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加速的情報化が進む現代社会の中、一番大切な『心』を救済するため、アーティストと共に革命を起こし、新しいイデオロギーの元、組合、財団を作り、産業化し、国を変えていきましょう。

日本中をアーティストで一杯にし、町のいたる所で音楽、歌声が流れ、パフォーマンスを見ることができる環境。人々はその存在から、感動を得て、心満たされることができます。

太古の昔、紀元前15,000年前の石器時代から洞窟の壁には絵が描かれ、歌、踊りがあり、全ての文明はアーティストが創りあげてきました。さらに、アーティストたちは独自の感覚で未来を予言することができ、そして、実力をつければ世界を自分の望む方向に導くことができる、世界で最も重要で尊敬される仕事でもあります。

シェイクスピアの中にも答えがあり、

『人生は一度だけの大冒険、人は皆役者で、自分だけのオリジナルのドラマを作ることができ、周りの人を観客にして、自分が主役になれる。一度だけの人生をより楽しくエンジョイし、ドラマティックにしなくてはならない。』

目標をみつけ、人に感動を与えよう!と ・・・。

今悩み苦しみ迷いを持っているアーティスト達は、自身と信念と誇りをしっかり持って、決して諦めないで、努力し続けてください・・未来を変えるのは貴方達です。

やがて来る世の中の大変化、それを支え、助け、創り、想像するものもアーティストです。

プレイヤーが人々に与える影響力は大きく、特に現代の混沌としてる日本では絶対に必要不可欠な人間としての基礎要件です、

人に感動、夢、希望、一筋の光を与え、生きて行く上で心の支えとなるアーティスト・・・

恋人、親子、仲間が心豊に、時、人生を噛み締めながら味わいを持って生きてゆけ、次の世代を担う子供達に生き方、人間人生の道案内をし、心有る人々を形成し助ける為にも創造者であるアーティスト達と共に革命を起こし世界中がアーティスト社会となることを目指します。



現在のアーティストの状況・・・

親は子供の将来の事を思い芸術は無駄で下らないと思い言う

それは、子供への責任、配慮である

          ↓

何故なら簡単にはデビュー出来ないと思い

世間体、生活の安定、将来を心配する

(どんな世界でも本物、一流はとても難しい、特に芸術家は形が見えにくいだけにハードル、レベルが通常の学習より高い)

しかし心の安定は?

          ↓

でも、誰かが表現者にならなくてはいけない

          ↓

一番良いのは親、兄弟、講師もプロデュースが出来る位レベルを上げ

子供、後輩の一人一人の可能性を究極まで引き出し創り育て道案内を出来るようにする

          ↓

そして今、世界は危機的状況の中でアーティスト産業の確立を早急に行わなくてはならず、このままでは更に育たず創れません、目標が無い現代、アーティスト達は直ぐに立ち上がり革命を起こさなくてはなりません。

久しぶりにスティーブン、スピルバーグ E T を見ての感想、子供の心、目線で作った作品と言う事を痛感致しました、母子家庭で愛情欠乏症のエリオットと家族に取り残され不安一杯な1人?っきりなET、出会った瞬間お互いに叫び合い、どちらも似た境遇で家族を求めている事で直ぐに親友となり、そして子供の脅威な対象、侵略者の大人から協力し逃げ、、ラストシーンの別れ、ETがエリオットに一言「アウチ」「痛い」と、私が感じたのには、やっと心繋ぎ止める仲間、親友出来たのに別れが有り、家族と宇宙に帰るETが残されたエリオットの心を感じ悲痛な叫びから出た「痛い」と言う言葉一つが全てを超越しました。そしてETが宇宙に帰りエリオットが遠くを見つめ何か考えているシーン、その思考に引き込まれました。子供は敏感な空気を感じ、苦しみの中での発想、強い刺激を受ける、エモーショナルとの強い関連性を更に感じ学習となりました。

先日、友人より、どうしてもスロットが止められ無いと言う相談が有り、そう言えば知り合いでもデイトレイダーが止められなく大きな損失を出し、その事が原因で会社、家族が崩壊した人が居た事を思い出しました。


アメリカではギャンブル依存症はカジノが出来た時代からと古く、3年位前からはデイトレイダーも社会問題となっております、例え収益が出たとしても、その事にかかる時間、労力も膨大で、人類学、人間本来の営みから考えると、決してメリットが有るとは思えません。


依存症は、一見普通の人に見えますが、人間として何らかの欠落があり、勝つために行っているようで、実は負けるために賭けています。何故なら、負けた時に、生きがいを感じてしまうからです。


自分の存在を確認したいという強い欲求があり、大負けした時に、生きている実感を得られるので、繰り返してしまうのでしょう。


どうしてもギャンブルを行うなら、より戦略効率的に考えますと瞬時に売ったり買ったりをするより、各種な観点から良く研究し長期で付き合え、人の為になり、育てがいの有る企業が良いと思います、例えば村上、沢上ファンド等の考えも良いと思います

この件も心の問題、価値観のずれ、情動コントロール不足と考えます、一度の人生を人間として楽しい生き方を送る事が懸命と考えます



教育はその時代背景、文化によって変わります。

今の日本で一番大切な教育は、イマジネーション能力、洞察力ではないでしょうか。

学校現場では、今 再び『いじめ』の問題が取りざたされています。

この問題も、本来、大人たちが受け止めていくべきはずの、行き場のない不安感や焦燥感を子供たちがどうにかして、発散させようとした結果と考えられるのではないでしょうか?

昔から受け継がれてきた日本人の貧乏子沢山といった家族スタイルの変化、又、第2産業の農業、漁業を生業とする中で、皆が協力し合い共に生きていくということが得意な民族だったDNAも、少子化の波に流され希薄となり、初めて向かえる新時代の日本の社会形態に、日本人全てが戸惑い、苦しんでいるという要素もあるかもしれません。



『いじめ』は、いじめる人、いじめに加わる人、いじめを止められない人、いじめられる人で、構成されていきます。

その意味合いも、気になるから、からかうといったものから、自分の苛立ちのはけ口として

行われるものまで、様々ですが、多かれ少なかれ、相手を気に入らない、生意気だ というような、上から見下す気持ちがその中にあるものです。人間には、こういった少し傲慢な、時には残酷な部分が潜在しているのです。

しかしながら、成長としつけ、人間関係の中で、どこまでが許容範囲となるのか、それを超えたら、どうなるのか。といったことを学んでいくことで、その感覚は段々と穏やかになっていくものです。

許容範囲のラインは、社会的な価値感という背景もありますが、自分がされたら、どう感じるだろうか?に沿って、成り立っているのではないでしょうか?

