
 
 


言葉ひとつにしても
 
闇の心で接すれば
闇の現実を作り出します
 
光の心で接すれば
それは光の現実を創り出します
 
 
 
 
とても難しいことかもしれませんが、
すべて自分の心次第


自分の目の前にある現象は

常に問いかけ
常に呼びかけである
 
 
相手が実際に目の前に見えないからこそ
大事にしたいなぁと今あらためて思います
 
 
 
 
 
まぁ、
何が言いたかったかというと
 
 
この文字だけの世界で、顔も見えないのに
私と出会ってくださって
ありがとうございますということですw
 
 
 
それが、羽生結弦という人を通して
経験できていることに
私は運命的なものを感じています
 
 




最後に、

昨日載せた日本記者クラブでのゆづの言葉 
続きを
 
 
 
だから、もちろん誘惑とかたくさんあるし、僕もすごい野球がやりたかったんですけれど。先生も厳しくて毎日正座ばっかりしてたし、たぶんスケートをやっている時間のほうが短かったぐらい立ってました。ずっと。先生に怒られて(笑)。
 
でも、それでもスケートやめなかったのは、やっぱりやれていることに特別だという気持ちがあったからかなと思います。フィギュアスケートってやっぱり陸上ではできないですし、もちろん小さい頃から金銭面で大変だということは、自分は姉がいたので、そういうことも薄々気づきながらやっていました。
 
だからこそ、こうやって続けられることが特別だなと思ったし、なにより、先生方もすごく特別視してくれて、すごく面倒を見てくれて、こうやって育ててくださったので、そういうことに気づけたからここまで来れたのかなと思います。
 
ただ、夢って叶う人って本当に限られてて。はっきり言っちゃえば、自分の夢だって、叶ったのはこの金メダル……だけって言ったらおかしいけど、この金メダルが叶った夢だけであって、ほかの夢はたくさん捨ててきたので。
 
だから、いっぱいあっていいと思うんですよ、夢って。絶対適性があるし、高い目標じゃなくても、低い目標だって夢って言えると思うので。
 
これから、いろんな子どもたちが夢を持ちながらいろんなことにやっていって、少しでもなにかその夢が叶う瞬間を作ってあげられるような、その叶う瞬間になるきっかけのような言葉を出せたらなと、今、あらためて思いました。
 
 
 
 
これ、なんとなく…

ゆづは喋りながら
自分の考えが明確になったのかなぁと
思うところでもありました

彼がよくする
話すことで自分の心を掴むこと




彼から“子どもたちが”っていう
ワードが出てきたことも嬉しかったです




会見の最後
彼が書いた言葉


『自分自身を貫く』

この“自分自身”とは
私には“子どもの頃”に聞こえました



自分が子どもの頃に描いていた夢
その未来を夢みる心を大事にして

そして、
子どもだった自分も含め
自分自身そのものを大事にしてあげて


そう聞こえました

 
 

是非、

こういうことって大切なんだよと

今のあなたたちはこれからの人生において
かけがえのないものなんだよと

これから成長していく子どもたちに
教えてあげたいし
聞いてほしい言葉だなと思いました







今すべきことを。
今を貫いて。


そう生きてきた彼の

ある意味、
結晶のような言葉だと思います
 
 
 
 
 
 


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