ライラックが咲き出すと、三浦綾子の『ひつじが丘』を読み返したくなる。
5/21 11:05

遅ればせながら、初塩麹。仙台空港で買いました。山形のお店のもの。
5/22 15:28

今日5月24日は、三浦綾子の小説『泥流地帯』の題材になった大正の十勝岳大噴火の日であり、光世さんと綾子さんの結婚記念日でもあり。
5/24 23:55

その大正15年の十勝岳の噴火では山に残っていた雪を勢いよく溶かしました。そのため泥流が増加、上富良野を中心に144人もの死者を出しました。この季節、残雪と新緑の彩なす十勝岳は雄々しく美しいけれど、そんな過去があるのです。
5/25 0:15

「苦しみに遭っている人に生きる力を与えてくれる三浦綾子の作品を、東北の被災地に届けたい」
という全国からの声。

その声から、三浦綾子の本を被災地に送る活動がうまれました。

昨年の秋頃から始動して、全国から本の寄付や募金を募り。

希望する団体にはいくつか郵送で送ったりしながら。

「本を送る活動」と全国にある三浦綾子読書会の全国大会を連動する形で、今月8~11日に、直接東北の被災者の方々に届けさせていただきました。

その期間中私は仕事のため、8~10日の参加となりました。

期間中たくさんの人に出会い、多くのことを感じ、考えました。

ただ、最近いろんなことが重なってまだ思いを自分のなかで消化しきれていない部分があり…

うまくことばに言い表わせるか自信がないのですが。

ただ今思うことは、支援を「続けていきたい」ということ。

震災の爪痕が大きく残っているのを目の当たりにして、

そしてさらに地元の方からも、
「震災から1年が経って、これからも時間が流れるにつれ『忘れられること』がこわい」
「どこかに、遠くに居ても、忘れないで思っている人がいる、ということを感じさせてほしい」
というお話を伺って強く思ったことでした。

以前にこのブログにも書きましたが、私は毎月11日に震災支援になんらかのアクションを起こすと決めています。

震災直後、
「日本人は熱しやすく冷めやすいから、事が起きた直後には募金や寄付が集まるけれど、だんだん忘れられるのではないか?
復興には時間がかかるのに。
だからぜひ手帳に毎月11日に印をつけて11日には思い出してなんらかのアクションを起こしてほしい」
というような内容の被災者の方のブログを読んだのです。

それから―震災一ヶ月後から―私は手帳に震災から○ヶ月と記入して、毎月寄付や募金をしています。

このことを書くのは決して誉められたいからではなく、ただ「忘れていない」ということを伝えたいからなのです。

仙台市長さんは、
「食べるものが満たされたら、次は心を満たすことが大切」
とおっしゃって、仙台市内の文化施設になるべく早い復旧、開館を促したそうですね。

活動の初日に、仙台市文学館の方から伺いました。

仙台市文学館には三浦綾子全集をお渡ししました。

「ただ飾るようにはしません。
ぼろぼろになるくらい、市民の皆さんに読んでもらえるように配置しましょう」
とおっしゃってくださいました。

三浦綾子さんの心、ことばが、被災者の方々に力を与えてくれますように願っています。


そして私も伝えたい、覚えているよって。

私のちからは小さいけれど、でも忘れないでいる人がここにもいるよって。

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