オーラソーマ®虹いろバトン

オーラソーマ®カラーケアシステムは、アカデミー本校がイギリスにあります。
日本全国にたくさんのプラクティショナ―、カラーケアコンサルタント、ティーチャーが活動しています。
このブログは、体験談をコラムとして発信しています。

オーラソーマ®カラーケアシステムは、アカデミー本校がイギリスにあります。
日本校のホームページは http://asiact.ne.jp をご覧ください。

このブログは、オーラソーマ®プラクティショナ―、カラーケアコンサルタント、ティーチャーが個人的に体感した「色と光とその質」について語るブログです。
虹いろのバトンが渡されるたびに、紡がれる光のストーリーをどうぞお楽しみください(2017年9月1日)

テーマ:

たまにしか会うこともない、
どんな人なのかもよく知らない、
だけど、いつでもハートを開いて笑顔でハグしたくなる!
それがオーラソーマファミリーです。

 

同じ「11」のバースナンバー繋がりで、

新潟の小戸田貴子ちゃんからバトンを受け取りました!
 


愛犬スーリーと共に、福岡の地で
色と光と女神のヒーリングサロン&スクール
BrillianceDropの マノアじゅん です。

 

 

コガジュンのほうが馴染みがあると思いますが
2017年に私は名前を変えました。


「自分自身の生きかたを見直そう」と考えていた時に、古賀の祖父が夢に出て来ました。

そして「マノア」と言う言葉を与えてくれました。

 

 

マノアとは、豊かさと雄大さの意味を持つハワイ語です。

「おじいちゃんくさ、つやかぁ〜」(訳:おじいちゃんったら、粋だね)と意味を知った時に思いました。
同時に、祖父の名前は「古賀 豊」ですので、「自分の名前やん!」と笑ってしまいました!

 

 

ハワイには、「マノア渓谷」というのがあるそうです。
乾燥したハワイでは珍しく、そこは常に「潤っている」そうです。

「そうか、私の潤の字もあるとやね」と洒落た計らいに、この名前で生きることを決めました。

 

 

これからは、マノアと呼んで下さいね。

 

 

 

 

 

さて、

私のオーラソーマとの出逢いからお話ししてゆきたいと思います。

2000年、本屋さんで1冊の本に出会いました。

当時の私は、テレビ番組のスタイリストをしていました。

毎日毎日、20キロほどの衣裳を抱え、
10人ほどのアナウンサーやタレントさんの衣裳選びをしていました。

それはスタイリストという呼び名を知らない幼少の頃からの夢でした。

 

 

 

リカちゃん人形の着物を手作りしたことがきっかけだったと覚えています。

そして、スタイリストになるために短大に進み、
アパレルのコーディネーターとして就職して、
東京で修行することになりました。

 

 

人生いろいろありましたが、29歳でフリーランスになり
福岡で、当時はほとんどスタイリストらしい仕事がないテレビ業界で
名刺1枚で起業しました。

 

 

 

 

テレビマンだった、父の作ったニュース番組のスタイリストになれたときには、本当に嬉しかった!

 

 

カメラマンさんや照明さん、音響さんと話し合い、ときには厳しい意見交換をしながら番組の映像を作って行くことは、やりがいに燃えました。

 

 

アシスタントも数名雇い、フリーランスとしてはかなりの担当番組を抱えるまでには、あらゆる荒れ地を整備開拓するような日々でもありました。

 

一生、この仕事をし続ける!と思っていました。

 

 

 

 

ところが・・・。
たった1冊の本に出会ってしまったのです。

 

 

当時は、1年間のうちの休日はお正月の2日くらい。
そんな私がオーラソーマを学ぶための6日間を作り出すのは難しかった!

取引先の方々やスタッフに協力をお願いして、なんとか学ぶ時間が作れました。

強い覚悟が必要な、仕事を失いかねない恐れを乗り越える勇気が必要なことだったのです。

 

 

説明会で初めて見たボトルは、とても美しく

周りの声も、何もかも音が聞こえなくなるくらい、見とれていました。

そのときのボトルが、これ!


