大事にしたい「愛」の形。

大事にしたい「夢」の形。

大事にしたい「想い」の形。

 

 

おろそかにすれば、おろそかで泣くことになり、

蔑ろにすれば、蔑ろで泣くことになる。

 

八つ当たりも、陰口も、暴言も、全て跳ね返ってくる。

全て、自らへの「お返し」。

 

 

優しさは当たり前に在るものではなく、

自由も当たり前に成り立っているものではない。

 

 

傲慢になれるのも、甘えが許されている証拠。

 

・・・でも、その「甘さ」に胡坐を掻いていると、

大切な人も物事も離れていく・・・。

 


大事なモノは、より一層大事に。

大事な人も、より一層大事に

 

 

「忘れていられる」幸せと怖さを忘れないように。

 

 

 

 

って、

 

誰かへの愛も大切だけれども、

それ以上に、

自分への愛も大切で。

 

難しいのは、

それは、自分本位になるとか、

何でもし放題とか、甘やかすだけ・・・ではなく、

 

ちゃんと「愛する」って事だね。

 

 

「大事にする」「愛する」とは、自堕落を放散させるものではなく。

 

でも、心から動くモノ。感じれるモノ。そして、導けるモノ。

 

 

時に、エゴが勝ることもある。

感情のままに押し流され、必要以上に悲観に暮れ、

どうしようもなくやさぐれてみたり・・・。

 

自己嫌悪と、誰かを責める気持ちと、焦りの衝動で行ったり来たり。

 

 

「愛」なんて湧いてこない。

 

・・・と、感じる時だってあるだろう。

自分にも他人にも向けたくなくなるぐらい疲れ切ってしまう時だって、ある。

優しさなんて無駄だ!と、捻くれてしまう時だって。。

 

でも、そういう時こそ「愛する」「大事にする」気持ちが必要なんだよね。

 

 

誰かに求める前に、自分自身に求める。

自分自身に尋ねる。自分自身に委ねる。

 

頑なな心だとしても、何度でもトライ&トライ。

 

自分だけは、ノックし続けようじゃないか。

 

 

本当の意味で自分の心をオープンに出来るのは、

自分自身だと思うから。星空

 

 

 

 

 

 

『自分力』を鍛える。

『自分力』を磨く。

『自分力』を活かす。

 

 

そのために大切な事は色々あると思うが、

 

「主体的であること」

 

・・・も、大きいんじゃないかな。

 

自主的、自立心、自分が決めること。

 

 

「誰かのせい」が当たり前に定着してしまうのは怖い。

相手に遠慮している様で、選択権を任せただけに

なってしまうのも危うい。

 

 

自信が無いから責任が取れないのではなく、

責任から逃げているから自信が無いのだろうな。

 

 

まずは、直視したくない自分自身と向き合って。

 

「誰か」の中に答えを求めると、いつまでも正解探しに

追われてしまう。

 

アドバイスに耳を傾けることも大事だけど、

自身からの直感や答えも丁寧に汲み取ろう。

 

 

心の中で泣いている自分自身を感じ取れるのも、

まさしく自分自身だからね付けまつげ