ジレンマ。

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私が
彼に堕ちた頃…
 
ちょうど3年前くらい
 
 
 
その頃はまだ
彼のファンブログも
今ほどは多くはなかったような気がする
 
 
当然
Twitterなどは知らないし
無縁の生活
 
 
 
 
ランキングから
いろんな方のブログを読ませてもらい
 
そのうち
好きなブロガーさんのところだけ
覗くようになった
 
 
 
大好きなブロガーさんに
どうしてもコメントをしたくて
アメブロに登録
 
 
 
 
その頃にはもう
自分の気持ちが抑えられなくなって
 
毎日毎日…
毎日毎日毎日毎日
 
彼のことで頭がいっぱいに
 
 
 
好きで好きで好きで
 
でも相反するように
苦しくて苦しくて苦しくて
 
 
 
毎日毎日
ブログを読み漁って
 
動画を見続けて
 
彼を求めて
ネットの世界を浮遊していた
 
 
 
 
 

ストップをかけようとしても
歯止めがきかない想い
 
 
 
自分で自分が
おかしいんじゃないかと
本気で思っていた
 
 
 
 
 
それから
私もブログを書くようになって
 
いつしか“ブロガー”と呼ばれる立場に
 
 
 
 
大好きな方のすすめで
ランキングに登録
 
 
ブログ名には
“羽生結弦選手を応援”と掲げた
 
 
 
 
ビックリするほど
どんどんと順位が上がっていって
 
ハッキリ言って
私の気持ちは追いついていなかった
 
 
“怖い怖い怖い怖い怖い怖い”
“どうしようどうしよう”
“私がいるところじゃない、いちゃダメだ”
 
そんな呪文のような言葉を羅列して
友人に送った記憶がある
 
 
 
 
 
まぁそこから
自分なりに独学でブログを学んだりして
 
技術的なことも書き方も考えながら
今日まで来た
 
 
 
 
 
 
気づけば
彼の応援ブログも随分と増えたんだと思う
 
 
 
 
 

私はTwitterは
主要な情報を得るだけの手段という
位置づけなので
 
深入りはしない
 
 
 
どちらかと言うと
ブログが好きです
 
 
 
それでも目にする
Twitterに流れる彼の情報量というのは…
 
目が回るような…
ものすごい速さで流れている
 
(と言っても、ほぼニュースしか流れてこないようにしてあるので、知らないことの方が多いのですが)
 
 
 
 
 
SNSが発達し
溢れかえる情報の中で
 
パブリックなニュース記事もあれば
 
決してそうではない
目と耳を疑うようなものもある
 
 
 
ほんの個人の呟きが
瞬く間に世界中に拡散される時代
 
 
それは
反面“いい”ようで反面“そうではない”と、
私個人は感じている
 
 
 
物事には必ず
表と裏
光と影が潜んでいるから
 
 
と、
言うか
 
それは一心同体
表裏一体だと思っている
 
 
 
 
 
だからその
情報の取捨選択、選別をする眼が
 
今を生きる私たちには
必要なことだともわかっている
 
 
 
 
 
 
そんな中で…
 
 
 
 
 
クリケットに行く人
(心情的に“ファン”とは書けません)
彼と同じバスに乗る人
トロントの彼の生活圏内に引っ越した人
 
 
そしてこれはもう有名な話ですが
 
出待ち
入り待ち
彼が宿泊するホテルで待っている人たち
車で後を追う人たち
執拗にカメラをまわし続ける人たち
 
 
 
こういうのを聞くと…
胸が痛くなって言葉もないのですが、
(同時に恐怖を感じます)
 
でも、
こういう人たちを
実際に目にしたわけではないので、
 
はっきり言って
私には詳しくどうこうは言えません
 
 
やっぱり
人づてに聞いた話や流れてくるものは
少なからずその人の“主観”が入るから
 
 
 


私であれば、
“ブログ”という場所になりますが
 
そこに書くならば、
やはり自分の目で実際に見たことを
責任をもって書きたいなと思うから
 
 
 
