5/7の日記。

タイトルの通り、今日はこれまでの旅生活史上、最も悲惨な1日だった。

 

 

昨夜は霧島市隼人の天降川にかかる橋の下にテントを張った。

河川敷は僕の第二のホームのようなもので、とても落ち着く空間。

のはずだったが、昨夜は風が非常に強く、テントを叩きつけるような強風のために何度も起こされた。

加えて、昨晩竹亭でキャベツを爆食いしたため腹がグルグルと苦しく、まったく熟睡できなかった。

思えば今回の旅、ちゃんと寝ることができた日はなかったんじゃないか。

 

昨日のうちに空港のある街まで移動し終えていたので今日は移動の必要なし。

よって、8時過ぎまでテントの中で眠気と腹の張りをこらえながらゴロゴロする。

 

 

その後スマホの充電がなくなりかけたので荷物を片付け、マックへ移動。

移動している最中に雨が降り出し、あっという間にびしょぬれになってしまった。

 

コーヒーとハッシュポテトを注文し、諸々の電子機器をコンセントに差し込み、やっと至福タイムだと思った矢先の出来事だった。

 

左足の指に激痛が走った。

慌てて靴を脱ぐと、10㎝以上ある大きなムカデがはい出てきたのだった。

 

河川敷からマックに移動するまでの間、なぜ気が付かなかったのだろうか!?

おそらくムカデは中敷きと靴底の間の空間に潜んでいたと思われる。

僕が靴に脚を入れたときには中敷きを挟んで踏みつけられるような形になっていたのだろう。

そしてギリギリのところではい出てきて、復讐と言わんばかりに左足の人差し指にガブリとかみついたのだ。

 

 

これが噛まれた跡。

噛まれた直後はあまりの激痛にのたうち回ったが、瞬発的にムカデを退治せねばという発想に頭が切り替わる。

元はといえば僕がまいた種。マックには小さな子どももたくさん来るし、噛まれたりしたらお母さま方はパニックになるだろう。

刺し違えてでもこのモンスターをやっつけるのだ。

 

痛みに悶えながら数分の間モンスターと追いかけっこをする。

先に消毒をしたい気持ちもあったが、消毒しているうちに見失うわけにもいかない。

 

数分後、さっき脱いだ靴の中にムカデを封じ込めることができた。

その靴を持って洗面台に駆け込み、靴の中めがけて液体石鹸をドバドバと流し込む。

ムカデは泡の中で断末魔をあげながら絶命していった。

 

次は僕の消毒の番。

腫れあがった指を水と液体せっけんでジャージャー流す。

最後にムヒを塗って応急処置を終えた。

 

 

今までの人生で初めてムカデに噛まれた。

蜂にさされるような感覚で、神経毒が回るらしい。そのため腫れと痛みは数日間引かないとのこと。

刺された場所が足の指先なので、ペダルを漕げなくなってしまったのだ。

ペダルを漕げないどころか、歩くのさえびっこを引くような感じ。

 

予測できなかった事故とはいえ、あまりの不幸に気分がだいぶ落ち込む。

しばらくマックで何も考えずにボーっとしてしまった。

 

 

とはいえ時間が経つと腹がへる。

またまた吸い込まれるようにマックの向かいのイオンへ。

 

 

そして吸い込まれるように竹亭のカウンターに座っているのであった。

竹亭ばっかじゃないかと思われるが、鹿児島なんてめったに来れるもんじゃないし、せっかく気に入った店なんだから食べておかなければ損である。

昨日の反省を踏まえ、キャベツのお替りは2回にしておいた。

 

 

夕方前にイオンを出て、鹿児島空港へ移動。

鹿児島空港は標高300m近い場所にあり、隼人の街からは坂を登らねばならない。

悪天候に加えてペダルを踏みこむことができないので、バスで輪行することにした。

 

 

悪いことはさらに続く。

19:25のジェットスターで成田に帰る予定だったのだが、どれだけ待っても離陸する様子がない。

客室内がざわざわし始めたところでアナウンスが流れた。

 

「エンジントラブルのため、この便はキャンセルとなりました」

 

キャ、キャンセルですと!?

明日からは仕事が始まるというのに。正確に言えば今日からもう仕事は始まっていたのだが、今日は有給休暇を頂いた。

今日帰れないとなると、必然的に明日も休暇を取らざるを得ない。

当然授業はできないわけで、生徒にも迷惑をかけることとなる(喜ばれるのかもしれないが)。

 

慌てて振替の便を探したが、成田or羽田行きの便はすべて終わっていた。

 

つまり僕は鹿児島に閉じ込められてしまったのである。

 

冷静になり、まずは明日のジェットスターの便を予約する。

考えることはみんな一緒で、僕が予約を済ませた数分後に明日の便も満席となった。

 

それからジェットスターのスタッフに返金等の手続きを尋ねと、このような紙を渡された。

 

 

なんだこれは。

補償!?ホテル!?JPY10000.00まで!?

 

 

ホ!?

 

 

ホ!?!?

 

 

ホ、ホテルでしゅって!?

 

航空会社の都合により欠航となった場合、宿泊費や食費の補償を受けられるとのことだった。

こういう事態は初めてだったのでまったく知らなかった。

 

かくして昨日まで公園や河川敷で寝泊まりしていた男はフカフカのベッドに身を任せることとなったのである。

宿泊費はかからないし、食事代もジェットスターが負担してくれる。

そう考えたら案外オイシイ思いをしているんじゃないかと思えてきた。

 

とはいえ、やはり授業を休まざるを得なくなったのは心が痛む。

せめてもの罪滅ぼしに、明日は日中まるまる授業の準備に費やすこととしよう。

 

 

GW鹿児島の旅編の日記はこれでおしまい。

どちらかといえば今回の旅はつらいことの方が多かった気がする。

夏にまた休暇が取れれば、海外にでも行ってみようかな。

 

 

 

走行距離・走行時間:ほぼゼロ

#240 佐多岬よ、また会おう

5/6の日記。

 

 

佐多岬手前の駐車場にあった東屋にて起床。朝5時をまわったところ。

昨夜通過した第二ゲートが閉じていたおかげで、夜間にやってくる輩は一人もいなかった。

 

朝食を済ませて朝6時前に岬見学に出発する。

言うまでもなく僕以外誰一人観光客はいない。

 

 

 

まずはトンネルを抜ける。

入場は無料になったため、7年前にあった受付ゲートはもうない(二枚目の写真・白黒加工)。

自治体に払い下げられる前は、それぞれのゲートで通行料・入場料を取られたという。

 

 

 

トンネルを抜けると密林のような道に出る。

その道を進むと御崎神社に到着。ここまでは記憶通り。

 

 

 

神社の先には展望台があったはず。

廃墟のようだった旧展望台(二枚目の写真・白黒加工)は取り壊され、新しく綺麗な建物に変わっていた。

展望台に行くためにはまだちょっと歩かねばならない。

 

歩きながらGLAYのBE LOVEDという曲を聴く。

この曲は、僕の自転車日本一周の時のエンディング曲。

歌詞に出てくる「あなた」を愛車の一周号に置き換えて聴くと、愛車とともに走ってきた旅の色んな場面が思い出されるのだ。

そのため勝手にテーマソングに設定し、よく聴いていたのだった。

 

 

新展望台に到着。さあいよいよあの景色と対面だ。

ムネを弾ませながら階段を上る。

 

 

 

ついたーーーーー!!!!!

うおおおお!絶景なり!

