ブログラジオ ♯181 If You Let Me Stay | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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テレンス・トレント・ダービーという。

まあ些か長いので、通例に倣い
以下TTDと表記させて戴くことにする。

INTRODUCING THE HARDLI/TERENCE TREN D'ARBY

Amazon.co.jp



しかしこのアルバムも
実に衝撃的な
一枚だったものである。

同時期くらいかと
どこかで思い込んで
しまってもいたのが、

ちゃんと確認してみると前回の
レニー・クラヴィッツ(♯180)の
シーンへの登場から

遡ること二年前、
87年の作品であった。

とにかくこのアルバムは
本当、隅から隅まで
楽しませていただいたものである。

これ以前にも多少のキャリアが
あったようではあるのだけれど、

本作が実質的な
デビュー作だったものだから、
僕らなどは、

しかしものすごい人が出てきたなと
つくづくそう思ったものである。


個人的には似たような感じで
デビューから瞬く間にして
衆目を集めることに成功した

あのシンディ・ローパー(♯142)の
SHE’S SO UNUSUALより上である。

曲の流れとかバラつき具合とかが
実にいいのである。

プレイヤーに載せ続け、
頭から最後まで流して
飽きるということがなかった。

そんなふうにも記憶している。



しかし改めて調べてみたところ、
このTTDなる方の人生、

非常に興味深いといおうか
なんだかあちこちで
いろんな具合にぶっ飛んでいる。

いろいろ見て回ってみると、
変なことばっかり出てくるのである。

デビュー当初からすでに
自分のことを天才だと
称していたのみならず、

この1stアルバムに関しても
やっぱり自分で、

ロック史上においては
あのビートルズの
Sgt.Peppers(♭5)以来の
重要性を有する一枚であると

そんなような主旨の発言を
かましていらっしゃりもしたらしい。

だがこれがあながち眉唾とも
いい切れないところが
空恐ろしかったりするのである。


さて、そもそもこのTTDは
ハイスクール時代には

いずれはボクシングで
身を立てようと
決意していたのだそうで。


それも生半可な夢物語でも
どうやら決してなかった御様子で、

その力量を買われてという側面も
たぶんあって陸軍へと入隊し、

しかもそのボクシングで
表彰を受けたりも
していた模様なのである。

ところがその後、
ドイツへと駐屯した際に

何をどう考えたのかこの彼、
無断で除隊してしまうのである。


有り体にいえば逃走である。

後になって処分を受けていることも
どうやら間違いはない様子である。

そして今度はそのドイツの地で、
地元のバンドに加入し、
リードヴォーカルを
務めたりし始めてしまう。

それより以前から
さてどのくらいまで音楽に

染まっていたのかといった
部分に関してまでは、

ちょっと簡単には
出てこなかったのだけれど、

いずれにせよ、
これがデビューから遡ること
大体三年ほど前の出来事となる。

後々のことを考え併せると
この時も実はひそかに、

ひょっとして夢のお告げでも
あったのではなかろうかと

そんなふうに
勘繰りたくもなるのだが、


いずれにせよ、このドイツ時代に、
デビューにまで導いてくれた

最初期のマネージャーとの
出会いを果たしているようだから、

歌の上手さはもう
その頃からのものだったことは
疑いを挟む余地はなさそうである。

いや、実際彼のヴォーカルは
本当にすごいのである。

ちなみにこのドイツ時代の音源も、
最初のブレイクの後、
商品化されてもいた模様である。


さて、そしてこの探しても
KPという名前しか

なかなか出てこない人物の
勧めかなんかもたぶんあり、

やがてバンドを離れたTTDは
今度は単身イギリスへと渡る。

これも今回のリサーチで
僕自身初めて
ちゃんと知ったのではあるのだが、

だからこのTTD、実は
プリテンダーズ(♯37)や、

あるいはソロになった当初の
J.ジェット(♯153)のような

イギリス先行デビュー組の
アメリカ・アーティストの
一人だということになるのである。

いや、こうなってしまうとむしろ
クリッシー・ハインドを
英国枠で扱ってしまったことが

若干悔やまれないでもないのだが、
まあ、あの頃はまだ
こんなに厳密に考えていなかったし、

それにことプリテンダーズに関しては
なるべく早くやりたかったものだから
まあ仕方がないと思うことにしよう。


でもなんとなくこういった筋書きが
十分に頷けてしまう気も
しないでもないのは、

なるほどこの人の音楽、
典型的な黒っぽい音の範疇には
明らかに収まってこないのである。

