美術トリビア!! | アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

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もし、本家の 『トリビアの泉』  がまだ存続していたら投稿したかった、
思わず 「へぇ」 と言いたくなる美術トリビアの数々をご紹介した前回の記事から約1年。

また新たにトリビアが溜まってきたので、一挙に放出したいと思います。

まずはこちらのトリビアから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「The Ueno Forest Museum」 ではなく、「The Ueno Royal Museum」

その理由を上野の森美術館の学芸員はこう教えてくれました。

 

「英名にロイヤルが使われているのは、上野の森美術館が宮家と深い関係があるからです。

 

 明治時代、文明開化の名のもとに、

 急激な西洋化が進められていく中で、日本の伝統美術は衰亡の危機に直面していました。

 このままではマズいと立ち上がったのが、

 日本赤十字社の創始者である佐野常民をはじめとする政府の要人たち。

 上野の弁天堂 (天龍山妙音寺生池院) で会合を行っていたことにちなんで、

 彼らは明治12年に、日本初の美術団体といわれる 「龍池会」 を発足しました。

 日本古来の日本美術を守るべく活動を続けましたが、

 のちに、和洋折衷の新しい日本美術を生み出そうとするフェノロサや岡倉天心らの一派が離脱。

 鑑画会なる団体を結成したのです。

 

 ここでいよいよ宮家が登場します。

 鑑画会に対抗するべく龍池会は、総裁に筆頭皇族である有栖川宮熾仁親王殿下を戴きました。

 その後、龍池会は日本美術協会と名前を変えるものの、

 総裁職は有栖川宮威仁親王殿下、久邇宮邦彦王殿下と、宮家の人々が歴任していきました。

 (ちなみに、現在の総裁は、常陸宮正仁親王殿下)

 

 そして、昭和47年。

 当時総裁だった高松宮宣仁親王殿下の下命を受け誕生したのが、上野の森美術館なのです」

 

 

確かに、上野の森美術館は、宮家と深いつながりがあった。

 

 

続いては、こちらのトリビアです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その映画とは、1957年に劇場公開された日活映画 『誘惑』。

 

 

 

 

 

日活公式HPの 『誘惑』 を紹介するページのキャスト欄を見ると・・・・・

 

 

 

確かに、「西郷赤児=東郷青児(特別出演)」 とあります。

ちなみに、キャスト欄には他にも、「山本次郎=岡本太郎(特別出演)」 の名前も。

 

 

 

昭和を代表する芸術家は、映画の中で共演していた。

 

 

続いては、こちらのトリビアです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

池田満寿夫といえば、31歳にしてニューヨーク近代美術館で日本人として初の個展を開き、

翌年には、棟方志功に次いでヴェネツイア・ビエンナーレ展版画部門国際大賞を受賞した人物。

版画以外にも、絵画、彫刻、陶芸、映画監督と、

多彩なジャンルで才能を発揮した昭和を代表する芸術家である。

そんな池田満寿夫が出演したオセロのCMを実際にご覧ください。

 

 

 

池田満寿夫はオセロの才能はなかった。

 

 

続いては、こちらのトリビアです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

競馬情報サイト 『競馬ラボ』 の競走馬データベースを検索してみると・・・・・

 

 

 

確かに 「ダリカラノテガミ」 という競走馬は存在していました。

14戦1勝。中央獲得賞金1384万4000円。

 

ちなみに。

同じ馬主の馬の中には・・・・・

 

 

 

 

ピカソもいた。

 

 

さて、本日の美術トリビアはいかがでしょうか?
明日使えるものばかりでしたね。




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