 

 

 

 

 

まさかこの佐多岬に二度も自転車でやってこようとは思わなかった。

佐多岬の方も、まさか同じ奴が二度も自転車でやってこようとは思ってもいなかっただろう。

7年前と同じようにはしゃぎまくる。

 

ひとしきりはしゃいで記念写真を撮りまくり、急ぎ足で来た道を引き返す。

7年前と同じように、昨日入浴した佐多岬ホテルからバスに乗って帰るため。

バスは8:00にホテルを出発し、1日1本しかない。乗り遅れるとまたあの地獄のようなアップダウンを自走せねばならなくなってしまう。

 

 

 

駐車場にあった記念プレートの前でも記念撮影をしておく。

まだ職員が到着していなかったので、日付のプレートは自分で6日に入れ替えておいた。

 

 

 

それから北緯31度のモニュメント前でも記念撮影。

木でできた古いモニュメントはもちろん取り壊されていた(二枚目の写真・白黒加工)。

 

 

 

 

昨日越えた激坂をクリアし7:30頃に佐多岬ホテルに戻ってきた。

ちゃっちゃと荷物をまとめてバスに乗り込む。

佐多岬よ、また会おう。二度も来たのだからきっとまた三度目もあるだろう。

 

 

バスに揺られながら、佐多岬再到達の余韻に浸る。

リニューアルされて綺麗になった岬も良かったが、昔の廃墟寸前の岬も昭和の雰囲気があって良かったと思う。

それだけに、リニューアル前と後の佐多岬を両方ともこの目で見ることができたというのはちょっと優越感を感じる。

 

 

1時間ほどで根占港に到着。840円なり。

根占でバスを降りて、ここからは自走で北の垂水・霧島方面へ向かう。

 

 

海沿いの静かな県道を進んでいく。

写真の通り、天気が悪い。小雨が降ったり止んだりを繰り返している。

明日は帰京(帰茨)の日だというのに本降りになるそうなので、今日のうちに空港の近くまでたどり着いておきたい。

 

 

曇り空だが、垂水から望む桜島はとても綺麗。

桜島を経由してフェリーで鹿児島市に入ることもできるが、今回は錦江湾の東側を走って空港のある霧島市を目指す。

 

 

垂水のタイヨーでまた鶏刺し・かつおたたきを購入。

昨日うまいうまいと言っていたささみ刺しは、改めて食べてみるとあんまりうまいと感じなかった。

おそらく飽きが来たのだと思われる。そりゃそうだろう、毎日食べてるんだから。

 

 

橋の下には漁船がたくさん集まっている。

この密集率はすごい。何だろうか。ポケモンGOでもやっているんだろうか。

 

 

 

 

午後3時頃に道の駅垂水に到着。

ここは足湯と温泉が併設されていて、GW最終日の今日は家族連れでにぎわっている。

 

 

寝ころべる畳もあるので、旅人にとっては拠点となる道の駅ではないだろうか。

 

 

鹿児島を走っていると、この財宝という名のミネラルウォーターをよく見かける。

どうやら鹿児島県内の飲料メーカーらしい。

 

 

その財宝オリジナルの缶コーヒーが90円と安かったので買ってみた。

味は普通。どのへんが天使なのかはわからず。

 

 

 

霧島市に入る手前に福山という町がある。

ここは黒酢の生産で有名。見学可能な施設があるとのことなので、立ち寄ってみることにした。

 

 

 

健康食品CMなんかで有名な壺畑。この壺一つ一つに熟成された黒酢が入っている。

施設では試飲もできた。1年・3年・5年熟成のものをそれぞれ試飲してみたが、熟成期間が長ければ長いほど深みのある味になっていく。

飲みやすいようにジュースで割ったものも用意されていたので、勧められるがままにお替りしまくった。

 

黒酢パワーで最後の亀割峠を越え、日が暮れる前に霧島市の隼人という街に入った。

これで明日は雨が降られようと空港に移動するだけで済む。

 

 

引き寄せられるようにイオンへ向かう。

 

 

僕を引き寄せたのはイオンの中に入っていたとんかつ竹亭。

またまた竹亭である。本店は鹿児島市内にあるが、隼人のイオンにも出店していることを事前にリサーチしておいたのだ。

初日の日記に痩せるために夕食は控えめにすると書いたが、あれは撤回することとした。

 

 

いつものようにとんかつ定食(上)を注文。

 

 

冷蔵庫には激ウマドレッシングが用意されている。

 

 

カゴの中にはどんどんお替りしてくれといわんばかりのキャベツが盛られている。

ご飯はお替りせず、キャベツのみ5回お替りさせていただいた。

僕のことだから、この調子だと「鹿児島にはめったに来られないんだし、食べておかねば損」とか言って、明日の昼も竹亭に来てしまいそうな予感がする。

 

その後市内の温泉に入り、天降川にかかる橋の下にテントを張った。

今旅最後の夜は久々の河川敷野宿なり。

 

 

 

走行距離:95km

走行時間:5時間38分

総走行距離:17704km

 

#239 再び佐多岬へ

5/5の日記。

 

 

昨夜は想定外の寒さだった。購入したスウェットパンツが無ければ凍死していたかもしれない。

下はパンツ・ヒートテック・スウェットパンツ

上はTシャツ・長袖シャツ・ダウンジャケット・マウンテンパーカ

それだけ着込んで寝袋に入ってもまだ寒く、夜中に起きてしまった。

最終手段ということで輪行袋にくるまってみたところ、ようやく寝ることができた。

 

 

 

太陽が昇るとそんな寒さは嘘のように暖かくなってくる。

 

今日は山川港から12時のフェリーに乗って大隅半島の根占港に渡る。

フェリーの時間まではたっぷりあり、急ぐ必要がないので10時頃まで頴娃でのんびり過ごしてから出発。

 

 

 

前方に見えるのは開聞岳(かいもんだけ)。

綺麗な三角形をしている。

 

 

 

そんな開聞岳のふもとに広がるのはキャベツ畑。しばしば足を止めて収穫の様子を見守る。

いかつい髪形のおっちゃんがどんどんキャベツを箱に詰めていく。

 

 

しばらく進んでいくと人だかりを発見。

これが本土最南端の西大山駅。

 

 

 

日本一周中にも立ち寄っているが、一応また訪問しておいた。

7年前に書いたノートは残念ながら指宿駅に持っていかれたらしい。残念。

 

 

 

12時前に山川港に到着。フェリーに乗って大隅半島の根占港に渡るのだ。

フェリーの時間まで少し余裕があったので近隣の道の駅を散策する。

 

 

 

山川わたがし名人なるおじさんがわたがしを無料配布しているじゃないか。

チビッ子と一緒に僕も並ぶ。いわゆる「大きいお友達」というやつだろう。

 

 

カンカン帽のよく似合うやさしいおじさんは僕にもわたがしをくれた。

定年退職したら、僕もチビッ子に囲まれるような名物おじいさんになりたい。

 

 

フェリーの中で昼食。今朝タイヨーで買っておいた鶏刺しを頂く。

 

初めてささみの鶏刺しを食べたが、めちゃくちゃうまい。

もも・むね・皮・ささみのいずれも食感が異なり、それぞれに旨味がある。

ささみは魚の刺身に一番近い感じ。火を入れるとパサパサになるのに、生で食べる柔らかくてうまい。

 

 

 

1時間ほどで根占港に到着。

ここから佐多岬までは40㎞ほどだが、すさまじいアップダウンなので実際には3時間以上かかる。

 

 

日本一周中にも立ち寄った、本土最南端のローソン。

佐多岬までの道中最後のコンビニ。行って帰ってくるまで往復80㎞買い物ができないと思われる。

ちなみに日本一周中にはまだ無かったファミマが近くにオープンしていたので、買い出しはファミマで済ませた。

 

 

 

国道269の終点、伊座敷地区までは比較的楽な道。県道に入ってからが大変なのだ。

県道に入る手前にコープがあったので小休憩。

ローソンより先にスーパー・コンビニはないと思っていたのに、新しくオープンしたのだろうか。

ここにコープがあることを知っていたらこっちで買い出しをしたのに。

 

