目次 宗像2の続き

   3)天火明命と高皇産霊神との緊密な関係

 

3)天火明命と高皇産霊神との緊密な関係
 

  天火明命(饒速日命)は、父:天忍穂耳尊、母:栲幡千々姫命の間に生まれ、弟に瓊々杵尊が生まれています。その血のつながりには次のように顕著な特徴があります。
  第1点:母(栲幡千々姫命)は高御皇産霊命の女ムスメです。
  第2点:天火明命がその妃に迎えた女性は多いのですが、ここで取り上げる特徴は、

      ・妃の一人が高御皇産霊命の女・宗像中津宮神(市杵嶋姫命)であり、

      ・別な妃の一人・天道日女は、高御皇産霊命の外孫で、大国主命と宗像辺津宮神・神屋     

       楯比売の間に生まれていることです。

      ・亦、天道日女は事代主命と同母兄妹である。
 

 さて、図表3に「宗像3女神は、高皇産霊命を父とし、大国主命と天火明命を夫君とした」ことを系譜化して示しました。

 既に上に述べましたが、特にこの系譜図から読み取るべきは次の3点ですので、改めて強調しておきたいと思います。

(1)高皇産霊命族は、四女神を妃とする通婚を通して、天孫神(天忍穂耳尊・饒速日命=天火明命)

   と結ばれ、出雲神・大国主命とも結ばれている。
   即ち、天孫神(天忍穂耳尊・饒速日命=天火明命)と出雲神・大国主命とが高皇産霊命の四女

   神を妃としている点が認められ、この通婚を通して高皇産霊命族・天孫神族・出雲神族

   の三者は女系血族関係となり、相互協力関係の立場を得たと思われる。

(2)天孫・饒速日命(=天火明命)は母・妻を通して特に高皇産霊命族と密接である。

     即ち、天火明命は母(栲幡千々姫命)と妃(市杵嶋姫命・天道日女)を通じて高木神(高皇産霊命)と血統

     上密接であり、天道日女(大国主神と神屋楯姫との娘)を通じて大国主神とも緊密な間柄にある。

(3)瓊々杵尊は、母は高皇産霊命の女・栲幡千々姫命でありながら、自身の通婚上は大山津見神

   の女・木之花咲耶姫を娶り、彦火火出見尊を生んだとされ、兄・饒速日命が高皇産霊命族や

         大国主命の女たちと結ばれて密接な血統上の関係にあるのとは対照的です。

   天孫降臨神話の検討においても、このことは再度検討しなければならない。

 後に、天火明命は、大国主命と多岐津姫(宗像辺津宮女神)の間に生まれた天道日女を妃としてその間に生まれた御子・天香山命や、高皇産霊命族の神々や物部族を引率して、丹波(但馬・丹後・丹波)に天降(渡来)すると、國作大己貴神(大国主命)は丹波の国作りを天火明命に委ねます。


 

   饒速日命(天火明命)の河内降臨に際する「防衛32神」(先代旧事本紀)に占める高皇産霊命系の

神々の比率(約7割、22神、残余の神々は饒速日命(天火明命)の家族神である)は極めて大きい。

 

  これは天火明命(饒速日命)が高御皇産霊命一族を引率し、その命運を担って東方移住した実相であろうかと思われます。これは、後に「天孫降臨の神々の素性」として解析結果をお伝えする予定です。
 

 天火明命は丹波の國作りを終えると、河内・哮ケ峰を経て、大和の白庭山に至り、そこで、跡見長髄彦の妹、御炊屋姫命を娶り、宇摩志摩遅命を産むが、その誕生前に死去しています。


 これらは「但馬故事記」や丹後の「籠神社伝承」「海部氏系図」などが伝え、更に、物部氏の「先代旧事本紀」が伝えるところです。

 特に「先代旧事本紀」は宇摩志摩遅命以降の物部氏族の発展を伝えます。