たたかれれば、痛い、意地悪をされれば悲しい。最近の子供たちは、この当たり前の感覚が育っていないのです。



ここ数年、詰め込み型の学習が問題視され、かたちばかりのゆとり教育が実施されてきましたが、現実的には学力低下につながっただけで、現在の教育における最優先テーマは、相変わらず能力、点数至上主義で 現実的には変わってはいません。

学校とは、本来、教科学習だけを行うところではありません。

感受性豊かな時期に、同世代、先輩、後輩、教師や職員と出会う中で、協調性、思いやりの心、ありがたみ、恥じる心・・様々な人としてのあり方や、心を、人との触れ合いをとおして身に付けていく場所でもあるのです。

人格は、基本的には子供の時期に、人との会話の中、触れ合いの中で形成されます。

少子化、核家族、拝金主義、格差社会、マンション、インターネット、セキュリティ等など、めまぐるしく変化し、忙しすぎる現代の日本では、ユックリとした会話、心が触れ合えるような時間が、大変少なくなってきています。

人との会話、触れ合いが無いと、その時期が空洞となり記憶もままならず、子供、赤ん坊の心のまま体だけが大人となります。

感情が少ない事で一見クールで大人の感じに見えますが、そのように見えてしまうことが実は大問題といえます。一番、面倒でヤヤコシイ、人間同士の関わりの増える学校、社会の中で、突然の様に急に、大人の心を要求され膨大なストレスを感じ、回避の方法も分からず困惑、混乱、迷い、自己回避、自己防衛の為、子供の様にキレ、人に当たり、又は、自殺、引きこもる というようなことが起こってくるのです。



いじめの問題は、いじめる側の、自分でも気がつかないストレス、経験不足からくる他者の気持ちへの想像力の欠如と、周りにいる大人たちが能力至上主義の価値観に、そして忙しさに流れ、触れ合う時間を失ったために生まれた産物といえるでしょう。

女優のジェーン・フォンダ がこう言っています。

『人は皆、いくつもの人格を持って生まれ、成長に伴い、自分でひとつ選ぶか、あるいは親から促されたひとつを選び、社会生活を送ります。残された人格は退化していってしまう。

けれど俳優の場合は、全ての人格がその人の中で生かされており、誘い出されるのを待っている。』

 

つまり個人の、性格や傾向、可能性は固定されたものではなく、環境、人間関係、そして、自分自身のありようで、どの様にでも変化させることができるということです。



そして、もうひとつ問題になるのが、便利過ぎる現代社会、何でも簡単に手に入る事があげられるでしょう。掃除も洗濯(クリーニング)も料理(コンビニ)も、昔は全てにおいて時間がかかり、その時間の中には人間関係が介在し面倒で大変で苦労した事が当たり前で、その事により人との関わりが生きて行く事の絶対条件でした。

苦労することも人格形成、人間関係に重要なことです。結婚・仕事は苦労、努力する事であり、他人との触れ合い関わりがある面倒な事です(一人ひとりが人を支えあう)、長く付き合う為には、この人なら一緒に苦労したいと思える人、仲間を探すことです。大変なことですが、人は一人で生きて行けないことをよく考えてください。後は誰と生き何をするのか(目標創り)投げ出さないことが答え。アルバイト、恋愛は簡単で何時でも止めることが出来ますが、その気楽さが今の社会問題に繋がっているのです。

苦労が無いと人間とは言えません。人との関わりの中で感情の学習は行われます。

海外では異なった言語が使われたり、外面的に明らかに一人ひとり違いが分かること(白人、黒人、宗教、全く違う異文化)から、幼児期より人格形成、人間関係処理能力が求められ、また分かりやすいですが、日本人は同じ様な顔をしていることや、語らぬ、察する文化(農民は人を相手にしない)、南無阿弥陀仏(まかせる)文化が根本的にあり、分かり合えると勘違いしているように感じます。情報化時代の昨今においては、心は全く様々で他の方向を見ていることも認知しなくてはなりません。(昔は、あ、うんの呼吸など、多分分かってもらえると思っていたが今は有り得ません)



人と人のつながりはとても難しく、自分の想像を遥かに越えた考えを持っている人もいます。世界を見れば生まれた地域、環境によって想像も出来ない程の違いもあります。

人は生きていく上で同じ人類である人間と、付き合ってゆかなければなりません。

孤島に一人で友人も家族もいなければ生きてはいけません。



共存すること。共存するには助け合っていかなければなりませんし、助け合うには、相手の気持ちを汲み取る、想像力、洞察力は不可欠です。

そして、お互いにその姿勢を持って交流することが必要になります。

誰かに、助けられた、大事にされた、わかってもらえたという体験は、心を豊かにし、他者へのバトンとなります。

嬉しい、ありがたいという暖かな気持ちを忘れずに、大人から子供たちへ、子供たちは友人や後輩へ渡していくことが、最終的には自分自身を幸せにします。



 学校教育の中でも、教科書をこなし、記憶して点数を上げることばかりではなく、人間としての教育を考え始めていますが、旧体制の日本のシステムでは教師自体が多忙であることもあり、困難を極めているのが現状です。

その中でも、授業にゲスト講師を迎え、人間らしくあることのメッセージを伝えたり、

個人の意見を発表するスタイルを導入して、個人の意見を尊重しつつ、自分の考えを提案していく練習をする学校も増えてきています。



米国の授業では当たり前の、ディベートは、相手を打ち負かすためにあるのではありません。

相手の意見を黙って聞き、どんな考えを持っていて、自分とはどこがどんな風に違うのかを知ったうえで、相手を認め尊重するようになることを目的としています。

違う価値観を認め合うのは、口で言うほど易しくはありません。評価的な意識がどうしても働くものだからです。しかしながら、『みんな違ってそれでいい』という観点に立てば、いじめの問題にしろ、劣った人や逆に優れている人、又外見の違う人などを批判的な目で見ることはしなくなりますし、本当の意味で、個性の尊重、個性を伸ばす教育が出来るのではないでしょうか?


人間は、それ程、器用では無く、同時に違う事に集中出来ませんが、しかし、一流になる為には、一つの道にかけ続けなくてはなりません。

それなのに、急加速的な情報化時代の時間の流れでは、どの道に進むか、ゆっくり考える時間も無いまま就職してしまう事で迷いが生じ、かえって無駄な時間となる事が有ります。

(最近の企業の従業員は仕事が面白くない80%と回答、日本の企業満足度5%)



◇ どの種類の仕事に付くか? 

医療・福祉・製造・金融・飲食・不動産・サービス・IT・芸能



◇ 何を目的とするか?

お金・地位・名声・名誉・将来性・楽しみ・夢



◇ 誰と付き合うか?

苦労・同じ方向性・心ある人・人生の道案内・魅力・感動

デジタル化が進むと将来、心が無くなり、子供、孫の事を考えると大問題

アナログは心が中心となります



世界で一番重要で素晴らしい仕事とは、

・エンターテイメント、芸能業と言う職業・仕事の内容(他社比較、)

・アーティストという仕事で人を助けられるとしたら、

・アーティストは、社会、世の中、人々、に与える影響力、感動、勇気、夢、希望、光、救い、癒し、人の心、心の満たし、心のつながり、表現、理論etc.は膨大です。

・世界、人類の中で一番誇りを持て、重要で尊敬される仕事はプレイヤーズで、人間本来の基礎要件です。

・アーティストは、人として、とてもレベルの高い仕事で、心のメッセンジャーとしての、品位・プライドも必要です、人生を賭けられる仕事です

・ 場の雰囲気を敏感に汲み取る能力、表現力が高く、コミュニュケーション能力が深く強い。

・中途半端では出来ず人間としては相当レベルが高い仕事です

・一生涯行っても、奥の深い仕事、(人・人生・愛・心・感情etc.)