さて、時間は15時手前。

ホームページを見る限り、佐多岬の営業時間は8:00~日没までとなっている。

このまま進めば日没までに到着できるかギリギリである。

念のため観光課に電話をして営業時間を聞いてみたところ、お店などは8~17時しかオープンしていないが、岬の展望台までは時間外でも行けるとのこと。

 

ここで名案を思いついた。

今日は岬の手前まで行って一泊し、明日の朝イチで岬を見学しよう。

どうせ営業時間内はGWということもあって観光客でごった返しているに違いない。

それならば、誰もいないであろう早朝の時間に佐多岬を独り占めしたほうが良いだろう。

なお、このアイデアは7年前とまったく同じである。あの時も岬の直前で一泊し、朝イチで岬を見学した。

 

というわけで急ぐ必要はなくなり、のんびりと進むことにした。

 

 

 

大きな坂を越えたあと、巨大な看板が視界に入ってきた。

この涅槃城なる施設は、実は以前から気になっていた。

まず涅槃城というネーミングセンスは抜群に良い。加えて無垢世界というキャッチコピーも好奇心をそそらせる。

佐多岬がラスボスだとするなら、涅槃城はラスボス直前に潜む隠しボスといったところだろうか。

調べてみたところ新興宗教の巨大な施設らしく、見学もできるとのこと。

 

行ってみようか悩んだが、城まで行くのに300m近い山道を越えねばならないのでパス。

佐多岬自体来るのは2回目だし、また3回目のチャンスもあるだろう。

 

 

 

しかし気になるな~。このアフロヘアーの案内人の絵とかセンス最高じゃないか。

 

 

 

 

 

涅槃城の看板を過ぎると、佐多岬ふれあいパークなる公園に到着。

7年前は確か夜中12時頃にここに到着し、ベンチの上で仮眠をとった。そして朝4時過ぎに起きて岬を目指したのだった。

記憶が正しければ岬まではまだ相当な距離があるので、今回はもっと進むことにする。

 

 

まったく意味のない道路標識だが、旅人にとってはワクワクを感じさせる。

 

 

 

 

しばらく進むと第一ゲートに到着。

7年前は昭和感ただよう料金徴収所があったのを覚えている(二枚目の写真・白黒加工)。

徴収所はおそらく自治体に払い下げられた時に撤去されてしまったのだろう。

 

 

第一ゲートを過ぎると本土最南端のホテル佐多岬に到着。

ここが岬までの道のりにある最後の日帰り入浴施設。

ラスボス前最後の回復の泉と言ったとこだろう。すっかり脳内でゲームの主人公になり切っていて、テンションが上がりまくる。

いつだって少年の心を忘れない。

ここで体力を全回復してから岬へ進むのだ。

 

 

日が暮れる少し前に回復の泉を出発する。

写真の左側には大泊海岸キャンプ場があるが、ここから先の坂が相当きつかったことを思い出す。

しんどい区間は今日のうちに越えておこうと決意し、キャンプ場をスルーして進む。

記憶通り坂は異常なほどの勾配で、10歩歩いたら立ち止まって休憩を繰り返す。

さすがはラスボスの待つダンジョンよ。なかなか手ごわい。

 

 

 

 

真っ暗になった頃に第二ゲート跡地に到着。ここもおそらく取り壊されてしまったに違いない。

7年前は早朝に来たためゲートが閉じていた(二枚目の写真・白黒加工)。

仕方なくここに自転車を置き、岬の先端まで2キロほど歩いた。

今回はコーンとバーで一応封鎖されているものの、これは夜中に岬に侵入するドライバーを通せんぼするもの。

ホームページには自転車と歩行者は通行可とあったので、自転車の僕は遠慮なく先に進む。

 

 

第二ゲートから最後の坂をのぼったところに岬の入り口となるトンネルがあった。

トンネルの前の広場も補修改装され、観光案内所やトイレが新設されていた。

大きめの東屋もあったので今夜はここに一泊することにしよう。ラスボス前最後のセーブポイントである。

 

 

 

明日は5時に起きて岬の先端部へ向かうというのに、脳が興奮していてなかなか寝付けない。

瞼は閉じているも、7年前の記憶と情景がはっきりと頭によみがえってくる。

 

日本一周をしたのは大学3年の夏。

1年休学し、復学までの3か月間でチャレンジした。日程に余裕がなかったので本来佐多岬は行かない予定だった。

ところが箱根で出会った近藤さんというサイクリストに、「最北端の宗谷岬に行ったのなら、最南端の佐多岬も行っておいた方がいい」とアドバイスされ、何となくその気になって急遽行くことにした。

 

とはいえ日程はギリギリで、しかも沖縄に渡る飛行機の予約を済ませてあったので、のんびりはしていられない。

思い切って宮崎から佐多岬まで200㎞近い行程を1日で走破する計画を立てたものの、寝坊により頓挫。

もう佐多岬行きは無理なんじゃないかと思われた(このあたりのことは#61~63に詳しい)。

 

だが、まだケツの青い21歳だった僕は、一度行くと決めたにも関わらず佐多岬を飛ばすことがどうしても歯がゆかった。

そこで何とか知恵を振り絞り、夜通し自転車をこぎ続けて岬まで行き、営業時間外の早朝に岬を見学することにした。

今思えば、営業時間外に岬を見学するのは言ってみれば(自転車は料金を徴収されないとはいえ)忍び込むような行為なので、法的に限りなくブラックだったと思われる。

 

ふれあいパークで仮眠を取った時も、「無事に岬に到達できるだろうか」「もし岬に到達できなかったらどうしようか」「これほどまで苦労して来た佐多岬とはどんな景色なのだろうか」と興奮し、まったく寝付けなかったのだ。

 

 

あれから7年経ち、今こうして再び佐多岬目前まで来た。

 

リニューアルした岬はどんな感じだろうか。

あの日と変わらない景色をもう一度見ることができるだろうか。

 

 

 

走行距離:61km

走行時間:4時間33分

総走行距離:17610km

 

#238 鶏刺し食べまくり

5/4の日記。

 

 

笠沙恵比寿前の公園にて起床。

大きな屋根の下だったが、夜中に雨が降ったみたいでテントに雨粒があたる音で目が覚めた。

風が強いので浸入してきた模様。

同じ場所で野宿をしたヨッシー松田さんも同じ状況になったようで、シンクロしているみたい。

http://tabibito843.blog.so-net.ne.jp/2010-10-24

 

笠沙恵比寿の近辺にはスーパーもコンビニも商店もなし。

昨日のうちに万世ストアで買っておいたコーヒーとパンで朝食をとる。

日なたで太陽にあたってボーっとするも、強い風のせいで体温が奪われてしまったのでさっさと出発することとした。

 

 

次の目的地である坊津まではアップダウンの繰り返し。

リアス式海岸に沿って作られた道なのでやむなし。

勾配も結構あるし、諦めて押してのぼる。

 

 

 

登り坂はきついが、断崖絶壁と絶景は表裏一体の関係にある。

青々とした坊津の海がきれいなこと!

海といえば北海道の積丹半島を思い出すが、この坊津も負けず劣らずきれいじゃないか。

 

 

浅瀬のあたりの薄い青と深いところの濃い青のコントラストがとても好き。

 

 

途中、鑑真記念館なる施設があった。

唐からやってきた鑑真が上陸したのがこの坊津らしい。

 

 

記念館はしょぼそうだったのでパスし、鑑真像とともに写真だけ撮っておく。

年を取るにつれて僧侶っぽさが増してきたんじゃないだろうか。

 

 

 

すぐ近くに007の撮影地もあった。

007シリーズは一通り観ているはずだが、「二度死ぬ」がどういう内容だったかが思い出せない。

ちなみに僕の好きな作品は2作目の「ロシアより愛をこめて」である。

初期の作品である「ロシアより愛をこめて」は銃撃戦やド派手なアクションシーンが少なめ。

だがその地味さがかえって本格派スパイ映画っぽくて良いのだ。

 

 

 

坊津には一軒も飲食店がないと思っていたが、運よく焼肉屋を見つけることができた。

食糧はすでに食べきっていて、枕崎まで補給ナシを覚悟していたので助かった!

