#260 コール・オブ・ヴェトミン

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お久しぶりでございます。

今年も残すところあと2週間ほど。

年末年始が近づいているということで、自転車旅の告知です。

 

今旅の舞台はまたまた東南アジア。

昨年末にカンボジアを旅したとき、子どもたちの無邪気な笑顔や自然の豊かさに魅了され、また行きたくなってしまった。

 

色々ルートを考えたが、北ヴェトナムのハノイを出発し、ラオスとの国境に近いディエンビエンフーをゴールとすることにした。

 

 

これは昨年カンボジアのシェムリアップからヴェトナムのホーチミンまで旅をしたときのルート。

実はというと、当初は何年かかけてホーチミンからダナンやフエを経由し、ハノイまで北上する予定だった。

ところがヴェトナムという国は縦に細長く、ハノイまでは1,700km以上あることがわかった。

 

今旅の目的地であるディエンビエンフーはかねてからどうしても訪れたかった場所。

ホーチミンから北上していくと、到達までは最低でも4年もかかってしまう。

4年後にはひょっとしたら結婚しているかもしれない(願望)。

さすがに家族をほったらかして一人自転車旅に出るわけにもいかないだろうし、行きたいところには今のうちに行っておかねばならない。

そういうわけでヴェトナム北上は断念したのであった。

 

 

 

ディエンビエンフーといえば、かの有名な「ディエンビエンフーの戦い」を思い出す読者が多いだろう。

WWⅡの終結後、植民地支配の復活を企てるフランス相手に、ヴェトナム独立同盟(通称:ヴェトミン)がゲリラ戦を展開。

1954年、ディエンビエンフーの地でフランスを降伏させ、帝国主義の時代に終止符をうったのである。

 

そして僕は世界史の中でこの戦いが一番好き。

弱者たちが力を合わせて奢れる支配者に打ち勝つという構図に、何とも言えない愉悦を感じるのだ。

 

 

 

ハノイからディエンビエンフーまでは500㎞弱。

順当に進めば5日ほどの距離。しかし、行程のほとんどが上り坂なのだ。

 

 

航空写真だとこのようになる。

ご覧のとおり、緑がかった山岳地帯の道をどんどん上る。

一番高いところで標高1,000mを越えると聞いている。

だが、ヴェトミンたちはディエンビエンフーに籠るフランス軍を破るため、重火器を分解して自転車に積み、当時はまだ舗装されていない山道を必死で登ったのだ。

 

僕の旅の目的は世界史を追体験することにある。

ヴェトミンたちの血のにじむような苦労を、身を持って味わってみたいとさえ思う。

そのためなら、むしろ道のりは厳しければ厳しいほど良い気がするのだ。

 

学生の頃からずっと思い描いていた理想の人生に、ようやくたどり着いた。

8/17の日記。

明日は空港に行って帰国するだけなので、「鉄のカーテン縦断編(前)」の日記はこれが最後となる。

 

 

 

ウィーン北部プラーターシュテルンのホテルにて起床。

隙間程度だったので窓開けっぱなしでもいいかなと思ったら寒かった。

 

本日は1日かけてウィーンを観光する日。

ウィーンはベルリンよりも歴史が深いので見どころは山ほどある。

しかしながらヨーロッパの入館料はバカ高い。観たいところをすべて回っていたら当然破産してしまうわけで。

これまでベルリンやプラハでもかなりのお金をかけ、パルンドルフでも爆買いしたので、正直なところあんまりお金を使いたくない。

 

よって厳正なる審査の結果、シェーンブルン宮殿と軍事史博物館の二カ所を回ることに決めた。

シェーンブルン宮殿は言わずと知れたハプスブルク家の離宮。軍事史博物館にはサライェヴォ事件で襲撃にあった皇太子夫妻が乗っていた車が展示されているという。

 

 

 

二カ所だけなら時間はかからないと判断し、午前中はスタバでフリーWi-Fiに接続してブログの更新などを行う。

ホテルのWi-Fiは有料で、1時間1ユーロ、24時間3ユーロだった。

大したことない金額だが、散在し過ぎた後ろめたさもあったのでケチったのだ。

 

 

お昼前にシェーンブルン宮殿に向かったが、はっきり言って舐めていた。

すさまじい混雑である。庭園ですらこの賑わいなので宮殿の内部はいったいどうなっているのだろうか。

 

 

 

チケット売り場も大行列。5時間待ちっぽい表示があるがどうなることやら。

こうなるとわかっていたら、スタバでゆっくりしているべきではなかった。

 

 

 

 

30分ほど並んでなんとかチケットを購入できた。

16:50と記載があるが、これは混雑防止のために入館整理をするので16:50にもう一度出直せという意味。

時間は12時半過ぎなので驚きの4時間待ちである。

もはや入館できるだけでも良しとしよう。

 

 

いったんシェーンブルン宮殿を離れて昼食をとることにする。

駅ナカにあったケバブ屋に決定。

 

 

盛りはまあまあ。味もまあまあ。

僕はケバブに飽き始めているという事実に薄々気づいていたよ。

そりゃベルリンからの2週間、ほぼ毎日ケバブばっかり食べていれば飽きるだろうね。

 

 

シェーンブルン宮殿の入館待ちを利用して軍事史博物館を見学する。

名だたる名所が軒並み15ユーロ超えの中、ここは6ユーロと良心的な価格設定だった。

 

