振り返って初めて理解ができること | 豊田耕一blog「田舎での子育て」

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次の世代にツケを回さない!ために、
4人の息子の父親として、市議会議員として、
敦賀の子どもたちのために日々奮闘しています。

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昨日、姉から連絡があって「誕生日おめでとう」とのメッセージ後に、「モンベルアウトドアヴィレッジ奈良店でプレゼント買ったから」とのメッセージが入りました。

 

2つ上の姉と2つ下の妹、その家族ともずっと仲が良いのですが、私の妻はかなり以前から豊田家とは縁を切っているような状態を貫いています。

 

そんな中、本日から3月がスタートしましたが、お義父さんが亡くなって約半年、伯父さんが亡くなって約1週間⋯辛く悲しいこともありましたが、前向きに生きなければ⋯ということを意識しています。

 

デンマークの哲学者のセーレン・キルケゴールは、日記の中で「人生は振り返って初めて理解できるものだが、前向きに生きなければならない」という事実に思いを馳せています。また、「どんな瞬間においても人生は完全に理解できない」とも述べています。

 

キルケゴールの言葉も理解をしていましたが、昨日はちょっとしたことを妻から言われて、今まで溜め込んでいたものを吐き出したことで逆に辛さが増しました。

 

話は5ヶ月前に遡りますが、お義父さんが亡くなって1ヶ月後に「実家のペンキを塗り直す」と言ってきた妻の実家へ塗装業者を紹介はしましたが、妻には「お義父さんが亡くなって⋯家のペンキを塗り直すことは俺には全く理解ができない」という言葉に加えて、「業者に見積り依頼はするけど⋯俺は一切関わらない」ということも付け加えました。

 

また、元旦に妻の実家を訪れた際に「ガレージに新車あるから見て来たら⋯」と妻に声をかけられましたが、「ごめんやけど俺にはそのことも全く理解ができない」と断りました。

 

そんな中、一昨日の夜に妻から「実家の窓にペンキが付いているようだから業者に伝えておいて⋯」と言われ、きっぱり断りましたが、翌日にお義母さんが訪ねて来て⋯結果的に業者へ連絡を入れました。

 

言っても仕方がないことなので⋯ずっと我慢していたはずなのに・・・「俺はお義父さんが亡くなった時に喪主をして、葬儀費用も全て出して、お義父さんの以前勤めていた会社等にも全て顔を出して・・・俺ができる限りのことを全てやって来たのに⋯、俺の伯父さんが亡くなっても知らん顔な上に、母をはじめ豊田家とは一切付き合いをしないって、やっぱりおかしくないか⋯」と言ってしまいました。

 

そんなことを言ってしまった自分のことを、とても小さな人間だということは理解していますが、言ってしまったことは仕方ありませんし、このブログで書かせていただいたということは、今回の件についても逃げずに向き合いたいと思っているからです。

 

妻からは「できないものは仕方がない」といった言葉が返ってきて⋯「自分を変えることはない」といった強い信念が伝わって来たことについても、今の私には全く理解ができませんでしたが、何年後かに人生を振り返った時には初めて理解ができるのかもしれません。