本音を言えば、ソチ五輪が終わった後は、平昌で引退しようと思っていました。これまで結構しんどくて、「もう辞める」と思った事もありました。だけど、先々シーズンぐらいまでは、「平昌まで頑張ってから引退しよう」と決めていたんです。
 
でも気付いてしまった。小さい頃の自分にうそをついているような気がしたんです。
 
「ちょっと待てよ、4回転アクセルを跳びたくないのか?」と思ってしまったんです。
 
夢を生きるより一部要約
 
 
 
 
 
何より、モチベーションはすべて4回転アクセルだけなので。もう、獲るものは獲ったし、やるべきこともやったと思っています。
 
あとは、ちっちゃかった自分のころに描いていた目標、夢じゃなくて目標をかなえてあげる。それだけかなって思ってます。
 
メダリスト一夜明け会見より
 
 
 
 
 
自分の中での今自分が持っている夢というものって、わりとかたちがしっかりしていて。
 
それはたぶん昔の自分なんですよ。
 
昔、小さい頃に「ああ、これやりたい」「これで強くなりたい」「これで一番上に立ちたい」「こういう人になりたい」、そういうふうに憧れて、それを信じ切っていた自分がたぶん今もずっと心の中に残っていて。その自分の心の中で「絶対やってやるんだ!」と言っている昔の自分が、たぶん僕の夢というか、夢の原動力になっているんだと思います。
 
日本記者クラブ会見より
 
 
 
 
 
 

私はこの言葉を聞いて
正直驚きました
 
というか
ある意味衝撃でした
 
 
 
 
ここまで頑張ってきた人が…
 
人生すべてを懸けて
大きな大きな目標を達成した人が…

極みに到達しながらも
 
 
 
“小さい頃の自分にうそをついているような気がする”
 
“ちっちゃかった頃の自分が描いていた目標をかなえてあげたい”
 
“昔の自分が夢の原動力になっている”
 
 
 
こう話したこと
言葉を失うような感覚になりました
 
 
 


 
“小さい頃の自分”
“ちっちゃかった頃の自分”
“昔の自分”
 
この言葉を
私は毎日思い返しています
 
 
 
と同時に、
 
聞けば聞くほど
思えば思うほど
反芻すればするほど
 
涙が出るんです
 
 
 
 
 
なぜか?
 
 
 
 
 
自分と重ねるからです
 
 
 
 

 
 
小さい頃の自分
昔の自分…
 
と夢…
 
 
 
 
思い出すのは
5歳から10歳くらいまでの自分
 
 
(少し自分のことを書きます。読んでいただける方のみどうぞ。)
 
 
 
あの頃は…家が大変で…
 
病気を抱えて生まれてきた弟を中心に
すべてが動いていた
 
入院、救急車、通院、発作
深夜の出来事、記憶にこびりついている光景
 
 
毎日毎日
家族全員が精一杯で必死だった
 
 
命と向き合っていた
 
 
 
 
特にお母さんは大変で
それは、子どもの私にもわかっていた
 
 
それに起因する
お父さんとお母さんの不調和も…
私はすべて感じていた
 
 
 
 
 
だから、
お母さんが笑顔になるように
お父さんが怒らないようにと
私はそう生きていた
 
 
 
それから姉として(弟はもう一人いたのでね) 
私は絶対に無理を言えない
弟たちにお父さんとお母さんの手間がかけられるように…思いが向くようにと努めた
 
 
 
 
 
 
でも正直…
いっぱいいっぱいだった
 
毎日毎日、人の顔色を伺って
その様子で現実を察知し
それに合わせた自分にしていく
 
 
 
あの当時のあまりのことを
理解し受け止めるには私は小さすぎた
 
 
 
 
今思うと
心のバランスを必死にとっていた
 
学校で
遊びで
外の世界で
 
そこにいる自分を
自分で確認していたところ…あったと思う
 
 
 
 
だから、
おじーちゃんやおばーちゃんが来てくれた時、家に遊びに行った時、なんだかすごく安心した
 
 
 
 
 
そして…
今思い出しているのは…
 
お父さんとお母さんが喧嘩をして
お父さんが出かけて…
 
 
私はひとり
 
川を見ながら
お父さんの帰りを待っていたこと
 
 
 
 

それでもあの当時、
普通に幸せな家族だったと思う
 
 
 
 
 
 
 
 
そんな幼少期
『夢』を抱くのは楽しかった
 
 
 
その時は自分がキラキラして
とても眩しく感じた
 
 
 
未来の自分は笑っていた
 
 
 
 
たくさん夢はあったけれど、
具体的なものから抽象的なものまで
思い描く時間は本当に楽しかったなと思う
 
 
 
 
 
 
 
 
 

小さい頃の自分と夢を
笑顔で話すゆづ

その様子と言葉に
衝撃を受けたのはなぜか?
 
 
 
 
 
 
私は
そんなことをしたことがなかったからです
 
 


というか、
そんな発想すらなかった
 
 
 
 
夢は夢
小さい頃は小さい頃
 
いつしかそう切り離して
私はそれを手放していた
 
 
 
 
 
 
だから、
『幼い頃の自分が見たら“当然だろ”って言ってくると思います』

とか


こういう発想に心底驚いた





私はよく
“今の自分” “今の心”と向き合い対話をする

これはもう
幼い頃から気付いたらしていたことで


でも、ゆづが言うように
小さい頃の自分とは対話をしたことがない




やっぱりこれは
私にとっては衝撃でした








あの会見と
夢を生きるで話したことを聞くと

…出てくるんだよね

あの当時の私が



あの時必死だった私
その時夢みていた未来

描いていた自分に
私はなれているんだろうかって





キラキラしていた未来の私に
今の私はどのくらい叶っているかって




その言葉
小さい頃の私はどう思う?

その態度
あの頃の私はどう見てる?



今ある日常
精一杯に生きていたあの頃の自分が見たら
どう映るだろう?って




そうすると、涙が出てくる




ごめんねって気持ちと
私もなかなか頑張ったでしょって気持ちと

両方出てくる







そして思う

なぜ、
“あの当時”の自分が出てくるのかって



夢を描いていた小さい頃は、
なぜ“あの頃”なのか






理由は

今の私なら、あの頃の私を
包んであげられると思ったから




なんとなく…
私にとってあの当時は
ある種 記憶の傷でもある


やっぱり痛いんです




だから
ゆづが『小さい頃の自分の夢、目標を叶えてあげる』

“あげる”
こういう言い方をした時に

泣けてきた



とっても
自分を大事にしているなと思ったから





私はどこか
痛みを避けるように…
見ないようにしていた部分があって…



私もゆづのように
小さい頃の自分を大事にしてあげたい

彼の言葉を聞いてそう強く思った




そして、
ゆづに出会った今の私なら
それを受けとめてあげられると思った



あの当時描いていたものを
叶えてあげられるような気がする



だから…
あの頃の私が出てくるんだと思う








あ、
しんみりしないでくださいねw

大丈夫ですから!





でもほんとにゆづの言葉は
私に新しい世界を与えてくれました

まったく知らなかった世界です




あれから、
『小さい頃の自分が今の自分を見たらどう思うか』
この発想が私の中に生まれました




そして、

あの頃の私は
今の私の心の中にいます





ゆづは全然そういうつもりで
言ったのではないかもしれないけれど


私は今、
自分の中で自分が
ひとつになっていく感覚を覚えています




手放していた思いと
それを大事にしてあげたい今の想いが
繋がろうとしています




なんだかとても温かくて
気持ちが良いんです






ありがとう、ゆづ

本当にありがとう





 
 
 
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