鶴が西の空に飛び立った | タクトTVのブログ

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漫談のひびきわたる先生がお亡くなりになられた。

ぼくが東京演芸協会に入った頃には、協会の役員をされてた。
ぼくはひびき先生の舞台が好きで、よく袖で見てた。
ネタのあとに、ボソボソとつぶやくことで、どんどん客の笑いを引きだしていく。
中トリをよく任されて、中トリは協会のグッズを売るのだが、誰よりも協会の手ぬぐいを売ってた。
「せっかく見に来てもらっているのに、手ぶらじゃ申し訳なくて帰せない。お土産にダイヤの詰め合わせを、それじゃ重くて気の毒だし、笑って汗も涙も鼻水もよだれも垂らしてぐちゃぐちゃになっているから、この手ぬぐいできれいになっていただこう」と、得意の口上で客席の爆笑を誘い、協会グッズを完売させていた。
ぼくの舞台も時々見てくださり、間の取り方とかアドバイスも多くくださった。
ある時、東洋館の太鼓部屋で、あまりにもひびき先生の話がおもしろいので大笑いをしていたら、トリの鳳楽師匠が「楽屋がうるさくて、落語ができないよ!」と怒られたりもした。

ひびき先生の最初の出会いは、1985年6月29日読売テレビで、その日にお笑い日本一を決める「優勝賞金百万円 爆笑エンターティナー全員集合」という四時間半の生放送。
決勝八組に東京からおぼんこぼん師匠とともに来られて、ぼくもなぜか勝ち残ってご一緒した。ちなみにこの番組ではダウンタウンの松本さんが、審査員の藤本義一さんに噛みつき「二度と出るか、ぼけー!」とやったので、ぼくもひびき先生も楽屋で弁当食べながら、口あんぐり。

粋でやさしくて芸術家肌のひびきわたる先生。
この先生しかやらない独自のキセル漫談以外にも、フルート、ギターを弾きこなし、ソウルな歌など作詞作曲もお手の物、レコードは16枚も出している。まさにボードビルの名人だった。
平成30年9月10日(月)午後2時42分 腹水炎の為、永眠。享年75。

 

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