 

 

唐揚げ定食ご飯大盛りを注文。

唐揚げは甘辛の味付けがしてあってクセになる。

南九州は甘辛という味付けが定番なのだろう。醤油も甘醤油だし、昨日のとんかつ竹亭で出された味噌汁も甘い麦みそを使用していた。

そして僕はその甘辛の味付けが大いに気に入っている。将来的には九州に移住するもアリだなと思う。

 

 

輝津館という郷土資料館的な施設も見学する。入館料は300円。

坊津は鑑真上陸の地としてだけでなく、倭寇の活動拠点としても有名。

昨年度末に倭寇に関する研究授業をやったのだが、これが予想外に好評を博した(と思う)。

より深い知識を仕入れておこうと思って輝津館に立ち寄ったのに、倭寇に関する資料は皆無だった。残念。

 

 

 

最後の難所、耳取峠を越えるとアップダウンはもうない。

眼下には枕崎の街が広がっている。

 


 

枕崎といえばカツオの水揚げが全国的に有名である。

本場でカツオを頂かねばと思い、まずはお魚センターなる物産館に立ち寄る。

 

 

だが残念。

お魚センターには丼ものしか売っていない。

さっき唐揚げ定食を食べたばっかりなので丼はちょっと入りそうにないな。

 

 

その代わり珍しいものを発見した。

これは自動かつお節削り器らしい。

 

 

機械にカツオをセットすると、自動的に削ったものが出てくるのだ。

 

 

 

もちろん試食もできる。

できたてのかつお節はさぞうまいと思ったが普通のかつお節だった。

そりゃそうか。出来立てなんじゃなくて削りたてなだけだから。

 

 

タイヨーと並んで南九州では有名なニシムタにも立ち寄る。

新鮮なかつおの刺身かタタキが売っていると思ったが、地元産のものはなかった。

 

 

しょうがないのでまた鶏刺しを頂く。鹿児島に来てから毎日鶏刺しを食べている。

安い&うまい&ここでしか食べられない、なので食べない理由はないのだ。

 

 

 

それから本土最南端の発着駅ということで枕崎駅を訪問。

ここから北海道の稚内まで線路は伸びている。鉄道好きにはたまらんだろう。

僕はもちろん稚内にも自転車で到達しているのでちょっとした優越感を感じる。

 

 

ちなみに本土最南端の駅は枕崎ではない。明日訪れる予定の西大山という別の駅なのだ。

 

 

その後、もう少しだけ移動して頴娃(えい)という街に着いたところで日が暮れた。

ジョイフルで充電休憩をしたのち、タイヨーにて夕飯を買う。

 

 

しめしめ!閉店間際だったから案の定かつおのたたきが半額だわい。

しかも地元産ときた。

 

 

タレをたっぷりつけていただく。

読者諸君、うらやましかろう。

 

 

それから定番の鶏刺しもいただく。毎日どころか、もはや毎食鳥刺しである。

高級な名店に行かなくても、たいていの名物は地元のスーパーで買える。

地元の人に愛されるからこそ、毎日食卓に出されるからこそ、その土地の美味しいものは必ずスーパーに並ぶのだろう。

 

タイヨーを出ると、気温もかなり下がっている。スマホで天気予報を見たところ、今夜は12度まで冷え込むらしい。

余裕だろうと思って冬用の寝袋を持ってきていないので急に不安になった。

もう一度タイヨーに駆け込み、防寒具を探す。

運よく、投げ売り品の起毛スウェットパンツが300円で手に入った。

 

温泉に入った後、近くの運動公園に移動してテントをたてる。

予報通り、昨日までとは比べ物にならないほどめっきり冷え込んできた。

どうなるのか!?無事に夜を越せるのか!?

 

 

走行距離:70㎞

走行時間:5時間9分

総走行距離:17549km

#237 憧れのカササエビス

5/3の日記。

 

冷え込む夜だった。念のためタイヨーで長袖を一着買っておいてよかった。

 

 

姶良市重富の公園にて起床。

ようやく晴れてくれたが風は強く、テントがバタバタと音を立てる。

 

 

近くには海があって眺めも良し。

久しぶりに缶コーヒーと菓子パンで朝の至福タイムを満喫する。

 

 

まずは鹿児島市内に向かって走っていく。

風はあるけど展望は良い。前方に見えるのは桜島だ。

 

 

 

鹿児島市内の外れのあたりにザビエル上陸の記念碑を発見。

地面にカメラを置いてポーズを決めていると、地元の人に喋りかけられた。

「どこから来たのか?」「仕事は何をしているのか」などなど聞かれるも、鹿児島弁がきつくて怒鳴られているようだった。

 

 

 

栄えている天文館エリアを通過。

僕のお目当ては市街地ではなく郊外にある。

 

 

そのお目当てがとんかつ屋の竹亭。

ここは2年前に九州縦断をしたときに訪れた激ウマとんかつ屋なのだ。

とんかつはもちろんのこと、キャベツにかけるドレッシングがうますぎて、是非また来店したいと思っていた。

 

 

開店前からすでに行列ができていて滑り込みでなんとか座ることができた。

上とんかつ定食を注文。1000円から1100円に値上がりしていたが、それでもじゅうぶんお安い方だろう。

 

 

早い時間帯に来店した客にはメンチカツがサービスで付くとのこと。

写真の奥に見えているのが大好物の特製のドレッシング。

玉ねぎとコショウの風味がクセになり、あれよあれよとキャベツを4皿もお替りした。

ご飯もお替りしたのでおなかはパンパン。

久々に満腹になるほど食べたが、これから薩摩半島を横断するために峠を越えるので、摂取したカロリーをガンガン燃やすのだ。

 

 

 

 

店を出ると大行列ができていた。この混み具合だと1時間くらい待たされるのではないだろうか。

それから記念のボールペンを頂いた。

 

 

 

カロリーを燃やしながら坂を登っていき、伊集院に出る。

台地になっているエリアで、あたり一面茶畑が広がっている。

 

 

 

伊集院からさらに西へ向かうと、日置市に出る。

このかめまる館という農産物直売所は2年前にも立ち寄った。

サワーポメロとかいう可食部が少ない柑橘を買って食べた覚えがあるぞ。

 

 

今回は柑橘は買わず、買っておいたコーヒーと半額わらびもちで休憩タイム。

 

 

 

かめまる館から南さつま市まではサイクリングロードが通っている。

2年前にも通ったが、またここを通ることとしよう。

 

 

 

ところどころ整備されていない区間があるものの、おおむね快適。

南さつま市まで約25㎞ほどである。

 

 

途中面白いものを発見した。ここから花火を上げるらしい。

何のための花火かというと、初日の日記にも書いた砂の祭典なるイベントのため。

調べてみると砂の祭典は入場料が1000円かかるので、パスすることにした。

 

何とか花火だけでも見ようかなと考えたが、いろいろ考えてそれもパスすることとした。

その理由は、むなしいから。一人で花火を見てもむなしいのだ。

 

これまでも旅中に偶然花火大会に出くわしたことがあったが、その都度、「一緒に花火を見てくれる女性が居てくれたら」と思う。

さみしくなって暇そうな女友達に連絡をしてみたりするも、たいていすぐには返事が返ってこない。より一層むなしさが深まるだけである。

 