・苦労→楽しみ→感動

・人に夢と希望と感動を与え、人をプロデュースする仕事です

プロデュースとは

芸能の本質は、そのタレント個々の秘められた可能性を、協力し共に探し、育て、創り、究極まで導き出す事です。それだけに、人間としてかなりレベルが高く、本質、内外面を見抜く力が必要となります。

能力を見抜く

一番大事な事は、やはり本人のやり遂げる信念、努力です。

タレント自身の素材と考えを尊重しますが、基本的には長年経験豊かなプロデューサーに任せて、より良い作品を作り上げる事・方法が良いプロデュースとなります。それだけにハイレベルで完成されたプロとしての仕事が必要となります(物では無く、人という無限大資質という難しさ)

確認作業

テーマ:
・子供の学習

・子供から学ぶ

・自分を知る、自分とは(問いかけ)

・人間を知る、人間とは

・心を知る、心とは、心の点検

・幸せとは

・心豊とは

・何をしたいか、するか

・誰の為に生きるか、何の為に生きるか

・人間のあらゆる感情学習

・家族とは

・外から自分を見る癖をつける

・むやみに満たされすぎると失墜する

・精神のリラックス

・自分達が未来を変える(待っていても変らない、何もおこらない)

・人生は変えられる(ポジティブにいられる為の時間を増やす、その為には徹底したリサーチ、 目標価値観設定)

・人生の始まる時間、輝ける時間、考える時間

・人生は大冒険・自分だけのドラマ

  

子供に聞く


・学校が楽しいか

・やりたい事は有るか(確実的な)

・心を広げられる親友はいるか(心をつなぎ止められる友人が作れない)

・貴方はどんな人、誰なのか?

・子供から教えてもらう、子供力、遊ぶ力、熱中する力、好奇心、思考方法、行動能力、その中 から考えもつかない、及ばない物、事が生まれる。

・何故学校へ行っているか → 大半が世間体、友人、親に言われ、夢・目標が無く、なんとな くだから学校が嫌い嫌だ、つまらない、そして無理をして行くからそれに拍車がかかり、欠  席、遅刻、成績、相談する人もいなく、先生、親がウザクなり、目標が確定しないのでキチン とした友人も出来ない、

・小・中・高校の意識調査(進学塾英才教育の子供達を含め)で『成績が良くなる事を考えてい る』では日本33.2%、米・中・韓は75%であり、勉強しても良い将来が有るとは思え  ず、大学・家族にも期待をせず、興味は漫画・ドラマ・人気者などで、リーダーシップをとり たく無い、その上、コミュニケーション能力も高まらず、高校卒業生徒の70%は軽いう病、 60%は自分嫌い、いつ切れるか分からない、70%は何の為に生まれ、生き、学校に行って いるか分からない、やりたい事が無い、生きる事の不安、迷い、悩み、自信が持てない、心の 空洞化、孤独、疎外感。



大人が考えている程、今の子供達は生きて行く事が簡単でなくなっているといえます。

とてつもない苦しみの中で夢も無く育つことで、笑顔の中で薄く繊細な未熟なガラスの心は必要以上に傷つきやすくなっています。人を信じたり好きになったりして裏切られた時の事が怖く不安である為に、余計心をオープンに出来なくなって(昔と違い子どもが少ない事で心が育っていない)孤独を感じるようになるのです。 これでは一体、何の為の教育なのでしょうか?

子供の心を知る為に、まず、理解しないといけない事は、子供は心を容易には広げず、本当の事は簡単に言わないので、果てしない時間をかけじっくりと子供と同じ目線で、やりたい事、興味の有る事を共に探す事、そして、その行動を心から誉め(常に心から誉める)少しずつ広げた心を、見て、聞いて、触れて、知る、好みの変化を敏速に聞き、リサーチすることです。



親に聞く

・子どもの目線で考え見ていますか

・子供に本当にぶつかっていますか

・ぶつかれますか

・子供が何を考えているのか、知っていますか?

・子供が望んでいることですか?

・本心で親子の会話をしていますか

・子供の幸せとは何だと思われますか?

・子供からみた家族とは、どのようなものだと思われますか?

・仕事とは

・結婚とは

・孫、子孫、社会、教育とは

・子供の心のままの大人

・子どもの可能性は無限大で有る事を理解していますか?

・人を信用してはいけないと伝えますか(本当は人を信じ助ける事では)

・泣かず笑わず騒がずと伝えますか

通常の親は一生賢明仕事をし、経済的、物質的に良い生活が出来る事、良い学校に行かせる事が一番と考えていますが、その事を子どもがどう理解しているか、望んでいるかまでは考えていません。

レールの引かれた教育、特に1.29人と少子化が進む事で親は、余計に期待をしますが、兄弟が少ない事で代弁者もなく、子供は更に心が充たされずストレスが増えます。

そして、中途半端に物質的に満たされていると、欲が無くなり、余り考える事をせず、心の学習をしない為、心が弱く、未熟のままで、心を満たされたいと言う欲求ばかり高まり、小さな事でも心の悩みとなってしまいます。世界的に21世紀知的社会時代では、心の豊かさが求められていますが、今こそ、その事について真剣に考えなければなりません。

昔は貧乏で物が無く食事もままなりませんでしたが、夢・生きる希望が有り、心つながる仲間もいました。

子供のやりたい事に耳を傾け、親の価値観で物を言わない、子供達に作らせる等のことが普段の生活の中で自然に行われていました。

今の子供は、見た目から感じる視覚が重要になり、感覚の誤差ずれがおこり自覚が薄れ、仕事の実体験、人生体験が減ってきていると思われます。

片親・家族が少ない

愛情欠乏症の子が多い

トム・クルーズは、自分の人生の中で一番幸せな時は、父親が離婚し家を出て行った後、母親が三つの仕事を掛け持ちし、家に残された姉と共に過ごした時期が強い愛情を感じ、そして、その年のクリスマス、プレゼントが買えず詩を交換した日が、貧乏、苦労では有ったが一番幸せでしたと言っていました、やはり、幸せとは拝金主義とは異なります。
心のデフレ



歴史をずっと振り返ってみますとね、

例えば奈良の東大寺の造営なんてのもその当時の失業対策だったり困窮財政出動だったりしたって話があるくらいなんですよ。

ですからもう千年以上も昔から不景気、デフレ、インフレ、リストラ、失業問題っていうのは、繰り返し繰り返し日本人が体験してきていてわけです。

江戸時代には徳政令とかいろいろ出しながら失業対策・物価の対策をしたわけです。現代でいうところの不良債権問題もそうですよ。

不良債権問題っていうのは日本の歴史の中でね、ものすごく大きな特徴なんですよ。

ですから今に始まったことじゃないんでこれくらいは何でもないんじゃないか。

それよりも一番大きな問題は、例えば年間三万三千人を超えるというまあ自殺者もひっくるめて、心のデフレっていうか精神的な破局(心の不良債権)みたいなものが、今、神代以来の大きな問題としてわれわれの前に表れてきたんじゃないかと思うんですね。



レポーター 

自殺者の数が三万人越という事からもわかるように、日本人の強さっていうのがだんだん脆くなってきて逆境に弱くなって来ているような感じがしますよね。





ベトナム戦争六十年代から十五年間でしょ。アメリカの歴史の消えない傷跡なんですけども、これでの五万ちょっとです。

十五年間の泥沼の戦争で五万ちょっとのアメリカの人命が失われているわけですね。

今われわれは二年間で六万六千人っていう数字を考えますと十五年のベトナム戦争に匹敵する戦争を二年間でやってしまったという事になるんです。



ナレーター

この戦争を五木氏は"インナーウォー"(心の中の戦争と呼ぶ)。



レポーター

そのあの今おっしゃった例えばその自殺、いのちを軽く見るというこの傾向、これは?



