長編小説「思春期白書」 64~逃亡者の憂鬱~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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「別に太一のせいじゃないよ。基本、強制参加だったじゃん?家の用事とかで早く帰らなきゃいけない子とかも居たらしくてさ、それで無しになったんだ」

 

 

傍目から見ても気迫に満ちた3年生の練習風景を眺めると、公平の慰めは容易く風がさらった。こちらにまで襲い掛かりそうなグラウンドの土埃、彼らやトシからすりゃ、必死なのだ。たかが体育祭、されど体育祭。勝ち負けに何も感じない僕の方が異常なのだろう。

 

「板橋たちは?」

「えっ?ああ、板橋たちね。鬼婆が相当怒ってたからまだ教室じゃないかな?残るよう言われてたし」

「そう…」

「でも、ヒロもかなり頭にきて詰め寄ったりしてたからね。さすがに懲りたんじゃないかな。手下連中だってこれ以上板橋に付き合うのは嫌だろうし」

 

鬼婆にみっちり絞られたくらいで改心するような奴じゃ無い。けど、板橋のことを考え出せば、彼を可愛がる上級生の耳に入れば…などとお先真っ暗な完全な絶望へ落ちる。だから、板橋について問い掛けた自分を責めながら、僕はglobeの話題に切り替えた。篠原涼子とかダウンタウンの浜ちゃんとかプロデュースを手掛けりゃ必ずヒットをもたらす小室哲哉が率いるglobeは公平の父親に限らず、時代の注目の的、安室奈美恵の次のシングルも彼がプロデューサーらしい。「TRY ME」や「Stop the music」で彼女にハマった僕の注目度も当然、高い。

 

 

「父さんは元々TM NETWORKのファンだったんだ」

「ふうん。「Getwild」ぐらいしか知らないけど」

「僕も」

 

ショッピングセンター内のCDショップはここらじゃ唯一だし、放課後の時間ともなれば学生服が目立つ。お目当てのシングルを手に取ると、僕らはしばらく店内を物色した。

 

「おっ!太一もいよいよCDが聴けるんだね」

「クリスマスプレゼントだし、まだまだ先だけど」

 

公平の父親のようにtrfのファンとかならCDデッキくらい苦労せずとも手に入っただろう。だが、レコードで時代の止まった我が家じゃ、クリスマスプレゼントに認めさせるだけでどれだけ説得したことか…今日の一連を母さんに知られたくないのはそれも影響していた。一切の波風の立つことなく2ヶ月半をやり過ごすのだ。

 

 

「あんまり気にしちゃダメだよ」

 

今日の宿題を公平宅で済ませ家を出ると、途端に孤独感に苛まれた。暗くなるのが早くなったってのもそうだが、午後の授業に出なかっただけで、随分と教科書は進んでいる。公平先生は実に丁寧に教えてくれたが、頭の悪い僕じゃそうすんなりと理解までに至らない。それに…

 

「おかえり。先にお風呂入る?」

「うん…」

 

それに…鬼婆、或いは生活指導の教師とかが母さんに連絡してるかも。と、思えば足取りは重かったが、普段通りの態度を見れば取り越し苦労だったようだ。部屋に戻り、しょっぱさの染みた制服を脱ぎ捨てると体操着袋だけを手に風呂場へ向かう。尻の辺りの埃にまたぶつくさ文句を言われそうだが、途中で抜けた分、普段よりはマシな汚れだ。もし板橋が暴力を振るうタイプの不良なら体操着さえ命取り、ベージュの下着やらが放り込まれた洗濯槽を眺めながら、これでも僕は救われてるのかな、なんて思った。

 

中学生向けの雑誌のイジメ問題を取り扱った特集記事じゃどこかの中学生がもっと凄惨な目に遭っている。比較対象にすらならないくらいに。

 

ぬるま湯の解放感に浸り、瀬川くんやいっくんのことを浮かべた。あの時は自分のことだけで精一杯だったが、彼らが保健室登校ってのは少なからず衝撃的な事実だ。どうやら公平も知らなかったようだが、キシモンは知っていたのだろうか?まあ、仮に知ってたとしてもわざわざ僕らに明かすことじゃない。けど、人にはそれぞれの事情があると分かっていながらもついつい理由なんぞを想像してみる僕は、噂話に飛び付くクラスの奴らと同レベルかもしれない。

 

明日からどうするべきか。それが何より最優先だと言うのに、結局僕は逃げてばかりだ。このバスタイムにしたって、なるべく長く続きゃいいとか思ってんだから…

 

 

翌日、早めに登校すると、迷いながらも下駄箱から職員室へ直行した。ヒロの言葉を疑うわけじゃないが、弱虫な僕は教室への足がすくむ。擦れ違う見知らぬ生徒にさえ無意識に俯いてしまうくらいのチキンぶり、昔からそうだ。何かある度に泣きじゃくり、すべき事から逃げ出す。中学に入れば少しはマシになると思っていたのだが、今も昔も僕は何ら成長していない。

 

「あっ!佐藤!」

 

職員室の扉に手を掛けた瞬間、階段の方から少ししゃがれたような声が響いた。反射的に振り返ってしまった僕の目は板橋を捉え、全身が硬直する。

 

「昨日は悪かったな。本当に、悪かった」

 

何をどう言えばいいか分からずにいると、彼は体育教師の田辺に呼ばれ、そそくさと向かった。口振りに嘘は感じなかったけど、彼が居なくなっても硬直状態が続いたのは、拭い去れない恐怖心だろうか?或いは、腫れ物になった現実を受け入れ切れない弱さのせいか…

 

 

鬼婆に恐怖心を打ち明け、僕はしばらく保健室で過ごすことになった。根拠のない「大丈夫」を連呼され教室へ連れていかれるよりはもちろんいいんだけど、鬼婆の意外とも言える優しい配慮に甘えた僕自身への嫌悪は募る。

 

だけど、1度逃げ出した僕の甘ったれな姿勢は更に悪化を辿る。それは2時限目が終わったあとのことだった…

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

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