長編小説「思春期白書」 最終話~13歳の空~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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前回の話はこちら

 

 

 

 

13歳の空はまだぼやけている。

微かな光は見えているのにどれだけ伸ばしても手が届かない。

 

だけど…

 

 

3月27日 13時。

 

スキップするような軽やかな風は僕らの髪をふんわりと揺らせて、卒業式の拍手を彷彿とさせた。清々しさに温度が混ざればこちらが呼ばなくても感傷はやって来る。行き交う群衆の気だるげな顔さえ愛おしくなるほどに。

 

「わざわざ見送りなんていいのに」

 

最後の最後までいっくんはいっくんだった。いつも周囲に気を遣って肝心な本心は表に出さない、自身に課した灯台みたいな役目が思い上がりだと少しは知るべきだ。本当は弱いくせに。

 

「兄ちゃん、あともう少しいいでしょ?」

「向こうに着くまで半日掛かるんだぞ。あんまり遅くなると…」

 

新幹線や飛行機じゃなく、10分間隔で来る普通の駅、だからこそ改札へ進むタイミングが見当たらず、動かない…いや、動けない時間が続いた。いっくんが切り出す度に「そういえば…」みたいな繋ぎを挟み、懸命に踏み止まろうと足掻く正義と正子の姿は何ともいじらしい。

 

しかし…僕も公平も時計を気にしないわけじゃない、こういうところの成長などまだ先でいいってのに、結局はいっくんの側に立つ。あのキシモンだってきっと同じだろう。全く…全員が受験を突破し晴れやかな日々が流れるというのに、何を最後まで意地張ってんだか…まあ、日を改めたカラオケで感極まって号泣、あんな苦さをもう1度味わいたくないのは分かるけど。ユリちゃんたちも僕らに気を遣ってか不在だし。

 

「大丈夫だって。そうだ!夏休みに入ったら遊びに行くよ。太一と一緒に」

 

何を勝手に無責任な…そう思ったが、必死な顔を向けられちゃ頷くより他に無く、僕は「うん、約束する」と同調した。「約束」という言葉を持ち出す僕の方が無責任、そんな事に気付いてももう手遅れ。放たれた言葉は既に正義と正子の期待を生み、無邪気な嬉々が耳を劈(つんざ)く。無かったことになど出来やしない。

 

「会おうと思えばいつでも会える。そろそろ行かなきゃ」

 

特急の通過音に交ざった呟きに2人の顔は現実に戻る。梅雨時期の空みたいなそれに吐息を零した。そして、カーディガンのポケットに突っ込んだままの手を解放する。握り締めたのは青とピンクの水玉模様の封筒、角に帯びた湿り気を指で挟み、おずおずといっくんに差し出す。

 

「これ…向こうに着いたら読んで」

 

一瞬、目を丸くしたいっくんだったが、すぐさま笑みを浮かべた。男から手紙なんか渡されちゃ誰だって驚くだろう。それでも、やはりいっくんは違和感を口にしない。さすがに「第二ボタンください」とか言えば違うと思うが、もちろんそのような台詞、僕が吐ける筈も無い。

 

「手紙書いてくれたの?ありがとう、嬉しいよ」

「そんなたいしたもんじゃ…」

 

卒業証書のように受け取るといっくんは宙に舞う僕の右手を強く握った。この体温、感触も全て記憶に閉じ込めて鍵を掛けられたなら…例え無理であっても僕は懸命に刻もうとする。

 

だけど、その柔らかな白い手が公平に向かい、記憶ははやくも寂しさに覆われた。もう1度求めることは出来ない、何度繰り返しても、それは結局、正義たちの足掻きと同じなのだ。

 

「落ち着いたら電話するよ」

「うん。じゃあね、いっくん、正義、正子」

 

隣の公平を真似ようとするが、上手く声が出ず、「またね」と呟くのが精一杯だった。涙ぐむ正義と大粒の涙を垂れ流す正子、彼らの肩に手を置き背中を向けるいっくん。改札を抜けても、ホームに立っても、電車に乗り込むときも、彼が振り返ることは無かった。もしかしたら僕と同じ決意をしていたのかもしれない。

 

(そうだったらいい…)

 

これくらいの希望なら抱いても許されるかな?

 

 

「手紙に何て書いたの?」

「別に…。感謝とかそういうこと」

 

帰り際、僕らは近くの河原に足を運んだ。斜面に腰を下ろし、せせらぎに耳を寄せる。春休み真っ只中なせいか駆け回る子供たちの声は騒がしいけど、それくらいがちょうどいい。等間隔に並ぶ桜の木も開花には少し早いし。

 

嘘は付いていない。僕が綴ったのはただの感謝だ。いっくんを困らせたくなかったのか、いっくんに嫌われたくなかったのか、どちらにせよ、この恋は僕の中だけに留めるのを選んだ。

 

「夏休み、行けたらいいね」

「うん」

 

「行こうね」じゃなく「行けたら」、公平の曖昧さの理由は訊かなかったが僕は少し安堵した。恋が思い出になるまでは会わないと決めたからだ。そして、その日の訪れは僕にだって分からない。案外早いかもしれないし、ずっと引き摺るかもしれない。だから、小石を放るように、水面に呟いた。

 

 

さよなら、いっくん。好きだったよ。

 

 

解き放たれた涙は留まることを知らなかった。だけど、隣に響く啜り泣きが気遣いの不要さを物語り、僕らは思う存分、感情を晒した。せせらぎより、子供たちの声より、耳をなぞるのはいっくんの低く温かい響き。

 

 

4月。

 

桜の満開さに期待と不安を吐き、新しい1年は幕を開けた。張り出されたクラス分けの一覧に群がる生徒たちを遠目に眺めると、その中からヒロが顔を出した。

 

「太一、同じクラスだぜ。よろしくな」

 

表情は戸惑いつつも、内心、沸き上がるものがあった。しかし、そんな喜びも束の間、公平とは違うクラス、板橋とは同じクラス、随分と残酷だと思った。とはいえ、決まったものに文句を言う権利は無い、僕は虚ろにも似た顔で教室の扉を開いた。

 

性の向きを隠す限り、孤独な戦いは続く。いっくんを想う、ただそれだけに浸るような時間は無い。臆病な僕は13歳になろうと2年生になろうと臆病なまま、ほろ苦さを糧に進む。

 

思春期の微熱はどうやらまだ序盤のようだ。顔ぶれが変わっても囲まれる運命のヒロと新しい手下を従えた板橋を眺めながら、僕は僕の席に着く。

 

果たしてここが居場所になるのか?

 

その答えはまだ分からない。

 

窓から覗く桜が風に揺らいで花弁を散らす。その儚さに何となく自分を重ねながら僕はチャイムの音をひたすらに待つのだった。果てしなく遠い周囲の騒音に耳を塞ぐように…

 

 

 

 

長編小説「思春期白書」

 

 

(完)

 

 

 

 

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