8/15

今旅最後の日記。

 

 

狸小路にある安ホテルのシングルルームにて起床。

外は晴れていたが、こうして小さな窓から光が差し込む様子はまさしく独房である。

 

 

キットカットと無料のコーヒーで朝食。

朝は共有スペースでのんびり過ごすことにする。

 

 

昼から大学からの友人ヨシオと会う。

ヨシオはこのブログでは度々登場しているはず。数年前から転勤先の札幌で仕事をしているのだ。

 

 

札幌名物スープカリーには目もくれず、金沢カレーのチャンピオンへ行く。

 

 

カレーを食べながらいろんなことを話す。

僕も来週には31歳。ヨシオは浪人してるのでもう32歳である。

僕らが出会ったのは13年も前なのか。

 

 

そんなヨシオも札幌でガールフレンドを捕まえ、つい先日入籍したとのこと。おめでとう。

一人、また一人と独身仲間が減っていくが、自然とあまり危機感はない。

僕は今の学校に勤めるまで非正規の期間が長く、ようやく生活に余裕が持てるようになってきた。

余裕が持てるようになると、身を固めるよりももうちょっと遊びたいなという気持ちが芽生えてくるわけで。

 

 

ヨシオと別れ、ペダルをこぎ始める。

明日の朝の便で新千歳を発つ。電車で新千歳まで行くのに1100円くらいかかるので、自走して節約するのだ。

 

 

 

この豊平川の景色が僕は好きなのだ。

 

 

札幌を出る前に、もう一か所寄っておかねばならない場所がある。

 

 

床屋のミスター・バイシクルである。

店主の小山田さんはかつて若いころに自転車で日本一周された大先達。

同じように自転車で日本一周する旅人を無料でカットしてくれるのだ。

 

 

2011年に日本一周した際に僕もお世話になった。

あの時は希望溢れる大学3年生(休学中)だった。

 

https://ameblo.jp/around-japan-in-80-days/entry-11918385487.html

(1回目 #18 偉大なる先人たち)

 

 

 

2013年の北海道補完編の時も無料でカットしていただいた。

あの時は挫折しかけの貧乏大学院生だった。

2回も無料でカットしていただいた恩に報いるため、次に来店するときには客としてちゃんとお金を支払おうと決めていたのだ。

 

https://ameblo.jp/around-japan-in-80-days/entry-11622991026.html

(2回目 #123 Mr. Bicycle)

 

 

2016年に三陸を北上する旅をした際、最終的に札幌まで足を延ばした。

その際にミスター・バイシクルに立ち寄り、無事恩に報いることができたのだ。

 

https://ameblo.jp/around-japan-in-80-days/entry-12192786124.html

(3回目 #199 ミスター・ミスターバイシクル)

 

あの時は、非常勤講師を掛け持ちし家庭教師もやって食つなぐ生活を送っていた。

 

3回目の来店の時にいただいたミスター・バイシクルのオリジナルTシャツは今でも大事に保管してある。

小山田さんがご自分でミシンを使ってシリアルナンバーを入れているのだ。

 

 

 

そして今回、4回目の来店である。

日本一周から9年、紆余曲折を経てようやく正規の教員になってから初めての来店である。

 

普段1000円カットしか行かない僕にとって、ここ10年でシャンプーや顔剃りをしてもらうのはここだけである。

客が途切れた合間に、ここ数年旅をしているヨーロッパや東南アジアの話で大いに盛り上がった。

 

 

 

来店した旅人たちはメッセージを書き残し、小山田さんが撮った写真とともにファイリングされていく。

2016年にNHKで特集が組まれて知名度が上がり、今では日本一周チャリダーの聖地と化している。

皆、様々な思いを抱いてミスター・バイシクルを訪れ、そして旅立って行くのだ。

 

 

そして僕も旅立つ時である。

名残惜しいが、僕にも帰りを待つ人たちがいる。明後日には頭を切り替えて教壇でしゃべり散らかす日々が始まるのだ。

4枚の写真を見比べてみると、少しづつ年を取っていく僕に比べて一周号は変わらず水色を輝かせている。

22000㎞の道を一緒に歩んできた相棒なのだ。やはり寿命が来るまで一周号に乗り続けようと改めて思った。

 

 

この後、千歳までペダルを漕いで公園で一泊したのだが、キリが良いのでここで筆を置くことにする。

 

次のお客さんが来たので、「これで失礼します」と伝え、店を後にすることにした。

小山田さんは「見送るよ」と言って、去っていく僕の背中をカメラに収めていた。

 

だんだん姿が小さくなって、角を曲がって見えなくなるまで、小山田さんは僕の背中を見て、手を振ってくれていた。

 

 

 

走行距離:39km

走行時間:2時間52分

総走行距離:22087km

 

8/14の日記。

 

 

旧札沼線沿線の廃駅にて起床。

このベンチの上で寝たのだ。快適すぎて8時近くまで寝ていた。

熱烈な鉄道ファンに怒られるかもしれないので駅名は伏せておくことにする。

駅舎で寝たのは2013年北海道の旅でお世話になった直別駅以来である。

2020年現在、直別も既に廃駅になってしまっているようである。

 

 

水道とトイレのある近くの公園に移動して朝食を取る。

公園には立派な東屋があったので、ここで野宿してもよかったかもしれない。

 

 

札幌に向けて走り出す。

北海道医療大学以北、旧札沼線の駅はすべて廃止になっており、駅舎だけが残っている。

昨夜泊まったような綺麗な駅舎もあれば、写真のように廃墟と化している駅舎もある。

地元住民が手入れをしているか否かの違いなのであろう。

 

 

セイコーマートで抹茶ソフトをいただく。

セイコーマートはオリジナルのソフトクリームが何種類か売っているが、乳脂肪分の割合により値段が異なる。

この抹茶ソフトは最高級の200円のものである。ずっと気になっていたので買ってみたが濃厚でうまかった。

 

 

札幌方面への最終休憩地、道の駅当別に立ち寄る。

 

 

割と大きめの道の駅で、北海道の有名なチョコレートメーカーであるロイスのショップも入っていた。

 

 

そしてここでもソフトクリームを購入!