B99 大天使ザキエルです。

 

 

レベル1を受講して、
「ではコンサルテーションの練習をしましょう!」とティーチャーに言われた時・・・
『えええええーーーー!コンサルテーションなんてしたくない!やだー』

というのが、レベル1でのわたし。

 

 

 

それなのに、レベル2では
「ティーチャーになりたい」と表明をしていました。

 

 

 

決して、コンサルテーションが好きになれたわけでも
将来の仕事にしようとは思っていませんでした。

テキストを小脇に抱え、スタイリストの仕事をしながら、
1行でも読める時間があれば、立ったままで勉強する日々。
ボトルの名前を覚えるだけでも、何度も何度もぶつぶつ唱える日々。

 

 

 

ただ、オーラソーマが好きだっただけです。

 

 

 

その後、このB99大天使ザキエルは、
私にヒーリングクライシスをもたらしました。

 

 

スタイリストの仕事をしながら、
「古賀さんはいつも元気ね!笑顔に癒されるわ」と言われて
「ありがとうございました」と微笑みながら、くるりと向きを変えると
暖かい涙が溢れて来て、なぜだかわからないくらいに涙が止まらなかったのです。数日間はずっと泣いていました。

 

 

 

 

その涙は、
私の中に在る表現できなかった悲しみ、苦しみが溢れて来たのでしょう。

 

 

それから、私は自分らしさを少しずつ表現できるようになりました。

 

 

 

 

そして、オーラソーマに出会ってから2年ほどしてブリッジコースに進むために、スタイリストの仕事を全部辞めてしまいました。


 

 

どうして、そう思ったのかは  衝  動 としか言いようがありません。

 

 

「6日間だけだったら休みにしようか?たまには休めばいいじゃないか?」
そう言って下さった取引先の部長さん。だけど・・・

うちのスタッフ込みで、全ての番組の担当を別の事務所に渡し、用意周到に辞めたのです。

 

 

 

その先には、何もありませんでした。

予定も仕事も何もない、そんな未来にはブリッジコースを受講するしか存在していませんでした。

 

 

 

それでも、私はとっても幸せで、なぜかワクワクしていたのです。

 

 

 

ブリッジコースを受講するために、上京し
「宝石の400年の歴史展」を観て、うっとりしながら美術館を出て来たところで、携帯がなりました。

「宝石好き?」と聞かれて、「ちょうど美術展を観ていたのですよ〜、職人技が美しくて感動しました」とウキウキしながら話していたら
「そうじゃないのよ。オーラソーマジュエリーの仕事しない?」
「は?わたしコンサルしたことないんですけど。。。大丈夫でしょうか?」

 

 

突然舞い込んで来た未来への一歩でした。

 

「わかんないけど、やります。私はお仕事を断らない主義なので」

 

 

 

これからスタートするオーラソーマジュエリー展の始まりのときでした。

そして、年間ほど各地を回らせて頂きました。

 

 

 

初めてのコンサルテーションは、
ジュエリー展が始まる前の1ヵ月ほど前に開催された3日間のイベント、
「キレイと元気」というものでした。

ほぼ初めてのコンサルテーションにも関わらず、100名ほどのかたにさせていただきました。

 

 

この3日間で、3本のボトルを使い切るほどの疲労感。
そうですよね、無謀であったにも関わらず、全力を注いだのですから。

 

 

B67 天上からの愛
B69 鳴り響く鐘
B77 カップ

 

 

偶然にも同じ色。

ソウルスターの色、第8チャクラの色、マジェンタのボトルでした。
私にインスピレーションをもたらし、人生の流れに沿うきっかけになったのかもしれません。

 

 

 

 

その後も、
ビタミンカラーズの社長室長として、東京に通った年間。
AS I ACT.JAPANの代表として勤めさせて頂いた年間。

 

 

どれも、じっくり考えたわけでもなく
「やる?やらない?」と聞かれたあとに、「やります!」と答えた結果に
させて頂いたお仕事です。

 

 

どのお仕事も、たくさんの人の考えがあることや
人がどのように自分自身のことを考えているのかを、
学ばせて頂く期間でした。
出逢いと経験を与えて頂いたことに、いまでも感謝の気持ちが溢れて来ます。

