協同通信できましたー!
10月もスタッフのゆきちゃんが作ってくれました\(^o^)/

今日は、早速環不知火海の歴史・文化の交流プログラム(仮)で、天草レキバナの世話人青木氏をお迎えして、水俣城跡の資料をみんなで読みあって、歴史的に環不知火海にといてどういった繋がりがあるか、これからどういった交流ができるかについて、話し合いなどを行いました^_^

なぜ水俣城跡かというと、環不知火海を中心に鳥居に下浦石工の遺構が見られるため、水俣城の石垣などにそういった痕跡が見られないかと思って調べてみたのです。

が、城壁は近くの山から持ってきた角閃石デイサイトを用いたものがほぼで下浦砂岩は見られませんでした。

あ、やばい。。。

すでに繋がりは断たれたかと思われましたが、水俣城の城主に相良氏がいて、その側近である深水氏は、なんと!天草五人衆の栖本氏と良い関係で、栖本氏がお城を留守にするときにお留守番していたことが分かりました。
予想以上に近い関係!

もちろん、相良氏なども天草五人衆とは良くも悪くも関係があるようです^_^

みんなで話していく中で、話は水俣のお隣の島津藩との攻防の話や参勤交代の話、棚田の作り方など多岐にわたりました。
お陰様で色々な繋がりが見えてきましたよ〜☆

今後、再度勉強会や会議を重ねて環不知火海の交流に向けてプログラムをくんでいきたいと思います〜^_^乞うご期待♪