これはやっぱり、あの戦後のドライ思考というものに関係があると思うんですよ。戦前のあのジメジメベトベトとしたカビの生えそうな家族制度とか、保険主義、いろんな物を排除して女工哀史とか身売りするとかそういうことを無くそうと、こういうことでね乾いた社会を趣向してきた訳ですね。つまり悲しむとか、絶望を噛み締めるとか、暗い想いに浸るとか、嘆くとか、泣くとか、こういう事は全部マイナスであるというふうに抑圧されてきたのが戦後の五十年の歴史なんですね。



レポーター

グローバルスタンダードではなく、日本のウェットの社会から逸脱してですね、迎合していくためには、どうしてもドライを演出しなければいけないという部分もありますよね。



しかしね、それはちょっと間違っているような気もするんですね。必ずしもヨーロッパやアメリカの近代社会がドライ思考であったかどうかって言うとその背景にはキリスト教的世界観という留め金があるわけですね。

ですから、やはり自由競争市場原理っていうけれども、人間の欲望の赴くままに自由競争に放置しておけば弱肉強食の修羅の巷になると、しかしそこにちゃんとした"インビディブルハンドオブゴッド"という大前提があって、神の見えざる手が必ずやそこまで極端なところを落ち込みかけたらバランスを取り戻してくれるであろうという神を信頼っていうのが根本にあるでしょ。

これがね、この間もアメリカ行ってアメリカのコインにウィットラスティングゴッドって書いてあるんでお金までこんなこと書いてあるのかって驚いたんですが、神無き市場原理っていうのは、これはちょっとありえないと思うんですよ。

ですからグローバライセンションするときに我々は和魂洋才というような事をいって向こうのシステムは入れるけれど、魂みたいなものはちょっとお断りをするという形で、戦前はそこに天皇制と新党、国家新党って入れてきた訳ですね。

戦後はそれが無くなったから仕方なしに無魂洋才でやってると、そういう無魂洋才と洋魂洋才がね、正面からぶつかった時にね、たちうちは出来ないんですよ。

ですからあの日産のゴーンさんも経験がカトリックだって聞きますとね、なるほど、彼は胸を張ってリストラをする。

なぜか、これは自由競争は神の御心に添うものだから、自分のやっている事はミッションだってこういう信念があってやってる人と、いやあ気の毒だな、ここで首切るなんて自分には出来ないと思いながら自分はそういうリストラやって胃潰瘍になる日本の経営者との差は大きいですよ。



ナレーター 

日本人の心の拠り所とはなにか?この壮大な問いに答えようとする五木氏の近年の著作。いずれもベストセラーとなっている。



あの、時々講演とか引っ張り出されてお話することがあるんですが、最近はほとんど銀行業界とかね、医者の内科学会とかね、なんか今つまり経営とか実業とか経済とか専門でやってる人たちがそういう話で無い話を聞きたいという要望が物凄くおおいですね。

ですから僕が行って全く艶な話をする訳ですけどもそういう話でいいんですか?と言っても、いやそういう話を実は聞きたいというのはポーズだけではないと思いますね。



ナレーター

五木氏が関わった一冊の絵本。以外にも多くのビジネス戦士達の心をとらえているという。いったい何故か?五木博之氏が翻訳したアメリカの無名作家の作品"リトルターン"。すぐれた飛翔能力を持つ渡り鳥が突然飛べなくなる所から始まる物語だ。

ある日僕は飛んでいたのに、次の瞬間、不意に飛べなくなったのだ。そして結局僕は自分の内面が壊れたとの結論に達した。



ナレーター 

訳も無く飛べなくなった鳥への反響は大きかった。引きこもり、病気、仕事の行き詰まり等、つらい体験をびっしり書き込んだ読者カードが大量に編集部に届いた。

最後には生きる価値に目覚め再び飛び立っていくリトルターンの物語への感動や共感が綴られている。



僕はこれは若い女性が読んでくれるだろうと思ってたんですが、現役のサラリーマンからですね、四十~五十歳のビジネスマンの読者が多いので非常に驚きました。

意外にそういう人達が読んでる。

そしてリストラだとか色んな問題にぶつかっている人達が具体的なノウハウではなくて、つまり社員をどう動かすかではなくて心の問題として今の自分たちの困惑した状態を真剣に考えてるなって気がしたんです。

なぜかわからないけどっていうのがね、今の理不尽。

こんな事があっていいのか。こういう思いを抱いている人がたくさんいると思いますね。



レポーター 

でもあの本の中で飛ぶばかりが鳥の生き方ではないと。で、そう思ったときにまた飛ぶことができたと。



人は生きていく道は色々あるから、大きな会社から首になったからってそんなことで飛べなくなったら鳥は鳥ではないっていう考えは捨てろっていってる訳でしょこの本は。

飛べなくなったって鳥なんだと。

だからね勤めは辞めたってねそれはいいじゃない、なにかあるよっていうこういう事なんですね。それは大変かも知れませんけども、ゼロから出発するって考えれば人間は相当な事をやれるんじゃないでしょうか。



レポーター 

三十五年間ずっとヒット作を書き続けていらっしゃる。これは凄いですよね。



自分で考えないんですよ。自分の中を空っぽにするんです。何にも考えないで真空状態にするとその中にバキュームのようにこう声無き声っていうか、今度はこういう小説書いて欲しいんだよとかこういう物語オレは持ってるんだけどあんた書かないとか色んな声が聞こえてくるんだよね。

だからマスメディアっていうけど、メディアってミディアムでしょ元々は。

霊媒ですよ、いたこですよ。

ですからそういうね、百万の読者がいたら百万の読者が皆一つずつ自分の物語を持ってて、皆は実は書き手なんですね。

その人達が書かない仕事を代理としてその人達の物語を組み込んでそして自分が纏め上げて投げ返す、皆にお返しするという仕事をやってますから。

お寺の鐘があるでしょ。あれは自分でなれないですよね。

やっぱりゴーンと撞木をつく人がいて撞木がぶつかって音が出るでしょ。

作家は鐘だと思うんですよ。つかれて鳴るんです時代と読者っていうそういうものに。

~引用 ワールドサテライトより~



歴史に見る構造改革



レポーター 

歴史の背景から全てお調べになって書いてらっしゃる。それを今の時代に当てはめますと、今どんな時代と似ているというふうにお感じですか?