前の客が買っていたソフトの盛りが大サービスレベルだったのを確認してからの購入である。

ミルクとチョコのミックスで盛りは写真の通り!大満足の笑顔である。300円なり。

 

 

この道の駅は色んなものが売っていて楽しい。写真に写っているタマネギは20㎏500円で売られていた。

1㎏あたり25円か。1玉100~200グラムだろうから、出血大サービスレベルの値段である。

台車に乗せて買っていかれるお客さんも結構いらっしゃった。お得すぎるがさすがに20kgのタマネギを積んでは走れないので泣く泣く諦める。



 

タマネギのネットを見ながら10年前のことを思い出した。最初に北海道に来た2010年の夏、僕は片思いをしていたのだ。

アルバイトをしていた弁当屋の向かいにあったタコライス屋のちょっとギャル目なお姉さんだった。

お姉さんは3歳年上で、お近づきになりたい僕は、お姉さんと仲の良い弁当屋の店長に頼みこんでなんとか連絡先を入手した。

 

「北海道土産買って帰りますよー!」とメールを送ったら、「嬉しい~!待ってる~!」なんて返してくださった。

僕はすっかり舞い上がってしまって、何かびっくりさせられるようなものを買って帰ろうとゴール地点の函館で土産物探しに半日費やしたのだ。

 

果たして、20歳の僕が何を土産に買って帰ったのか。

 

 

巨大なメロン1玉である。

 

どこから仕入れてきたのか、「ギャルはギャップに弱い」とかいう信憑性のない情報を信じて、市場で大きなメロンを購入したのである。


お姉さんを喜ばせるため、重いメロンを積んで函館空港まで走り、わざわざ預け荷物の重量を調整して飛行機に載せた。

 

函館空港を経つ直前にお姉さんにメールをした。

 

「土産、何だと思います?楽しみに待っててくださいね!」

 


羽田空港に着くとメールが返ってきていた。

 

「何だろう?待ってるね(絵文字)」

 

 

お姉さんの笑顔が見たい!

その一心で、羽田空港からバイト先の新橋までモリモリペダルを漕いだのである。

メロンと恋心を載せた積み荷は重かったが、ペダルは軽かったのだ。

 

反応は上々で、びっくりしながらも喜んでくれた。

 

残念ながら直後に僕が留学に行くことになり、アタックができず恋は成就しなかった。

何度かデートをしてくれたし、あの感じは絶対にアタックすればお付き合いできたはずである。そう信じたい。

 

 

巨大なタマネギのネットを眺めながら、当時のことを思い出した。

笑顔の可愛い、太陽のように明るいお姉さんだった。

 

 


道の駅当別を出た後は、札幌までもう目と鼻の先の距離である。

午後から雨予報だったため、ぽつぽつと降り始めた。

大都市札幌で野宿はさすがにできないため、今日はあらかじめ宿を取ってあるのだ。

チェックインの時間に合わせるよう、ガストで休憩しつつ札幌を目指す。

 

 

一週間前に稚内行きの夜行バスに乗ったバスターミナルに戻ってきたのは15時頃。

バスだったら片道6時間の道のりをわざわざ1週間かけて戻ってきたのだ。

 

 

 

狸小路というアーケード街の中にある宿にチェックイン。

シングルルームという名の独房である。

大都市札幌で2500円の安さなら許容範囲である。普段泊まっているテントの倍くらいの広さはある。

 

このブログを読んでいる読者諸君の半分くらいは生徒か卒業生だろうから、アドバイスをしておこう。

普段から質素倹約に努めておけば、「普通」が贅沢になりえるのだ。

2500円の独房シングルでさえ、普段野宿生活をしている身にとっては高級ホテルのスイートルームのように居心地が良いのだよ。

 

何不自由なく生活が送れるようになっても、わざわざ贅沢をする必要はないのだ。

人生何が起きるかわからない。突然職を失って路頭にさまようことが無いとは言い切れない。

一度贅沢な暮らしに慣れてしまうと、生活水準を落とすのは困難になるだろう。

 

 

 

夕飯はまたまた赤星にて。醤油ラーメン大盛600円。

備え付けのさばにんにく粉と一味唐辛子を入れると、あっさりした醤油スープが濃厚になってうまい。

 

 

 

良い気分になってきたのでドン・キホーテで宴会セット(+日課)を購入し、宿で一人宴会を始めた。

酔いたくないのでノンアルコールビールである。駄菓子がひたすらうまい。

 

酔ってもないのにフラフラになり、倒れこむように独房シングルのベッドに体をうずめた。

 

 

 

走行距離:53km

走行時間:3時間23分

総走行距離:22048km

8/13の日記。

 

 

旭川市内の神楽岡公園キャンプ場にて起床。

旭川駅から近く、温泉も徒歩圏内で無料。人も少なく静かなキャンプ場だった。

 

 

旭川を経つ前に歓楽街にある立ち食いそば屋に寄る。

どんやはお盆休みのため開いていないが、この立ち食いそば天勇でもゲソ丼が食べられるのだ。

 

 

ゲソ丼単品470円。

どんやのゲソは唐揚げだったが、こちらは蕎麦屋らしくてんぷら。

大きめのゲソ天が5つ入っているが、揚げたてでないので衣はふにゃふにゃ。

腹が膨れただけで味は普通だった。

 

 

 

旭川から深川方面へは国道12号を走る。

交通量の多い国道の隣にサイクリングロードが併設されていてありがたい。

 

 

サイクリングロードの途中、神居古潭というスポットに立ち寄る。

10年前に初めて北海道に来た時に立ち寄ろうとしたのだが、その時は確か前日に大雨が降った。

そのせいで土砂崩れが起きて道が塞がったため、寄ることができなかったのだ。

 

寄りたかったのは、当時ハマっていた「うしおととら」という漫画にこの神居古潭が登場するため。

妖怪と人間をテーマにしたバトル漫画で、作中では妖気に取りつかれて暴走する主人公のうしおを仲間たちが助ける場所として神居古潭が登場するのだ。

なので、オタクが好きな作品に登場する地を旅行する、いわゆる聖地巡礼をしたがる気持ちが僕にはよくわかるよ。

 

 

 

 

美しい渓流にかかるつり橋を渡っていった先が神居古潭である。

もともとは鉄道駅だったが、電化に伴って旭川―滝川の線路が付け替えられたことで廃駅となった。

 

 

神居古潭を出てしばらく進むと道の駅ライスランドふかがわに到着した。

ライスランドの名からもわかる通り、深川は米の生産で有名である。

 

 

道の駅では大きなおにぎりを買えるという情報を事前に仕入れておいたが、想像以上に高い。

いくら大きいとは言え、さすがに1個280円は手が出ない。

観光客でごった返して落ち着ける感じもしなかったので、ここで昼食を取るのは断念して滝川まで進んでしまうことにする。

 

 

 

滝川には庶民の味方丸亀製麺があった。

うどんが好きというよりは、僕はネギが好きなのだ。

一番安いかけうどんを注文し、これでもかとネギを盛る。

うどんをひっくり返してネギを熱いツユを浸せばしんなりして辛みが消え、食べやすくなる。

 

 

さらにガストにも立ち寄る。

 

 

最近知ったのだが、ガストはほぼ全店がコンセント&フリーWi-Fi常備となった。

かつては自転車旅のオアシスと言えば格安ファミレスジョイフルであったが、ジョイフルも値上げを繰り返してあんまりお得感はなくなってきた。今はもうガストの方が利便性が高そうだ。

 

 

 

札幌へは監獄カラオケの脇の国道12号を通るのが最短距離である。

アップダウンが少なく29㎞にわたって直進が続くので、過去の北海道旅でも毎回この道を利用してきた。

 

