お待たせしました

 

12月31日記事 「ブログ」と「わたし」

コメ返すべて終わりました

 

お心当たりのある方どうぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年11月10日15時38分

 

ゆづ

NHK杯欠場発表

 

 

 

 

 

 

──

 

 

 

 

その間にも、ファンの人は会場に続々と集まっていた。

中には、ショックで足が向かなかった人もいるだろうし、せっかくチケットを手に入れたのだからと来場した人もいただろう。

少しでも気持ちをわかりたくてスタンドで演技を見てみたが、「心ここにあらず」という人が少なくないように感じられた。

 

 

ああ、羽生の滑りを見られないんだ。

 

いや、今はとにかく治療に専念して、オリンピックには万全の状態で臨んでほしい。

 


そんな相反する思いを抱えながら、

ファンの人も必死に「前」を向いていたのだと思う。

 

 

フィギュアスケートマガジン

2017-2018 グランプリスペシャルより

 

 

 

 

 

これを読んで

 

やっと涙が滲んだというか…

やっと泣けたというか

 

 

そんな感じになったのと

 

 

 

 

あの当時の自分と

そこにいた「必死に前を向いていた」人たちを

 

認めてあげたいというか…

 

 

頑張ったね

そうだったねって

 

ぎゅっと抱きしめたい気持ちになりました

 

 

 


 

そしてこれを書き伝えてくれた

マガジンさんに感謝します

 

 

 

 

もちろん

出版物というのはビジネスですし

そこには“商売っ気”が孕んでいます

 

 

手に取られてナンボ

購入されてナンボ

 

書く内容は

購買意欲をそそらせるものを

 

は、

頭では理解できています

 

 

 

が、

こういう有形な読み物はじめ

SNSを通しての無形記事など

 

良記事であるものも そうでないものも

溢れ返るこのご時世

 

 

やはり

“なにを書くか”は重要です

 

 

ただ炎上商法で成り上がるものとは…

違いますね

 

 

 

 

 

誰もが衝撃と動揺を隠せなかったあの当時を

こんな風に伝えてくださる方がいるということ

私は率直に嬉しく思いました

 

 

 

あの場にいた身として

 

 

 

 

 



ニュース映像だけでは

伝わらなかった

 

 

11時42分、曲かけの6番目に流れたのは『バラード第1番』。5人のスケーターが思い思いの練習に取り組む中、行き場のないピアノの音色が館内に響く。これほど悲しげなバラ1は聞いたことがない。

 

 

 

この部分を読んで

鼻がキューーーンと痛くなった

 

主を失ったバラ1は

本当に悲しかったのではないかと思う

 

 

そして、

曲と一心同体である彼自身の当時の気持ちが

もしかするとそこへ乗っていたのではと…

今となっては思ったりもします

 

 

 

 

 

 

ファンの人も必死に「前」を向いていた

 

 

 

 

うん、

その通りだと思う

 

少なくとも私のまわりは

そんな人たちばかりだった

 

 

 

現地で会った友人

読者さん

 

 

会えば

みんな一瞬同じ顔をして

 

 

“はぁ…”

“なんでこうなるかねぇ…”なんて言いつつも

 

 

自分を励ますように

互いを励まし合うように

 

ハグして

手を握り合って

 

 

目を合わせて

 

 

 

うん、

わかるよ

 

うんうん、

わかるよわかる

 

ね、

 

 

 

この複雑過ぎる思い

やり場のない気持ち

 

 

 

分かち合っていました

 

 

 

 

中には

私と同じように全日本からのN杯 2打撃で

心が砕けている方もいました

 

 

心を込めて

初めて作ったバナーを持って来ていた

友人絵師さん

 

 

夏のアイスショーを家の事情で我慢して

やっとの試合に来られた読者さん

 

 

ゆづに会えないのは

これで5回目…?と言っていたブロ友さん

 

 

試合前に

“楽しみだね”

“ちぇりんちゃん、初めての試合だね!”と

やさしいメッセをくれていた読者さん

 

 

ゆづに会えないのと

私に会えたのと

悲しさと嬉しさ入り交じる涙を

流されていた読者さん

 

 

 

 

もう

本当にあの場は

 

一種独特な雰囲気でした

 

 


 

 


でも結局は

 

みんなみんな

しっかり『前』を向こうとしていた

 

 

 

 

と、

言うか

 

私の感覚的には

 

 

友人や

その場にいる人との関わりの中で

 

『前』を向けた

 

 

 

これに近かったと思います

 

 

 

 

あとは、

当時の記事にも書きましたが

 

出場選手たちの演技がそうさせてくれた

 

 

と、

私は思っています

 

 

 

 

 



現地で

みんなと話していて思ったことがある

 

 

 

“私の何かがいけなかったんだろうか”

“私、何か悪いことしたかなぁ…”

 

“私が来るからこんなことに…?”

“なんだかゆづに申し訳ない”

 

 

こう口にする人が多かったです

 

 

 

かく言う私も


当時の記事に

『(全日本のトラウマで) “もしかすると何かあるんじゃないか”という私の気持ちが、負の風を送っていた…?ごめんなさい、ゆづ。』と書いた

 

 

 

 

そして驚いたのが

マガジンさんの毛受カメラマン

 

 

大阪に住む人間の一人として、ものすごく申し訳ない気持ちになった。

 

大阪を嫌いにならないで欲しい。

 

 

文の中でこう綴られていた

 

 

 

 

 

 

不思議なもので

思考って似るのかな…

 

 

ファン同士の思考も

彼を取材したり撮ったりしている人の思考も

似るのかな…

 

 

 

いや、

そもそも“そんな人たちだから”

 

彼に惹かれ

彼を好きになり

彼を応援しているのかもしれない

 

 

 

まさしく

 

類は友を呼ぶ

なのかもしれないね

 

 

 

 

 

 

だって、

 

みんな

 

 

別れる時には

声と言葉に力強さが戻り

 

 

 

しっかり『前』を向いていたもの



向こうとしていたもの

 


 

 

 

 

 


同じような

“なにか”を内に秘めながら

 

出会うべくして出会った私たち

 

 

 

共にする時の流れの中で

 

 

好きな選手の生き方に憧れ

それと同じように

 

すべてを伴って

前を向いて歩いてゆく

 

 

 

 

いま、

こんな風に私には映っています

 

 

 

 

そして

遠く離れた地で頑張っている彼と共に

 

 

ファンも

それぞれのフィールドで

しっかり「前」を向こうと頑張っている

 

 



そんな

『いま(現在)』なのだと思います

 



 

 

 

 

 

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