長編小説「思春期白書」 27~ドS女と可憐な少女~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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「はい、佐藤っちはこれね」

 

(佐藤っち?)

 

急に付けられた愛称もそうだが、桑原が当然のように寄越したタンバリン。ただでさえ、ミラーボールや目が痛くなる派手な照明に違和感ありまくりなのに、そんなものまで持たされちゃ、もはや異世界だ。未成年が入っちゃいけない場所にも思える。

 

しかし、僕の困惑などよそに2人はドリンク片手に分厚い本に目を注ぎ「何から歌う?」と場慣れを見せ付け、開始早々、帰りたい気分になった。やはり、公平か瀬川くんを無理にでも連れてくるべきだった…今更嘆いても手遅れだけど…

 

「トップバッターはユリちゃんね、次が私、で、佐藤っち」

「えー。トップバッターは美和ちゃんだよー」

 

美和ちゃん?ああ、そういや、桑原の下の名前は確か「美和」だっけ。ドリカムのボーカルと同じと記憶していたが、「桑原」と呼ぶ奴の方が圧倒的多数なので妙な感覚だ。というより、制服姿しか知らない女子の私服を見た時点で妙な感覚は始まっている。白いワンピースのユリちゃんはともかく、桑原の学校じゃ絶対呼び出しをくらうであろう短過ぎなスカートは違和感以上に目のやり場に困る。まあ、そういう意味じゃこの空間の薄暗さはいいのかもしれない。

 

譲り合いの結果、ユリちゃんがトップバッターとなり、安室奈美恵の「TRY ME」のイントロがけたたましい音で鳴り出す。竿竹売りのメガホン並みの雑音にどこかから苦情が来るんじゃないかと不安に駆られたが、桑原は「カラオケの音なんてこんなもんよ、むしろ静かなくらい」と涼しい顔。少しは気を遣うってことを覚えたらどうなんだ。しかも、普段のクールさからは想像も尽かないほどのはしゃぎっぷりだし、とてもついていけそうにない。

 

桑原に促され、嫌々ながらも、段差のあるステージ的な場所に立つと、ユリちゃんはまんざらでもない様子で「受話器の向こう~」と歌い出した。普段はアニメ声に近い彼女だが、その歌声はアニメ声の面影すら無く、透き通るように綺麗なものだ。しかも、何気に上手いし。

 

「ちょっと!何歌うかもう決めたの?時間で料金取られるんだからモタモタしちゃダメよ」

「…うるっせーな」

 

ユリちゃんの歌に聞き惚れる間も無く、桑原はやたらデカい声を上げた。まあ、こういう場所だしデカい声は必須だろう。それに、僕の文句の囁きが掻き消されるのは大きな利点だ。

 

分厚い本をパラパラ捲ると、「あ」から順番にアーティストの名前、下には曲名の羅列。面白味もあるにはあるが、この薄暗さじゃ視力が落ちそうだ。っていうか、ユリちゃんはよくもすぐに目当ての曲を見付けられたな。スピッツを探すにしても「す」の場所がどこなのか、こりゃ、電話帳を引くより大変だ。

 

「最新曲はこっちに載ってるわよ」

 

そう言って桑原はかなり薄い冊子みたいなものを手渡した。中を覗くと、カラオケ人気曲ランキングを始め、7月、6月、5月…と月別に配信曲が載っており、思わず「早く渡せよな」と呟く。どうせ聞こえちゃいないだろう。こうなったら日頃の不満を洗いざらい…

 

「ちょっと、タンバリン鳴らしなさいよ。カラオケは皆で盛り上がるものよ」

「くっ…」

 

1度に2つ以上のことが出来ない僕に無理難題押し付けやがって…大体、タンバリンなんかどう鳴らしゃいいんだよ…曲の入力を終え、軽快にマラカスを操るドS女を見据えながら、僕は再び後悔を吐いた。これで何度目だっけ?1日における後悔の回数は12年の中、今日がぶっちぎりなのは確かだ。

 

「ほら、佐藤っちもあっち」

「いや…僕はここで充分…」

「盛り下がること言わないの。さっさと立つのよ」

 

こんな余計なステージなんか作りやがって…渋々、安っぽいステージに上がると、僕は2人に見向きもせず。画面に集中する。恥ずかしいのはもちろんだが、音楽の授業を除けば人前で歌うのは初めてだ。どれだけ空調が効いていても、背中にはじんわりとした汗が伝う。

 

スピッツの「ロビンソン」のイントロが流れると、シャカシャカとマラカスの音が軽快に鳴った。マラカスが相応しい曲とは到底思えないけど、音痴な僕だ。誤魔化すには相応しい音な気もする。公平がくれたカセットテープから曲を選び、昨夜はずっと聞き込んだ。実際に口ずさむのは風呂の中だけだったが、一応の努力は発揮したい。

 

しかし…

 

「す、すっごく良かったよ。ね?美和ちゃん?」

「…想像してたよりは良かったわ」

 

…あまりに微妙な空気、ユリちゃんはまだしも、桑原にまで気を遣われるとは…5分前の意気込みを取り消したい、恥ずかしくて堪らなかった。そりゃ、自分でも分かってたけどさ、どうしてこうも僕はダメなのか?誰だって1つくらいは得意なものがあるだろうに…

 

「ねえねえ、何か一緒に歌わない?」

 

先輩が故の優しさか、桑原が大黒摩季を熱唱する中、ユリちゃんが隣に座った。多少の距離はあるものの、この薄暗さじゃ胸の鼓動は高鳴る。女子は同性の感覚、みたいなことを以前書いたけど、ユリちゃんにおいては可憐な少女の雰囲気のせいか、例外なのだ。

 

「TOMORROWとかどう?男性の歌の方がいい?」

 

距離を詰め僕の前に冊子を広げるユリちゃんの無防備さは鼓動の速度を上げた。しなやかな長い髪からシャンプーのやさしい香りが漂えば、呼吸の仕方を見失う。昼食後の歯磨きが不十分だったかも…そんな不安が過ぎった僕の選択肢はただただ頷くだけだ。まあ、知ってる曲だし、声変わりの微塵の気配も無い状態、それに、ユリちゃんと一緒なら恥ずかしさも少しは紛れるだろう。断る理由も必要もない。

 

後悔ばかりが押し寄せる脳裏に差す光、このときは「TOMORROW」の歌い出しのキーに気を取られて深く考えはしなかったが、ユリちゃんの存在は今後の僕にとって大きな鍵となる。予測不能な事態へ続く鍵。

 

 

(続く)

 

 

 

 

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