 

 

 

そして偶然にも、年間というのは同じ。

 

 

 


  B29 起きて進め

    


  B11 エッセネボトル1/花の鎖

    


  B2 ピースボトル

 

(私のバースナンバーと同じ流れのように感じます)

 

 

 

 

 

 

ひたすらに夢に向かって進み
自己受容、自己愛について何度も考えさせられ、そして再び・・・

ブルーの色彩の言語「信頼、ブループリント、目的意識、平和」

そこに繋がるように思えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

私がこの17年間、オーラソーマをし続けているのは
オーラソーマが好き!ただそれだけです。

 

 

2年ほど前まで私は

「私の人生は、オーラソーマにある」と思っていました。


 

オーラソーマを通して出会った人たちは
私にとっての魂の家族でもあるというのもひとつです。

 

 

 

時代の流れと共に、移ろい行くこと。

 

 

 

 

その中で、「オーラソーマを辞めよう」と思ったこともあります。

珍しく真剣に考えて、煮詰まるくらいに考えに考えて(笑)

 

 

 

 

サロンから、全てのオーラソーマが無くなったとしたら???
私の人生から、ハーブとクリスタルのボトルを取り除いたとしたら?

そうイメージしたとき、、、

「ないない!それは、ないわ〜〜〜」というのが私の気持ち。

 

 

 

 

 

そして、気がついたのです。立ち位置が違っていたんだって。

 

 

 

 

 

『オーラソーマが私の生きる道』

なのではなく、

 

 

 

『私にインスピレーションを与えてくれるもの、
 それがオーラソーマなのだ!』
と。

 

 

 

 

自分の人生を自由に選び、楽しみながら生きるためにも

いまこの瞬間に根を降ろす軸になるものがあると、ブレることもありません。

 

 

 

色を通して観る世界は、
エネルギーヒーリングやボディケアの施術をしている時も、

鮮やかに、クライアント様の人生の彩りを垣間みることができます。

人と関わり、人の輝きを引出すお仕事をしていると、
全てのベースになるものだと、私は確信を持って言えます。

 

 

オーラソーマの美しいイクイリブリアムボトルの前に立っていると
たくさんのアイデアやインスピレーションが溢れて来ます。


 

山あり谷あり、絶壁ありと、長い人生の道を歩いてきて
いまでは、自分らしい表現ができるようになっていることに喜びを感じます。

 

 

 

私は、私を好きだと思えるから。

 

私は、私を尊重できると思えるから。

 

私は、私を信頼できると思えるから。

 

 

オーラソーマは、

ちっぽけな私に、尽きること無く
溢れ出るインスピレーション、閃きを与えてくれるのです。

 

 

このインスピレーションと閃きは
他人を知ること、
他人を信頼すること、
他人を愛すること、
にも、オープンハートで居られます。

 

 

 

人間のことを好き!だから、オーラソーマが好き!
なんだと感じている私がいます。

どんな毎日であろうと、とてもワクワクして、ハッピーです。

 

 

 

オーラソーマに出会うとき、
あなたがあなたの素敵な輝きやあなただけの輝きを

見つける始まりになりますようにと、いつも願っています。

 

 

 

最後までおつきあいくださって、ありがとうございました!

 

 

次なるバトンは、
虹いろバトンの2周目になります。
山口県のさがわよしえちゃんに、お渡ししますね。

 

暮らしに活かすオーラソーマのプロダクツたちをご紹介となります。
楽しみにしていて下さいね。

 

 

 

 

色と光と女神のヒーリングサロン&スクール
BrillianceDrop

(福岡、九州、お声がかかればどこへでも)

 

【オフィシャルサイト】http://brilliancedrop.com/
【Facebook】 https://www.facebook.com/BrillianceDrop

【インスタグラム】https://www.instagram.com/manoa_jun/

 

【最新情報は、こちらから】http://brilliancedrop.com/blog

 

 

 

虹このコラムは、著者の体験によるものです。個人の差があることをご了承ください。
本文、写真は「オーラソーマ®虹いろバトン」および著者に属します。

 

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