 

 

展示は1618年に始まる三十年戦争以降の軍事史料がメイン。

 

 

 

 

この絵画は第二次ウィーン包囲の時のもの。

逃げまとうオスマン軍とそれを追い散らすオーストリア軍が対照的に描かれている。

 

 

その際にオスマン軍が捨て去っていった軍旗も飾られていた。

 

 

 

この絵画はプロイセンとの七年戦争の時のもの。

絵画に女性や子どもが描かれていることから、実際の戦争に兵士の家族も従軍していたことが伺える。

教科書やテキストの文字を追うよりも絵画を観たほうが戦争の様子をリアルに学ぶことができる。

 

 

 

 

気球はすでにナポレオン戦争時に存在した。

偵察のために用いられたとのことだが、当時はまだ移動や高度の操縦は不可能で、地上からロープで動かしていたらしい。

 

 

 

 

お目当ての自動車を発見した。

銃弾は皇太子夫妻の身体を貫通しなかったようで、車に銃痕は見当たらなかった。

車の装甲がもう少し厚かったら第一次世界大戦は起きなかったのかもしれない。

 

 

こちらは暗殺犯のプリンツィプが実際に使用した拳銃。

皇太子夫妻を殺害したプリンツィプは未成年であったことから死刑をまぬかれたが、銃はセルビアの将校から提供されたことが判明した。

 

 

2時間弱じっくり軍事史博物館を見学した。

入館料の安さを考えるとコスパは抜群に良い。

 

 

良い時間になったので再びジェーンブルン宮殿へ戻る。

係員にチケットをチェックされ、記載の時間よりも早く入ろうとするとここで待たされる仕組み。

 

 

マリア=テレジアの肖像画とともに館内へ。

残念ながら撮影は不可だったが600年以上オーストリアを治めたハプスブルク家の暮らしぶりをよく学べることができた。

だが、こうして数日経ってブログを書くにあたって「どこがよかった?」と聞かれると、パっと思い浮かばないレベル。

ロシアのロマノフ家が夏の離宮として使用したペテルゴーフの方が琥珀がちりばめられた部屋とかあったし、豪華絢爛だったんじゃないのかな。

 

 

 

西日に照らされながらホテルに戻る。

まだまだ見たりない感はあるが、行けなかったところは将来また来ることとしよう。

 

 

 

何を夕飯とするかは大いに悩んだが、結局ケバブにした。

盛りも味もまあまあ、というか正直なところイマイチ。

それはおそらく昼と同じ理由で、ケバブに飽き始めているから。

 

飽きているのになぜまたケバブを食べたの?と思われるだろうが、これは僕のこだわり。

今回の「鉄のカーテン縦断編(前)」は、ケバブ(とバナナ)とともにある旅だった。

すっかり飽きてしまっているが、最後の晩餐にケバブを選んだのは、ケバブに対する感謝でもあり敬意を示すためでもある。

(なお、翌朝はもちろんバナナを頂く。その理由はバナナに対する以下略)

 

モリモリケバブもガッカリケバブもボッタケバブもあったが、アタリをひくのもハズレをひくのも、全部含めて「旅」なのだろう。

 

 

今回もまた「来て良かった」と納得できる旅となった。

自分のこだわりだとか、年をとることだとかをじっくりと考える良い機会になった。

 

毎日休みなく忙しく働いていたら、自分と向き合う機会なんて得られないだろうと思う。

旅とは、E.H.カー風に言えば「現実の自分と内なる自分との、尽きることのない対話」なのであろう。

 

移り行く風景を見ながらぼんやり色んなことを考えるのも僕の旅の楽しみ。速すぎず遅すぎない、自転車という乗り物は僕の時間の流れ方に合っているのだと思う。

 

そういうことにも改めて気づくことができた、良い旅だった。

 

来年はウィーンからトリエステに向けて「鉄のカーテン縦断編(後)」にチャレンジしようと思う。乞うご期待。

 

 

 

走行距離:28㎞

走行時間:2時間16分

総走行距離:19020km

#258 第三次ウィーン包囲!

8/15の日記。

 

 

ウィーン郊外、ペトローネル・カルヌントゥムという町のキャンプ場にて起床。

もう急ぐ必要がないのでアラームをかけずに寝てワザと寝坊してやった。

 

 

テントを支える金属製のポールが限界を迎えようとしている。

金属のパーツに亀裂が入り、ガムテープやヒモで応急処置してだましだまし使ってきたが、もうそろそろ寿命かもしれない。

このテントは2012年の東北バイク旅の時にデビューして以来、ずっと使い続けてきたもの。

トータルで100泊くらいはしていると思う。15000円くらいで買ったが十分すぎるほど元を取っただろう。

 

明日、明後日はウィーンのホテルに泊まるので、これが最後のキャンプ泊となった。

最後の一夜を耐えてくれたポールに感謝申し上げたい。

 

 

仕方ないことだが、日焼けが半端ないレベル。

帳尻を合わせるために今日はグローブなしで走る。

いつもグローブしている部分が焼けてくれれば境界も目立たなくなるだろうという淡い希望。

 

 

ウィーンまでは34㎞。

順調に行けば昼頃には着くだろうと思われたが、今日も強烈な向かい風に苦しめられることとなった。

 

 

