長編小説「生者の行進-Still alive-」 34~闇夜に待ち伏せ~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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七瀬リカ。あの女はそう名乗った。大学1年の18歳。冬休みを利用して、近辺に住む友達の家に世話になってるらしい。玲奈のパターンだな。

 

「単刀直入に訊くけど、どうして祐太が[人殺し]なんだ?誰を?何のために?凶器は鋭利なナイフか、鈍器のようなものか、それとも紐か何かを…」

「高圧的な態度は止めてください。警察に取調べを受ける気分だわ。もちろん、本当に殺したわけじゃありません。だから罪には問えない、だから私が裁きを下すの」

 

裁きを下す…何様だよ。

 

このときばかりは正直、彼女と近くの喫茶店に入ったことを後悔した。関わっちゃいけない類の輩にしか思えなかったからだ。しかし、彼女の話を聞くうちに、その心境は大きく揺らぐ。どこまでが事実でどこからが嘘、或いは脚色かは別として、七瀬リカの祐太に対する計り知れない憎悪は確かなものだ。

そして、その憎悪はまさしく、俺の抱えるものに限りなく近い、多少の立場は違えど、俺らは、絶望さえ見失うほどの闇に呑まれた同種だ。

 

 

時計がようやく20時を示す頃、小降りとはいえ、雪の舞う闇夜の中に佇むことの大変さを思い知る。手は微かな動作に切れそうなほど悴むし、首筋を通り抜ける冷気は、マフラーの効力がいかに微々たるものかを告げる。おまけに人通りが殆ど無く、街灯だけが頼りの小路、この世界に在るのは俺だけなんじゃないかって大袈裟な錯覚さえ抱かせる。あの時は昼間だったが、七瀬リカって女は相当な根性の持ち主だ。

 

ま、憎悪がいかに人を狂わせるかは重々承知だが…

 

 

鈍い足音が近付いてくる。咄嗟に電柱の陰に隠れると俺は感情の昂りを抑えながら、その瞬間を待つ。もし、七瀬リカの語りの全てが事実なら…いや、今は待つしかない。憎悪が憎悪であるために記憶を塗り替えることも有り得る。

 

まさか、俺が潜んでいるとは夢にも思わないのだろう。肩の雪を振り払い真横を取り過ぎた人物が祐太だと確信すると、俺は背後から声を掛けた。緊張のせいか上ずってしまったが、これを逃せばきっとチャンスはもう2度と巡っては来ない。

 

 

「拓斗さん…」

 

意外にも街灯に照らされた祐太の表情に驚愕めいたものは見受けられなかった。視線を合わさず俯き加減だが、逃げもせず立ち止まったことを思えば、少なくとも話をする気はあるようだ。ま、後味の悪さしか残らないあの別れ方じゃ当然かもしれないが。

 

「祐太、どうしても話したいことがある。少しだけ時間をくれないか?」

 

不規則な街灯の点滅は、祐太の躊躇いの共鳴にも思えたが、意外にも、返事は速かった。

 

「分かりました。じゃあ、僕の家で…」

 

先に歩き出す背中、本当は隣が指定席にも関わらず、今の俺は後を追う距離感を選ぶ。七瀬リカの話もそうだが、あっさりと了承したことに不信を抱いてしまってるのだ。

 

「仕事は大丈夫か?」

「はい。拓斗さん、イタリアンレストランで働いてるそうですね、レイコさんから聞きました。すみません…僕のせいで」

「別にいいさ。それに、イタリアンレストランってのもあながち悪くない」

 

「そうですか」、微妙に上ずった相槌を最後に、俺らの会話は暫く中断した。互いの声が耳に張り付くような静寂、閑散の闇夜は会話には不向きだ。

 

 

「自分の方から連絡しなきゃ、とは思ってました。でも…怖くて。本当にすみません…」

 

部屋に通されると、押入れの傍に俺の衣類一式がまとめられているのに気付いた。返す準備…つまり、本当の別れも織り込み済みってわけか。

 

「七瀬リカに会った」

 

腰を下ろす前にそう告げた途端、祐太の顔色は青白さに拍車が掛かる。いきなり七瀬リカのカードを切るのは酷な気もしたが、後回しにするよりかは幾らかはマシだとも思う。

 

それに、彼女の話だけが全てじゃない。何故、身体を売る仕事に就いたのか、何故、俺より売り専を選んだのか、そして、それは本心か否か…確かめる項目の多さに眩みそうだが、この対峙に答えを出さなきゃな。

 

「最初に教えてくれないか?彼女と彼女の兄の件はお前の選択と関係あるのか?」

 

七瀬シュウ。リカの2歳上の兄…いや、正確には「生きていれば」2歳上の兄、彼女によれば、祐太の高校の同級生であり、親友らしい。

 

壁に掛けられたSEIKOの時計の針を凝視しながら、俺は、立ち尽くしたまま口元を震わせ、腕の位置が定まらない祐太の答えを待つ。

 

「…全部、聞いたんですよね?彼女の話は本当です。僕は…シュウを…親友を殺しました」

 

それなりの覚悟は持ち合わせた筈だったけど、聞きたくなかった答えは、真冬の雪より遥かに冷たく俺を凍り付かせた。自我を保つ自信は大幅に欠けた。だが、本当の震撼はまだ先、長い夜になるだろう。

 

茶を淹れにいった祐太に虚ろな眼差しを向けながら、自我を確認するように拳を震わせた。寒気から周回遅れで喚き立つ胸部の熱気に抗うことも出来ずに。

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

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