アメリカの市場というか、
むしろレコード会社サイドの方が、
たぶん無自覚に持っていた、

スタンダードの領域から
大きく外れてしまうものに

二の足を踏むというか、
門戸を狭めてしまうといった事情は
大いに有り得たのではないかとも思う


まあそれに、
いわば軍に後足で砂を
かけてしまったような
過去もあった訳だから、

誰の書いた筋書きだったのかは
今となっては判然としないが、

この、まずはイギリスでの
デビューからという戦略には

間違いなく先見の明と
十分な妥当性があったのだ
いってしまっていいのだと思う。

実際このデビュー盤は、
同国でわずか発売三日で
ミリオンに達したというのだから、

文句のつけようなどないではないか。

そしてこの成功を受ける形で、
三ヶ月遅れで
全米でもリリースされた同作からは、

さらに翌年に入って2ndシングル
Wishing Wellが
こちらも17週もの長き時間をかけて、

じわじわとチャートを這い上がり続け、
ついにトップへと到達したのである。

同曲は、モータウンサウンドと
ロックとの見事な融合といった感じの
評価のされ方をしていたようである。


しかしながら、この後続いた
89年の2NDアルバムは、

さすがにこれほどの
市場的な成功は収めることが
できなかった模様である。

あまり評判がよくなかったものだから
僕自信も結局は今に至るまで
手を出さず仕舞いに終わっている。

しかしながらこの
NEITHER FISH NOR FRESH
(魚でもなければ肉体でもない)なる
珍妙なタイトルの一枚は、

それこそレニー・クラヴィッツや
あるいはワム!(♯32)の
ジョージ・マイケル、


さらに加えてあのボス(♯146)こと
B.スプリングスティーンなどの評価は
実に高かったというから、

ひょっとしてあまりに
先鋭的に過ぎた一枚だという可能性は
決してなくはなさそうである。

いやむしろ、
この三人が揃って誉めるって
いったいどんなサウンドだろうと、

僕自身今回三十年の時を経て
新たに興味を
掻き立てられているような次第である。

そしてその後さらに
二枚のアルバムが

米国はコロンビアから
リリースされたようなのだけれど、

こちらの詳細はよくわからない。

どうやら90年代を通じ
このTTDとレーベルの関係は

いわば悪化の一途を
たどるばかりであったらしく、

たぶん十分な
プロモーションもないままに


ただ流されるようなリリースが
続いたのではないかと思う。

だから、世紀を跨いでからこちら、
この人の名前など

滅多に耳にすることも
目にすることもなかったのである。

てっきりそのまま
消えてしまったのだろうなくらいに
どこかで思い込んでいた。

――ところが、である。


むしろほかの人に真似できないような
突飛なことをやっているのは、
ここから先だといってもいい。

コロンビアとの契約の解消後彼は、
非メジャーと思われるレーベルと
一旦契約を交わしこそするのだが、

こちらもどうやら
上手くはいかなかったらしく、

作品の発表もないまま
結局この関係も不首尾に終わる。

失意のどん底とでもいった状態にでも
突き落とされたのかどうかはわからない。

むしろ逆だったのかもしれないとも思う。

次にはこの人、改めてまた
ドイツはミュンヘンへと居を移し、

そこで自分のレーベルを
立ち上げてしまうのである。

これが01年頃のことになる。

しかもさらにすごいなと思うのは、
このレーベル、最初からもう、


MP3のフォーマットによる、
サイトでのダウンロード販売のみという
形式をとってスタートしているのである。

今のこの御時世の現在ならともかく、
十五年以上前の話である。

どのくらいの売り上げに
なっているのかまでは
さすがにわからないのだが、

でもこの会社の立ち上げ以降は
現在に至るまで

長くても三年くらいの
インターヴァルで


確実に作品の発表を重ねているから
たぶん順調にいっているのだろう。

だから、この時期の作品は、
CDのフォーマットでは

一部を除きほとんどがなお
入手が不可能だったりする。

また、データの販売に関しても、
つい最近までアマゾンなんかでも
購入することができなかったらしい。

自分の会社のサイトからの
ダイレクトのDLのみという
形だった様子なのである。

もうだから本当、
ついて来たいやつだけ
ついて来ればいいよとでも
いったようなスタンスなのである。

さらに不思議というか
不可解とでもいうべきなのは、
このレーベルの立ち上げと前後し、

彼が改名を敢行している点である。

だから今この方の名前は
TTDではまったくなくて、

サナンダ・マイトレイヤと
仰るのだそうである。


そしてこの改名後の彼の生み出す
音楽のジャンルについては、

ポスト・ミレニアム・ロックと
表現するのが
正しいのだそうで。

これもまた、
サナンダ様御本人のお言葉なので、