急がなくていいので、わざと農道や林道を走ってみる。

この丘の風景ももうお別れとなるとそれはそれでさみしい。

 

 

何の変哲もない林道で記念撮影をしてみる。

 

 

 

補給のためにスーパーBillaに立ち寄ろうとしたらアクシデント発生。

なんと営業していない。

どういうことかと思ったら、今日は聖母被昇天の日とかいう祝日らしい。

飢えと渇きで僕が被昇天してしまうじゃないか。

 

 

幸いウィーン国際空港のBillaは営業していた。

市内のスーパーもおそらく休業と思われるので、重たいが大量の水と食料を買い込んでおく。

 

 

そういえばオーストリアの物価はやや高め。

コーラは1本1.25ユーロ(170円)。チェコやスロバキアの倍くらいする。

 

物価の高さでいうと、オーストリア>>>ドイツ>チェコ=スロバキア=ポーランドという感じ。

チェコでは水も1.5Lで30円くらいだったが、オーストリアでは80円くらいになっていた。

 

 

 

 

ウィーン市内に入ると、道端にケバブ屋が立ち並ぶようになった。

食べたいのはヤマヤマだが、昨日のブラチスラバのぼったケバブ屋の嫌な思い出が浮かぶ。

 

 

悩んだ末、結局立ち寄ってみることにした。値段もちゃんと書いてあるし。

2.8ユーロならば、盛りが少なくとも値段相応ということであきらめがつく。

 

 

気になる盛りはどうなのか!?どうなのか!?

 

 

キターーーー!!!爆盛り!!イエァ!!

これはうれしい。久々の爆盛りケバブ!!

 

 

皿に具がこぼれ落ちているのが見えるだろうか。

ブルノのしょぼしょぼケバブ屋よ、ブラチスラバのぼったケバブ屋よ、見たか!これが本物のケバブだぞ!!

お前らがケバブだと言って観光客に売りつけてるのはニセケバブだぞ!!

 

 

髭のお兄さん、ありがとう。

たった2.8ユーロでこれほどまで幸せな気分になれる。

 

 

腹も満たし、幸せいっぱいになったのでいざラストスパート!

最終目的地ウィーンまであともうわずか!

 

 

着いたーーーーーーー!!ウィーン到着!!

7/31にバルト海沿いのシュチェッチンを出発してから15日。

ハプスブルクのおひざ元にやってきた。第三次ウィーン包囲である。

 

 

達成感に酔いしれるが周囲はそんな事情を知る由もない。

ただマリア=テレジアだけが、優しく僕に微笑みかけてくれたような気がした。

 

 

 

 

 

市内を観光するためにまずは荷物をホテルに置きに行く。

小奇麗な部屋だが、一泊4000円とウィーンにしては非常に安い。

シャワー・トイレは共用、冷蔵庫なし、Wi-Fi有料なので、見た目ほど良いホテルではないのだけど。

 

 

観光できるのは今日の午後と明日の1日半。

行きたい場所は目星をつけてある。

 

 

 

まずはヴェルヴェデーレ宮殿を来訪。

オスマン軍のウィーン包囲を撃退したオイゲン公という人物の宮殿らしい。

オイゲン公の死後はハプスブルク家に売却され、現在は美術館となっている。

 

 

この美術館はオーストリアが誇る画家、グスタフ=クリムトの作品を多く所蔵している。

僕の目的もクリムトを観に来たわけで。

 

 

クリムトの作品にはエロティックな女性をテーマにしたものが多い。

妖艶だが悪魔的な雰囲気を感じさせるその魅力の前に、ぼうぜんと立ち尽くしてしまう。

良い芸術作品に出会うと金縛りにあったようにその場から動けなくなる。時間を忘れてじーっと見入ってしまうのだ。

我が家にも、僕が愛してやまないシャガールの作品(もちろん複製だけど)を何枚か飾っている。

 

 

 

 

これは一番有名な『接吻』という作品。

金の囲いは、誰も立ち入ることができない、二人だけの永遠の空間であるような印象を与える。

 

 

『接吻』の前で接吻をするカップル。羨ましくもなんともないもんね。

 

 

 

こんな絵も発見した。

誰かに似ていないだろうか?

 

 

似ていないだろうか?

何度も顔マネをして自撮りしまくっていたら周囲の観光客に笑われ、スタッフに叱られてしまった。

 

 

有名なダヴィドの『アルプスを越えるナポレオン』もあった。

入館料は15ユーロと非常に高額だったが、たくさんの名画に出会えてそれなりに満足できた。

 

 

その後はスタバに入る。

スーパーが閉まっていてバナナが買えないので、アップルシナモンドーナッツを夕食とする。

スタバでコーヒー以外のメニューを注文するのはいつぶりだろうか。

 

 

 

 

 

今日は祝日だが、暗くなってもウィーンの中心街は観光客でごった返している。

雰囲気を楽しみながら土産物屋を冷かしたりする。

 

 

面白い土産Tシャツを見つけた。

「オーストリアにカンガルーはいません」だって。なるほどね、オーストラリアとオーストリアという定番の間違いをギャグにしているということ。オーストラリアと言えば旅仲間のヨッシー松田さんがオーストラリア一周の旅に出たと言っていた。

僕が中欧に来たのと同じタイミングでヨッシーさんはオーストラリアに出発した。

ブログを拝見する限り、僕と同じように飲食店やらでプチボッタクリにあっているようで、シンクロしているなぁと感じる。

 