 

 

花火のそばにある枯草のようなものは導火線。

 

 

 

これは消火用のポンプ。万が一のためということだろう。

 

 

 

この通り、ポンプは防火水槽に繋がっている。

 

 

このサンセットブリッジを越えるとサイクリングロードは終了。

2年前はここから東に行って知覧特攻隊記念館を見学した。

今回は西に行って、笠沙・坊津を攻略する。

 

 

笠沙・坊津にはコンビニ・スーパーがないと聞いている。

そのため、今日のうちにたくさん買い物をしておかなければならない。

近くにタイヨーが無かったので、万世ストアーとかいうご当地スーパーに入ってみた。

 

 

珍しいものを発見!これはなんと万世ストア限定のシャーベット鶏刺し。

凍ったまま醤油につけてシャリシャリ食感を楽しむらしい。

鶏刺し好きの僕としてもこれはさすがに惹かれなかった。

 

 

 

笠沙・坊津方面行き最後のコンビニ。ここから先、枕崎まで50㎞ほどコンビニも商店もない。

万世ストアーで買い忘れた水や缶コーヒーなどを買っていざ出発。

 

 

本日の目的地は南さつま市笠沙町にある笠沙恵比寿なる場所。

旅人はやはり最果て感のある場所に憧れを抱くのかもしれない。

薩摩半島の西の果てにある笠沙恵比寿には、以前から是非訪れてみたいと思っていた。

それにカササエビスという名前の響きも何となく気に入った。思わず口ずさみたくなる地名である。

 

 

笠沙恵比寿まではアップダウンが続く。

強風のせいでなかなか進まず、気分がへこたれる。

 

 

日没に近い午後7時過ぎにカササエビスに到着。

着いてみてわかったが、笠沙恵比寿というのは地名ではなく、笠沙町にある恵比寿という宿泊施設のことだった。

 

宿泊客は食事をしている時間帯なので、温泉は実質貸し切り状態。

休憩所では麦茶のサービスがあり、Wi-Fiも使えて至れり尽くせり。

日帰り入浴客の退館時間を過ぎても休憩所に居させていただけた。

 

今夜の寝床は笠沙恵比寿のまん前にある公園。

旅の友であり師でもあるヨッシー松田さんのブログから寝床情報を仕入れておいたのだ。

 

 

走行距離:94km

走行時間:6時間40分

総走行距離:17479km

#236 社会的に死にかける

5/2の日記。

 

 

鹿児島県姶良市加治木の公園で起床。

旅の初日は毎回そうだが、久々の野宿ということで熟睡できず4時過ぎには起きてしまった。

そのあとは雨音を聞きながらまどろむ感じで、ようやく起き上がったのは8時頃。

 

 

わかっていたが外は大雨。東屋のコンクリートタイルにもう少しで浸入されようという降水量だ。

今日は一日雨予報なので姶良にて停滞するとしよう。

 

とは言ったものの、朝飯は買ってないし飲料水もない。

ダイソーに寄れなかったのでお湯を沸かすための鍋もボンベもない。

つまり、いつまでもテントの中でゴロゴロするわけにもいかず、雨の中出発しなければいけないわけで。

スマホで天気予報を見てみると、昼に近づくにつれてより激しく雨が降るとのことなので、雨が弱まったタイミングを見て東屋を出ることとした。

 

 

 

「休むと止む、走り始めると降りだす」という法則は今回も当てはまり、無事ずぶぬれになった。

幸いなことに近くに大きめのイオンタウンがあった。今日は一日イオンでゆっくりしよう。

 

Tシャツは速乾性だし、下も海水パンツを履いているのですぐに乾く。

問題なのは海水パンツの下に履いている下着で、土砂降りのせいで雨水が完全にしみ込んでいる模様。

 

歩くたびに海水パンツの隙間から雨水が染みだしてくるのだ。なんというか、社会的信用を失いかねない非常にまずい絵になっている。

何とか履き替えねばと思ったが、いま履き替えてしまうと明日履くものがなくなってしまう。万事休すである。

 

10時の開店までまだあと1時間もあったので、なるべく動かずにベンチでじっとしておくことにした。

開店と同時に100円ショップに駆け込み、下着を購入。おじさん店員で助かった。

その後すぐにトイレに駆け込んで着替え、なんとか事なきを得たのであった。

 

 

昼食はイオンの総菜で済ませる。南九州の名物は何といっても鶏たたき。

殺菌処理がされていて、生の鶏が食べられるのだ。

東京でもまれに居酒屋などで食べられるが往々にして高い。

本場南九州では極めて庶民的な価格で食べられるのがありがたい。

 

 

南九州では定番の甘醤油におろしニンニクを浸していただく。

コリコリグニグニとした食感がたまらない。もちろんうまい。

 

 

夕方前に小降りになったのでイオンを出て近くのジョイフルに移動する。

一日イオンで過ごせるかと思ったが、どうやら電源を使える場所がないようだった。

ブログを書いたり授業の準備などをしているとパソコンのバッテリーはあっという間に減っていく。

ではジョイフルなら電源が使えるというのか?

なんと、使えるのである。

コソコソと隠れるように使わなくとも、実はジョイフルは全店で電源が使用可になっている。

ホームページにもその旨が載っていて、抜け目のない僕はちゃんとチェック済み。

 

 

とはいえ良い場所にコンセントが無く、こんな感じになってしまった。まるで晒しもの。

 

 

 

夜になるとようやく雨が止んだ。

まずは地元密着型スーパーのタイヨーで買い出し。

店に入るや否や、聞き覚えのあるペンペケペン♪ペンペケペン♪という音楽が流れてきた。

タイヨーでは火曜・水曜に百均市という特売をやっており、その両日は一日中エンドレスでこの音楽が流れている。

30秒ほどの間隔でループしているので、店員さんは何百回とこの音楽を聴き続けるのであろう。

 

ユーチューブにあがっているので聴きたい人は参照されたい。

https://www.youtube.com/watch?v=9b_-2S-8o2U

 

 

 

買い出し後は姶良市重富にある重富温泉に入る。

塩泉だったようで、なかなか泡立たない。髪の毛がゴワゴワになってしまった。

 

その後、漁港近くの公園に移動して東屋にテントを張った。

何度かヤンキーみたいなのが来訪したせいでなかなか寝付けない夜だった。

 

 

走行距離:9km

走行時間:37分

総走行距離:17385km

 

#235 人と本と旅

 

まず注目していただきたいのは、このアクセス件数である。

5月になってGWに入った途端この伸びっぷり。

 

このブログを更新するということはすなわち、また自転車の旅に出るということ。

だが今回は、フェイスブックなどでも旅の告知はしていない。

ということは間違いなく、更新を今か今かと待ち望んでいる君たちの仕業だろう。ばれているぞ。

 

 

そんな熱狂的な僕のファンの期待に応えるためにも、さっそく日記を書くこととしよう。

 

まず旅に出るにあたっての経緯について。

 

今年のGWは幸い6連休(+有給休暇1日)を取れた。

昨年は負担の重い運動部の顧問をやっていたのでGWを有意義に過ごせず、悶々としながら休みを消化してしまった。

その二の舞を避けるため、今年は3月のうちに航空券を取っておいた。

急に仕事を入れられようとも、「旅行に行きますので」「もう航空券のお金支払ってあるので」で逃げられるという算段である。

 

 

とはいえ、6日間という微妙すぎる日程で行けそうな場所はなかなかない。

海外に行くには短いし、GWは航空券も高い。

国内はもう行きつくした感があるしどうしようかと思案していたところ、偶然テレビで佐多岬の特集をやっているのを観たわけで。

 

