熱が出たりすると 気付くんだ 僕には体があるって事
鼻が詰まったりすると 解るんだ 今まで呼吸をしていた事
このフレーズがふと思い浮かぶ。
私の体は、12月からの多忙生活により疲れ切りそろそろエンストしそうだ。
それと同時に生きているという実感を味わう。
昨日の音小屋で、サカナクションと夙川のディレクターである杉本さんが言っていた一言。
「感じた事を文字、言葉で表現したい」
私も本当にそう思う。
日々感じる事を言葉で表現して、それを発信出来たらどんなに良いだろうか。
私の言葉で誰かの心を動かすなど大それた事はできないし、しようとも思わない。
でも、自分の感じた事を言葉で表現出来たらまた一つ新たな何かが開けるような気がして。
しかし、同時に言葉は難しいと思う。一つ表現を間違えてしまえば、全く別物になってしまう。紙一重。
だから余計、ボキャブラリーは大事になってくる。
これから少しずつ新しい言葉を覚えていこう。その為には本を読んだり、新聞を読んだり、、、何か自分が動き出さなければならない。
私は良く、「口だけ」になる。言うのは誰にでも出来る。それを行動に移せるかどうかが鍵。行動するのが大変で、難しい所でもある。
と思うのだよ。
昨日改めて、音楽て奥が深いと思った。色んなアーティストが居て、それに携わってる人がたくさん居て、それを支持するファンが居て。
一つのアーティストの周りには、本当にたくさんの人やものや想いが渦を巻いて存在していると感じた。
私はその全てのものに憧れを感じ、素敵だと思う。しかし私の知っている事は表面に現れている、楽しさや嬉しさでしかない。そのアーティストの奥の奥の奥にあるものは分からない。だから、一概にどれが良いと一言で言ってしまえない。逆にこれが良くないとも言えない。そのアーティストの苦しみや今まで積み上げて来た過程、その中で得たもの失ったもの、気持ち、それら全てを知らない私には、そのアーティストを本当の意味で評価する事はできない。でも、それらを知らないからこそ、どのアーティストを見ても、感動する。絶対に否定をしたくないし、否定する権利なんて私にはないから。
何が言いたいかというと、どのアーティストも素晴らしいと言うことである。笑
こんな簡単な言葉で表現してしまうのはあまりにも説得力もなければ、インパクトもない。ありきたり過ぎてしまう。
でも、生で演奏を聴いて、共に音楽を共有する時間は本当にかけがえのない時間だと思う。その短時間に、アーティスト側は何時間、何日、何ヶ月、何年もかけて良いものを作ろう、自分たちらしいものを表現しようとしているから。
それを見たときは、自然と心が動いてしまうと思う。少なくとも私は。
それでも人には好みというものがある。
好みのアーティストや音楽はとても好きになり、好みでないものとは距離が出来てしまう。
これは人間関係にも当てはまる。
"嫌い" なのではなく、"好みではない、合わない" と言うのが正しい言葉の使い方なのかもしれない。
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