 

 

ウィーンにはいくつか給水機が置かれている。

オーストリアの水道水はアルプスの湧き水を使用しているとかで、飲用できるとか。

それでもヴェトナムで腹を壊したのを思い出して何となく不安なのでミネラルウォーターを買うけども。

 

 

ひとしきり夜のウィーンを走り回って疲れたのでホテルに戻る。

ドイツの宿同様、窓がちょっとしか開かないので温度調整に手間取った。

 

 

走行距離:62km

走行時間:4時間59分

総走行距離:18991km

#257 爆買い

8/14の日記。

 

スロバキアのルダヴァというキャンプ場にて起床。

このあたりの気温は本当に予測できない。

一昨日のイフラバのキャンプ場では最終兵器の輪行袋にくるまねばならぬほど寒かったが、昨夜は長袖一枚でしのげる程度だった。

 

朝日を浴びながら散歩していると、昨夜落とした部品を発見!

この広大なキャンプ場で見つけられるとは奇跡に近い。

日頃の行いを神様が見ていてくださったのだと思う。もう落とさないように気をつけねば。

 

 

今日はいつもより早起きしたので久々に8時前に走り出す。

日本でも外国でも朝は涼しくて気持ち良い。

日差しも優しいし、気のせいか風も弱い気がする。

 

 

お昼ごろ、スロバキアの首都ブラチスラバに到着。

大統領官邸前で記念撮影。

 

 

それから淡いブルーがきれいな外装で有名な何とか教会を見学。

中は改修中で入れずだった。

 

 

カフェやレストランが立ち並ぶ繁華街をブラブラする。

スロバキアは小規模な国。首都ブラチスラバもプラハやベルリンに比べると何となく活気がないような気がする。

 

 

マンホールから覗いている人がいる、と思ったら銅像だった。

チュミル像(のぞき屋の意)という有名なスポットだったみたいで、観光客がパシャパシャと写真を撮っている。

 

 

 

例のごとくケバブ屋を発見。

ブラチスラバはケバブ屋が少なく、町全体で数件しかなかった。

どこで食べても一緒だろうと思ってこのケバブ屋に来たのだが、これが大失敗だった。

 

 

このケバブ屋。とんでもないぼったくりだった。

ケバブは通常3~4ユーロくらいだが、ここのケバブはなんと8.5ユーロ。

8.5ユーロを日本円に換算すれば1100円くらいになる。や、や、やられた!!

 

 

こんなに高いはずないと思ってメニュー表を見たが、値段の記載がなかった。

 

そうか。このケバブ屋、最初から計算済みだったのだ。

敢えて値段を提示せず、ぼったくれそうな観光客からはぼったくるつもりでいたのだろう。

 

 

ヴェトナム国境で賄賂を要求されたときのように、頑として抗議すればよかった。

ツルッパゲ店主め、覚えていろよ!クッソーー!!!!クヤシイ!!グヤジィィィ!!!

 

たかだか数百円ぼったくられただけなのに、とても嫌な気分になった。

もうスロバキアではお金を使わないこととする。さっさとオーストリアに向かおう。

 

 

 

道端からブラチスラバ城が見えた。

ひっくり返したテーブルと例えられるが、その通りな外観。

 

 

しばらくしてスロバキア-オーストリア国境に到着。

国境らしき目印は何もなく、ただウィーンまで58.5kmの道しるべがあるだけ。

ぼったケバブのむかむかがおさまらないのでこの表情である。

 

 

ウィーンまであと30㎞ほどのところにあるキャンプ場に到着。

まだ時間は15時前。距離的にも時間的にもウィーンを目指すには十分だが、今日はここで一泊する。

 

というのも、この後行きたい場所があるのだ。

早起きして8時前に走り始めたのもそのため。

いつものように重い荷物をテントの中に放り込んで出発する。

 

 

ショートカットのため砂利が敷き詰められた林道をグングン進む。

荷物が無ければ林道もラクチン。

 

 

やってきたかった場所といえばウィーン郊外にあるパルンドルフというアウトレットモール。

パルンドルフは数百店舗が集う中欧最大規模のアウトレットモールで、かねてからここで服を爆買いしようという計画を立てていたのだ。

 

 

噂通り超巨大でにぎわっているが、目当ては最初から決まっている。シャツだ。

プチ自慢になるが、筋トレを始めたのがアメリカ留学中の2010年。あれから8年経ったが断続的に筋トレを続けられている。

当時は55kgほどしかなかった体重も70kgほどまで増えた。

 

体つきも褒められるようになり、生徒からも筋トレのアドバイスを求められるたりもするようになった。

しかしながら良いことばかりではない。日本で売っているシャツが合わなくなってしまったのだ。

Abercrombie&Fitch(アバクロ)だけは筋肉質体系向けに採寸されているのでフィットするが、最近はアバクロも飽きてきた。

 

そんなわけで、次に欧米に旅行に行くときにシャツを爆買いしようと考えていた。

 

 

渋いオヤジが好むブルックス・ブラザーズなんかものぞいてみる。

30代はシャツの似合う男を目指す。上質なシャツをサラっと着こなしてみたい。

顔は生まれ持ったものなのでどうしようもないが、体格とファッションセンスは磨けばどうとでもなる。

 