疑念を差し挟んでは
たぶんいけないのだと思う。

ちなみにこの改名は
夢の中に繰り返し、


自分のことをサナンダと
呼ぶものが現れて

次第次第にその響きこそが、
自分に相応しいと
思うようになったという
理由なのだそうで。

さらには苗字の方に採用されている
このマイトレイヤなる
耳慣れない響きの方は

サンスクリット語で
弥勒菩薩のことであり、

そのままの発音で
英語となっているものである。

さらに付け加えておくと、
こんなファミリーネームを
選んでいながら、

この彼は決していつぞやの
ハワード・ジョーンズ(♯89)や
B.カーライル(♯161)のように

仏教へ改宗したといった
ような訳でもまったくなくて、

やはりカトリック教徒のままで
いらっしゃるのだということである。

もう、なんかだから、
宗教の差異とかなんてものすら


とっくに超越しているような次元に
いつのまにか到達して
しまっているのかもしれないなと、
そんな気がしてきたりしている。

そもそも独立当初から
『天使とヴァンパイア』なんて
ぎりぎりいかがわしというか
やや中二病チックなタイトルで、

二部作を発表したりしていた
模様でもあるのだが、

最近のアルバムになってくると、
おそらくは彼自身による
造語で間違いないであろう

見たことのない単語が
タイトルに並んでくる割合が
増えていたりもする。


Zooathalonとか
Zugebrianとか、

ああ、ワープロが
スペルミスを指摘している。

これらは今度はどことなく
ゾロアスター教っぽかったり

しないでもないようなあ、などと
思いながら眺めてもいるのだが、

まあ音も聴いていないし、
迂闊なことは断言できないので、
これ以上は控えておく。

ちなみに最新作のタイトルは
『プロメテウスとパンドラ』なのだそう。

ちょっと聴いてみたいような気が
いよいよしてこないでもないのだが。

はたして今この方は
どこを目指そうとしているのだろう。

いや、本当まったく、
本物の天才の考えることは

まるっきりさっぱり
わからないものだなあと、


つくづくそう思ってしまった
今回のリサーチでありました。


ついついなんか今回は
キャリアに絞って

テキストの全体を
進めてしまった訳なのだけれど、

いつもの小ネタに行く前に
一応きちんと

その衝撃的なデビュー盤の
音の紹介だけはやっておく。


まずは今回のピックアップである
If You Let Me Stayは
実は彼の最初のシングルで、

個人的には全米トップの
Wishing Wellより上である。

テンプテーションズの
楽曲にでも登場してきそうな

サビの箇所の気の利いた
コール&レスポンスの構成が

非常にゴキゲンな
アップテンポのナンバーである。

ピアノのポルタメントで
いきなり流れ込んでくる
ファンキーな開幕もいい。

それからラス前収録の
こちらは全編を
思い切りアカペラで仕上げてきた

As Yet Untitledなんかも
初めて聴いた時には
マジでゾクゾクしたものである。

こんな曲を『タイトル未定』なんて
タイトルで発表してしまうところが
またいかにもらしかった。

そしてその後、最後の最後に、
スモーキー・ロビンソンの
カヴァーを持って来る辺りも

センスの良さを
痛烈に感じさせたものである。


ほかの曲もそれぞれ確実に
光っているところが見つかる。

シングルにもならなかったが
Let’s Go Forwardなんかも

ミッド・バラードながら
非常に耳に残る一曲である。

だからまあ
Sgt.Peppers(♭5)以来という
例の大言壮語も

あながち頭から馬鹿には
できなかったりするのである。


もちろん以上はすべて
個人の感想ですので念のため。


では改めていよいよ締めの小ネタ。

インエクセス(♯127)の時に
あるいは触れているかもしれないが、

当時まだTTDだった彼が、
1999年のシドニー五輪の際に、

この二年前に亡くなってしまった
マイケル・ハッチェンスの
代役を務めるような形で、

一度きりではあるが、
同バンドのヴォーカルとして、

ステージに立って、
彼らの曲を歌っている。

なるほどいわれてみれば
ファンキーなロックという
アプローチの方法が、

根底のところでこの両者に
共通するものであったことは
ひょっとしていえるのかもしれない。

ちなみにこの時のセットは
New SensationにKick、
Never Tear us Apart、


それからさらに
僕の一押しである
What You Needといった

INXSのまさに黄金期からの
選曲であった模様である。

どの曲にもTTDの伸びのある、
そして同時に
独特の艶を有するヴォーカルが

まるで違和感なく
載っかっていたことは
きちんと明記しておくべきだろう。

やっぱりちゃんとついていき、
追いかけるべきだった人の
一人であるのかもしれない。