 

だが三回も通れば当然飽きるので、今回は国道275号を通って札幌へ向かうことにする。

この道は札幌―滝川を結ぶもう一つの大動脈で、新十津川町・浦臼町・月形町・当別町を経由して札幌に至る道である。

 

 

 

途中、道の駅つるぬまに立ち寄る。

温泉も併設されており、良い場所に広い東屋もあって野宿には適していそう。

17時と寝床を決めるには良い時間だが、明日は雨予報なのでもう少し進んでしまうことにする。

 

 

 

夕飯を食べられそうな店を探したが、しいたけ飯店しかない。

しいたけは僕の大の苦手なのだ。

 

 

 

追い風に乗ってビュンビュン進む。

この国道275号には今年の4月まで札幌と沼田町を結ぶ札沼線(さっしょうせん)が走っていた。

しかし利用者数があまりに少なく廃線となったのだ。貨物輸送も行われていないので、線路は御覧の通り封鎖されている。

 

 

 

結局夕飯を食べられそうな良い店は見つからず、スーパーの半額品をベンチでいただくことにする。

ゴミ箱が見当たらず、食べ終わったゴミを袋に入れて店の人に渡したが、露骨に嫌な顔をされた。

ここで買ったものなのに、ここで捨てていってはいけなかったのだろうか。

 

 

月形町までやってきたところで日が暮れた。

ここにはキャンプ場と温泉が隣り合わせで建っている。

温泉は通常550円だが、木曜日はサービスデーだとかで440円で入浴できた。ラッキー。

 

温泉を出るとあたりは真っ暗だが、キャンプ場には泊まらない。

理由は単純で、有料だから。

 

キャンプ場の利用料はたかだか600円だったが、「寝床には金をかけない」という感覚に慣れてしまうと600円出すのも気が引けてしまうのだ。

それに広い北海道なので、探そうと思えば寝床などいくらでも見つかる。

 

案の定、寝床はすぐに見つかった。

廃線になった札沼線の、とある廃駅舎にて夜を過ごすのだ。

 

 

走行距離:92km

走行時間:5時間27分

総走行距離:21995km

 

8/12の日記。

 

 

旭川市内の神楽岡公園キャンプ場の大屋根の下で起床。気温もちょうどよく静かで快適な夜だった。

 

今日は美瑛・富良野を旅する予定である。

もとは美瑛→富良野→芦別→滝川の方に抜ける予定だったが、このルートは過去に何回も通っていて面白みがない。

しかしながら、旭川から深川を通って滝川に抜けるルートにすると、美瑛・富良野は通らない。

 

そこで妙案を思いついた。

本日は片道輪行で美瑛・富良野観光を楽しみ、日暮れ頃に旭川に戻ってきてもう一泊する。そして明日、深川ルートで滝川方面に向かうことにした。

 

天気予報を見ると今日はがっつり南風なので、まず電車で富良野まで行ってしまい、北上することにしよう。

 

 

 

出発前にまたテントを屋根の外に移動させておく。ヨッシー松田さんいわく、屋根の下にテントを張るとキャンプ場の管理人に注意されるらしい。

 

 

 

セイコーマートで朝食を済ませ、輪行のため神楽岡駅へ。旭川駅はターミナル駅なので、ホームに着くまで上り下りさせられること間違い無し。すぐ隣の神楽岡駅はごらんのようにホームまで自転車で乗り入れられるので楽である。

 

 

富良野までは1290円とまあまあ高い。

社会人だからできる贅沢である。

 

 

 

電車が来た。

二両編成だが車内は観光客でまあまあ混み合っている。

 

 

 

富良野までは1時間15分ほど。

重たい荷物は全部キャンプ場のテントの中に置いてきた。丘の多い美瑛・富良野をほとんど空荷の状態で走り回れるのは非常にありがたい。

 

 

富良野駅から北に向かって走り出す。

追い風なのでペダルが軽い。

 

 

 

 

町営の花畑にお邪魔する。

美瑛・富良野はこのような花畑が何か所かある。丘の傾斜を利用していて綺麗に見えるのだ。

 

 

 

 

中富良野町にて、メロン農家のふくだめろんを訪ねる。ここはライダーハウスを併設していて、2013年北海道一周編の際に2泊した場所。

 

一泊500円で、泊まると完熟ふらのメロン半玉が付いてくるという破格の大サービスライダーハウスだったのだ。

 

 

ライダーハウスの営業自体は2017年をもって終わったが、依然としてメロン半玉は400円で食べられる。

熟れすぎて発送できないメロンを観光客相手に売っているのだ。

 

 

この小屋で2泊したはず。同宿者の絡みがウザくて、逃げるように屋外の椅子のところで文庫本を読み耽ったのを覚えている。

 

 

メロンだけでは腹は膨れないので、上富良野町の第一食堂で昼食とする。

 

 

 

豚玉丼を注文。800円でこのボリュームは大満足。濃い目の味付けがうまい。

 

地元の人もよく利用するようだ。

食べてる途中に腰の曲がったおばあちゃんが来店し、腰掛けるや否や「ビールー!おれぁ、ジョッキで飲むんだー!」と叫んだ。

すでに座敷の方に座っていた別のおばあちゃんと知り合いのようで、座敷のおばあちゃんは「うるせえやつが来たな!暑くなるからけえれ!」と叫び返す。

すると腰の曲がったおばあちゃんは「おめぇに言われたかないね!おめえにもビール分けてやるから黙っとれ!」と叫び、二人で仲良くビールを飲み始めた。

 

こういう地元の人たちのやり取りが余興のようで楽しい。もちろん僕も絡まれてビールを勧められたが、自転車だからと固辞して店を出た。

 

 

上富良野からしばらく北へ向かうと美瑛に入る。

美瑛に来るたびに訪れているスポットへ向かうため国道を逸れる。

 

 

この坂道を登っていった先に絶景があるのだ。

 

 

 

 

丘に沿って果てしなく続くまっすぐな道。

ここは通称ジェットコースターの道と呼ばれているのだ。

もっとも坂の下には一時停止の看板があるので、それほどジェットコースター気分は味わえないだろう。自転車乗りにとっては上りはしんどすぎて漕げないし、下りは加速しすぎて恐怖でしかない。

 

 

 

 

丘のてっぺんからの景色も絶景なり。

額の汗を拭いながら景色に酔いしれる。

これが見たくて僕は何度も美瑛・富良野に来てしまうんだよな。

 

 

 

 

続いて花畑第二弾。国道沿いのかんのファームを訪れる。

花畑の真ん中の赤い花がよく見るとハートになっている。僕の写真はサービスショットということにしておこう。

 

 

花畑第三弾は四季彩の丘。

 

 

 

 

ここも毎回訪れているが、僕はここの花畑が一番お気に入りである。

 

 

