長編小説「思春期白書」 12~誰も知らない功績~ | 「空虚ノスタルジア」

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湯船に浸かり、放課後の一連を映し出す。記憶は古いビデオテープみたいに不鮮明な部分が多いけど、現段階では大方、鮮明だ。その代わり、帰宅後の一連は砂嵐塗れ。まあ、夕食時の会話など記憶から消え去っても構わない。どうせ、同じことの繰り返しなのだから。

 

 

永沢とヒロたちが同じ小学校だってのは知ってた。だけど、一緒に居るところは殆ど見掛けないし、僕だって同じ小学校でも全然知らない奴も居るわけだから、そういう類だと勝手に予想してた。

 

「こないだヒロとトシにも同じことを訊かれたんだ。「生えかけ」って答えたら、2人も「いいなあ。俺、まだなんだ」って教えてくれたよ。それで、「見せて」って言われたから「そっちも見せるならいいよ」って、見せ合ったんだけど、確かに2人もまだだった」

 

驚き要素があり過ぎて、どこから切り込んでいいのか迷うが、鮮明な記憶から取り出した永沢の言葉を空想の中に描いてみる。もちろん、教室でのワンシーンじゃない。先週の体育の終わりにトイレに立ち寄ると、2人が居た。ちょうど毛の話をしていたらしく、永沢はその流れに巻き込まれたってわけだ。生えてない立場からすりゃ、見たいという好奇も理解出来る。

 

ジャージの下を少し捲って一斉に…いや、1人ずつ順番に…違うな、やはり一斉に…

 

どうでもいいことを真剣に思案するうちに、湯船の底に沈んだ股間は唸りを上げた。つまり、僕の性は空想に実に正直に反応し、それから目を逸らすのは不可能ってことだ。もっと言えば、永沢が羨ましくて仕方ない。何故、先週の体育の終わりにトイレに立ち寄らなかったのか後悔さえ抱く。僕の不安定さの正体は性の疼き。毛の有無などたいした問題じゃなく、股間そのものへの興味こそが問題なのだ。大西が話を振ったときだって心の奥底は「見たい」と喚いた。勃起という反応さえ無ければ、珍しく自発的に切り出しただろう。性においては何より貪欲なのだから。

 

 

「ちょっと!いつまで入ってんの!さっさと出なさい!」

 

何の前触れも無く、ドアを全開にした母さんに、「うわっ!」と、悲鳴にも似た声を上げた瞬間、構築した空想はジェンガのように崩れ落ちた。思わずタオルを股間に沈めた僕に母さんは続ける。

 

「何を一丁前に恥ずかしがってんの?別に見やしないわよ」

「うるさい!いいから出てけ!」

「はいはい。早く上がるのよ」

 

脱衣所から流れ伝う冷気に若干の震えを感じ、湯船に潜る。全く…母さんからすりゃ、「まだ12歳」なのだろうけど、僕からすりゃ、「もう12歳」だ。立派に羞恥心を抱く多感な時期、少しは気を遣えっての。もちろん、こうなった以上、勃起は完全に萎え、空想する気も起きない。湯気に曇った鏡を軽くなぞると、僕は今日何度目か数え切れない溜息を重ね、浴室を後にした。

 

不安材料は増える一方。だが、欲望も増える一方。このもどかしさはジレンマってやつなのだろうか?

 

 

翌日、僕の悲観にNOを突き付けるように、大西が登校した。もちろん、皆は温かく迎え、板橋はふてぶてしさ全開ながらも一応、頭を下げた。

 

「2人ともありがとう」

 

喝采の巻き起こる中、大西は僕らにそっと近付いた。感謝される立場じゃない。あれから性の騒めきに支配され、もはや心配すら抱かなかった僕は、板橋より醜く思える。笑む2人の目映さに、鋭いトゲで胸を突かれるような痛みを感じた。2人が魅せる純粋さなど、ひとかけらも持ち合わせてはいないのだ。道端の石ころみたいにどこかへ蹴飛ばしてそのまま置き去りにしたのかもしれない。

 

だが、無意識的に周囲を見渡すと、クラスメイトの瞬きを失ってしまったような視線の集中に気付いた。どうやら、大西の「ありがとう」は思いの外、漏れていたらしい。

 

「ヒーローのヒロに礼を言わずに、何故、こんな奴らに礼を言うのか?」

 

これもまた度が過ぎた悲観なら良かったのに、同じ事を察したのか、即座にヒロの方へ向かった大西の背中に、僕は息を付く。永沢の表情も笑みが死んだ魚へと変化している。もちろん、昨日の事は誰も知らないわけだし、不思議なのは分かるが、一部の非難的な視線の理由はさっぱりだ。

 

とはいえ、永沢の功績を代弁する勇気は無かった。いや、永沢だって別に称賛されたくて動いたわけじゃない。誰かに知ってほしいと望んでるわけでもない。無力な自分を誤魔化すための言い訳だとしても、僕は無力さを知る事しか出来なかった。

 

 

影は影らしくひっそりと佇むしかない。歪に満ち溢れる空間の中、僕は窓から覗く梅雨空に深い溜息を零すのだった。

 

 

 

(続く)