【書評】『近代以前』江藤淳著 | 毎日のニュース

毎日のニュース

今日の出来事をニュース配信中!

 ■深く「味わう」ことの歓び 

 あまりの慌ただしさに、ふと、街で立ちどまるときがある。世間の雑踏から離れ、心を整理整頓するために、本屋に入ることがある。でも今は、その本屋さえ「情報」の渦巻く世界になってしまった。静まるどころか、さらに新しい情報を手に入れなければという焦りが私たちを捉える。大きく深呼吸をして憩える場所はあるのか? 混迷する社会を読み解くための宿り木はどこにあるのだろうか。

 小さな宿り木が、ようやく植えられ始めた。文芸春秋90周年記念として始まった「文春学藝ライブラリー」がそれだ。10月から隔月刊で数点の名著を復刻、刊行し「古典」の世界があることを教える。一冊の書物を前におき、ひもとき、そして誰にも邪魔されずに言葉と格闘する時間へと、私たちは誘われる。そこから見える風景に、久しぶりに私たちは、安堵(あんど)を覚えることだろう。

 刊行記念巻頭を飾ったのは、往年の評論家・江藤淳の『近代以前』だ。1960年代に書き始められた「いぶし銀」の江戸時代論が、ようやく文庫として読めるようになったのだ。常に「外圧」によって時代の転換を余儀なくされたわが国、「自然な呼吸を乱され」つづけてきたこの国はどこに行こうとしているのか-2013年、今、まさに問われるべき問いと江藤淳は格闘している。政治・経済の話でもちきりのこの時代に、あえて「文学」から時代を考えてみないか、こう江藤淳は問いかけてくるのだ。そこには時代を読むためのヒントがちりばめられていて、まさしく「古典」と呼ばれるにふさわしい。