ロールくんはマスク状態。ここ数年外国人観光客に注目されて園内はごった返しているらしい。今年はこの状況なので外国人の姿はほとんど見られない。空いた状態で花畑を楽しめたのはラッキーだった。

 

 

 

 

花畑第四弾はぜるぶの丘。

規模は小さめだが、これまでの花畑とは異なり、園のカーブに沿って花が植えられているのが特徴的である。

 

さて、時間はすでに17時を回っている。

日没が近づいてきたがもう一箇所訪れねばならない場所があるのだ。

 

 

 

その場所に向かう途中の何の変哲もない坂道。

実は10年前にここでバッタの大群に襲撃されたのだ。

アスファルトなのにやけに雑草が多いなと思ったら、雑草は全てバッタであった。気づかずに突っ込んでしまったのが運の尽き。バッタ達は一斉に跳ね始め、僕の手足やら顔やらに直撃した。シャツの隙間から入り込んだりもして、涙目で逃げ帰ったのであった。

 

 

あの時と同じようにアスファルトの隙間に一匹居やがった。

遠目に見ると雑草にしか見えないだろう。

ここで会ったが100年目!いや10年目!

踏み潰してやろうかと思ったが、慈悲の心が勝った。

 

 

 

バッタ坂を超えてやってみたのは就実の丘というスポット。ここは美瑛の主要な景観からは外れた場所にあり、観光客もあまりこない穴場である。

 

丘の景色が360度見渡せるお気に入りの場所なのだ。夕日の沈む美瑛の丘は極上の美しさ。誰にも邪魔されず静かにこの景色を楽しむのだ。

 

 

 

十分に楽しんだので旭川に向けて走り始める。

ここで大変なことに気がついた。数日前に名寄のダイソーで買ったライトをテントに置いてきたのだ。

つまり、日没後は真っ暗な道を走らねばならないということ。都会の読者諸君はわからないかもしれないが、田舎の道路には街灯など立っていないのだ。

 

なんとか日没までに明かりのある旭川の中心街まで行かねばとモリモリペダルを漕ぐ。

 

 

 

実はモリモリペダルを漕ぐのにはもう一つ理由がある。

昨日昼夜と利用したゲソ丼のどんやの閉店時間が20時なのだ。

明日の朝には旭川を発つため、寄れるのは今夜が最後のチャンスとなる。

 

日没までに市街地に行くためにも、20時前にどんやに滑り込むためにもペダルを踏む脚に力が入る。

ゲソ丼が食べたい。一度考え始めるともうゲソ丼以外何も考えられなくなった。

 

 

 

だが現実はなんと無常なことか。

張り紙を見た瞬間、覚醒していた力が抜けていった。

 

 

 

もう諦めてザ・ビッグで半額品パーティーを開くこととする。

寿司が半額で手に入ったのはありがたい。

 

 

21時頃キャンプ場に戻ってくるとまだ大屋根の電気がついていた。

洗面用具を持って昨日寄った温泉にて汗を流す。

 

22時過ぎに再び戻ってくると消灯していた。

あとはまた昨日と同じようにテントを屋根の下に動かし、眠りについた。

 

 

走行距離:82km

走行時間:5時間24分

総走行距離:21903㎞

8/11の日記。

 

 

和寒のキャンプ場のバンガローにて起床。

やはり寒かったのは初日の天塩中川の夜だけで、昨夜はむしろ蒸し暑い夜だった。

和寒(わっさむ)という地名だけに「わっ、さむい夜だった~」という渾身のギャグを披露する予定だったが、無事お蔵入りしたことをここに記録しておく。

 

 

わざわざバンガローを予約して雨宿りした甲斐があり、本日は晴れ。

無事に塩狩峠を越えることができる。

しかし晴れてはいても今日は向かい風が強めなのでペダルが重い。

 

塩狩峠への坂道を登ってる最中、背中をミツバチに刺されたようだ。

ジンジン痛む。病院に行くほどのものではないのがわかっているので気にしないようにする。

 

 

登り始めて1時間も経たずに塩狩峠に到着。

峠と言っても標高250mくらいしかないのでちょっと大きな坂道レベルである。

 

 

この塩狩峠はちょっとした伝説がある。

明治時代、鉄道員長野政雄氏が殉職した地なのだ。

 

 

塩狩峠に停車中、最後尾の連結が突如外れて後退し、坂をゆっくりと下り始めたのだ。

偶然乗り合わせていた氏はデッキのハンドブレーキを動かそうとするも効かず、車内はパニックに陥る。

氏は乗客を救うため線路に飛び込み、自らの肉体をブレーキにして車両を止めたというのだ。

当事者死亡のためどのような意図で飛び込んだかは不明であるが、後にこの話が小説化されたこともあり、伝説となって今日まで残っている。

 

 

 

自分も同じような行動をとれるだろうかと考えながら駅舎周辺を歩いてみたが、この看板を見て慌てて退散。

つい一昨日のことじゃないか。

 

 

 

塩狩峠を下り、比布町を(ぴっぷ)通過してやってきたのは当麻町の道の駅。

 

ここは2010年の夏、初めて北海道に降り立った時にやってきた思い出の地なのだ。

旭川空港に到着した後、マップの「でんすけすいかの産地。すいかソフトが美味しい」の文字を見て直感的に訪れた。

 

 

でんすけすいかとは霜降りのない真っ黒なスイカで高級品。

残念ながら販売はしていなかったが、思い出のすいかソフトにありつけた。

 

 

10年前に確かに見たことのある特徴的な橋を越えて旭川市内を目指す。

 

 

あの時はたしかこのラーメン村と呼ばれるラーメン屋が密集しているとこで夕飯を食べた。

あんまり美味しくなくて「あれっ?失敗したかな」となったのを覚えているぞ。

 

 

 

今旅の昼食に選んだのはどんやというお店。

 

 

旭川のローカルフードであるゲソ丼が食べられるのだ。

市内にゲソ丼を提供している店はたくさんあるが、どんやの盛りは特に良いらしい。

 

 

これがゲソ丼。ゲソ二倍盛りにした。

甘辛いゲソのから揚げにマヨネーズと刻み海苔をたっぷり。

母校(高校)の食堂で人気を博していたからあげ丼のような味である。

ゲソのプリプリコリコリ感がたまらんわ。ジャンキーだがクセになるうまさである。

 

 

食後はカラオケ屋の歌屋で一休みする。

北海道を中心に展開しているタカハシグループのカラオケ屋は激安で有名なのだ。

お盆期間にもかかわらず、一人で1時間半居座ってたった300円である。

 

 

歌屋に寄った目的はこのフリーWi-Fi。

部屋のコンセントに繋ぎつつ、Wi-Fiでブログの更新を済ませたかったのだ。

涼しいし、充電できるし、時々歌ったりできるしサイコーである。

 

 

