【再考】東トルキスタン問題 | 草莽崛起~阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと)のブログ

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自虐史観を乗り越えて、「日本」のソ連化を阻止しよう!

先日、古いエントリーを再投稿したが、そこで引用した論文(野口信彦「東トルキスタン共和国の成立と崩壊」『理論研究誌 季刊中国』 )を再読して改めて気づいた。

 

《より多くの権益を獲得するために、スターリンは中国共産党への援助をしないという約束のほかに、東トルキスタン共和国に援助しない、国民党政府による東トルキスタン民族独立運動への反乱平定権を認める、などを約束し、東トルキスタン共和国の歴史的運命をソ連の国益の犠牲にしたのである。この態度豹変・裏切りが、現在の新疆における分離・独立運動の遠因ともなっているのである。》(同上)

 

件のエントリーでも引用した部分であるが、おそらく、これにもとづいて、別のエントリーで次のように書いたのだった。

《二度目の東トルキスタン共和国は、ソ連の支援下に、中華民国政府からの独立を勝ち取ったのもつかの間、ソ連の裏切りにより、民国が設置した新疆省政府と合同(新疆省連合政府)させられました。しかし、両派はすぐに分裂し、トルキスタン側は、イリ地方を中心とする元の支配地に戻り、「保衛新疆和平民主同盟」を組織し、自治を宣言しました。》

「ウイグル自治区とは中国が実効支配してる植民地ですか?」

確かに、ソ連国家資本主義(=スターリニスト体制)の犯罪性は目に余るものがあるが、野口論文には、次のような記述もある。

《ドイツ降伏後、中ソの会談があった。結局、外モンゴルの独立問題については両国ともに固執したが、結局、国民政府が譲歩し、ソ連が中国共産党と東トルキスタン共和国政府にいっさいの援助をしないこと、中国の東北における主権を承認すること、中国への援助は国民政府を相手に実施することを条件に、戦後、外モンゴルにおける独立に関する国民投票の実施を認め、外モンゴル問題に決着をつけた。》(同上)

つまり、国民党政府は、モンゴルの半分をソ連に譲る代わりに、東トルキスタンに対する支配権を要求したのである。今日の中国共産党による支配の原因を作ったという点では、国民党政府の責任も小さくはないのである。

 

もちろん、最悪の犯罪者集団は、現に今、東トルキスタンの労働する諸個人を蹂躙している中国共産党であることは言うまでもない。

 

しかし、そのような犯罪行為の梅雨払いをしたという意味では、ソ連と並んで中国国民党の名も、我々の心に刻み付ける必要がある。

 

 

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