やっぱりね、今までの歴史になかったんですね。何でなかったかっていうとITなんていうのはね考えられなかったんですよ。

だからしいていえばね、戦国時代ね。

つまりあの応仁の大乱後の日本の、色んな意味で「勝つ社会が崩れて無必要になった時期」。下克上っていうんですか。

つまり能力と数字だけ、実績だけが勝負だという時代が一つと、もう一つはね、幕末の開国時代ですね。

つまりGセブンなんかの日本の金融政策、特に経済政策に非常に厳しいプレッシャーがかかっていくという、こういう時期なんですね。

だからIT、インターネット、パソコンの発達で個人の情報処理力が非常に高まりましたよね。

結局今まで情報収集とか分析とか色んなものを引き出すことに費やしていた手間と時間がね、一人一人のものになってきちゃった。と結局個人の自己完結度っていうのは非常に高まっちゃったから。と物凄く意見の多いうるさい客、あるいは住民が増えちゃった。だからこれはやっぱり容易な時代じゃないですね。



ナレーター

作家 どうもんせいじ七十四歳。東京都庁で広報室長や、政策室長を職歴に美濃部都政の終わりを機に作家に転身した。歴史上の人物を題材に今に通じる経営戦略、組織論を描く。



レポーター 

会社との距離の持ち方。この理想的な距離の持ち方っていうのはどういうものでしょうか。



今はねITの影響でさっき個人の自己完結度合いが高まったっていったでしょ。

これを社会学者は大衆の文化。つまり文化した大衆、文衆って言ってるんですよ。

その特性はなんであるかっていうと、選ぶ選択の傾向を非常に強めてるという。

会社との付き合いでも、上司が部下をというだけではなくて、部下も上司を選んでる訳ですよ。今の世の中は。

だから、子供が親を選ぶ事もあるし。親は選ばれてる事に気が付かないんですよ。

いつまでも子離れしなくて、子供から親も選ばれている。

もっといえば会社では部下から上司も選ばれているし、学校では生徒から先生も選ばれている。この危機感をもっともたなきゃいけないと思うんですね。



レポーター 

例えばリストラを受けた人達がその転機をどう生かすべきですか。



やっぱりね、今までの仕事の内容、生き方が全てであったという価値観はいっぺんクリアしたほうがいいですね。一掃してね。

そこでやっぱり、生まれ変わったらというね、新しい生命力と、やっぱり後ろはもう一度黒板消しちゃって、チャラにして雄々しく前へ一歩踏み出していくって事がやっぱ大事でしょうね。



レポーター

歴史上の人物でそういう何かそれまでの人生とは変わって、転機があってそこからこう自分自身を奮い起こしたっていう人物はいますか?



皆そうじゃないですかね。信長だって柴田勝家とか林秀定達に、お前は駄目だから弟を用意するよと、どきなさいって言われたクチでしょ。

で、クソと思って谷底から蟻地獄を這い上がるような、いわゆる自己を奮い立ててきた訳でしょ。伊達正宗だって母親に嫌われて結局は弟を立てられようとした所を、母親を追放してやるとかって色んな苦労をしてる訳ですよね。

彼らは生きても地獄を見てきてる訳ですから。

だけど偉いのはそういう不幸な経験をしたから、いずれ偉くなってこれを仕返しをしてやろうという気は全く彼らはなかった。

むしろ二度とそういう思いを他の人間にさせたくないという所が一つのヒューマニズムの動機になってますね。



レポーター 

立派ですね。



そうですね



レポーター

小泉総理自身は歴史上の人物に例えると誰ですか?



んー本当はね、やろうとしていることは織田信長的なんですよ。

だけど、反町君ほどの無茶さというかな、迫力がねやっぱり多少まだまだ織田家系累代の重臣達のしがらみというか、意見尊重的なとこがまだ無視できない訳でしょ。

ただ信長の傭兵、いわゆる右腕、左腕として使っていたのは一方が羽柴秀吉であり片方が明智光秀なんですね。

これはつまり両方とも中途採用者であり、共にまたあの流動者出身、いわゆる放浪の果てにたどり着いたという。っていうことは逆に言うと情報が凄く豊富なんですよ。



レポーター 

明智光秀と羽柴秀吉。その二人をですね、例えば田中真紀子さんと福田官房長官になぞらえる事は難しいですか?



難しいですね。田中さんも福田さんも、まぁ今の例でいえば古い織田家の体質の上から出てきた人ですからね。

つまりあの中で信長が求めたのは彼の旧価値観の破壊という作業のターゲットというような、あの一所懸命、一つ所に命を懸けるという土地にしがみつく財産感。

あるいはそこから生まれる仕事のやり方。

小泉さんの場合には一人だって出来ないんですからね。

やっぱりこれは組織を動かさないといけない。そうなると、トップの他に補佐役なり中間管理職、ミドル。こういう層の中からある程度の理解者、あるいは協力者がいないとやっぱり改革は無理なんですよね。

だからその辺の見極めの今、まぁタユタユかな、あるいは模索なのかなっていう気がしないでもない。昔書かせてもらった上杉よざんなんかについて言ってもですね、あれはまぁ名君であり名開拓者だといわれているんですけども、単にバランスシートに出ていた赤字をゼロにしたっていうんじゃなくて、あの頃バブルで荒れちゃってた、まぁあそこは米沢でしたけれども、地域を限ってますけども、多くの日本人が自分だけよければいいみたいな気になってた、その現象を心に生じた赤字とみたわけですよね。

だから改革を行うならやっぱりバランスシートの赤をきちんとゼロにすると同時に心の赤字もね、そういう風にしなきゃいけないんだと。

で、そういう事からスタートを切った訳ですね。これがある意味では受けたっていうとおかしいけど、何のための改革かと言った時に、もっと皆が皆を信じあうような気持ちにもっとなっていくという。



レポーター

今の推し進められている改革はそれと比較するとどうでしょうね。



あのね、目標がよくわからないんです。

百表の米もね、あるいは痛み、歯食いしばるのもわかるんだけども、その後ね国政サービスとしてどういうメニューが、定食コースでいいですから。高いレストランなんて思わないけれども、何食わされるんだろうかというね、そこが掴みきれない。

地方自治体や必ず都道府県市町村は企画部とか計画関係のセクション持ってるんですよ。

でそれはそこの組長のトークの長期構想なり長期計画なりが持っていてそれを一年度ひっぱなして数字で貼り付けて予算化してる訳でしょ。

やっぱり、政府はないかなと。この国をどうするっていう事を考えるセクションが。いきなりいままで大蔵省に、財務省にいっちゃってたから、予算にいっちゃってたから、まぁ議員さんもねどうしてもお金の引き合いになっちゃうわけでしょ。

だから、その前に政策が欲しいんですよ。さっき言ったメニューっていうのはそういう意味であって、国政サービスのメニューっていうのは日本をどうするのかっていう。

その中で国民の果たすべき義務はわかりますそれはね。

だけどもじゃあ今度は権利としてもらえるサービスの中身がね国政計画のどういうような一つの青写真っていうかな、図面があってそれがどうフィードバックするのかっていうのが、わからない。

~引用 ワールドサテライトより~





たくましい自由度



レポーター

恋愛の小説をお書きになるようになったのはいつ頃からですか?