昨日もほとんど移動してないが、今日も旭川にて一泊する予定である。

もともと稚内~札幌は500㎞弱しか距離が無く、それを8日間かけて移動する余裕たっぷりの行程だったのだ。

旭川は10年ぶりに訪れるということもあり、なんとなく長居したいという気分になった。

 

 

市内の神楽岡公園というところに無料のキャンプ場があるという情報は、旅仲間のヨッシー松田さんのブログから入手済み。

偵察に行ってみると人もまばらでいい感じの場所。

この屋根のある場所にテントを張りたいが、人が出入りするため遅い時間になるまでは難しいだろう。

 

 

いったん屋根の外にテントを立てておいて、荷物を中に放り込んで町に出かける。

夜に戻ってきて、屋根の下に人がいないのを確認してからテントを移動させるという作戦である。

 

 

マックでコーヒーを飲みつつ夕飯をどうするか考える。

10年前に失敗した旭川ラーメンに再チャレンジしたい気持ちもあるし、名物のゲソ丼をもう一度食べたい気持ちもある。

大きいスーパーがたくさんあるので、半額総菜パーティーを開くのも悪くない。

 

 

 

どうしたものかと考えていてふと気がつけば、どんやの前に来ているじゃないか!

そしてみぞれゲソ唐揚げ丼ダブルを注文しているではないか!身体は正直である。

 

 

 

 

ゲソ丼で大満足した後、帰り路にあったザ・ビッグで日課(千切りキャベツ)をこなし、キャンプ場からすぐのところにある温泉へ。

650円とやや高めだが、昨日は風呂無しだったので躊躇はない。休憩所には漫画も置いてあって退屈しなかった。

 

23時前にキャンプ場に戻ってくると想定通り真っ暗になっていて、大屋根の下のベンチは誰も使用していない様子。

先に屋根の下にテントを張っていたチャリダーカップルの邪魔にならないよう、隅っこに宿を構えて夜を過ごした。

 

 

走行距離:55km

走行時間:4時間3分

総走行距離:21820km

 

 

8/10の日記。
 


一昨日はツンと冷えたが、昨夜は長袖一枚で寝られるちょうど良い気温だった。たかだか100kmほど南下しただけでこれほど違うのか。

 


本日は午後から雨予報。
距離的には旭川まで余裕で行けてしまうが、名寄盆地と上川盆地を隔てる塩狩峠を越えねばならない。
2日続けて90km以上走ったことで脚の調子も良くない。朝のうちからすでに今日は無理しなくてもいいかなと思いかけている。

本降りになる前に峠の手前の町、和寒まで行ってしまおうと決意し、走り出すことにした。


士別市に激安スーパー「ザ・ビッグ」を発見。
イオン系列だが、すべての商品がイオンの1〜2割ほど安い。千切りキャベツとコーラを購入した。


しばらく進んで剣淵町の道の駅に到着。ここらで本降りになってきたので、今日の塩狩峠越えはもう諦めた。
広々としているがまだ時間は11時。テントを張りたいところであるが、閉店時間まで半日待つのはなかなかしんどい。

スマホで情報収集をしたところ、和寒に無料のキャンプ場があり、バンガローも1200円で泊まれるとのこと。

即座に電話で予約をし、バンガローを確保した。
基本的に野宿がメインの国内の旅において一泊1200円は決して安くはない。しかし、雨を凌げるという点、個室であるという点、昼間のうちにチェックインができるという点で利用価値は高いと判断した。

寝床が決まったのでほっと一安心。
多少濡れてもどうせ屋根付きの場所で寝られるしと思うと気が楽になる。

にわか雨になったタイミングで剣淵の道の駅を出て和寒に向かった。

 

 


ちょうどお昼を迎えたので和寒で昼食を取る。

よこやま食堂という小さな食堂。おばあちゃんが一人でやっている。

 

ここのところローカル食堂が続いている。なんせ道北はファミレスのない町ばかりである。

ローカル食堂は当たり外れがあるが、食べログを見る限り盛りがかなり多いそうなので安心して入った。

特別うまくなくても盛りが多ければ自転車乗りは満足なのだ。

 

 

 

ザンギ定食を注文。なるほどかなり多い。

子どもの拳くらいの大きさのザンギがゴロゴロ5つ入っている。

ザンギとは北海道で言う唐揚げのこと。北海道民いわく、ザンギはザンギなのであって唐揚げとは違うらしい。

 

付け合わせのパスタは茹ですぎて伸び伸びで不味かったが、ザンギのボリュームには大満足であった。750円なり。

 

 

満腹になったのでキャンプ場を目指す。

小高い丘の上にあって、最後の坂道がしんどかった。受付のある管理棟へはさらに坂道を登らねばならない。

 

 

 

あてがわれたのはこのバンガロー。

綺麗で電気もつくしコンセントもある。これで1200円なら全然オッケーである。

やることもないのでマットを敷いて横になったところ自然と眠ってしまった。

 

雨音で目が覚めた。外はやっぱり本降りのようである。

 

 

 

 

椅子を組み立てて、窓辺でコーヒーを飲みながら本を読む。贅沢すぎる休日である。

 

 

夕方頃、雨が止んだタイミングを見計らって夕食と翌日の朝食を買いにいったん町に出る。

出た直後にまた降り出したが、ギリギリセーフでホクレンショップに駆け込んだ。

 

 

稚内の時から目をつけていた帆立の刺身を購入。

半額品ではないが、道内産の大きめの貝柱が6つ入って300円は安いだろう。

 

 

刺身用だったが安全のためにレンチンして、顆粒のダシを振りかけていただく。

うまくないわけがなかろう。ソッコーでペロリとたいらげた。

ついでにセイコーマートでキャベツの千切りも平らげた。

 

毎回野菜不足に悩まされる自転車旅だが、今回は毎日セイコーマートでキャベツの千切りを2食食べているおかげですこぶる調子が良いのだ。

 

 

 

風呂を探しに町に出たが、目当ての保養センターはなんと月曜休日。

また昨日の温水シャワー作戦を考え付いたが、町営の体育館も月曜休日だった。

 

仕方ないので今日は風呂無し。キャンプ場に戻ってきて炊事場で顔と頭を洗い、後はタオルでごしごし。

その後バンガローでブログを書いたりして夜を過ごす。

屋根に叩きつける雨音が心地よいのだ。

 

 

走行距離:36km

走行時間:2時間38分

総走行距離:21766km
 

8/9の日記。


中川町の河川敷にて起床。
さすが道北の内陸部だけあって夜は冷えた。
札幌で長袖長ズボンを買い足したのは正解で、持ってきてるもの全部きて寝袋に包まったが、寒さで6時前に目が覚めた。


陽がのぼるとジワジワ蒸し暑くなってくる。
道の駅に移動して椅子に腰掛け、朝飯をいただく。
朝の至福タイムである。


昨日は旅初日にしては99kmと飛ばしすぎた。
尻やら腱やらが痛む中、天塩川沿いを南に向かって進む。

 


