長編小説「思春期白書」 82~泣いたっていい~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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その日の放課後、いっくんの家に行った。クリスマスからさほど月日は流れちゃいないけど、皆でパーティーしたのが懐かしいとさえ思える。手が触れそうな距離、胸の高鳴りに痛みさえ覚える僕はまともに横顔を見れる筈も無く、左の冬枯れを遠目に眺めた。息の乱れを整えようとすればするほど苦しくなり、家に着く頃には呼吸の仕方さえよく分からなくなっていた。こういうのを待ち侘びていた筈なのに、水中にもがくのと似たような状況、期待や理想は抱いたり描いたりするくらいがちょうどいいのかもしれない。

 

 

「いらっしゃい、太一兄ちゃん。ジュース入れるね」

「ういっす!マリオカートやろうぜー」

 

以前と殆ど変わりのないテンションの2人に口元を緩ませながらも微妙に顔は歪む。父子家庭という環境にありながらも健気にひた向きに支え合う姿勢は僕と兄ちゃんじゃ到底及ばない結束力。この和やかさが僕は好きだ。だからこそ胸が痛い。

 

「買い物行ってくるから、コイツらのこと、頼めるかな?」

 

とんだ猿芝居だ。そう思いながら「了解」と頷く僕も、いっくんから見りゃ猿芝居なのだろう。慌ただしく準備して出掛けるのを見送ると、僕は2人を部屋に連れてった。マリオカートをするわけじゃない、いや、してもいいが、その前に役目を果たさなきゃ。正直、荷が重いし、役不足感は否めないけど。

 

「太一兄ちゃん、さっきから暗いけどどしたの?」

「…大事な話があるんだ。とりあえず座ろっか?」

 

正義の優れた洞察力によりきっかけが生まれ、僕は内心「第一段階クリア」と零した。キョトンとした表情で座る2人にここに来た経緯を明かす。種明かしというほど大層なものでもないが、彼らの喰い付きに抱くのは手品師になった気分だった。

 

 

「公平くんから聞いたよ。転校の事、知ってるんだよね?」

 

6時限目の始まり、連れションのフリをして僕らは保健室を出た。瀬川くんが休みだったのは幸いだ。

 

「…うん」

「君の事、気に掛けてたよ。悪かったね、色々と気を遣わせちゃって…」

 

公平に対する怒りが瞬時に沸騰した。わざわざいっくんが切り出したのは号泣の事実も知らされたせいだろう。人には「喋るな」とか言っときながら…まあ、あれだけわんわん泣き喚いたのだ。公平としてもずっと気掛かりだったのかもしれない。けど、それにしたっていっくんに話す必要は…

 

「実はね、君に頼みたいことがあるんだ。きっと君にしか出来ないと思う」

「頼みたいこと?」

「正義と正子のこと。僕にはどうすることもできない…」

 

 

さっぱり意味は分からなかったが、「君にしか出来ない」、この言葉に僕は思わず舞い上がってしまった。桑原とヒロの件の直後だ、自分の無力さを否定してくれる言葉に呼応するのは当然かもしれない。

 

だから、僕は頷いた。

 

「出来る」「出来ない」はともかく、いっくんがそう判断したのなら、何とか応えてみせたい。

 

僕にしか出来ないこと…

 

 

 

「ほーら、正義兄ぃが公平兄ちゃんのとこに行ったりするから…」

「だって…あのときは…」

「転校とか聞かされちゃ誰だって嫌なもんだ、当然だよ」

 

小賢しい話術など一切持っちゃいない僕は、一連の経緯をそのまま彼らに伝えた。

 

 

「あれからひと悶着はあったけど今は受け入れてる。だけど、僕の前じゃ無理してるのかもしれない。太一くん、2人の本音を引き出してくれないかな?転校の事実は変わらない、それでも、作り笑いを浮かべてるのを思ったら…やるせなくてね」

 

 

それがいっくんの真意だ。確かに、玄関に駆け寄ったときから他人の僕でさえ違和感を覚えた。いっくんを困らせまいと懸命に「普段」を装う2人、確かに、やるせない。

 

 

「…別に俺らはへいきだい。父ちゃん、朝起きたらもう居ないし、帰りは午前様だし、だから兄ちゃんは父ちゃんと母ちゃんの役目を背負って…けど、ばあちゃんちなら兄ちゃんも楽になる」

「うん。おばあちゃんはずっと気に掛けてくれてたの。とても優しいのよ。もっと早くてもよかったくらい」

 

笑みは崩れなくてもトーンダウンした口調に、込み上げるものがあった。どうしていっくんが公平じゃなく僕に大役を任せたのか?それはきっとこういうことだ…

 

「お、おい…太一兄ちゃん、泣いてんのかよ…」

 

役者じゃあるまいし自由自在に涙を操れる器用さなどない。正真正銘の感情の雫だ。これは僕にとっても必要なことだと思った。泣かないと決めても泣き虫は気が緩むたびに蛇口を捻る。けど、今は蛇口を閉めなくていい。ずっと堪えていたものを解放する時間なのだ…

 

「だっ…て…寂し…いじゃん…せっかく…な…かよ…くな…たのに…」

 

情けなくても不様でもいい、僕は皆のようにクールを気取れない。嗚咽と鼻水のすすり音の障壁から何とか言葉を振り絞ると、呆気に取られていた正子が僕の腕にしがみ付き顔を埋めた。すると、正義が「俺だって…」と後ろを向き、数秒も経たないうちに僕らの号泣が部屋に轟く。薄い壁だ。隣家にまで響いてるかもしれない。けれど、そんなのはどうでもよかった。

 

僕らはただ、受け入れがたい現実に素直な想いを吐露しているだけなのだから。

 

茜がカーテン越しに降り注ぐ、その眩しさが更にせつなさを掻き立てる。これによって現実に足を向けられるかは分からない。それでも、寄り添い合うことはきっと無駄な時間じゃない。

 

「泣いたっていい」

 

背中を押したいっくんが過ぎり、僕の涙腺は完全に崩壊した。正義の肩に触れると雫を溜めた瞳がほんの一瞬垣間見え、彼は勢いよく僕の胸に顔を埋めた。

 

 

(続く)

 

 

 

 

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