佐多岬といえば鹿児島県大隅半島の最南端、つまり本土最南端にあたる場所。

日本一周中に箱根で出会った近藤さんのススメで、僕も7年前に訪れている。

到達にあたって色々と紆余曲折があったので、僕の中では全行程中、五本の指に入るくらいに思い出に残っている。

 

その佐多岬だが、僕が訪れた頃は岩崎産業という地元の観光業者が管理していたという。

しかし利益が思うように上がらなかったようで、ロクに施設管理がなされていなかった。

展望台やレストランはガラスの破片が散らばっていて、まるで廃墟のごとく荒れ放題だったのを覚えている。

 

テレビの特集曰く、ついに2012年、地元自治体に無償譲渡されることになり、綺麗に整備されてリニューアルオープンを果たしたとのこと。

 

そのことをふいに思い出し、日程的にちょうどいいじゃないかということで鹿児島行きを決定した次第であります。

航空券は往復3万円ちょいと、やや高め。だけど、ハイシーズンであることを考慮すれば妥当な額だろう。

 

 

 

今回の旅の新装備はサイドバッグ。

以前の紺色のサイドバッグは2010年に北海道に行った時から使用していたもので、経年劣化が激しく思い切って買い替えることとした。

新しいのはオルトリーブというドイツのメーカーのもので、防水仕様。

それなりに値が張ったが、向こう10年くらいは活躍できそうな感じ。ということは、向こう10年はまだ自転車旅を続けるのであろう。

 

 

 

成田空港までは自走する。

田植えの時期になり、緑が生い茂っている。この時期はほのかに蒸す程度で走っていて気持ちがいい。

 

 

香取のガストでいったん休憩。

香取まではほとんど平坦な道だけど、ここから成田まではそれなりにアップダウンがある。

好物のメロンソーダで水分補給じゃ。

 

成田までの道中、担任をしているクラスの生徒一行に遭遇した。

「見てみて、自転車で旅している人がいるよ」「あれ担任だわ」「!?」みたいな会話が車内で繰り広げられたに違いない。

 

言い忘れたが、無事に試用期間が終わって正規雇用となり、今年から担任を持つこととなった。

今務めている学校の管理職はかなり労務意識がしっかりした方々で、なるべく休みを取ることを推奨してくれている。

夏休みは20日ほど休めるし、冬休み・春休みもそれぞれ10日ほど休める。

 

つまり、僕の自転車旅生活にベストマッチなのだ。

先日、校長が生徒の前で話をしたときに「人を変えるのは、人と本と旅です」と仰っていたが、恐らく僕に向けて「仕事ばかりに没頭せず、遠慮なく旅をしてください」と言っているのだろうと解釈した。

この学校に務めている限り、短くとも結婚して家族を持つまでは自転車旅を続けることができるだろう。

 

 

 

14時前に成田空港に到着。

鹿児島行きの便は16:50なので、早く着きすぎた。

まだチェックインできないので、いったん自転車を置いてターミナルを散策しよう。

ちなみに写真の場所は、第2ターミナルと第3ターミナルの間にある駐輪場。

成田空港には別に有料のバイク駐輪場もあるが、ここは無料でとめることができる。

 

 

 

ターミナル内にUFJのATMを発見した。

ここなら引き出し手数料108円がかからない。

 

108円くらいどうってことないじゃないか、と思われる方も居るだろう。

だが自転車旅の時の僕はドケチモードなのだ。

自販機で定価のジュースなどまず買わないし、コンビニも極力避けて安いスーパーで買い物をする。そしてなるべく値引き品を買う。

 

正規雇用になって給料も増えたし生活も安定してきたので、ここまで節制する必要はない。

何のためなのかといえば、貧乏だった学生時代(特に院生時代)の苦労を忘れぬための節制である。

 

豊かになると人が変わる。

同じように貧乏生活をしていた学生時代の友人が、稼ぎがよくなって急に豪遊生活をし始めたりする。

金持ちと結婚して手に入れた贅沢な暮らしぶりをインスタグラムにアップしまくって、嫉妬と顰蹙を買うような女もいる。

僕はそうはなりたくない。意図的に節制を心がけ、豊かさの海に溺れてしまわぬようにする。

 

とにかく空港中を歩き回ってUFJのATMを見つけて、手数料108円を浮かせることができた。

ATMのモニターには、貧乏の中で必死にもがいていた僕が映ったような気がした。

 

 

 

 

 

鹿児島空港についたのは19時前。

足湯や砂像なんかもあって、観光客をもてなすムードが出ている。

この吹上浜砂の祭典は、日程的に行けそうな感じでテンションが上がる。

 

 

だが天気は最悪。ザーザー降りの大雨。

わかっていたことなのでショックは小さいが、この雨の中出発せねばならない。

空港は夜間閉鎖してしまうし、野宿できそうな寝床もない。温泉もない。

とりあえず10㎞ほど先にある加治木という街に向かって出発することとした。

 

 

 

ずぶぬれになりながらも、寝床スポットの探索を怠らない。

加治木にはネットカフェもあるが、今日はなんとなく野宿をしたい気分である。カンボジア・ヴェトナムの時は安全上野宿ができなかったのだ。

写真は加治木の街に差し掛かる手前の坂道にあったロードパークだが、まだ夕食も食べていないし温泉にも入っていない。

東屋もベンチが鎮座しているせいで狭いし、パスすることに決定。

 

 

雨の勢いが増すばかりなので、いったんジョイフルで夕食を取ることとしよう。

カンボジア編の時にはっきりと体感したことだが、夕食を控え目にすると確実に痩せる。

日中にがっつり食べる分には問題ない。だけど夜はたいして移動もしないしカロリーも消費しないので、がっつり食べる必要がないのだ。

昔なら、なんちゃら定食ご飯大盛りドリンクバー付きとか平気でやっていたが、ぐっとこらえてチキンドリア単品のみにとどめておいた。

 

 

温泉にも入ることにした。

どうせ出た後にまた雨に濡れてしまうのだけど、今は体が冷えてしまっていて気分も落ち込んでいる。

それを打破するために熱いお湯にザバーっと入るのが特効薬になると判断したのだ。

 

この龍門滝温泉は入浴料が250円と安く、浴槽もかなり広くて居心地が良かった。

 

 

温泉から出た後は幸い雨脚が弱くなっていた。

今がチャンスと、目をつけていた公園に移動。予想通り、広めの東屋があった。

 

テントを建て終わり寝袋に入った頃から雨の音が強くなってきた。

外は土砂降りだが、僕は東屋のおかげで守られている。

屋根に叩きつけるバラバラバラという雨音はうるさ過ぎず、最高のBGMとなって僕を眠りにいざなった。

 

 

 

 

走行距離:54.4km

走行時間:3時間10分

総走行距離:17376km

#234 洗礼

こんにちは。更新が遅れました。

最終日1/3の日記です。

 

昨夜はヴェトナム南部のホーチミン市内のホテルに宿泊。

無事に旅程を終えて気が緩んだのか、どうやらおなかを壊した。

 

思い当たる節は、昨日立ち寄ったカフェのコーヒーに(異常なほどたっぷり)入っていた氷。

 

東南アジアの水は日本の水に比べるとかなり硬度が高いと言われており、いままではミネラルウォーター以外の水を口にしないように気を付けていた。が、昨日のコーヒーに入っていた氷はおそらく水道水をそのまま凍らせて作られているはず。

融ける前にコーヒーを飲みきってしまったのだが、その時に少なからず氷水を摂取してしまったのである。

 

そして夜中に冷や汗をかいておなかがグルグルし始めて一度目覚めた。

眠気が勝ったのでまた寝入ってしまったのだが、朝になっても吐き気と体の節々の痛みはひかず。

 

 

