10月の終わりにカナダへ行った。トロントで開催される、世界中から100人以上の作家がやってくる大規模な文学フェスティバルに招かれて、シンポジウムやトークショウやサイン会や色々なイベントに参加する6日間の旅だった。
トロントでは忙しくてヘラジカも見られなかったしメイプルシロップも舐(な)められなかったけど、最後の日にナイアガラの滝へは出かけることができた。当たり前なんだけれど、海とも河とも違う独特の水面のうねりが印象的で、これもまた当たり前なんだけれど、やはりとても大きかった。滝の裏側に入ってうんと近づくことができたのだけど、そこは激しい雨降りのような場所で、一気に濡(ぬ)れて、写真を撮るのも難しかった。
飛行機の中ではカナダということもあってアリス・マンローを読んでいた。好きな作家である。よく言われることだけど、彼女の作品は、短編だけれどまるで長い長い物語を読んだあとにやってくる迫力と時間にみなぎっていて、わたしなどはひとつ読むたびに20分は休みをとらなければつづけて読むことができないくらい、体力と覚悟が必要な読書になる。人の一生が手のひらに乗る石ころのように凝縮され、かけがえのない一瞬は今もまだおなじ場所でおなじことが延々と繰りかえされているかのような永遠に結びつく。様々な家庭。たくさんの感情。不幸な女。翻弄される家族。停滞。苦しんでいる男。一筋の光のような幸福。そして、恢復(かいふく)。マンローの視力を通して、ほんとなら触れあうこともなかった異国の地の人々の息遣いを感じているような気持ちになる。そしてこれもまたよく言われることだけれど、マンローは何でもない人たちの何でもない日常を、冷静で端正な筆致で描くことによってひとつひとつの人生のかけがえのなさを掬(すく)いとり、やはりその素晴らしさをかたちにしているのだと。