 
 
それに…
 
 
 
 
それに、
 
これが1番大きいかもしれません
 
 
 
 
こういうのを目にすると…
ものすごく怖くなるんです
 

自分のことが
 
 
 
 
 
 
 
 
 
もしかすると私は“ブログ”という形で
とんでもないファンの人を
生み出しているんじゃないのかって
 
 
 
 
 
 
自らの勘違いや
思い違いに気づけない
 
自らの欲求を満たすことに
囚われている
 
 
相手の立場に立てない
自分本位な人たちを
 
助長しているんじゃないのかって
 
 
 
ものすごく怖くなるんです
 
 
 
 
 
 
もちろん、
 
そんな人たちが
私のブログを読んでいる可能性なんて
ないに等しいかもしれません
 
ただの自意識過剰
まったく関係ないかもしれません
 
 
私のブログは日本語ですし
目についても日本の方だけでしょう
 
とても狭い範囲内だと思います
 
 
 
でも、
“羽生結弦選手応援”と掲げ
ランキングに登録しながら日々更新している
 
これはやはり
ひとつの指標であると思っています
 
 
 
 
 
 
私が日々
“思い”として放っているものが
 
人の“影”や“闇”を作り出す
一因となっているんじゃないのかって
 
 
 
すごく罪の意識に苛まれるというか
責任を感じる
 
 
 
 
 
そういう
胸が痛む事実を目にする度に
 
私は自分が怖くなる
 
 
 
 
 
彼を応援しているのに
巡り巡って
彼を苦しめることになっているんじゃないのかって
 
 
 
 
 

だってブログなんて
ひとたび更新ボタンを押してしまえば
 
私の手を離れていきます
 
 
あとは
 
読んでくださる方
受けとってくださる方に
 
“託す”ようなもんですから
 
 
 
その受けとり方感じ方は
もうその人に託すしかないんです
 
 
 
私にはコントロールの仕様がないし
どうにもならない
 
 
 
 
 
 
だからこそ
怖いのかもしれません
 
 
 
 
 
 
 
 
彼のファンは今や世界中に広がり
 
その熱狂ぶりは
3年前とはまったく次元が違います
 
 
 
この流れは
きっともう止められないでしょう
 
 
 
 
この現状を目の当たりにして
 
正直、
思うんです
 
 
ファンにも
光と影があると
 
 
必ず“闇”の部分があると
 
 
 
 
 
 
ブログはじめ
SNSをされている方ならば
少なからずそれを感じている方は
いるのではないかと思います
 
 
 
 
 
 
だって、
私自身もそうですから
 
 
 
 
 
彼に堕ちて
 
好きな気持ちが止められずに
生活に支障が出るほどだったあの頃…
 
 
あの気持ちを知っている私は
 
どこか…
現在のそういう人たちを
心から批判しきれないというか…
 
断罪ができません
 
 
というか
する立場にない
 
 
 
 
もちろん
それを行動に移すのは言語道断ですが
 
自分の中にも
同類の“闇”を見ているからこそ
 
 
それは“自戒”になるのだと思う
 
 
 
 
 
 


私の“夢”
 
彼の試合を観てみたいという思いだって、
言い換えれば“執着”と“欲望”です
 
 
 
自分でも切々と感じます
 
これは時に“囚われ”だと
 
 
 
 
 
夢が夢のままで
日々の頑張りの元になっている場合は
それは光であり続けますが
 
 
なにかの拍子に掛け違うと
一瞬で闇に転換します
 
 
 
 
 
光は闇であり
闇は光である
 
 
彼を応援しながら
私は書く作業において日々、
この自分の心と葛藤している
 
 
 
 
 
 
 
ゆづを苦しめる
応援だけはしたくない
 
 
したくないです
 
 
 
 
 
 
 
 
ちょっとつらつらと書きました
読んでくださってありがとう
 
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いつもありがとうございます✲*゚

 

 

 

 

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