今日は本来ならばホーチミン市内の観光に出かける予定だったのだけど、これでは出かけるどころでない。

ベッドにて安静にしてよう。

明日は帰国の日だし、明後日からはもう仕事が始まる。

今日中に治してしまわないと後に響いてしまうのだ。

 

 

療養にあたってまずは部屋をチェンジした。

昨日泊まった窓のない部屋は湿気がすごく、かび臭さもあったため、クーラーなしでは過ごせないレベル。

一日中クーラーをつけていると腹痛がさらに悪化しそうな感じであったので窓ありの部屋に変えてもらった。

追加5ドルかかったけど、クーラーをつけずに済むとなると快適さが段違いである。

 

 

旅中に使うかもと思って日本から持ってきてあったアクエリアスの粉末をミネラルウォーターに溶かして脱水症状に備える。

同僚の先生におすすめされて渡航前からビオフェルミンを服用し続けているおかげか、細菌は腸には侵入できず胃でとどまっている模様。

そのため何度か吐いたものの、幸いに下痢は免れた。

 

 

そんな調子で腹痛と闘っていたが、日が暮れたころに快方に向かってきた。

さすが自分、やはり10年近く一度も体調不良で病院に行っていないだけの健康体である。

歯医者を除けば最後に体調を崩して病院に行ったのは高3の卒業間際だったはず。

合格祝いに親戚のおばさんに超激辛カレーをごちそうしてもらったら胃腸風邪にかかって10日ほど寝込んだのだ。

 

 

 

元気になったからには、一日中宿で過ごすのももったいないと思って自転車を走らせる。

ラッキープラザという土産物屋にやってきた。

 

 

見ての通り、Tシャツやら小物やらパチモンのブランドなどヴェトナム土産が所狭しと並んでいる。

客引きも控えめだったので快適だった。

 

image

 

シェムリアップの仇を打たんとばかりに値切りまくって、納得価格でTシャツ・傘(ノンラー)・軍帽などを購入した。

 

 

それから手持ちのヴェトナム・ドンを使い切るために近くのコンビニでコーヒーも購入。

土産を詰め込んでバックパックが満杯になったので、不要になったものは捨てていこう。

 

履き古したパンツは捨てていくことに決定。

手洗いした時にきつく絞りすぎたのか穴が開いていた。

 

明日は朝5時に起きて帰国する予定。

そのためグレート・インドシナ編はこれにて完結となる。

 

旅程のほとんどはカンボジアだったが、カンボジアの光と闇の部分、すなわちアンコール王朝の栄光の歴史とクメール=ルージュ時代の暗黒の歴史の両面に触れられたのは良い経験となった。

土産話も両手いっぱいに得られたので有意義な旅となったと言えよう。

 

次回は夏になるか冬になるか。

今度はシェムリアップからタイのバンコクまで走ってみたいという気持ちもある。

またその時まで、ごきげんよう。

 

 

走行距離:15㎞

走行時間:1時間12分

総走行距離:17322km

#233 10ドル戦争

1/2の日記。

 

カンボジア―ヴェトナムの国境に位置するバベットの宿にて起床。

7日間にわたるカンボジアの旅も今日で終わる。

何かと不便なところもあったが、思い出に残る国だった。

特に無邪気な子どもの笑顔には大いに元気をもらった。

 

 

 

そしていよいよ国境を越えてヴェトナム入りする。

だが問題なのは、国境を越えるということ。

 

旅人の情報によると、カンボジアからの出国審査でもヴェトナムへの入国審査でも何かと賄賂を請求されるらしい。

賄賂を支払わずに通過することもできるが、順番を後回しにされるとか。

 

さあどうなることやら、とそれなりに心の覚悟を決めてまずは出国審査へ向かう。

 

 

この高速の料金所みたいなところが出国審査である。

賄賂か!?賄賂なのか!?と待ち構えていたが、対応したお姉さんはすんなりスタンプを押してくれた。

 

 

だがスタンプを押すまでに何度かこちらをチラチラと見ていたので、賄賂を渡すよう目で要求していたのかもしれない。

 

 

ここがちょうど国境にあたる場所。

手前がカンボジア国旗、奥がヴェトナム国旗である。

 

 

続いてヴェトナムへの入国審査。

ここが大変だった。

まず入管施設の前に職員風の男が何人かたむろしており、審査の手伝いをするよと申し出てくる。

だがこれは入国斡旋のビジネスであり、サービスを受けると当然見返り(=賄賂)を要求される。

 

男を無視して入国審査に向かったものの、緑の制服を着た入管職員は僕のパスポートをぺらぺらっとめくった後、なにやら目で威圧するだけでスタンプを押してくれない。

これは間違いなく賄賂を要求されていると考えられる。

 

結局スタンプを押されぬままパスポートを突き返された。

そして問答しているうちにさっきの斡旋の男がやってきて、「パスポートに10ドル挟んで手渡せ」と要求してきた。

さては職員と斡旋の男はグルであろう。僕から10ドル巻き上げて分け合おうというのだな。

 

だが僕も屈しない。

シェムリアップの土産物屋では不覚をとってぼったくられたが、本来払わなくてよい金をそうそう払ってたまるか。

 

男に対してわざと周囲に聞こえるよう大きな声で" Is $10 Officially needed!?" と連呼する。

さらに"Does your goverment really need $10!? Are you sure!?"とまくし立てる。

 

そのやり取りを見ていた入管職員はさすがに諦めたのか、しぶしぶスタンプを押してくれた。

パスポートは乱暴に投げ返された。

 

 

こうして10ドルをめぐる攻防戦に勝利した。

もし僕と同じように自転車でバベットの国境を通過しようとする読者がいるならば、根気よく闘っていただきたい。

 

 

ヴェトナムに入って変わった風景といえば、写真のようにヴェトナムの伝統的な傘をかぶった人とたくさん遭遇するようになったこと。

それから路面の状態がだいぶよくなった。

残念なのは、心強い旅の味方であったTELAマートが消滅した。

ヴェトナムには大都市以外に売店らしい売店がなく、休憩場所を探すのに苦労した。

 

 

 

 

お昼ご飯はレストランでフォーをいただく。

横にあるもやしと香草はお好みに応じて入れるシステム。

生野菜は怖かったのでほとんど入れず。

 

 

このチョコレートみたいな物体は何だろう。

何かのレバーとかだろうか。ちょっと口に運ぶ勇気はなかった。

 

 

 

ホーチミンに向かう国道を脱線して寄り道。

ここはクチ=トンネルという観光名所。

ヴェトナム戦争中、アメリカの支援を受けた南ヴェトナムに対して北ヴェトナムのゲリラが抗戦した地域。

キリング=フィールドと並んで今旅最も訪れたかった場所なのだ。

 

 

緑色の服を着たガイドの人と一緒にツアー形式で回る。

 

 

この場所は一見何もないように見える。

 

 

だが実際にはこのように穴が掘られている。

 

 

ここにゲリラが潜伏し、のこのことやってきたアメリカ兵を狙い撃ちするのだ。

中は非常に狭く、立った姿勢でしか居られない。

 

 

 

 

Anybody want to try?と言われたので、迷わず手を挙げた。

対仏のインドシナ戦争と対米のヴェトナム戦争は、現代史で僕が最も力を込めて熱弁をふるうテーマである。

この二つの戦争を境目に、「グダグダで退屈な東南アジアのどっかにある国」というヴェトナムに対する印象は180度変わるのだ。

 

そのためにヴェトナム戦争は臨場感たっぷりに、多少の演出も込めて語らねばならない。

こうやってゲリラ戦の様子を実体験することでよりリアル感のある授業ができるようになると期待したい。

 

 

 

このポコッと突き出た場所にはいくつかの穴が開いている。

この穴はゲリラが潜む地下トンネルへ空気を送る通気口だという。

天に向かって通気口を掘ると、雨季には水没してしまうおそれがあるため、こうして横向きに通気口を掘るのだ。

 