それはね、三十代~五十代ってもうね女を捨てちゃってると思ってるけど、とんでもない。捨てるに捨てられない形でありますし、多分死ぬまでくっついてくるだろうって思ってますし。その現場報告として小説を書いていくっていうか(笑)。



レポーター

でもなぜいつも恋愛なんですか。それが別の形の、例えば親子愛だとか夫婦愛だとか。



でもね、あなたもそうじゃないですか。

新しい人間と出会ってね、まっさらな気持ちでドキドキしたり、自分の素直な部分を溶け出したり、一番クリエイティブな自分に変えれるその瞬間っていうの、それはあの、普通の人間関係でやっぱそれなりに役目を負っているから、役割で付き合ってるんですけど、男と女の接触の部分では、それが溶けちゃって、中から一番の本姓のものが溶け出しちゃう。繕いもできなく溶け出しちゃう。

そういうこう摩擦熱みたいですね男と女は。

で、摩擦熱からなんか溶け出すものってのを小説にすれば宝に溢れてるわけで、一番面白いわけで。

こう社会的な役割は企業小説なんかありますけどそれじゃつまんない。

意外な部分が飛び出してきたり、本人も気がつかなかった自分が顔を出したりするのはそういう局面なんですよ。



レポーター

企業組織に属した男性ってのは小説の主人公にはなりにくいって事をおっしゃってますが。



本当はね私も主人公にする時に、まぁ大学の先生であるとか、研究家であるとか、作家であるとか自由人である職業を選んでしまう。それは時間的な余裕ではなくて、魂の自由度ってのが、やっぱり説得力があるから。



レポーター

ってことは組織に属している男性陣ってのは魂の自由度がないんですか?



それはね、相当縛られているという事の自覚がないんじゃないんでしょうか。私達は全共闘世代ですから色んな理論的な事をぶつけ合って激論したボーイフレンドもいましたけど、そういう人がね後々再開して久しぶりにお酒でも飲もうかって話したら凄くつまんなくなっちゃってて、自分がいかに早く出世したとか、早く課長になったとか、そういう事しか自慢できることがなくなっちゃってる。

そういう組織の中での評価ではなくて個人としてそれ以後何を身に付けてきてどんな思いで生きてきたかっていう事を語れなくなっちゃってるなっていうのが実感として具体的にもありましたからね。自分の人生の中で仕事が何割占めてるんだろう、生きがいの中で何割占めてるんだろうってちょっと真面目に考えて欲しいのね。

それがもしかして八~九割占めてたら僕の人生はリタイヤした後はどうなるんだろうっていう不安にかられちゃうと思うんですね。

やっぱその割合を、仕事以外の割合を努力して増やしていただかないと。



レポーター

生き方ってものをもう一回問い直す。つまり組織に属している自分、会社で仕事ばっかりしていた自分っていうものをもう一度考え直さないといけない時期にきているわけですね。



そうですね。だから少なくともサラリーマンの方は五時以降に同僚と一緒に居酒屋に行くのはやめませんかっていう事です(笑) アナザーワールドですよ。私アナザーワールドって言ってるんですね。映画でも文学でもそうですけど今こうやって単一で生きている時間軸の中で現実否応なく毎日ありますけど、もう一つの世界を空想面のなかで遊べるその豊かさってのは目に見えないですよね。アナザーじゃなくて三つ四つかまわないんだけど、それを持って欲しいなと思うのね。

何もそれはアナザーウーマンで別の恋をすればいいという事ではないんですけど、でもそれももしかしたら含まれるかもしれない。結果としてね。

ともかく一色に染められた人生なんてつまんないです。やがてその色が消えちゃうんですから。

やっぱり自我っていうものが希薄なのかな日本人って。お金だけに頼ってて経済力だけがプライドだったから、それがこけちゃったら全部なくなってる。

でも今こそある意味では日本人のアイデンティティーってのが作れる時かもしれないなって。何か本当に魅力的なものを今の時代に作ろうと思ったらね、必ずそこには、えっそんなものーそれ非常識じゃないのとか、それはちょっと無理じゃないというようなものこそ価値があると思うんですよ。

九十九人の人と違うこといっても構わないし、そういうのが容認されてるっていうのが大人の世界だと思うんです。大人というのが何かというのは非常に難しいけれど、自分の事について自分が全責任が負う覚悟があれば何をしてもいいという事だと思ってます。

五十代以降ある程度がんばってきてそこで自信がついて先が見えたと、見えたっていうのも変だけどやるだけの事はやったと、そういう人達が自信をもって自分の個性を回復する。



レポーター

そうするとその先ほどのお話にあったような組織に属している人間でも主人公にとして書きたくなる日ってのは来ますかね?



書きたくなりますよ



レポーター

じゃあ最後にですね、日本経済蘇るためにどうするべきか。なんかアイデアありますかね?



遊んでください。本当に楽しむ事をして下さい。

遊んだことが一番仕事の身にもなるんだと思うんですよ。

私は自分が楽しんだことが一番結果的に小説の力になってます。

特に企業の上の人達。若い人達の模範となるように遊んで欲しいなと思います。

~引用 ワールドサテライトより~





個職双善



レポーター

特に私が感動しましたのが、闇が矛盾を押し付ける。多分皆さんもそういう事感じてると思うんですよね。



そうですね、だからそれぞれがとっても困難な時代なんだけど、考えたら人間としては素晴らしい時代を生きている訳ですよね。自己を確立しつつ刺激にどう反応していくかっていうゲームを非常に楽しめる。

この詩に表現したように国内的にも国際的にも二十四時間ものがどんどん動いているっていう状況の中で、情報が次から次へと飛び込んでくる訳ですよね。情報に無頓着で生きる事ができればいいんだけどそうはいかないですね、やっぱりね。

時代に即応してその情報に反応しながら生きていかなきゃいかない。ただ、それを間違えると、うごめかされるだけになっちゃうんですよね。



レポーター

自分がなくなってしまうっていう。



だから情報に適正に反応していく。

情報の選択と選択した情報に基づいて自分はどう動いていくかっていう事をしっかりやらないといけない。

とあわせて自分の意識とか価値行動ってのをしっかり組み立てて生きていかなきゃいけない。

その両方を上手くやっていかなきゃいけない時代だっていう、まぁその難しいんですよって話をこの歌に託した訳ですけどね。



レポーター

特にあの言葉を駆使して今の人間が営む経済的な 不渡りですね。

この歌詞を書いてくださったってのは本当に素晴らしいと思うんですが、

今あの金融業界実に大変ですね。



哀れになっちゃいますね、見てると。

別にこんなことになると察知してね、ちょっと早めに引かせて頂いた訳ではないんですけど、ただ金融機関に限らず僕らの若い頃からどんどん人間の組織化、管理化が進みましたよね。自由業といっても本当の意味での自由業は存在しない。

アウトサイダーと呼ばれた芸術家の皆さんでさえね、組織社会に組み込まれていったような時代、そんな中に生きてきて組織社会での人間がもう末期的な症状にあるなってのは感じましたよね。



レポーター

それはどういう時に感じたんですか?



だからそれは非常に下世話に言わせていただくと、個の総失とか、もともと個があったのかどうかも問題だけれども、我ってものがもうなくなっちゃって生きてるっていうかね、組織の価値構造の中で皆うごめいちゃってる。

でそれはやっぱりおかしな社会になってきますよね。

で、これから僕なりの言い方をさせて頂くと、好むと好まざるに関わらずね、あるいは経済人一般人を問わず自己選択的な人生を歩まざるを得ない時代が到来してると思うんですよね、それぞれがね。



レポーター

でそれはある程度その組織の中も個を許容するという部分は出来てきたという風に考えていいのですか?



