コメ欄開けてくれーと友から連絡ありましてw
なので今日は開けますね~

お返事できる範囲になりますが
よろしければ<(_ _*)>


 
 
 
 
 
 
 
これ天然だからね
 
 
考えるユヅル
 
 
 
 
 
どうしても手はそうで
首は斜めって
視線は斜め下
 
 
第二関節は顎にちょんと
 
 
 
 
 
考える
 
 
 
 
 
 
め、
目を…(生唾)
 
 
 
 
 
 
う、
薄目…(ゴッキュン)
 
 
 
 
 
 
この対談
 
私的に何箇所か
核心的に感じるところがあるんですけど
 
 
そのひとつが
ここでした
 
 
 
 
 
 
 
“自然”
“命”
“まわっている”
 
 
この捉え方
私もまったく同じで
元日の記事にも書きました
 
“輪廻”って
 
 
 
なんとなく…ゆづの言葉は
ポープ&レガシーの世界観と被りながら
 
 
でもきっと
SEIMEIにも通づるところあるんだろうなと
思いました
 
 
 
 
 
 
 
たくさんの意味がある
SEIMEI
 
 
だから、
あえてアルファベット表記にした
 
 
 
 
 
ゆづの場合、
自分の演技を通して
“これを感じてほしい”というのではなく
 
“何を感じるかはその人に任せる”
というスタンスですが、
 
 
私個人は
キャラ立ちしている安倍晴明の物語と
ゆづ自身を重ねながら観ることもあれば
 
漠然と『イメージやテーマ』として
なにか“大きなもの”を受けとる時もあります
 
 
 
それが
『生命』であることも
 
 

 
 
 

そして
ゆづの言葉
 
“自然”
“命”
“まわっている”
 
これを聞いて
私は萬斎さんとの対談を思い出していました
 
 
 
不思議と
重なって聞こえたんだなぁ
 
 
 
萬斎さんが“SEIMEI”を見たあとに
仰っていた言葉
 
 
 
スケーティングも、ある種まわっている時というのは…(無の状態である)
 
一種、全体の小節が何小節かある中でぐるりとまわるというのは、たゆとうてるというかね
 
 
 
 
 
まわること自体は、なにか演技かっていうと、それ自体が演技というのは、やっぱり一種、時の流れであったり…
 
 
エネルギーの、なにか螺旋を見せるとかっていうことで
 
 
 
 
星の運行にも近いけれども、そういうような…こう…もうちょっと大きな、世界観を見せるような気がしますね
 
 
そこから具体的な何かが…
直接的に、何か型をするっていうようなことになっていく
 
 
ですから、
まわっている間は、ある種 無になっている
 
 
 
 
 
 
“(スケーティングは)エネルギーの螺旋を見せる”
 
“まわっている時は“無”になっている”
 
 
 
 
 
ゆづが話したこととは
少しニュアンスが違うかもしれませんが
 
私の中では繋がったんですね
 
 
 
 
言ってみれば
ゆづが感じていることを
萬斎さんが言葉で具現化してくれた
 
 
 
 
まぁ時系列的には
萬斎さんとの対談が先ですから
 
それを受けてのゆづの解釈…
となるかもしれませんが
 
 
 
 
萬斎さんの教えが息づいていながらも
 
ゆづ自身の感覚から得たものを
しっかりと演技に生かせている
 
そんな現在なんだろうなと思います
 
 
 
 
 
 
 
 
『自然』
『命』
『まわる』
『螺旋』
『無』
 
 
ここに
“神秘”を感じるのは私だけでしょうか?
 
 
 
 
 
私たちが住んでいる地球
この惑星(ほし)は自転をしています
 
 
その回転方向は西から東
(北極側から見ると反時計回り)
 
 
 
 
それと同じように
銀河宇宙も渦を巻いています
 
 
 
もうこの事実だけで
私には震えるような感覚があるのですが
 
 
 
 

 
さらには、
地球上に発生する台風の渦も同じ
(コリオリの力によるもので北半球と南半球では回転方向が異なる)
 
 
 

 
 
溜まった水が
下に流れる際にできる渦の方向も同じ
(洗面所などで水を張って流す時にできるよね)
 
 
 


人で言うと
“つむじ”も似たようなものかなぁと思います
 
 
 
そして水晶も
右巻きと左巻き(人工的)があるそうで、
右巻きは
自然界にしか存在しないそうです
 
 
 
かたつむりやタニシの
殻の模様も右巻きです
 
 
 
 
まさに森羅万象
 
自然界のその螺旋に
命の続きを感じます
 
 
 
 

こういうことを考えると
彼がホープ&レガシーを滑ったのも
“必然”であり“必要”であったのかなと思ったり


それが今に続いているわけですから
 
 


 
あとは個人的に
私が出産する時に感動したのですが、
 
赤ちゃんが産道を抜ける際
体を回旋しながら出てきます
 
 
誰に教えられたわけでもないのに
これこそ人間の神秘だと
 
 
 


SEIMEIのはじまりも
同じ方向から

 
まさに
命が息吹く瞬間



 
なんだか
彼のジャンプやスピンとも
重なります
 
 
 
 
まわりながら
螺旋を描き

すべてを絡めとるようであり
内なるものを放射しているようでもある

 
 


『自然』
『命』
『まわる』
『螺旋』
『無』

やっぱり私の中では繋がります







地球上の
すべての生物のDNAは右巻きだそう



もうこれは
人智を超えた神の領域ですが
 

極小から極大に至るまで
この世界はすべて螺旋でできている


そんな風にも感じます
 
 
 
 


スケーティングでエネルギーの螺旋を見せる

まわっている時は“無”である

 
この“無”とは
“無”という名の“在”であるのかなぁとも
私は思ったりするのですが



萬斎さんの
こういう言葉を考えると、

まさに
演技の基本はスケーティングで


たゆたうその“時の流れ”の中に
ジャンプ(出来事)がありスピン(事象)があり


螺旋を描きながら人生が創られてゆく






私が
彼の演技を観て
 
自分の内に無限の広がりを感じるような
そんな感覚になるのは
 
こういうものを
そこに見ているからかもしれません
 
 
 



すべてを伴って
一気にエネルギーを放出したり


そこからの流れを
一切途切れさすことなく

次へと美しく繋げるように




彼の演技は
まるでエネルギーの流れそのもの



無限宇宙の中の
煌々たる地球(ほし)の

神秘に彩られたこの世界に生きる
人間模様である





見ていると

自分の中に“宇宙”があるような…
それが内に創られていくような…

そんな感覚になる
 
 
 
 

 
 


自分の演技を
好きなように感じてほしいという
彼の言葉を受けて


私が感じている
ひとつの見方を書いてみました
 
 
 
 
彼のスケートは
こういうイメージやテーマを
私に与えてくれます

 
 





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