 

2時間ほど歩き回り、5枚シャツを購入した。計350ユーロくらい。

ドレスデンでトレーナーも購入しているので、この旅で5万近くファッションに金を使ったこととなる。

クレジットカードの請求が怖い。

 

 

 

ちなみにパルンドルフはタックスフリーに対応している。

モール内にある受付に行けばその場でタックス分が返金された。手数料を差し引いてだいたい8%くらいが返ってきた。

 

 

午後7時を回ったあたりでキャンプ場に戻る。

林道を通って片道15㎞ほどなのでまあまあしんどい。

サイドバックには確かにシャツ5枚分の重みを感じるのだ。

 

 

 

 

夕焼けがとてもきれい。

夏のヨーロッパは日没の時間が遅いので、ゴール間際にして今旅初の夕焼けである。

夕焼け空に映る風力発電機がなかなかシャレている。

影だけ見れば、自転車に乗る僕の姿もなかなかハンサムなんじゃないかとうぬぼれる。影だけ見れば。

 

 

林道の先に何かが潜んでいる。わかるだろうか。

 

 

ウサギでした。ところどころに野菜の葉なんかが落ちているが、おそらくウサギたちが食い荒らしたものだろう。

 

 

20時過ぎにキャンプ場に帰宅。

Wi-Fiが使えないのでやることなし。

早めに床に入ってまどろむこととした。適度な疲労感が気持ちいい。

 

 

 

走行距離:108km

走行時間:6時間44分

総走行距離:18929km

#256 ハロー・スロバキア

8/13の日記。

 

ブルノの宿にて起床。

一週間滞在したチェコも今日で最後となる。

物価の安さには助かったが、丘の多い大変な国だった。

平面の道を走れた区間はほとんどなかったんじゃないかと思う。

 

 

 

ブルノ以南はほとんど平野なのでアップダウンは少ない。

早朝の涼しい風を浴びながら川沿いのサイクリングロードを走るなんて贅沢!

 

 

 

スーパーで安売りしていたスムージーを買ってみる。

スムージーと言えば日本では健康志向の女子が好む高級品だが、チェコでは1本100円ほどで売られている。

ドロッと濃縮された果汁が喉を潤し腹を満たす。

 

 

 

昼過ぎにチェコ-スロバキア国境に到着。

さようなら丘の国チェコ。初めましてスロバキア。

国境と言っても、チェコとスロバキアは25年ほど前までチェコスロバキアという一つの国だった。

おそらく現地の人にとっては県境くらいの感覚なのだろう。はしゃいでパシャパシャ写真撮ってるのも僕くらいだし。

変わることと言えば、通貨がドイツ以来のユーロに戻ることくらい。

 

なお、チェコとスロバキアの分離は実に平和的な協議によって進められたことから、「ビロード離婚」と呼ばれている。

同じ時代にユーゴスラビアが流血の惨事になっていたことを考えると、こういうケースは非常に稀であろう。

 

チェコスロバキア共和国時代、チェコ人にとってはスロバキア地方の経済的な後進性が重荷になっていた。

一方でスロバキア人にとって、政治経済の中心がチェコ側に集中していたことが不満であった。

 

チェコ人とスロバキア人の民族感情は、両国が同一国家だった頃よりもむしろ良くなっているという。

 

 

 

スロバキアにもTESCOが進出していたので入ってみる。

物価はチェコとおおむね一緒。

 

 

 

ヨーロッパでは駄菓子のような感覚でチョコウエハースが売られている。

一番気に入ったのはこのLinaというウエハース。

値段は1本80円くらいとやや高いが、断面図の通りチョコクリームが結構厚めに塗られている。

ナッツの食感もクリスピーで旨い。

 

 

スロバキアに入り、アップダウンは皆無となった。

しかしながら今日は強烈な向かい風の日。

無風の日は18km/hくらいで進めるが、向かい風の日は頑張っても16km/hくらいにしかならない。

しかも体感的に3倍ほどの体力を使うのでなかなかしんどい。

 

 

キャンプ場近くの小さな町でケバブ屋を発見。

今日はブルノを出発してから大きな町に立ち寄れなかったのでケバブを食べられないものだと思っていた。

 

 

 

入れ墨が入ったイカついお兄さんがケバブを作ってくれる。

具材の盛りはまあまあだったが、ピザ屋を兼ねてるためかパンが自家製だった。

 

 

本日の宿はルダヴァというキャンプ場。

受付をしてくれたのは小さな女の子だった。

宿泊費は5.25ユーロと今旅イチの安さ。

 

 

さらに冷蔵庫もついているというサービスっぷり。

ドアを開けるとそのまま外れてしまうというサプライズも素敵。

 

 

 

物干し台もあるので洗濯物を干す。

旅の途中の洗濯は、石鹸で手洗いして済ませる。

完全には汚れは落ちないだろうけど、臭いが消えるのでヨシとする。

今日は強烈な向かい風に苦しめられたが、その風のおかげで洗濯物は数時間で乾いた。

 

 

 

後はもう日が暮れるのを待つだけ、というところでやらかした。

パソコンに取り付けるUSBポートを増やす部品をどこかに落っことした。

もともと電子機器を入れる袋に穴があいており、新しい袋に買い替えないといかんなと思っていたところ。

袋を取り出した際に穴から芝生に落っこちたのだろう。

 