経営の立場にしてもね、君達の面倒は一生見るよっていう経営はもう出来なくなっちゃってるでしょ。

だからそれぞれがそれぞれであれ。でしかも創造的な能力を発揮してこの企業で貢献してくれって嘘なく言わざるを得ない時代がもう来てるんじゃないですか。



ナレーター

今も銀行員時代も年間五~六十曲を作りつづける。一昨年2000年にはデビュー三十周年を迎え、記念のコンサートツアーを行う。去年ガンが見つかり胃の四分の三を摘出する大手術を受けた。



レポーター

敵が自分の何かしら生きがいみたいなものを、おおばさんが以前いらした時ではないですけど本業とは別にもっていれば、仕事での生きがいっていうものは全くそういうなんていうのか、人と恋、例えば争う、あるいは領域を奪い合うっていうことじゃない所に多分もっといくと思うんですよね。本業の中でも生きがいみたいなもの。



ただ、僕の場合もね仕事以外に歌があったから救われたっていう事がそりゃないとは言わないけど、別のことをやってるって意識が全然なかったんですよ。

いわば同心円的な活動っていう僕の場合意識ですから、日記を書いているようなもんで、歌作りなんていうのは。だから僕思うんだけど仕事以外に趣味があるから救われるっていうのは本当の意味で救いになってるかなって思いますね。

要するにそれは言い方かえると仕事場では私じゃないけど趣味の時間には私に返るとかいう意味でしょ。相変わらずますます厳しい時代になっていくと、そこにいればずっと安穏という時代じゃないですよね。

いつリストラ受けるかもわかんない、君要らないよといつ言われるかわかんないって時代だから。

仕事人としてもね、私でいるという風に暮らさないと充実した人生にならないと思うんです。個職双善っていいますかね。

私の時間も職場での時間も両方私っていう言い方が出来なければね。年間やっぱ二千数百時間仕事のために使ってるでしょ。その時間は自分じゃなくていいなんていってたら不幸ですよ。



レポーター

胃を四分の三切除なさって、まだ一年経ってませんよね。



そうですね、もうすぐ一年ってとこですかね。

もうすぐ一年も経つのに体はなかなかいう事聞かないですね。お腹を切り裂かれる手術をしたわけですから。

体力がまだ十三キロ落ちたままで、まぁ食がすすまないせいですけど。だから筋力もないですよね。歌には一応そういう体力が必要ですから。



レポーター 

でもお声はもう変わらず、ねぇ。



でもここまで来たなっていう感じがあって、まぁ不幸は不幸でしたけど喜びもあってね、一ヶ月毎に歌える歌が増えていくんですね。

今のこの体力、この気では歌えないなっていう歌が翌月になると声の高さと声の量が出てきたりしてね。それは嬉しい事ですね。

やっぱり人間って普通であることがどんなに素晴らしいことかって言うのが実感させられますね。

~引用 ワールドサテライトより~


・幸せは待っていても来ず、変わらない、心の学習をし心豊となることで

人生は大きく変わる、変えられる、幸福となる幸福感が得られる(⇔不幸となる)

人生とは振り変えると過去の思いが、心、感受性に敏感に伝わります

思い出は全て、光、輝き心の思い出となる

・年を取ると守りに入る、何の為の守りか?

長生きした大人たちは、子供達の幸せの手助けを行う

・人生とは、旅、冒険の途中、心命の学習

・人生を噛み締めて大事にする   稲妻、無関心

・情報化時代、忙しく過ぎ、心が落着かず乱れ、心の泉が枯れ

津波の様な膨大な情報に押し潰され、自分を見失いがちになり

本物の言葉、人に気がつかなく、唯、むやみに時間ばかりが通り過ぎて行く世の中

・怒りは知恵の敵、行動は思想の敵、理の定義、理学、知的意識 

・偶然は無い

・一生の仕事とは、働く事の意味、理由

仕事⇔遊び、ビジネスマン⇔クリエイター、数⇔心は全て反比例し、全く逆方向に向かって行きます、通常の社会でも学校、病院、弁護士、映画制作etc.良い物・事を行う・造る為には、お金、時間が限りなく必要で、数字中心では、人が創造性を持ち生きていく意味・価値が無く両方を確立する事はとても難しく大変な作業です

・有限資源、「もし私は死な無いと言う人がいたら教えて下さい・・・人間はいつかは死を迎える事を良く理解して一度の人生を良く考えエンジョイし悔いの無い生き方をしなくてはなりません」

「人はそれ程器用ではない事も理解して下さい」

「忙しいとは心を亡くす事」

・ 自分達のかけている物、不完全な世界、完全を求める世界、長い時間がかか 

  る、大事な物が見えない

・人を好きになる、愛する、信じる、育てる、伝える、教えてもらう

・歌は人生そのもの、声と魂の結びつき、その時代背景を映り出した、心の声、

その時々の人生、世の中

・心に残る歌、ラブソング、口ずさんでいられない、聴いて、夢、愛無しでは

 生きて行けない

・20才頃の歌は、一生の歌となる人生となる、心豊か

・外国では心豊かな人が多い

・失敗を恐れない、自分に自信を持つ、アメリカでは本当に一生懸命頑張って失敗したら回りは共感し誰もが応援してくれる、その事で失敗を恐れず自分に自信が付く、一方日本では失敗をしてはいけないと教えられている。

・理論的に考えると何もしないで何も変らないリスクと何かして変るリスク、どちらがメリットが有るかは、一目瞭然です。(迷う事のリスクと迷わない事のリスク)

・時間の無駄、本当にやりたい事を見つけ腹をくくりやり遂げる

平たんで楽な道、デコボコだらけの曲がりくねった道、苦労する事が多い程、心豊かになると分かるのは、ずーと後の事です

・情報化時代、忙しいばかりで個、人格が無くなる人間はそんなに器用でない

もっとゆっくりと見・覚えないと(アナログ的に)良い結果とならない本物の言葉・人が分からない

・楽しみ→見つける

・衣食住が満たされると有りがたみ目標が薄れる

・分からない事は次の宿題とする

・重要なのは自分が変われば周りが変わる未来を変えるのは貴方です




・アルベルト・アインシュタイン


  不確実で、うそと欺瞞で溢れかえっている世の中で、確実な情報、仕事とは・・真実を語るには勇気がいる。


  


・トーマス・カーライル


  高貴な仕事は最初は不可能に見える。そして奇跡を作る。心の学習は自らをも助けることになる。




・ミルトン・エリクソン


 心は独自の座を占めており、それ自体で、とんでもない地獄を生み出すこともできれば、素晴らしい天国を生 


 み出すこともできる。




・セネカ


 どんなに豊かな土壌でも、耕さなければ、実りをもたらさない。人の心も同じである。




・ジョシュア・レイノルズ卿


 わしらの心はたえず新しい考えで肥沃にしなければ、すぐに荒れ果て、何も生み出さなくなる荒地に過ぎない。




・ジェームズ・アレン


人の心は、賢明になるよう耕すことも、荒れるがままに放置することもできるが、耕しても放置しても何かを生み出す、庭のようなものだ。


 


