片想い | あ☆いの3児の子育てBlog・:*:・♫

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こんにちは。先日は東野圭吾「片想い」という小説を読み終えたよ。
ミステリーなんですが、内容が学生時代のアメフトのチームメイトとの友情を絡ませつつ


中心となるテーマは、性差、トランスジェンダーなど、内面と外面のギャップや生きにくさ、様々な悩みについて、またそれについての考え方、結論や一定の答えと言ったものが書かれていました。

その結論とは

1、男性と女性というのは「コインの裏と表」

2、「北極と南極」

3、「メビウスの輪」といった様々な例えが出てきました。

1のように、決して交わることのない裏と表の存在なのか、または2のように遠いいがたどり着くのか、
更にはメビウスの輪のように、白、黒ではなく、すべての人はグレーで、その濃淡で繋がっているのか。だが必ず一点でねじれている。

その中間地点に位置する存在の人がジェンダー。


私も、作品の中で出てきた結論は3。

ほとんど同意するというか、まぁ、実際のところは体験していない人には分からないのかもしれないけど
そう思います。

というか、男女というのは、男性や女性である前に、まず人間だということが前提にあるので

やっぱり、同姓だから分かる、とか異性だから分かり合えない、と言った考え方はほとんど納得できないと思います。

もちろん男性的な趣味があれば女性的な趣味もあるし、行動の傾向は違いはあるとは思うし、求められるものも自然と異なってくるのはあると思う。

例えばヒーローごっこをしている男の子より、戦闘ごっこをしてる女の子は注意されやすいし、違和感を感じやすいんじゃないかな?と思ったりはします。

でも、女の子はみんなフリフリピンクが好きなわけではないし、男の子がみんな車が好きなわけじゃないし。

人間としてどう思うのか、というのがなければそれ以上深く付き合えないし。

男だとか女だとかというのは実際、更年期を迎えればみんな中性的になっていくと思うしそこまで意識しなくていいのになぁとか思わなくもない。

今は、トランスジェンダーだというハリウッドスターとか、有名人も増えて、かっこいい〜!
みたいな傾向もあるようなないような

だけど、別にかっこいいでも悪いでもなくて、同性だから同じだとか仲間だとか、違うから孤独だとかでもない気がするし。

みんな違うしみんな孤独だと思うんだけどなぁ。

まぁ、人の悩みは理解できない部分も多いけど、今度の作品も突き詰めに突き詰めて悩むことで、実際に、キャリアウーマンの結婚後の生き方についてまで話が広がっている点も注目、と言った内容です。

男らしさ、女らしさ、そして自分らしさとは。

それに命がけで向かっていく、登場人物たちの人生。もう一度原点に帰って考えさせられる作品です。       



ではではまたぼけー