この真っ白い花畑は蕎麦畑なのだ。
次の町、音威子府(おといねっぷ)は蕎麦の実を皮ごと挽いた黒い蕎麦が有名とのこと。



 


駅中にある立ち食い蕎麦屋が評判らしいが、あいにく休業日だった。


2番目の候補であった一路食堂へ。
開店と同時に店に入ったが、ものの10分ほどで満席になり行列が出来ていた。

 


これがその黒い蕎麦。
なるほど美味い気がするが、これまでの経験上、僕は蕎麦の良し悪しはイマイチわからない。

これまでも長野の戸隠などで蕎麦を味わってきたが、「蕎麦粉の割合が高ければ大体どこでも美味い」というのが結論である。
したがってここ音威子府の黒い蕎麦も「美味かった気がする」という感想にとどまる。


だが良いのだ。こういうのは「食べた」という経験が大事なのだから。
「食べた」ことにより、僕は「音威子府で蕎麦食べてきたんですよw」などとドヤることができるのだ。
せっかく音威子府まで来て蕎麦を食べなかったとなると、それはそれでもったいない。末代まで罵られることになるだろう。

蕎麦だけでは腹が膨れるはずもなく、近くのセイコーマートで100円パスタ×2と千切りキャベツを腹に入れた。

音威子府の次は美深町である。
天塩川沿いの道はゆるいアップダウンが何度かある。
アブのような羽虫が僕の周りを飛び回っていて非常に鬱陶しい。
疲れて立ち止まると手足に止まるので、常に動いていなければならない。まったく休めないまま30km先の美深町に到着した。


 

 

 


美深町と言えば井上食堂というローカル食堂が有名らしい。有名なのは食事メニューよりもソフトクリーム。S〜5Lサイズまであるという。
ライダーたちも入店して行ったので僕も寄ってみることにした。


腹の調子は悪くないのでおそらく4Lくらいまで行けたと思われるが、後々後悔するだろうと思って2Lを注文した。
普通のソフトクリームの1.8倍くらいの大きさである。
味の方はというと、なんの変哲もないミルク味のソフトクリームだった。

だが良いのだ。こういうのは「食べた」という経験が大事なのだから。
「食べた」ことにより、僕は「え?美深の井上食堂のクソでかソフトクリーム食べたことないんですか?あちゃーw」などとマウントを取ることができるのだ。せっかく美深まで来てソフトクリームを食べなかったとなると、それはそれでもったいない。末代まで罵られることになるだろう。

ソフトクリームというものは大体どこで食べても「あと3口くらいは食べられたのにな」という物足りなさが残るのである。それゆえ、味はともかく腹一杯ソフトクリームを食べられたという満足感に酔いしれることができた。



時間は午後3時過ぎ。
昼過ぎになって太陽がさんさんと照り始めた。
日射しが一番キツイ西日タイムはセイコーマートのイートインコーナーでやり過ごすことにする。
コンセントもあるし快適である。

 


ブラインドの隙間から凶悪な西日が顔を覗かせている。どうにも気分が乗らず、気がつけばアイスコーヒーをお代わりして2時間も居座った。

 

知恵文峠というありがたい名前の峠を越え、17時過ぎに名寄市に到着。

名寄は道北では結構大きな町で、公立大学も設置されている。

 

残念なのは日帰り入浴施設が郊外にしかない点。

進行方向ではない上に、緩い上り坂を8㎞程。

平坦な道で5㎞ほどだったらまあ行くかとなるが、この状況は絶妙に気乗りしない。

しかし汗は流したい。そこでいい方法を考えた。

 

 

 

市内のプールにある温水シャワーを利用するのだ。

実際にはプールは入らないが、温水でジャージャー汗を流すだけでも十分の利用価値がある。

入浴施設がないならスポーツセンターやプールの温水シャワーを利用すれば良いだけなのだ。

こんな素晴らしい方法を考え付くとは、自分は天下の奇才かもしれない。

なお利用料はたったの100円だった。

 

 

 

シャワーでさっぱりした後は近くのイオンへ。

ちょうど半額シールが貼られる時間と被ってラッキーである。

 

 

巨大な揚げ鶏の半身も半額。

夜はカロリーを抑えるとか言ってた気もするが、遠い昔のことはもう忘れた。

 

外は暗くなったが、寝床の道の駅は郊外にあるのだ。8kmほど走り必要がある。

 

 

ここでトラブル発生。

ライトが反応しないのだ。原因は間違いなく昨日の水溜りに太ももの深さまで突っ込んだこと。

輪行バッグに守られて電子機器は無事だったが、ライトはフロントフォークに取り付けてあったためお陀仏となったのだ。

1500円くらいのそこそこ良いライトなのでこの喪失はそれなりに痛い。止むを得ずダイソーに駆け込み、急ごしらえした。

 

 

郊外の道の駅に到着。

車中泊の連中やら野宿ライダーやらがわんさかいる。

 

 

ゴミも自由に捨てられる道の駅なのでこの通りに溢れかえっている。

 

建物の裏側の屋根の下にテントを張り、眠りについた。

 

 

走行距離:94km

走行時間6時間7分

総走行距離:21729km

 

8/8の日記。

明け方5時頃に車内アナウンスが鳴って起こされた。
何度か夢を見たのでそれなりに寝られたのだろう。


とりあえず道の駅に移動して椅子にソファに腰かける。
横になって二度寝を試みたが、清掃が始まったようで機械の音がうるさい。


諦めて起きることにして、併設のセイコーマートで朝食をとる。
朝からがっつり赤いきつねの特大をいただく。自転車旅は朝昼の食事が大事なのだ。


腹ごなしに周辺の散策に出かける。
稚内には2011年、2013年と来ているのでこれで三度目なので地理には明るい。

 


この建物は北防波堤ドーム。
高潮から町や漁船を守ってくれる施設である。


かつては道内有数の野宿スポットで、この屋根の下にはテントがずらっと並んでいたのだ。
しかし数年前にある旅ブログで取り上げられた際に投稿者と読者が言い争いになった。
怒りが収まらない読者が市に電話をし、「野宿をしていい場所なのか」と問い合わせをしたらしい。

そりゃあ市としては「野宿をしていい」とは返事できないだろう。
多くの旅人に愛された名野宿スポットが、そんな些細なことで野宿禁止になってしまったのである。

なお僕も2013年に泊まったが、夜は遅くまで若者グループが酒盛りをし、朝は早くからバイクのブンブン音で起こされた。
お世辞にも快適とは言い難い場所であった。


道の駅に戻ってくると交流スペースが開いていたのですかさず駆け込む。
ここにはコンセントがあって、Wi-Fiもつながっているのだ。
昨日のブログを書いていたら9時半になってしまったので出発することにする。

