有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

オリジナルの詩や小説を更新しているアマチュア作家のブログです。


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32話はこちらから

 

 

 

「湯」の暖簾を潜ると番台の上に50代くらいの女性が座っており、公平に向かって「あら、いらっしゃい。久しぶりだねぇ」と、穏やかな微笑みを浮かべた。親戚のおばさんのような親し気な雰囲気に公平の顔は無邪気な少年に戻る。

 

「お父さんと一緒じゃないのかい?」

「仕事忙しいから、今日は友達を連れてきました」

「そうかい。いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

「あ、はい」

 

入銭料を払い、脱衣場に向かうと、まだ夕方4時ってこともあってか、人の姿は無かった。番台のおばさんの視線がこちらに注がれないか若干、不安だが、さっさと脱いだ服をカゴに放り込む公平に遅れまいと僕も急いで全裸になる。まあ、おばさんにとっちゃ裸が日常的光景なわけだし、大体、視線を注がれるほど、大した男じゃない。自惚れが許されるのはせいぜいヒロとトシくらいだ。

 

「貸し切り状態だね。ま、そのうち近所のおじいさんとか来るだろうけど」

 

待ち侘びるような期待が垣間見える公平の隣に腰掛け、僕は彼の手順を見ながら身体を洗う。掛け湯を行い、まず浴槽に浸かるのが正しき手順だと思っていたが、郷に入っては郷に従え、うろ覚えの知識を振り翳すことこそが何よりのマナー違反かもしれない。ケロリンの桶さえ初めて見る僕みたいなビギナーはただただ受け入れればいいのだ。それは銭湯に限らず、日常におけるルールみたいなものである。

 

「ふうぅ。気持ちいい、疲れが吹っ飛びそう」

 

「極楽」と名付けるに相応しい公平の横顔を眺めながら、僕は「確かに」と、本心を零す。我が家の狭い風呂じゃ味わえない広大な浴槽は「風呂は面倒」という長年の意識を真っ向から覆すほどの心地良さがある。僕がカナヅチで無ければ、泳ぎたいとさえ思ったかもしれない。

 

「せっかくだし、サウナも入ろうか?」

 

タオルを頭に乗っけた公平が呟いた瞬間、脱衣所のドアの向こうに人影が見えた。公平が言ったおじいさんだろうか?いや、背中に鯉か龍を入れた人かもしれない。どうして今までそれに発想が及ばなかったのかは不明だが、そんな考えが過ぎると、僕の体内を緊張感が一気に駆け巡る。影は少なくとも2人、まあ、大人しくしてりゃ中学生相手に危害は加えないだろうけど、怖いものは怖い。

 

ガラガラ。

 

勢いよくドアがスライドすると、現れたのは僕らより少し年上の2人だった。色白と色黒のオセロそのものみたいな真逆さだが、ヒロとトシを彷彿とさせる爽やかな印象だ。特に色黒の方は腕や足の筋肉が遠めに見ても分かるくらい鍛え抜かれ、数年後のトシの姿はきっとこんな感じなのだろうと思った。とりあえず鯉や龍の方じゃなかったことに安堵すると、公平の「先輩!」という声が大浴場内に響いた。他に客が居れば、それこそ鯉や龍の方が居らっしゃれば確実に怒鳴られるであろうボリュームだ。

 

「おー、公平。お前も来てたのか?」

 

だけど、声のボリュームより、公平の知り合いであることの方が何よりの驚き、しかも、何の躊躇も無くこちらへ近付く2人に僕は少しばかり戸惑った。腰に巻いたタオルが肝心なモノを覆っているとはいえ、色黒の身体は僕の性を大いに刺激する。

 

「期末試験終わったんで、疲れを癒しに。先輩、相変わらず黒いっすねー」

「まあな。そっちは見ない顔だな。友達か?」

「はい、同じクラスの太一っす。3年のキシモン先輩と2年のいっくん先輩だよ。近所だから昔から仲良いんだ」

 

色黒のキシモン先輩に、軽く焼けた程度のいっくん先輩。どちらも「岸本」「伊藤」の苗字から付けられた安直なあだ名だが、あだ名などそんなもんだろう。

 

「じゃ、邪魔するぜ」

 

先にキシモン先輩が頭から豪快に湯を被ると、僕は咄嗟に肩に掛けていたタオルを股間にやった。しかし、隣の公平は思わぬ偶然に歓喜し、透明に近い湯の底に沈む丸出しの股間などまるで気にしちゃいない。これも「慣れ」なのかは不明だが、片足を浴槽に付けた瞬間、キシモン先輩のタオルの隙間から黒々としたモノが見え、僕の判断は正しかったと安堵する。はっきり見えたわけじゃないけど、立派であるのは明らかだ。

 

「あー!気持ちいー!」と、腰を下ろしたキシモン先輩の唸りはどこぞのおっさんのようで、その完全な声変わりに、公平は「いいなー」などと呑気な感想を漏らす。もちろん、風呂場なんだから呑気なのが当然だけど、片足をゆっくり上げるいっくん先輩のタオルに気を取られる僕はさっきの緊張を通り越した、足場がギシギシ嫌な音を立てる吊り橋を渡るような緊張感を抱え、とても呑気にはなれない。だけど、ガードの緩いキシモン先輩と違って、いっくん先輩のガードはかなり固く、タオルの結び目を掴んだまま静かに腰を下ろした。その表情は赤く染まり、かなり対照的な2人に映る。僕としては逆であった方が…って、何を考えてんだ、僕は。

 

「佐藤太一…あっ!もしかしてクリリンといつも一緒の奴か!?」

 

地声のボリュームに耳がキンキンしながらも、「いつもってわけじゃ…昼休みは一緒ですけど…」と、やんわりと否定した僕にキシモン先輩は含み笑いを浮かべた。同じクラスらしいけど、僕と桑原が噂になるように、3年生の間でもよからぬ噂が立っているのだろう。この先、卒業まで桑原と噂されるのか?冗談じゃない、何であんな性悪ドS女と…

 

だけど、僕の脳内の殆どは桑原じゃなく、目の前のいっくん先輩が占めていた。マシンガントークをぶっ放すキシモン先輩に愛想笑いを注ぐ横顔は眩しく、時折の相槌は至って穏やか。ヒロを彷彿とさせながらも、目元まで垂れた黒髪と笑う度に覗く一重の瞼はどこか影を感じる。キシモン先輩との対照がそう感じさせるのかもしれないけど、僕の胸が騒めくのは確かだ。

 

だからこそ、敢えて視線を外した。これ以上、見惚れてしまえば股間が反応しそうだし、何より、僕はユリちゃんに、女子に、恋をしたのだ。足場を崩すような真似など出来るはずがない。

 

キシモン先輩のトークがひと段落する頃には常連らしき客が相当に増え、大浴場は混雑と賑やかさに包まれた。2人が身体を洗いに一旦、浴槽を出ると、僕は公平に促されるままサウナへ向かう。風呂に入る、その使命をただ全うするだけ、そんなことを言い聞かせながら。

 

「面白い先輩でしょ?いっくんは静かな感じだけど勉強とか教えてくれるんだ」

「そっか。確かに優しそうだね」

 

得意気に語る公平に相槌を打つも、内心では「これ以上、いっくん先輩の話をするな」と思った。まだ騒めきは瘡蓋にもなりゃしない。公平の言葉は騒めきという傷口を抉るのと同じだ。

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

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