今年2025年注目の展覧会の一つ、
“ヒルマ・アフ・クリント展”が東京国立近代美術館で開幕しました。
“ヒルマ・アフ・クリント展” 東京国立近代美術館 2025年
本展の主役は、この人。
ヒルマ・アフ・クリント、ハムガータン(ストックホルム)のスタジオにて、1902年頃
ヒルマ・アフ・クリント財団 By courtesy of The Hilma af Klint Foundation
スウェーデン出身の画家ヒルマ・アフ・クリント(1862~1944)です。
生前は母国のスウェーデンでもほぼ無名ながら、
2010年代に入ってから、ヨーロッパを中心に突然の大ブレイク!
2018年にNYのグッゲンハイム美術館で開催された回顧展では、
同館史上最高となる約60万人が来場し、大きな話題となりました。
そういう意味で、今もっとも数字を持ってる芸術家と言っても過言ではありません。
では、なぜ彼女がそこまで注目を集めているのでしょうか?
その理由はズバリ、美術の歴史を塗り替えるかもしれない存在だから。
これまで抽象画の創案者はカンディンスキー、
あるいは、モンドリアンやクプカとされてきました。
しかし、彼らが抽象画を描き始めるよりも前に、
実は、ヒルマ・アフ・クリントは抽象画を描いていたのです。
つまり、ヒルマ・アフ・クリントこそが“抽象画の母”。
カンディンスキーは“抽象画の元父”ということになります(←?)。
本展はそんな美術界のニューヒロイン、
ヒルマ・アフ・クリントのアジア初となる展覧会。
ヒルマ・アフ・クリント財団が所蔵する作品を中心に約140点が来日しています。
それらすべてが日本初公開です。
“ヒルマ・アフ・クリント展” 東京国立近代美術館 2025年
裕福な家庭に生まれたアフ・クリントは、
王立芸術アカデミーで正統的な美術教育を受けています。
女性芸術家がまだ珍しかった時代、職業画家として、
風景画や肖像画といった具象的な絵を描いていました。
“ヒルマ・アフ・クリント展” 東京国立近代美術館 2025年
そんな彼女が抽象画に目覚めるきっかけとなったのは、
当時流行していたスピリチュアリズム(心霊主義)との出逢い。
アフ・クリントは瞑想や交霊の集いに頻繁に参加し、
そこで親しくなった4人の女性と「5人(De Fem)」というグループを結成します。
「5人」は交霊術中にトランス状態になることで、
高次の霊的存在から啓示やメッセージを受け取り、
それを自動書記や自動描画によって記録しました。
こうして生まれたのが、世界初(暫定)の抽象画というわけです。
“ヒルマ・アフ・クリント展” 東京国立近代美術館 2025年
さてさて、本展の目玉は何と言っても、
アフ・クリントの最重要作である「神殿のための絵画」。
約10年間をかけて制作した全193点からなる作品群です。
本展には、「神殿のための絵画」のうち〈進化〉や〈白鳥〉シリーズや、
“ヒルマ・アフ・クリント展” 東京国立近代美術館 2025年
その集大成とされる〈祭壇画〉3点も来日しています。
“ヒルマ・アフ・クリント展” 東京国立近代美術館 2025年
さらには、「神殿のための絵画」の中核をなす〈10の最大物〉も。
ヒルマ・アフ・クリント《10の最大物、グループIV、No. 7、成人期》
1907年 テンペラ・紙(キャンバスに貼付) 315×235cm ヒルマ・アフ・クリント財団
By courtesy of The Hilma af Klint Foundation
ヒルマ・アフ・クリント《10の最大物、グループIV、No. 9、老年期》
1907年 テンペラ・紙(キャンバスに貼付) 320×238cm ヒルマ・アフ・クリント財団
By courtesy of The Hilma af Klint Foundation
楽園のように美しい10枚の絵画を描けと啓示を受けた彼女は、
人生の4つの段階(幼年期、青年期、成人期、老年期)をモチーフに、
わずか2ヶ月ほどで、約3mの巨大な絵画を10点制作しました。
本展にはそんな〈10の最大物〉が10点とも来日しています。
“ヒルマ・アフ・クリント展” 東京国立近代美術館 2025年
10点の絵画は横一列に展示されるのではなく、
四角形の展示壁の4辺にそれぞれ展示されていました。
“ヒルマ・アフ・クリント展” 東京国立近代美術館 2025年
なお、それらを取り囲むように、
展示室の壁4面にベンチが設えられています。
“ヒルマ・アフ・クリント展” 東京国立近代美術館 2025年
画面ギリギリまで近づいて、没入感を味わうもよし、
ベンチに座って、全体をじっくりと眺めて味わうもよし。
このアフ・クリントルームを体験するだけでも、本展を訪れる価値は大いにあります。



ちなみに。
アフ・クリントは「神殿のための絵画」を完成させた後も、
〈パルジファル・シリーズ〉や〈シリーズⅤ〉など抽象的作品を制作し続けました。
“ヒルマ・アフ・クリント展” 東京国立近代美術館 2025年
1920年に母が亡くなると、「人智学」への傾倒を深め、
人智学創始者ルドルフ・シュタイナーに強い影響を受けます。
その結果、幾何学的な作風から、水彩のにじみによる偶然性を活かす作風に。
本展の最後に紹介されていた晩年近くの作品は、
「神殿のための絵画」とは異なるタッチで、まるで別人のようでした。
ヒルマ・アフ・クリント《無題》 1934年 水彩・紙 50×35cm ヒルマ・アフ・クリント財団
By courtesy of The Hilma af Klint Foundation
アフ・クリントの青年期、成人期、
そして、老年期の変遷が楽しめる展覧会でした。
┃会期:2025年3月4日(火)~6月15日(日)
┃会場:東京国立近代美術館
┃https://art.nikkei.com/hilmaafklint/


