さらに痛いのは、その部品にワイヤレスマウスに赤外線を送る別の部品をくっつけたままにしておいたこと。

部品が見つからないとなると、マウスも買い替えねばならなくなる。

ケバブ屋に強欲になったことに対する罰があたったのだろうか。

 

 

部品を落としたというソワソワ感のまま床に入った。

 

 

走行距離:106km

走行時間:6時間43分

総走行距離:18821km

#255 怒りの追いケバブ

8/12の日記。

 

モラヴィア高地のイフラバという町にあるキャンプ場にて起床。

強烈な強烈な寒さだった。

最終兵器輪行袋をもってしてもまだ寒く、夜中に何度も起きた。

無事朝を迎えられてホッとした。眠りは浅かったが、寝るには寝れた。

 

 

キャンプ場で軽く朝食を食べた後、イフラバの市街地へ向かう。

 

 

 

御用達のスーパーLidlにて、コーヒーの自販機を試してみる。

わずか15コルナ(75円)でミルク入りのホットコーヒーが飲めるとはありがたい。

 

 

本日も景色は変わらずだが、昨日上ってきたモラヴィア高地を下ることとなる。

最終的には標高を300mほど下るので気分的には結構楽。

と思ったものの、そう簡単にはいかないのがチェコ。

 

実際には、下って、下って、上って、という感じで、結局アップダウンが多い。

 

 

お昼に立ち寄った町でケバブ屋を見つけたが休み。

そうか、今日は日曜日か。先週の日曜日は確かヴィッテンベルクのあたりを走っていたはず。

ドイツは軒並みスーパーが休みだったがチェコはそんなことないようで。

 

 

Kauflandというスーパーで売ってたパンはなんと一個1.9コルナ。9円である。

 

 

ハムとチーズを買って自家製サンドイッチの出来上がり。

口に入れば味は一緒じゃ。

 

 

 

 

 

隣に高速道路があるので、一般道は車がまったく通らない。

買ったばかりのカメラのセルフタイマー機能をようやく発見したので、試しに撮ってみる。

 

 

 

アップダウンもいよいよ終わりを迎えようとしている。

チェコ第二の都市ブルノまであともうわずか。

 

 

ブルノでは宿を予約してある。

キャンプ場もあったが場所は郊外。

地図を見る限り山を一つ越えねばならないような感じがしたのであきらめた。

 

 

大体3000円くらい。部屋はなかなかいい感じ。

荷物を置いてケバブ屋へ向かう。今日は日曜日なので早く閉まってしまうかもしれない。

 

 

ケバブ屋発見!やってた!よかったー。

 

 

ところがここのケバブ屋、今までにないとんだガッカリケバブだった。

写真の通り、盛りがあまりにも少なすぎる。

爆盛にしろとは言わんが、せめてパンの隙間を埋めるくらいは盛っていただきたい!

 

あまりにも盛りのしょぼいケバブに怒りがおさまらない僕はこの後とんだ暴挙に出る。

 

 

なんとケバブ屋をハシゴしたのだ。

 

 

ところが2件目のケバブもガッカリケバブだった。

1件目よりかは盛ってくれているものの、隙間がありまくり。チクショーー!

 

町の良しあしは観光名所の多さではなく、ケバブ屋の盛りの多さで決まる。

ブルノという町は僕に合わんかったということである。

 

 

さて、今手元には500コルナ紙幣がある。

日本円に直せば2500円くらい。

キャッシュオンリーかもしれないと思って宿の支払いのためにとってあったが、すでに予約した際に決済が完了していた。

明日にはスロバキアに入るので、急遽500コルナ紙幣を使い切ってしまわねばならなくなった。

 

 

ショッピングモールに入ってみる。

色々テナントが入っているが、2500円という微妙過ぎる額のため買えるものが限られる。荷物を増やしたくもないし。

Tシャツを手に取ってみるも、2500円以下で買えるものはペラペラのモノばかり。

 

 

行ったり来たりして、結局ユーロに両替することにした。

日本で両替するよりもレートが良かったのでヨシとしよう。

 

 

ホテルに戻ってブログ書いて就寝。

 

 

走行距離:102km

走行時間:6時間44分

総走行距離:18715km

#254 モラヴィア高地

8/11の日記。

 

クトナー・ホラのホテルにて起床。

6日間連続でキャンプをしていたので、フカフカのベッドが気持ち良すぎた。

 

 

 

クトナー・ホラから先に進む道路はこのように通行止め。

国道に出るために迂回するとなると、坂道を大回りせねばならん。

 

 

よって近道を通る。

駅の近くにある線路を渡れば獣道を通って国道に出られるのは調査済み。

昨日、地元の住民がここを通っているのを見かけたので法的にも問題ないはず。

 

 

 

今日は一日中上り坂。

チェコは大きく西部のベーメン(ボヘミア)地方、東部のモラヴィア地方に分けられる。

今僕がいるのはちょうどその境目のあたりで、標高は600mほどのところを走っている。

モラヴィアと言えば、いにしえの大モラヴィア王国が栄えた地域。

わずか100年近くしか存続しなかったマイナー国家なので、熱心な世界史ファンでも知る人は少ないと思われる。

 

 

丘の向こうにはどんな景色が待ち受けているのだろうか。

 

 

