かつて警察には蕎麦(そば)やうどんを口にしない刑事がいた。「長シャリはヤマ(事件)が長引く」から縁起が悪い、というのだ。
年越し蕎麦も受け付けなかった。「来年も(捜査が)長く、なんて縁起でもねえ」。家で過ごす大晦日(おおみそか)の夜は、蕎麦をすする家族の傍らで酒を飲んでいた。昭和から平成のはじめにかけての光景である。
随分な験担(げんかつ)ぎだが、迷宮入りを忌み嫌う刑事の心情が滲(にじ)み出ている。強烈な職業意識が生み出した禁忌とみるべきだろう。
「科学捜査が未熟な時代、犯人を割り出すのは刑事が集める情報しかなかった。ネタがなければ事件は滑る。正直、怖い。だから神様仏様だ。重圧感が生み出した験担ぎなんでしょうなあ」。蕎麦を食べると罪悪感がわいたという元刑事は述懐する。
情報が全て。刑事は血眼で情報を追った。街の顔役の組員。チンピラ。売人。薬物中毒者。蛇の道は蛇。アウトローは犯罪の匂いに敏感だ。「Xが最近金回りがいい」「Yが博打(ばくち)で巨額の借金を抱えた」「有名企業Aの重役の息子は薬物常用者」。表には出ないが、この種の情報が事件解決の端緒になった例は少なくない。
銃を使った犯罪もこの時代であれば警察は素早く核心に迫れたはずだ。「最近、銃を調達した奴は誰だ」。流通量がまだ少なく、銃の動きは比較的把握しやすかった。銃撃犯あぶり出しに、この種のアウトロー情報はかなりの確率で有効だった。
ところが状況は一変した。
今や国内で流通する銃は推定5万丁。これに対し、押収量は年間95丁(平成24年度)だというのだ。耳を疑う。