長編小説「思春期白書」 85~行方~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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ヒロは様子を窺うように静かに、強張った表情で教室に入った。あの一件が何かしらの影響を及ぼしたのは確かみたいだ。今までなら他のクラスメイト以上に歓迎し…いや、公平より先に迎えに来たかもしれない。

 

「ういっす」

「ういっす」

 

廊下側、つまり、長谷部や桑原の居る方に目を向けることなく、彼は力なさげな挨拶を呟き、僕も似たような温度で返した。昼休みは始まったばかり、トシや他の連中も不在、たったひとりでここに戻ってきたのは何を意味するのだろう?こちらに視線を置いたまま立ち尽くす辺り、少なくとも忘れ物とかそういう類じゃない。

 

「太一のこと、気に掛けてたんだよ」

 

緊張感だけが走る中、口火を切ったのは公平だった。桑原に散々「偽善者」扱いされたヒロだ、しがらみに苦しんだのかもしれない、けど…

 

「ありがとう…色々」

 

雲った表情でもヒロは眩しい。この1年、僕はずっと彼に助けられてきた。自分の為か否かはどうだっていい。助けられてきたことに変わりは無いのだから。

 

「おっ!太一じゃん!ひっさしぶりだな!」

「ようやく来たか、遅いっての」

 

保と倉林の洗い立てのシャツに袖を通したような爽快さが響くと、緊張感は緩和され、長谷部の顔付きもいつしか綻んだ。すっかり見捨てられたものだと勝手な被害妄想を描いた自分が何とも恥ずかしい。もちろん歓迎ムードばかりじゃなく板橋は嘲笑、宮田は敵意の視線を僕らに向けたが、教室のパワーバランスは傾いたらしく、彼らの周囲に群がるのはほんの僅かだった。いや、群れという形さえ成してないほどの少数だ。

 

 

「ほらね、大丈夫だったでしょ?」

「…うん」

 

入場だの退場だの在校生の挨拶だの肩凝りが悪化する儀式。本番まで何度も練習させられることを考えれば公平のしてやったり的な笑みも特に気にはならなかった。しかし、終始ムスッとしたまま誰とも言葉を交わさない大西の姿にむず痒い部分もあった。

 

「気にしなくていいんじゃない?酷いこと言ったのは向こうの方なんだし」

「…うん」

 

酷いこと。

 

違う、大西の吐いた言葉は正論。だからむず痒い。とはいえ、ホームルームが終わった途端、誰より先に教室を飛び出した大西を追い掛ける勇気は僕には無かった。

 

それに…

 

「いいよなぁ。お前らは特別待遇で。授業はほっぽりだしてこういうときだけ顔出しゃいいんだもんな。おまけにクラスメイトは優しいし、VIPクラスじゃねーか」

 

帰り際に板橋が残した台詞も一筋の光を潰す薄暗い雲に…違うな、板橋の言う事もまた、最もだ。歓迎ムードの全部が自発的じゃない。きっと鬼婆は口酸っぱく僕らに対する配慮を命じたのだろう。誰かが反発したとしても擁護されるのは僕ら、もしかしたら板橋は代弁者なのかもしれない。アイツを「クズ」と呼べる資格が僕にあるのだろうか?

 

 

悶々とした想いを抱えたまま図書室に顔を出すと、ユリちゃんたちの姿があった。どんよりな空気を予想していたが、それは既に消え去ったらしく、流れるのは雪解けの水のせせらぐ穏やかなものだった。

 

「おっせぇぞ。先輩を待たせるとはいい度胸してんじゃねぇか」

「都合のいいときだけ先輩面しないでください」

 

わざとらしいキシモンの口振りに苦笑を零すと、周囲はドッと沸いた。他の面々は自然体だってのに1人だけ空元気、まあ、そういう健気なとこが情に厚いキシモンらしいけど。

 

しかし、居なくなるのは無論いっくんだけじゃない。このメンバーで図書室に集える日数はごく僅か、それを考えると涙腺がつい緩む。

 

「皆で話してたんだけど、卒業式が終わったらカラオケ行かない?」

 

相変わらず汚れを知らない少女みたいに澄んだ眼差しのユリちゃん。結局、あれは恋だったのか何だったのか自分でも答えを出せないけど、純粋な彼女に見惚れた日々は確か、もちろん僕は…僕らは断らなかった。この感慨深さ、断る方がどうかしてる。

 

 

「寂しがってくれたのが嬉しい…とか言ったら怒られるかな」

 

茜色の空に靄のような薄っすらとした雲が掛かり、僕は反対側を向き、「キシモンは確実に怒るだろうね」と呟いた。「俺は別に寂しくないしそれに忙しい。高校生になるんだからな」とか意地っ張りなのが見え見えの台詞をほざいて先に帰っちゃってさ。素直にいっくん家に寄りゃぁいいのに。

 

 

「正義、僕らが来たらわんわん泣いちゃうかもね」

「どうかな、アイツは意地っ張りだし」

「見送りの日は絶対泣くね、太一もそう思うでしょ?」

 

公平の瞳にキラリと光るものが映るのは茜の眩しさのせいか、それとも…

3つの伸びた影がどれが誰の影か分からないくらい重なるのを眺めながら僕は振り絞る様に「多分」と頷いた。

 

3月27日

 

それは僕にとっての卒業の日だ。予行練習も何も無いせいぜい頭の中でシミュレーションしかないぶっつけ本番。残された僅かな時間、僕はまだ迷っていた。

 

あの手紙の行方を…

 

この恋の終わらせ方を…

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

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