 

 

定番のブービートラップの展示されている。

 

 

 

 

ガイドが一つ一つどういう罠なのかを解説してくれる。

落とし穴に落ちたり家のドアをくぐったりすると、仕掛けられた罠によって負傷するという仕組みである。

なお針には毒が塗られており、かすり傷程度でも致命傷になった。

 

「一人の兵士を負傷させれば、(治療する兵士を含めて)二人分の戦力をそぐことができる」

近代装備や戦力に劣るヴェトナム軍を勝利に導いたのは、故ヴォー・グエン・ザップ将軍の考案したゲリラ戦術であった。

 

弱き者であっても不利な局面であっても、頭を使って戦略を立て辛抱強く我慢すれば必ず勝てるということ。

歴史はいつも僕たちの未来を照らす教訓を示してくれる。

それゆえに僕は力を込めて時間をかけて説明をするのだ。

 

 

施設には実弾を使って射撃ができるコーナーもあった。

ぜひ挑戦してみたかったが、10発27ドルからとお高かったため今回は断念する。

 

 

同じツアーの人が挑戦していた。

ものすごい射撃音である。これを一日中聞かされていたらさすがにおかしくなるだろうな。

戦場とはそういう場所なのだろう。

 

 

 

それからトンネルもくぐってみる。

 

 

 

写真の通りめっちゃ狭い。腰を曲げないと移動できない。

雨季にはきっとものすごい湿気だったであろう。

こんなところで24時間臨戦態勢をとっていたゲリラの精神力たるや恐れ入る。

 

 

出口にてホー=チ=ミンの胸像と記念撮影。

大満足のクチ=トンネル観光だった。5ドルと安いし。

 

 

お昼は併設のレストランにていただく。

またまたモーニング・グローリー(空心菜)を注文。

 

 

この写真でボリューム感が伝わるだろうか。

食べても食べても減らない空心菜の山。シャッキシャキ。幸せ~。

 

 

それからヌードルも注文。

こっちに来てから野菜をたっぷり食べているのでお肌ピチピチで健康になった気がするぞ。

 

 

 

昼食後はホー=チ=ミン市内のホテルに向かって自転車を走らせる。

夕方のラッシュ時はプノンペン以上に大渋滞となる。

僕もこの集団に紛れて必死に自転車をこぐ。行軍中の雑兵の気分だ。

 

 

無事ホテルにチェックイン。

窓のない部屋だったけどクーラーも冷蔵庫もホットシャワーもあるし、一泊約14ドルとまあまあ安い。

 

 

ホテルの真向かいに喫茶店があったのでここでゆっくりするとしよう。

カンボジアにはこういう冷房の効いたおしゃれなカフェは一軒もなかった気がするな。

 


 

コーヒーを注文し、パソコンを開いてブログを書き始める。

毎日真っ黒に日焼けするまでペダルを漕ぎ続ける生活が続くと、こういう都会的な生活が恋しくなるのは自然のことだろう。

コーヒーを飲んで一息つく。

 

 

がしかし、このコーヒーは失敗だった!

見ての通りほとんど氷で、すすったら一瞬でコーヒーがなくなった!

しかも砂糖たっぷりでめちゃ甘だった。

本格的なヴェトナムコーヒーが飲めると思ってわくわくしていたのに。チクショー!

 

 

そんなヴェトナム日和でした。

 

 

走行距離:87km

走行時間:5時間15分

総走行距離:17307㎞

1/1の日記。

 

2018年最初の目覚めはニークロアンのホテルにて。

昨夜は10時前に寝たのに、起きたのは7時頃。だいぶ寝すぎた。

 

 

起きて早々鏡を見て驚愕した。

サングラス焼けが尋常じゃないレベル。

南国の強い日差しに照らされて、完全に別人種になってしまった。

 

今日はサングラスをかけず、日焼けが強い場所に念入りに日焼け止めを塗る。

そうすれば、サングラスをかけていた部分だけ日焼けして帳尻が合うだろうという計算。

果たしてうまくいくのか、(いや、いかないと思われる)

 

 

 

カンボジアの道に頻繁に立てられているのが写真中央の青い看板。

見えるだろうか。なにやら人のようなシルエットが二つ並んでいる。

最初に遠目でこの看板を見たとき、僕はこのシルエットがトイレをあらわすものだと思った。

トイレの看板ということは、売店かレストランがあるのだろうと思って期待を大にしていた。

 

 

 

ところが近づいてみると、看板は政治家の写真を用いたカンボジア人民党の政治広告であった。

ちなみに右の人物は首相のフン=セン。

優れたカリスマ性とリーダーシップで、内戦終結以後20年以上も首相の座を維持している。

 

そして左の人物はヘン=サムリン。

1割くらいの読者は名前を憶えている人もいるかもしれないが、ヴェトナムの助力を得てクメール=ルージュに引導を渡したあのヘン=サムリンである。

高校世界史ではやや難レベルだが、教科書にもギリギリ出てくる。

僕の授業では必ず重要語句として登場させるので、あなた実は日本で有名人物だよ。

 

 

 

お昼ごろにスヴァイリエンの街に到着した。

スヴァイリエンは結構大きい町で、ホテルもマートもレストランもある。

 

 

ホテル併設のレストランに入ってみた。

 

 

 

牛肉の入った麺を注文。2ドルとお安い。

麺は今まで食べたことないそうめんのように細いものだった。

濃い味のツユが細麺に絡んでうまかった!

 

 

 

給仕をしてくれた少年がバイバイと手を振ってくれた。

 

 

 

牛も横切るカンボジアの国道一号線は路面状況があまり良くない。

舗装されているように見えて路面はかなり荒く、ガタガタの振動が腰や背中に伝わって疲労が蓄積されていく。

 

 

ヴェトナムとの国境まであともうわずか。

 

 

 

夕方前に国境の街バベットに到着した。

国境で出国・入国手続きを済ませればヴェトナムに行くことができるが、今日はこのバベットにて一泊する。

 

 

レストランが併設されたホテルにて宿泊。

過去最高の15ドルと宿泊費用は高め。

 

 

だけどこのバベットは政府公認のカジノの街で、ホテルの相場も相対的に高めとなっている。

冷房もついてるしホットシャワーもあるので15ドルはむしろ安い方ではないだろうか。

 

 

 

ホテルのレストランにて夕食を食べる。

メニュー表にモーニング・グローリー(空心菜)を見つけたので迷わず注文。

大皿に二人前以上ありそうな程空心菜がどっさり乗っている。

ニンニクが絡まっていてうまい。実にうまい。

やっぱり空心菜は最高だ。豚肉飯と合わせて5.8ドルなり。

 

 

 

それから今日も果物屋でフルーツを買ってきた。

昨日紹介したとげとげのついたライチは、ランブータンという果物であった。

 

このランブータン、味も風味もライチそのもの。

だけど白い果実の内側にある種に薄皮が付いていて、実を食べるときに薄皮がどうしてもくっついてくるのだ。

薄皮はアーモンドの皮のような感じでちょっと苦い。

何とかしてこの薄皮を取り除けないだろうかと悩み、一つ一つナイフで実だけを切り出していくことにした。

 

手もナイフもランブータン汁まみれになりながら、切り出した実をグラスに入れていく。

なんせ500g分も購入したので、20個ほどある。

 

 

1時間近くかけてすべての実を切り出すことに成功。

 

 

後はこれをスプーンですくって一気に食べる!

うまい!うまい!うますぎる!!

邪魔な薄皮がなくて、シャクシャクプリプリとした歯ごたえが実に良い。

 

2018年はランブータンとともに幸せな幕開けとなった。

 

 

 

走行距離:107km

走行時間:6時間12分

総走行距離:17219km