稚内と言えば本土最北端の宗谷岬が有名であるが、宗谷岬も過去2度訪れているのでパスすることに決定。


最北端のドナルドにお別れを言い、国道40号を南下する。

 

 

 


国道沿いにはサイクリングロードがある。
道北と言えば丘陵の風景だろう。風力発電もぐるぐる回っている。
かつて日本一周中に日本海沿いのオロロンラインを北上した時には強烈な風に悩まされたが、今日は追い風である。


良い気分でサイクリングロードを走っていたら前方に水たまりを発見。
大丈夫だろうと思って突っ込んだのが間違いだった。


すね毛のビチョビチョ具合がわかるだろうか。決して漏らしたわけではない。

要するに、水たまりだとナメてかかったらみるみる水深が深くなり、太ももまで浸かったのだ。

近くの交通整備のおばちゃんが駆け寄ってきて、昨日の豪雨で水没したとおっしゃる。
そういえば水たまりの手前に迂回の看板があった気がするが、無視して直進した僕が100%悪い。

 


気が付けば周囲の放牧地もところどころ水没して湿原みたいになってるし。

強力な防水サイドバッグに守られて電子機器は無事だったが、無事に洗濯物がびちょぬれになった。
昨日の日記で豪雨を回避できてラッキーとか言って矢先にこのザマである。


鹿もケツをぷりぷりしながらアホーと言っているようである。


 


泥水したたる良い男がやってきたのは豊富町。
豊富と言えばセイコーマートのプライベートブランドの牛乳で有名である。


丸勝亭という食事処のカツ丼が人気らしい。
びちょぬれのシューズをサンダルに履き替えて入店。

 

 


これがそのカツ丼。この分厚さがおわかりいただけるだろうか。
上智の学食のペラッペラトンカツはこれを見習うべきである。
1100円とまあまあなお値段だったが、しっかり肉を食ったなという気分になれた。

 


いくら北海道とはいえ、午後はそれなりに暑い。
途中立ち寄った幌延町のセイコーマートでアイスコーヒーをいただく。
特別キャンペーン中とかで、なんと68円という破格の安さだった。


午後5時過ぎに本日の目的地である天塩中川に到着。

 

 

 


駅舎はレトロな感じで良い雰囲気。


本日は2320円分走ったことになる。


夕飯はセイコーマートで済ませる。
野菜不足なのでキャベツの千切りを購入した。夜はカロリーを消費しないので控えめにしておくのだ。
が、キャベツだけでは夜中に餓死しかねないので、念のためフライドチキンと100円パスタも腹に入れておいた。

 


暗くなる前に寝床を探す。
天塩中川には道の駅も河川敷もあるので、野宿にはかなり好条件。

 


寝床の目星をつけた上で近くの日帰り入浴施設で汗を流す。
休憩所には作業スペースもあって充電もできるので非常に助かる。



近年はもっぱら外国の旅を楽しんでいるのだが、外国では日帰り入浴施設というものは基本的には無い。
ヨーロッパでは主にキャンプ場のシャワーを利用するし、東南アジアはそもそもホテルが安いので野宿をしない。
 

いつぶりだろうか。久々に日帰り入浴→河川敷で野宿という自転車旅の定番コースを満喫したのであった。

 

 

走行距離:99km

走行時間:5時間58分

総走行距離:21635km

8/7の日記。

 

前回の日記に書いた通り、10周年を迎える愛車「一周号」の旅が始まった。

コロナの感染状況が良くならないため海外渡航を諦め、北海道に行先を定めた。

 

行程は稚内→札幌である。

まず成田から新千歳へ飛び、新千歳から札幌まで電車で移動し、そこからさらに夜行バスで稚内へ向かわねばならない。出発地に向かうだけでとんでもなく面倒臭い。

 

 

 

通学中の生徒と鉢合わせぬようにうまく時間を調整し、小見川駅から成田空港まで輪行。

朝9時過ぎに成田空港に到着したが、状況が状況なのでガラガラである。

いつもは5分以上待たされるエレベーターもすんなり乗れた。

外国人の姿もまばらだし、国際線はほとんどが欠航。

 

 

 

12時発のジェットスターの便までかなり時間があるので、プレミアムカードの恩恵に授かりラウンジでくつろぐこととする。

ドリンク飲み放題、柿の種食べ放題である。

 

 

13時半ころに新千歳空港に到着。

昼飯がまだなので、以前も利用したことのあるドライブインいとうに立ち寄る。

 

 

 

豚丼で景気づけじゃ。甘辛いタレに備え付けのショウガ&山椒パウダーが絶妙にマッチしてうまい。

ごはん並盛&肉大盛で注文したはずなのに、伝票にはご飯大盛&肉並盛になっていた。

食べてしまった後にクレームをつけるのもみっともないので、気にしないでおくことにする。

 

 

 

 

さらに新千歳空港のラウンジにてコーヒーブレイク。

僕は、コーヒーはwithミルクnoシュガーと決めているのだ。

成田のラウンジはコーヒーフレッシュしか置いてないが、新千歳にはボトルに入った牛乳があって贅沢な感じ。

展望も良く広々としていて、上流階級の仲間入りを果たしたような気分である。

 

 

 

16時頃に札幌駅に到着した。

久々の国内線だったので、自転車はそれほど手荒に扱われておらず一安心。

ブレーキ周りの調整だけして走り始める。

 

 

 

まずはドン・キホーテに立ち寄り、持ってき忘れた物資を買い込む。

恥ずかしながら、野宿旅の必需品である折り畳みマットを忘れてきた。

マットは、テント・寝袋とともに野宿三種の神器の一つに数えられる。

クッション性と断熱性という二点において、マットは野宿のお供としては不可欠なのだ。

 

札幌から更に北の稚内に向かうため、念のため長袖長ズボンも購入しておく。

長袖は念のため持ってきているが、なんとなく夜の冷え込みが不安になったのだ。

ズボンは長期使用を見据えてユニクロで質の良いものを、長袖は使い捨てになると思われるので500円のセール品を購入した。

 

 

 

夕食がてら、札幌中心街にある狸小路をぶらぶらする。

ベンチに座って人々の往来を眺めるだけでも楽しい。

茨城の片田舎とは違って、都市部の人たちはそれなりにオシャレな格好をしている。

どうやら札幌の若い女性の間ではジーンズの裾を大きくロールアップするスタイルが流行っているようである。

 

 

これまた茨城では気づかないことだが、都市部ではウーバーイーツ的なお仕事をするお兄さんを多く見かける。

外出自粛で需要増なのであろう。僕が学生の頃にこういう仕事があったら、きっとやっていたに違いない。

 

 

夕食は狸小路の端っこにあるラーメン屋赤星にて。

 

 

 

醤油ラーメンを注文。赤星に来店するのは三回目である。

クセになるほど特別うまいわけではないが、一杯500円、大盛でも600円と良心的な価格設定である。

2010年に初めて札幌を訪れた時も赤星でラーメンを食べたのだ。いわゆる思い出の味というやつである。

 