 人間は自分自身によって、作られもするし、解体されもする。思考で武装することによって、人間は自分自身 を破壊する武器を作る。その一方で、喜び、力。平和に満ちた天国的な邸宅を立てるための道具も作る。思考の正しい選択と適用により、人間は聖なる完璧さに上昇するのだ。




『自分の心をプログラムする』


 真実であれ、最も卑劣なうそであれ、ある考えや言葉を繰り返し聞いたり、読んだりするだけで、わしらはそれを最終的に心の奥に刻み込むようになり、それがわしらの人格の消えがたい一部になるのです。それは相当に強い影響力を持っているため、そのうちに、何の配慮や反省無しでも、わしらはそれに基づいて行動するようにさえなります。




・崇高なことを成し遂げようとすると必ずリスクが伴います。リスクを追うのを恐れる者は、崇高なことを成し遂げようと期待してはなりません。今や貴方は、自分が奇跡であるのを知っています。奇跡には恐怖は無いのです。


自分の恵みに感謝しなさい。自分のかけがえなのなさを主張しなさい。自分の枠を超えなさい。選ぶ力を賢く用いなさい。

先日、友人より大学まで出たのに目標やりたいことがなく、後で考えるとこれと言って特に学習覚えたこともなく何の為に費やした時間だったのか、分からなかったと言っていました(現在の社会問題)、そこで当スクールのスタッフにも聞いた所、同じ様な意見が多かった義務教育の一環的に取り合えず先生、親、友達が言うので高校、大学位は出ておこうと言う意件が大半でした、その中で「私は大学を出て少しでも色々な情報を集めて生きる事にプラスにしたい」「目標はスポーツ(剣道)でした」と言っていた従業員がいました、最初の意見は現代人だなと思い、良い見解では有るが生きる道を見つけることに苦労している様に感じました、スポーツの得意なスタッフは何故その道に進まなかったのかと聞いた所「その道では生活が出来なかった」と言っており、やはりクリエイター等が生きて行くことが難しいおかしい世の中と痛感致しました(アメリカではクリエイター、イギリスではデザイナーを教育、確立する環境が整っている)。さて、本来の学校・教育・先生とは何でしょうか?国・時代背景によって異なりますが現在の日本では、20世紀の戦争、焼け野原からの高度経済復興力の時代では無く、21世紀知的社会を見据え進化した教育を研究、開発しなくてはなりません、どんなに良い環境・設備を持ってしても肝心な生徒が心を広げなければ全く無駄な時間となります、目標価値観がしっかり定まらない状態では先には進みません、まず生徒の興味の対象を同じ目線に立ち友に模索し入り口を見つけ楽しませ心から誉め、やる気が出るまで待ちます、子供達は加速的情報化の中、迷い苦しみ危機的状況を迎えている事をきちんと向かい合って見据えなくてはなりません、時間は果てしなくかかり誤魔化し逃げは効かず、共に近道は無く迷いは時間の無駄と言うことも良く認識理解することが重要です、子供達が心豊に夢を持って生きて行く方法を伝えることが教育と考えます。

世界教育基準を研究致しますと現在の日本社会状況での教育は矛盾が有ると思います、記憶力、IQ中心、ロボット教育的、泣かず、騒がず、人を信用せず、周りが全て敵で心をオープンにした友人仲間が作れず、教師、両親に逆らわず服従し誰にも相談もできず、教科書授業を丸暗記し100点が取れれば優秀な生徒と言う考えが中心で、心、人に多大な影響力を与えるクリエイター、人間関係処理能力などの評価は全く無く、そんな状態で現代社会に出て生きて行く事は、とても大変な人生道となる事は明確と思います。



教育の素晴らしさ

教育は人を変える力が有り、運命さえ変える、そして教養とは教え育て伝える事、面白く楽しく素晴らしいもので有り、学習で一つの物を追求、調査、研究し専門的になっても表現が出来ないと人に伝えられません。大事な事は感動、興奮などから楽しさ素晴らしさを教え、自己学習に目覚めさせる事が一番です、つまらないと良い授業とは言えません。

(教師とは)どんなに学習、勉強が出来て、豊富な知識を持っていても、それを的確に伝える事は全く別の事です、それが出来なくては、良い教師、真の教養とはなりません。(宝の持ち腐れ、伝える方法の研究)

(説教とは)教え導く為に言い聞かせること、また、堅苦しい教訓を言う、戒める、誡める、間違いを教えることです。(但し、現代の間違いとは何でしょうか?言い聞かせても伝わらなくては意味が無いのです。)





本来の学校とは教育目標とは

学習とは身に付けた事が、将来、継続的に自分の為に役に立ち、利用出来るかが問われ、そのように教え育むことが教育です。そして、学校とは将来ある子供たちの大切な命を預かり、育てる場所といえるでしょう。アメリカでは、EQ教育が重要視されており、レクチュアを受けたものには、ライセンスが交付され、情動コントロールが優れたものであるとして、企業からも非常に高い評価を受けています。

しかし、現在の日本の教育の現状はどう思われますか?

変化の無い決まったカリキュラム、忙しく選択権の少ない進学・就職。

教師は、テストの点数・通信簿・偏差値の事ばかりが中心となり、人・人生・生き方・心・感情等は全くと言う程、度外視となっています。

現代人は、社会に出た時に周囲に強調できない者が多く見受けられますが、それは学力、能力、IQを重要視した教育を行ってきた結果と言えると思います。

本来、果てしない可能性のある人のイマジネーション能力が、失われつつあるのです。



IQ的システム(数字中心)   EQ的システム(心中心)




記憶能力主義(丸暗記)      イマジネーション


情報              芸術性


不安       ⇔       安心


デジタル            アナログ


個人               家族


情報化社会            人間時間


ロボット             人間




今後は日本でも二方向、二局面から子供の教育を行うことが必要であり、ある意味この学習は正反対のカリキュラムであります。IQ学習は現在の教育そのものであり、EQ学習に関しては全くと言って良い程行われていない状況です。もしEQ能力を持たずに社会に出た場合、現在その人数は500万とも1000万とも言われている、引きこもり、ニート等を中心とした、人との共存意識が欠落した大人が、目標も定まらないまま、不安定な人間関係の中で居場所を失うことになります。

又、その事による連鎖した問題点も数多く発生し、理論で理解するばかりで変化しない現代教育の矛盾には、憤り、を感じます。社会、大人たち、そして教師がむやみに悩み、戸惑っている状態の中で、子供たちは不安定さを増していっています。











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世界の平均寿命は40才、世界人口の100人に1人は餓死しております、そんな中、先進国日本では、物は余り、ゴミは膨大、心は無く、少子高齢化となり問題は山済みです、日本も昔は世界の寿命と同じ40才の時代が有り10代で仕事、生き方を確定し20代で一人前となり後輩の面倒を見て、30才で町国の事を考え40才になったら世界の事を考え自分が得た知識等の全てを次の担い手と成る若者に譲り渡すと言う、今の日本からは想像がつかない時期が有りました、私の考えでは40才以降はオマケの人生と言う生き方が良いと思います、思春期にやりたい事を確実に設定し一生懸命に没頭し成し遂げ、その時期が来たら子供達にその事を教え伝え、残りの人生は頑固にならず欲張らず、人間本来の生き方で有る次世代を担う子供達がより良く安心して生きて行ける環境作りを考えたい思います