丘の向こうには、また新しい丘が顔を出す。

今日はもうこんな景色の繰り返し。

 

 

道中の小さな町にはコープがある。

 

 

始めて味付きの水を買ってみた。

桃の天然水をイメージしていたが、味付きのいろはすのようにほんのり甘いだけ。

これはこれでうまい。よく冷えてるし。

 

 

ハブリーチクーフ・ブロトとかいう覚えにくすぎる町に到着。

もはやルーティーンのようにケバブ屋を見つける。

 

 

今日のケバブは大当たりケバ。

僕の手のひらよりも大きいケバ。

 

 

具材もこぼれ、僕の笑顔もこぼれる。オーブンしたてのパンがバリっと音を立てる。

これ一つでお腹いっぱいになるんだから、ケバブはすごいケバ。

75コルナ(400円ほど)だったが、手持ちの小銭が微妙に足らず、少し負けてもらったケバ。

 

 

それからBILLAというチェコの大手スーパーチェーンにも立ち寄る。

この先大きな町がないので、夕食と明日の朝食を買い込む。

 

 

モラヴィア高地をぐんぐん進む。

坂はしんどいけど、標高が高いだけあってだいぶ涼しく感じる。

汗ばむことはほとんどない。

 

 

 

15時過ぎにキャンプ場に到着。かなり早めのチェックインだが、ここを逃すと今夜は森に入ることが濃厚となる。

 

首都プラハから第二の都市ブルノまでは240㎞ほど。

頑張れば2日で行ける距離だが、余裕をもって3日かけて進んでいるので、登り坂が多い割には楽に感じる。

 

 

客はほとんどおらず敷地もめちゃめちゃ広かったが、屋根の下にテントを構えた。

屋根の下というだけで途端に野宿感が増す。

 

 

早くチェックインできたので靴を洗って乾かしておく。

靴の代わりは持ってきていないので、かれこれ2週間これを履きっぱなしである。

汗をかくと当然靴も臭くなってくるので、どっかのタイミングで丸洗いしてしまいたいと思っていたところだった。

 

 

キャンプ場の隣にあるバーに行ってコーヒーを頂く。

Wi-Fiの電波も強いのでブログの更新がはかどる。

お兄さんたちはビールをグイグイやっているけど、僕はコーヒーで満足。

アルコールが体に合わない体質なのだろう。酒を飲むと関節がしびれたり頭が痛くなってもうその日は行動不能になってしまうのだ。

 

 

 

近くにスーパーがないので保存食のナッツを夕食代わりに頂く。

 

 

ぎっしり入ってて食べても食べてもなかなか減らない。

旅が終わるまでに消費しちゃいたいけど、ナッツを食べすぎると鼻血が出るのだ。

 

 

暗くなると、バーの前で突然ライブが始まった。

もちろんチェコ語なので何を歌っているのかはよくわからず。

 

 

ドラムのおじさんが渋カッコよくて動きを目で追いかける。

なんでどのバンドもドラム担当は小太りで短髪なのだろうか。

 

 

標高が高いのか、放射冷却のせいなのか、夜になると急激に冷えてきた。

放射冷却とは、昼間あたためられた地面が夜になって急激に冷える現象のこと。

曇りよりも晴れの方が熱が逃げやすくなるので、晴れの日の方がむしろ気温が下がるのだ。

 

Tシャツの上に、長袖シャツ、トレーナー、マウンテンパーカーを着込む。

さらに寝袋にくるまってもまだ寒い。しかたないので輪行袋を広げてくるまった。

これはGW鹿児島の旅編の時に編み出した、夜が冷え込むときの最終手段。

輪行袋にくるまってなお寒いようならばもうお手上げである。

 

果たして寝られるのか!?

 

 

走行距離:69km

走行時間:5時間3分

総走行距離:18715km

#253 プープーファイター

8/10の日記。

 

 

昨夜は雨が降ったため、洗濯物が乾かず。

このように二日分の洗濯物を自転車に括り付けて出発する。

 

 

迷路のようなプラハ市街を抜けてようやく走り出せる、と思ったら雨が降ってきた。

 

 

カフェでコーヒーを飲みながら雨宿り。

奥の席の黄緑のシャツのおじさんとはちょっと喋って仲良くなった。

僕が何か喋るたびに頭をなでてくる。子どものように扱われたのはいつぶりだろうか。

 

 

 

 

 

今日も今日とて景色は変わらず。

まっすぐの道路と、見渡す限りパッチワークのような丘と畑が広がる。

 

 

時折道路沿いにあらわれるポプラの木といい、景色が北海道と丸被り。

修士1年の頃、北海道を一周したのがもう5年も前なのか。

懐かしいな~、あれはめちゃめちゃ楽しかった。

 

近々北海道をバイクで旅したいという野望があるが、なんせ時間がない。

来年の夏はおそらく鉄のカーテン縦断編の後編をやっているだろうし。最短でも再来年か。

 

 

 

お昼ごろ、コリーンという大きな町に到着。

調べたところケバブ屋は無かったのでTESCOの中にあった中華料理屋で焼きそばを頂く。

 

 

シーナ?と聞かれるのはもはやお約束。

観光都市でもない田舎町で東洋人を見るのは珍しいのだろう。

店員さんはヴェトナム人だった。

 

 

 

15時頃、今日の目的地であるクトナー・ホラという町に到着。

今日は追い風に乗れたので体力の消耗もほとんど無く、楽な日だった。

 

よさそうなキャンプ場が無かったので宿を予約してある。

 

 

部屋の雰囲気もよさそうな感じ。

一泊2400円ほどとお値打ち。

 

 

あれ?なんだか便座に茶色いシミが。。。。

前にも同じようなことがあった気がするぞ。

どんな排便をしたらこんな飛び散り方するのか。

やっぱり安ホテルはアカンわ~!

