こちらはBLの妄想小説になります。
苦手な方は御遠慮ください。
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【side 翔】
松本が言うところの“自分なりのやり方”というやつは、かなり地味なものだった。
それでいて大胆で、根気のいるものでもあった。
“行ってみたい場所 New York”
この日回収した小テストの解答用紙の片隅にはそう書かれていた。
「ニューヨーク……」
それを見た瞬間思わず吹き出しそうになって、不自然な咳払いでなんとか誤魔化した。
おそらくわざと下手に描いたんだろうコケシのような顔の自由の女神像らしき絵が添えられていたから。
こんな落書きをしている余裕があるのかと言ってやりたい気もするけれど、いかんせん松本の採点結果は毎回文句のつけようがないもので、言ったところで余裕ありますと言われてしまうのは目に見えていた。
正直なところ、あの日から俺は松本にどう接したら良いのか分からなくなっていた。
彼が一体何をするつもりなのか、どうしたいのか。
聞きたくても上手く言葉が見つからず、核心に触れるような会話もできなかった。
そしてそんな俺とは対照的に、当の本人は何かが吹っ切れたかのように積極的に俺に近づいてくるようになった。
俺に見せる表情も以前とはどことなく変わったように感じる。
そんな松本の変化にも、俺は戸惑っていた。
「先生、これ俺が自分のこと書いてるだけだと思ってる?」
数日前、テストを返却した直後の休み時間に松本に呼び止められた。
「え?」
「これ先生も答えてよ。言ったでしょ、俺、先生のこと知りたいって」
松本の手には返したばかりの答案用紙。
「……これで?一問一答式かよ」
「悪い?」
「……じゃあ今答えてやるよ、なんだっけ?そこにお前が書いてたの」
「自分の短所」
「短所かあー…んーなんだろ、しいて言うなら短気なとことかかなあ」
「へえ……」
「何だよその目は」
「いや、なんか意外だなと思って」
松本が楽しそうに笑った。
そんな顔で笑う松本を見たのはこの時が初めてだったかもしれない。まるで孤高の薔薇が一瞬で大輪の向日葵に変わったような──
「何がそんなに楽しいんだよ」
普段大人びて見える彼とは別人のように見える無邪気なその笑顔に、無意識に惹きつけられていた自分に気付き慌ててそれを打ち消すように吐いた口調がきつくなった。しまった、と思った。
「楽しいって言うか、嬉しいんだけど。先生が普通に答えてくれてんのが」
だけど松本自身はそんな俺の様子など全く気にも留めずに、相変わらず眩しい笑顔でこっちを見てきて。
何かを読み取られてしまいそうな気がして思わず目を逸らした。
「ねえ、先生のこと待っててもいい?」
「は?」
「いつも帰りって何時頃なの?待ってたらちょっとくらい話しできたりすんのかと思ったんだけど」
一瞬松本の言った“待つ”を違う意味に受け取った俺は、やっぱり松本に対して相当構えてしまっているんだと思う。
「駄目だ、そんなの。何時になるかなんてわかんねえし、だいたい人のこと待つ時間があったら他にやることあんだろ」
「俺いつも図書室で勉強してんの。知らなかった?」
俺の言葉にすぐに松本が被せてきた。
断られることなんてきっと想定済みだったんだろう。
「……それは、知らなかった。だけど図書室だって18時で閉まんだろ、そんな時間にはまず終わんねえからな、こっちは」
「いいよ、分かってる。気が済んだら帰るから」
じゃあコレ、これからはちゃんと答え書いてよね。と答案用紙をヒラヒラさせながら、松本が教室を出ていく。
彼が視界から消えると、大きく吸った息をそのままゆっくり吐きだした。
今の今までぎゅっと縮こまる様に鈍く動いていた呼吸器官が、漸く本来の動きを取り戻したかのようにやっとまともに呼吸ができた気がした。
俺は、自然に振る舞えていただろうか。
教師として。
あいつへの俺の態度は、妥当なそれだっただろうか。
今まで自分が生徒にどう接していたか、上手く思い出すことができない……。
考えれば考えるほど分からなくなって、その煩悶はやがて苛立ちに変わる。
ここのところ自分の中でしょっちゅう繰り返されるそのループにまた飲み込まれそうになり、小さく舌打ちをした。