長編小説「生者の行進-Still alive-」 13~4種の領域~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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「基本的な事は以上だ。質問は?」

「いえ、大丈夫です」

 

 

2日という限られた研修期間、付け焼刃的なやり方は気に食わないが、「エスコート」から回された新人の呑み込みの速さは店長の采配ぶりを認めるしかない。島流しに限りなく近い異動を聞かされたときは新人に同情も抱いたが、初対面で確信した。身体はともかく顔は…粒揃いのウリ専じゃ明らかな戦力外だ。

 

ウリ専というのは入店自体はさほど難しくは無い。だが、給料は歩合制、つまり、客からの指名が無ければ一銭にもならない厳しい世界だ。それを思えば店長が2人を異動させたのもある種の恩情かもしれない。実際に話を訊くと「週に1度指名が入るかどうか」らしいし、住まいは寮があるとはいえ、食費だの生活費だのを考えれば非常に厳しい状況だろう。

 

 

「こっちも基本的な事は叩き込んどいたから安心してくれ」

 

 

交代の際、郁也はもう1人の新人の肩を抱きながら満面の笑みを浮かべた。この新人教育が郁也にとっての最後の仕事だ。正直、コイツが「辞める」とか言い出さなければ一切の波風は立たずに済んだ…などと思ったりもしたが、責任を持って教育に熱を注いだことは評価すべきだろう。

 

 

「就職決まったら飲みに行こうぜ。奢ってやっから」

「ああ。頑張れよ」

 

 

郁也が差し出した右手に俺は薄い笑みで握手を交わした。絡む事が少なかったとはいえ、明日からコイツじゃなく隣の田舎者丸出しな新人に引き継ぐのだと思えば一抹の寂しさはある。もちろん口には出さないけどさ。

 

 

店先に出るなり強風を浴び、早くも解けたマフラーを巻き直すと、ネオンライトの奥から女装した中年のグループがやって来た。別に彼女らの目的が俺じゃないのは分かっていながらも、つい凝視してしまうのは違う「異」を感じるからだろうか。俺に見合った言葉として「ゲイタウン」と称してはいるが、実際はあらゆる「性」を持ったマイノリティの街だ。LGBTが一般人にも通じるようになった現在、しかし、「性」の形など血液型と同じでたった4種類の領域に全てが綺麗に収まるわけじゃない。

 

つまりそれは、セクシャルマイノリティに在る俺だって全ての「性」を受け入れられるとは限らないってことだ。人の数だけ性がある。

 

…ま、難しい話はともかく、マフラーを結び直し、寒空に足を踏み入れると、女装グループの奥から「拓斗さーん」と呼ぶ声がした。違う「タクト」を呼んでるに違いない。そう高を括ってもみたが、至近距離に姿を現すと高の括りは切り裂かれる。

 

 

「あら~。この方が祐太ちゃんの殿方?なかなか素敵じゃない」

「だから殿方じゃないって。バイト先の先輩」

「ま~た。好きじゃなかったら休みの日にイチイチ来ないわよ」

 

 

微妙に剃り残しのあるヒゲとこんな真冬にミニスカの生足で外出ってのは色々と気になるが、それよりも普段着で真ん中を陣取る祐太の方が先だ。新時代の大名行列みたいな4人の中じゃユニクロのマネキンを彷彿とさせるシンプルさが余計に際立つ。

 

 

「ど~も~。ウチの祐太ちゃんがいつもお世話になってるそうで」

「は、はぁ…」

「良かったらお店にいらして。はい、名刺」

「ど、どうも…」

 

 

紫のトサカな髪型の仕切り役っぽい彼女から渡された名刺には「スナック・愛の巣」そして、源氏名だろう。中央にピンクで「キャサリン」と書かれている。住所を見る限りここからそう遠くは無いが、この手の店に疎い俺には正確な場所が分からない。女装が嫌なのではない、騒々しいのが苦手なのだ。

 

 

「すみません、驚かせちゃって」

「別にいいが…どういう関係なんだ?」

「実はこないだこの近くでチンピラに絡まれちゃって。たまたま通りがかったキャサリンさん達に助けてもらったんです」

 

 

並べば歩道を塞ぐほど横幅の広い愛の巣の面々が去って行くと、祐太は頭を掻き、ヘラヘラ笑った。他人に頼りっ放しのぬるま湯さに少しばかりの憤りも感じるが、ま、それらも全てコイツの人徳ってやつだろう。天然か計算かはともかく、放っておけないオーラを醸し出すのは確かだ。

 

 

「じゃ、僕らも行きましょうか?」

「どこに?つーか、迎えに来いと頼んだ覚えは無い」

「こないだのお礼に手料理作ったんです。寮はすぐ近くですから」

「あのな…馴れ合うつもりは無いって何度言わせりゃ気が済むんだ。俺は帰る」

 

 

新人の研修を先行したため祐太はこの2日間休みだったのだが、全く…ロクな事考えねーんだからな。清涼飲料水のCMみたいな爽やかな眼差しを無視して通り過ぎると、祐太は俺の背中に脅迫とも受け取れる言葉を放った。

 

 

「酷い扱いを受けた、ってキャサリンさんに言いますよ!それでもいいんですか?」

「…」

「皆さんが烈火の如く怒り狂う、その時はきっと拓斗さんの命日になるんでしょうね~」

「お前、汚ねぇぞ」

 

 

思わず立ち止まり振り返ればさっきと変わらぬ笑み。それが却って脅威に感じ、俺は「分かったよ。行きゃいいんだろ」と渋々折れるしかなかった。命日にはならなくとも確かにあの面々を敵に回すことが賢い判断だとは思えない。

 

それに…

 

 

「さ、レッツゴーです」

「あんま引っ付くな」

「いいじゃないですか~。もしかして恥ずかしいとか?」

「うっせーな…」

 

 

全く…妙な奴に気に入られたものだ。物好きというか、怖いもの知らずというか。しかし、曇り掛かった寒空の下、左腕に手を寄せる祐太の体温は心地良く、俺は白い息を頻繁に吐きながらも、もしかしたら…と思った。

 

忌々しき記憶の欠片が消え去る瞬間の訪れを。

井ノ瀬祐太の体温なら不可能が可能になるかもしれない。

 

危険な賭けだと知りながらも、抱いてしまった期待はもう歯止めが効かないのだ。

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

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