 

 

 

 

ホテルに荷物を置いてから、街の観光に出かける。

やってきたのはセドレツ納骨堂なる名所。

外見はなんてことない教会だが、わざわざイカつい兄貴も観光に訪れるほどのホラースポット。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんと教会の内装が本物の人骨でできているのだ。

1万人以上の人骨が使用されているという。

 

 

アニキも驚きのようで、パシャパシャ写真を撮りまくっている。

イカつい見た目の割にカメラが小っちゃくてかわいい。

 

 

 

この頭蓋骨はフス戦争の犠牲者のものらしい。

空いた穴は、槍や矢じりによるものだとか。

 

なかなか刺激的なスポットだった。小さな子どもとか泣いてたし。

 

その後も街の観光をしたものの、デジカメのエラーにより写真が消失してしまった。

聖堂と夕食のケバブの写真しか撮っていないのでヨシとする。

 

 

フカフカのベッドの上で就寝。

一週間前のドイツの蒸し風呂のような部屋とは違い、涼しくて快適。

 

 

走行距離:85km

走行時間:5時間20分

総走行距離:18543km

#251 丘の国

8/8の日記。

 

 

チェコ北部の町ジェシーンのキャンプ場にて起床。

買ったばかりのトレーナーを着込んだおかげで快適な夜だった。

 

 

朝食はバナナ・チーズ・ヨーグルトにチョコのクッキー。

菓子パン一個で済ませる日常生活からは信じられないくらい健康的。

 

 

荷物をまとめて8時半頃に出発。

今日の目的地はチェコの首都プラハ。昨日に引き続きエルベ川沿いをどんどん登っていく。

 

 

 

 

第二次大戦で使われたであろうトーチカの残骸を発見。

この中で人が死んだかもしれない、と考えるとさすがに入る勇気はなかった。

 

 

サイクリングロードのくせに、時々変な道に誘導される。

自転車用の坂がついているとはいえ、階段を登れだなんて無理をおっしゃる。

 

 

階段の上は水門になっていた。

 

 

 

車を大量に積んだ貨物列車が横を並走する。

これから出荷されるのだろうか。

 

 

チェコに入るとケバブ屋はめっきり姿を見せなくなった。

ショッピングセンターみたいなところにある中華料理屋に入ったけども、あまり美味しくなくて残念。

 

 

テレジーンという町を通過した際に異様な風景に出くわした。

ガイドマップを見ると、どうやらチェコスロバキア最大の強制収容所の跡地だという。

先を急ぎたかったが、立ち寄っておかねばという気持ちが勝った。

 

 

 

収容所の内部はおおかた想像通り。朽ち果てたブロック塀から当時の様子をうかがい知ることができる。

 

 

アウシュビッツの門にも掲げられた”Arbeit macht frei”(働けば自由になる)の文字。

 

 

 

シャワー室らしき施設。

アウシュビッツではシャワー室でガスによる虐殺が行われたが、ここでも同様のことがあったのだろうか。

 

 

 

 

 

バラックは狭く、息苦しい。こないだ泊まったイビキマンのホステルが天国のように感じる。

この収容所で殺害されたユダヤ人は33000人にも上るという。

 

 

1時間ほどかけてじっくり施設内を見て回ることができた。

カンボジアのトゥールスレン収容所もそうだったが、こういう負の遺産は後世に伝えるためにも是非残した方がいいと思う。

距離と時間と費用の制約がなければ、生徒たちを連れて回りたい次第である。

 

 

プラハに向かうために先を急ぐ。

後で調べてわかったことだが、チェコは丘の国。

ドイツでも波打つ丘陵地帯を走ってきたが、チェコはさらにその上を行くキツさ。

勾配こそ何とか立ち漕ぎで進めるレベルであるものの、南十キロも上りが続く。

 

 

道を間違えた。ショートカットしようと思ったらこんな山道に出てしまった。

道を間違えた時にはおとなしく戻るのが正解だということを思い知らされる。

そしてこの山道を越えようと無理をしたため、左足の腱を痛めた。

痛めた左足をかばうように漕ぐので、当然右足にも重い負担がかかる。

 

 

丘の頂上でまたしてもLidlに再会。

エビが売ってなくてションボリ。

 

 

何とかプラハのキャンプ場に到着した。プラハの標高は何と300mほどあるらしい。

下調べをしなかったがために時間予測を見誤り、到着したのは20時を回った頃だった。

Lidlで買っておいたミニトマトなどを夕食に頂く。

 

 

めぼしい場所はすでに先客がいたため、このような斜面の場所にテントを陣取る。

雨が降って湿度が高く、ジメジメと過ごしにくい夜になった。

 

明日はプラハ市内を観光する予定。

まだ行程は400kmほど残っているので、痛めた左足を休ませる日にしたい。

 

 

 

走行距離:115km

走行時間:7時間17分

総走行距離:18441km