 

 

ネットカフェでシャワーを浴びた後、バスターミナルへ向かう。

あらかじめ電話予約して自転車を載せる旨を伝えておいたにもかかわらず、受付のおばさんに「ええー?こんなに大きいの?載るかわかりませんよ」などと言われイライラ。

だがバス以外に稚内に向かう手段はないので引き下がるわけにもいくまい。

電話予約して了承を得たのだと強めに主張しておばさんをやり込めた。

とはいうものの、実際に載るかどうかはトランクの大きさ次第である。乗客も多めなので不安が漂う。

 

 

しばらくしてバスが来た。

幸いにして自転車はトランクに収まったので一安心。

 

 

三列独立シートである。

昨年末もディエンビエンフーからハノイまでVIPの夜行バスを利用したが、あっちは完全フルフラットで快適だった。

稚内には朝5時過ぎに到着するのでぐっすり寝られることは期待できない。実質丸一日かけて自宅から稚内まで移動することとなる。

 

実は関東地方から稚内へは、ANAから羽田~稚内の直行便が出ていて、こんな面倒な行程を辿らなくともよかったのだ。

6月の段階で羽田~稚内の直行便を予約しておいたのだが、利用者減のために僕が乗るはずだった便の運休が7月に発表された。

もちろん直ぐにキャンセルの手続きをした。

しかしANAの公式サイトからではなく格安の予約サイトを利用したため、キャンセル料が2000円程度かかってしまい、地団駄を踏んでいたのだ。

 

仕方ないのでジェットスターの成田~新千歳便を新たに予約し、新千歳からバスで稚内に向かうことを決めた。

だがしかし!8月に入ってANAの羽田~稚内便が運航再開されるとのニュースが発表されたではないか。

 

ANAの方はすでにキャンセル手続きを済ませてしまっているし、ジェットスターの予約も完了しているのでどうしようもない。

もはや怒り心頭である。

 

度重なる不運に北海道に来てからもずっとムカムカしていたが、ふと天気予報を見ると「宗谷地方に50年に一度の記録的豪雨。市内の至る所で冠水。避難所設置」との情報を発見。

もしANAで稚内に向かっていたとしたら、時間的に間違いなく豪雨が直撃していただろう。

アテにしていたキャンプ場も冠水し、市内にも移動できず、空港で立ち往生する羽目になっていたであろう。

 

つまり、札幌で半日過ごして夜行バスを利用することで、結果的に豪雨直撃を回避することができたということだ。

 

度重なる不運が一転し、最後は幸運となった。やはり最後に笑うのはオレなのだ。

 

 

走行距離:10km

走行時間:44分

総走行距離:21536km

2020年7月31日。

 

本来ならば仕事は夏季休暇を迎え、僕はイタリア北部の平原を自転車で走り回っているはずだった。

恥ずかしながら、僕は新型コロナウイルスの感染拡大がこれほどまで深刻な事態になるとは想定していなかった。

 

3月ころに北部ロンバルディア州での感染が爆発的に拡大し、「こりゃあ、今年の夏はイタリア難しいかもな」と思い始めた。

そこで計画を変更し、今夏は比較的安全なドイツを自転車で旅しようと考え、早いうちに安かったトルコ航空の航空券を抑えた。

 

しかし、次第に世界中で外国人の入国拒否を発表するニュースが続々と報じられるようになり、暗雲が立ち込める。

自分が外国からウイルスを持ち込んで子どもたちに感染させるようなことだけは避けねばならないと判断。

職を失うような事態になったら旅もできなくなるわけで、泣く泣く今夏のヨーロッパ渡航を断念した。

断念した後に夏季休暇の日程短縮が発表されたので、どのみち外国に行くのは難しかったのだろう。

 

しかしながら、10日間の夏休みを何もせずに過ごすのももったいない。自転車に乗りたいし、体がなまってしまわないよう野宿もしておきたい。

何処か良い場所はないかとグーグルマップで探し、熟慮の末、今夏は北海道に行くことに決めた。

 

 

まだ走ったことのない稚内~札幌間の内陸をルートに設定。

8/7~8/16の10日間の日程。色々寄り道しても400~500㎞程度に収まるのでちょうどよかろう。

 

北海道を自転車で走るのはこれで4回目になる。

今乗っている愛車「一周号」で初めて旅をしたのが2010年。

GWに東京~銚子の旅でウォームアップし、満を持して夏休みを使って北海道を旅したのだ。

 

↓は10年前の写真。

 

 

旭川空港に降り立ち、美瑛やら札幌やらを経由して函館へ向かう旅だった。

 

 

 

 

 

美瑛の丘の景色に魅せられたり、自転車乗り向けの道ではないニセコパノラマラインに苦しんだりしながら2週間旅をした。

毎日が新発見の連続で、そりゃもう楽しいものだった。

 

あれから10年になるのだ。「一周号」にとっても10年の節目になる。

外国に行けずやむを得ず「妥協」して北海道に行くことを決めたが、だんだんと楽しみになってきた。

 

 

 

 

とはいえ、10年も乗っていれば老朽化は避けられない。

馴染みの自転車屋にも何度も「買い換えたほうが安い」と言われているが、日本中世界中駆け回ってきた身としてはどうしてもすんなり買い替える気持ちにはなれないわけで。

 

まずは昨年末のヴェトナム編でズタボロになったブレーキワイヤーを交換する。

ワイヤーだけでなく、ブレーキ自体が錆のために動きが悪くなってしまっていたので丸ごと交換した。

 

 

前輪のホイールも交換した。

少し前から軸がズレるような違和感があったのだ。

自転車屋いわく、軸受け(ベアリング)に砂粒が詰まって歪んできているとのこと。

ベアリングを分解&洗浄するのと値段に大差がなかったので思い切って交換した。

 

それからペダルの軸に相当するボトムブラケットという部分も交換した。

数年前からペダルを踏みこむたびにカチカチッという異音がしていた。

長らく原因不明だったが、どうもボトムブラケットの寿命らしい。

交換した後に古いボトムブラケットを見せてもらったが、錆と汚れのためにまともに機能していなかった。

 

もろもろの修理でかかったお値段は13000円ほど。

10年前に5万円ほどで購入したので、累積すると2台くらい新車が買える程度には修理代がかかっていることになる。

 

愛車のニックネーム「一周号」の「一周」とは、もともと「日本一周」を意図していた。

日本一周自体は2011年にとっくに達成し、なんやかんやでもう2万km近くを走っている。

次の目標は「地球一周」である。

地球一周に相当する4万kmを達成するまで、買い替えることなく修理を重ねながら乗っていきたいのだ。

 

4万km達成する頃には、僕はもう白髪の爺になっていることだろう。

何らかの形で不慮の死を遂げた時のために、読者の皆さんに「墓には一周号を一緒に埋葬してくれ」と遺言を残しておく。