奥三河の山家三方衆(やまがさんぽうしゅう) ~愛知・名古屋の相続・不動産・離婚専門弁護士~ | 名古屋市の相続・シニア問題に強い弁護士のブログ|愛知県

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6月2日(日)足助城跡を散策した私は、16世紀のころ、松平・今川・武田の3氏による三河山間部の支配争いの激しさ、厳しさを知り、奥三河の「山家三方衆」に興味を持ちました。



戦国時代15世紀から16世紀にかけて、奥三河で力を持っていた3氏族、田峯(だみね)の菅沼氏、作手の奥平氏、長篠の菅沼氏を称して「山家三方衆」といいました。

山家三方衆は、互いに姻戚関係にあり、(というより、意図的に姻戚関係を築いた―人質でもあり、血縁と署名・血判による誓約により同盟を築いたものと思います。)、一致団結して外敵(松平・今川・武田)に対抗していました。
しかし、戦国大名の勢力の狭間で自衛と勢力拡大のために、時によっては団結が崩れ、血で血を洗う悲惨な争い、戦いをすることとなるのです。
戦いに敗けると、一族が惨殺され、あるいは売り飛ばされ、物・金の略奪がされるのでした。
とてつもない「戦い」の厳しさが現実でした。



私は、強国である武田氏の脅威にさらされていた田峯城に興味を持ち、足助城から車で約1時間東へ走り、設楽町田峯に行きました。(長篠城は、数年前に行ったことがあり、作手城は今度行きたいです。)

田峯城は、寒狭川の渓流をはるかに見下ろす標高387mの独立丘陵にある山城です。
二ないし三方向が崖のような急な斜面になっておりました。
本丸から見下ろした寒狭川の蛇行と城をいただく山並がまさに、大蛇のようであることから、田峯城は別称「蛇頭城(じゃずがじょう)」、「竜の城」と呼ばれていました。


田峯城から見下ろした寒狭川の渓流


1576年7月14日田峯城は、武田方について信州に敗走した菅沼定忠に夜襲をかけられました。
菅沼定忠は前年の1575年長篠合戦の後謀反を起こした田峯の菅沼一族ら老若男女96人を惨殺し、主だった者の首をさらし、主謀格を鋸引きの刑に処したものでした。

つい最近まで、「戦い」は、生か死か、売り飛ばされるか逃走かの境目だったのです。

歴史の里 田峯城の西北斜面(後ろが田峯城)



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■ 「生きる」厳しさ
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歴史においては、「戦い」に敗けることは、領地、領民を、家来をあるいは主君を、家屋敷全てを失い、物、金を略奪され、一族とも惨殺され、あるいは売り飛ばされ、あるいは逃走することでした。

「生きる」ことの厳しさは、現在の社会でも少なくとも一部は共通することだと思いました。

ユダヤ教徒は、結婚式で新郎新婦はグラスのワインを分かち合って飲んだ後、新郎がそのグラス踏み砕きます。グラスを砕くことで、ユダヤ人がエルサレムの神殿を破壊され、流浪の民となった悲しみ、生きることの厳しさを心に留めるとのことです。

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