こちらはBL(潤翔)の妄想小説になります。
苦手な方は御遠慮ください。
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七夕の話.②
どれだけ眠っていただろう。
焦点の合わない視界でぼんやりと薄暗い部屋の輪郭を捉える。
少し開いたドアの隙間からリビングの明かりが細長く差し込んでいた。
汗を吸った布が肌に張り付いて不快だ。
だけど重たく感じていた身体は幾分楽になっていた。
自分の動作音以外には物音ひとつしなかったせいで一人きりだと思い込んでいた。
シャワーを浴びようと脱いだ上着を片手にリビングに向かい、ソファの背もたれごしに見える丸い後頭部に気付いた。
「……翔くん」
帰ったわけじゃなかったんだ。
時計を見ると二十一時。帰宅したのが夕方頃だったはずだと記憶を呼び起こし、自分が三、四時間は眠っていたのだと知った。
声をかけても動かない頭に、そっと後ろから覗き込む。
彼の瞳は閉じられていた。
何度も重ねることを夢に見た唇が、すぐ目の前にあった。
翔くんが自分で弄ぶように触るたびに、その指先にすら嫉妬した。
チリン……
小さな音に振り向けば、涼しい風が通る窓辺で風鈴が揺れていた。
少し前に番組の企画で購入したものをそのまま貰ったものだった。
下が短冊になっているからと言われ、持ち帰ってからせっかくだからと、願い事を、書いた──
それを思い出した瞬間、心臓が凍り付いた。
思わず眠ったままの彼を振り返る。
もしかして見ただろうか。
彼はロマンチストじゃない。
音に気付いても近づいたりはしないかもしれない。
だけどもし彼が見ていたら──
動揺でざわつく頭の隅に「観念」という文字が浮かぶ。
見られていたら、なんて、もしそうだとしたら今更何を考えようがもう後の祭りだ。
──願い事を書いた。
“翔くんと一緒にいたい”
そう書いた。
一人きりのこの部屋で、ひっそりと。
七日までの間部屋に人を呼ぶ予定はなかった。
別に本気で願を掛けようとした訳じゃない。ただ、今の自分にできることはそれくらいしかなかった。
叶わないとわかっていることを、願いが叶うといわれている夜にせめて形だけでも真似てみる。
それは翌朝にはただの紙切れとなり、ゴミ箱へ落ちていく。
誰にも知られないままなかったものになる、そのはずだった。
……やっぱり、見たんだろうか。
一瞬でもその唇に触れてしまおうかと思った自分が酷く愚かに思えた。
紙に書いた文字がバレたかどうかぐらいのことでこんなにも動揺している男が、烏滸がまし過ぎる。
情けなさで自己嫌悪になりながら、風鈴ごとそれを窓から外した。
彼に気付かれていない可能性が、まだゼロじゃないのなら。
「よく寝てたな、って俺もだけど。体調、どう?」
シャワーから戻ると、いつのまにか目覚めていた翔くんが明るい声で迎えてくれた。
「……うん、だいぶ良くなったみたい。ありがと、なんかごめんね」
つられて俺のトーンも明るくなる。
「いや、全然。つかさ、そのなんかごめんってやめろよな」
こういうことでもなきゃお前んちなんて来れねえし、むしろ良い機会だったわ、と笑う。
そんな彼をみて少し安心した。いつも通りか、むしろ機嫌が良いくらいだ。
「腹減ってない?なんか用意しようと思ったんだけど、そういうの全然わかんねえから……食えるもの言ってくれたら今から買ってくるけど」
「あ……いいよ、正直食欲はあんまなくて」
「……そ?大丈夫かよ」
「うん、遅くなっちゃったし。翔くんも帰って良かったのに」
なんて、思ってない。
今もまだいてくれていることがこんなにも嬉しいのに。
だけどもしもまだ彼に気づかれていないのなら、こんな気持ちはバレてはいけない。
「……いや、うん。まあ、結果俺も寝てただけだけどな」
「そりゃ翔くんだって疲れてるでしょ。ほら、まっすぐ帰ってちゃんと寝たほうが良いよ」
ふと機嫌良く感じていた翔くんから笑顔が消えた気がした。
「下まで送るよ。本当だったらせっかく来てもらったところおもてなししたいくらいだけど、こんな状態じゃ、ね」
「……帰っていいの?」
さっきまでと違う、トーンを落とした低い声が確かにそう言った。
ドキリと心臓が跳ねあがる。
考えるより先に口が動いていた。
「うん、おかげさまでもう全然大丈夫。きっと明日には──」
「ごめん、もっかい聞くけど、帰っていいの?」
反射的に翔くんを見ると、彼も真っ直ぐに俺を見つめていた。