有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

オリジナルの詩や小説を更新しているアマチュア作家のブログです。


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前回の話はこちら

 

15話はこちらから

 

 

 

 

「ここです。どうぞ」

 

 

案内されてやって来たのは多少の寂れはあるものの、明らかに俺の住むアパートより高そうな3階建てのマンションだった。しかも、外部から侵入し放題のアパートとは違ってオートロック…こんなところを寮に使うとは、あの店長、どんな神経してんだか…俺なら賃貸で貸し出すけどな。

 

 

「こちらです。さあ、お上がりください」

「…お邪魔します」

 

 

301号室に到達する前に既に俺の心は折れ掛かっていた。人1人が容易に住めそうな広々としたエントランスに動いているのかどうか判別出来ないほど静かなエレベーター、幅のある廊下は、住人と擦れ違う度にカニ歩きにならなきゃいけない俺のアパート…いや、これ以上の比較は虚しさが募るだけだ。

 

しかし、祐太の家に足を踏み入れると、虚しさどころか心は完全に折れた。ドラム式洗濯乾燥機に大型のテレビ、トイレと浴室はセパレートだし、ダイニング、リビング、寝室、それぞれが部屋として成り立っている。これだけの優遇を見せ付けられちゃ、比較する気も起こらない。

 

 

「…随分、恵まれてんだな」

「僕も最初はビックリしました。でも、給料から寮費が引かれるんで[エスコート]のボーイさんの中にはマイナスになる人も居るそうです。2ヶ月連続マイナスの場合は即退去となるので、他にバイトを掛け持ちしてる人も居るんですよ」

 

 

敢えて訊かなかったが、その寮費だって俺のアパートの家賃より安い破格の値段なんだろう。薄いベージュのカーペットが敷かれたリビングに腰を下ろすと、一切の汚れの無い壁を見回しながら溜息を付いた。この寮を見せびらかすために俺を呼んだんじゃないか?そんな卑屈はきっと当然の感覚だろう。

 

 

「すぐ準備しますんで待っててくださいね」

 

 

テーブルに祐太がペットボトルの烏龍茶を置くと、俺はへの字に唇を結びながらもグラスに注いだ。渋みの強い烏龍茶を一気に飲み干すと、今度は、何が出て来るのか、人間が食べられるものなのか、胃薬の1つでも持ってくるべきだったと後悔する。

 

しかし、面積の割には実に殺風景だ。ま、殺風景どころじゃない部屋に住む俺が言えた立場じゃ無いが、テレビ台の下、半分開いたクローゼットの中、カーペットの途切れから姿を現すフローリング、物件の下見に思えるほどガランとした空間。必要最小限って意味じゃ俺と共通するのかもしれない。

 

 

「お待たせしました」

 

 

まず祐太が運んできたのは炊き込みご飯とワカメと豆腐の味噌汁、ま、この辺は問題無いだろう。それどころか炊き込みご飯の香ばしい香りが食欲をそそるくらいだ。

 

 

「メインもすぐお持ちしますね」

 

 

ほうれん草の胡麻和え、厚焼き卵、随分とヘルシーだが、悪くはない。意外と料理はちゃんと出来るようだ。ま、総菜を買って来て皿に並べただけの可能性もあるけど。しかし、メインが登場すると同時に、俺の小姑的な勘繰りは払拭された。と言っても格段な豪華さじゃない、見たことのないものだったからだ。何かの魚の上に大根おろしみたいなのが掛かった…煮付け?

 

 

「もしかしてお嫌いでしたか?」

「いや…これ、何だ?」

「鯛のかぶら蒸しです。魚屋さんにいい鯛があったので買っちゃいました」

「…」

 

 

一般的な家庭はどうか知らないが、少なくとも俺の実家じゃこんなものは出ない。カレーが週2、他の日は総菜の揚げ物か冷凍のおかずだ。

 

 

「コンビニ弁当ばかりじゃ野菜が足りないと思いまして」

「何で俺がコンビニ弁当ばかりって知ってんだ?」

「ゴミ袋の中に空のトレイがたくさんありましたから」

 

 

なかなかに鋭い洞察力。どうやら俺の見立ては甘かったようだ。「さ、食べましょう」の言葉に異論は無く、俺は未経験の鯛のかぶら蒸しから手を付け、その絶妙な絡みに白旗を挙げた。他のメニューも同じだ。色々と勘繰った自分が馬鹿みたいである。

 

 

「おかわりもありますからたくさん食べてくださいね」

「ああ」

 

 

おかわりも含め綺麗に平らげると、そういや、母さん以外の人に料理を作ってもらうのは初めてであることに気付いた。ま、祐太と比較しちゃ、母さんのはもはや料理と呼べるのかも怪しいが、とにかく俺は忘れ掛けていた至福を取り戻した。最後に至福を感じたのかいつだったのかさえ思い出せない俺にとっての大きな変化だ。

 

だからこそ、期待が加速度を上げる。あの忌々しき欠片が藻屑となる瞬間が迫り来るような、そんな気がして…

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

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