有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

オリジナルの詩や小説を更新しているアマチュア作家のブログです。


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前回の話はこちら

 

82話はこちらから

 

 

 

「俺さ、元々はクルサバの一員だった。お前も名前くらい知ってんだろ?」

 

 

こんな奴とカラオケボックスとか今にも嘔吐しそうな気分だが、「誰にも話を聞かれない場所としては最適」っていう石倉の言葉に押し切られ、俺らは近くの「beat box」にやって来た。全国に名の知れた大手チェーン店、一部屋だけ空いていたのは果たしてラッキーなのかアンラッキーなのか…

 

 

クルサバは名称が違うだけで実態は暴力団の下っ端、若者たち主体の反社会的組織だ。クールサバイバーを略して「クルサバ」と呼ばれている。

 

引き籠りやニート、社会に不満を抱く若者たちをターゲットに「割のいいバイトがある」などと言って近付き、振り込め詐欺やワンクリック詐欺に加担させるという単純なシステムなのだが、一時は社会問題になるほどの人数がクールサバイバーに加入する事態になった。

 

こういう組織の場合、詐欺などで得た金は殆どが上に献上されるのだが、「クールサバイバーは入ったばかりの人間に対しても相当な金額が支払われ、且つ、社会とほぼ断絶した若者たちが集まる事によって妙な仲間意識が生まれる」とか何とかワイドショーは分析していたが、実態など中にいる人間しか…いや、中にいる人間だって把握し切れていないのが実情だろう。

 

 

ただ…クールサバイバーは矢代豪太の所属する暴力団と直に繋がっているのは矢代自身から聞いたことがあり、石倉が本当にクールサバイバーの人間ならば名前を知ってても頷ける話だ。

 

 

「ま、別に信じなくてもいいぜ。だが、お前の情報を握ってるのは事実だ」

 

 

考え込んでいただけの沈黙なのだが、石倉はそれを疑念と解釈したのだろう。隣の部屋から下手くそな歌が微かに流れ込むと俺は雑音に便乗するような形で「俺の情報なんか握ってどうする?金になんのか?」と、問い掛けた。焦点の定まらない俺の視線は心理状態の表れだろうか?物事があまりにも大きく動くから正直、脳内は混乱を通り過ぎて思考をストップさせたのだ。

 

 

「金じゃねぇ。お前を引き込むために調べ上げた。まあ、あの矢代豪太が邪魔に入ったから立ち消えになったけどな」

 

 

下手くそな歌に拍手が飛ぶ隣室とは違い、張り詰めた空気に俺は思わず嗚咽を漏らしそうになる。父親が借金した闇金業者はその暴力団の膝元にあり、情報入手は確かに楽だったのだろう。それに…高校を中退してからの数年間、俺はほぼ引き籠り状態だった。確かにターゲットになる資格は充分にあったのだと思う。

 

 

「そのクルサバの人間がどうして日陰に?」

「社会勉強だ」

 

 

肩をすくめて怠そうに答えになっていない答えを返した石倉はカラオケの入力機に手を伸ばすと「せっかくだし歌おうぜ」などと寝言みたいなことを言い出した。勿論、俺は拒んだが、拒否権は無いとでも言いたげに彼はよりによって米津玄師の「LOSER」を入力し、自分だけ歌い始める。しかも、こんな難しい曲をプロレベルの歌唱力で熱唱したりして、俺への当て付けか、嫌味か、何にせよ不愉快だ。

 

 

「お前も何か歌えよ」

「プロレベルの歌の後に歌えるわけねーだろ」

 

 

半分ほど溶けたアイスコーヒーの氷をストローでなぞりながらぼやくと、石倉は「ま、そりゃそうだ」って不快感を煽るように頷き、再び入力機に手を伸ばした。

 

しかし、さすがにこれ以上の限界というもので、素早く奪い取った俺は「本題に入ろう」と、尖った眼差しを彼に向ける。俺らは別に遊びに来たわけじゃねーんだ。

 

 

「はいはい、話せばいいんだろ?日陰業に複数の組織が目を付けてるの、知ってるか?」

 

「目を付けてる?」

 

「ああ。日陰業はクルサバにも職種としてあるんだ。風俗やキャバクラも存在するが、今は女の方が金持ってるからな。だが、「Honeymoon」は日陰業の先駆者、他の組織が始めたところで二番煎じだ。当然、クルサバとしても「Honeymoon」は邪魔な存在、けどな、おたくのオーナーはその辺も熟知しててさ、何をどうしたのか、巨大な組織を背後に付けたんだ。これじゃ迂闊に手は出せねえ」

 

「巨大な組織?」

 

「そこでだ、俺は「Honey moon」にスパイとして潜り込むのを提案した。無論、俺の正体なんてすぐにバレるだろうから秘策を使ってさ」

 

「秘策?」

 

「単純な話だ。零さんの弱みに付け込んで口利きしてもらった。オーナーだって零さんの言葉には従わざるを得ないからな」

 

 

…あまりに淡々と喋る石倉の言葉に俺の思考回路はストップどころか鈍器のようなもので破壊された気分だ。しかも、こちらの質問はほぼ全てスルー、もはや異国の言語にさえ思えてしまう。

 

 

「とにかくだ、お前は一番厄介な俺を敵に回した。せいぜい気を付けるこったな」

「…一つだけ、言ってもいいか?」

「何だ?別に二つでも三つでも構わないぜ、麻生慧…いや、立原仁くん」

 

 

「立原仁」…かつての名前をわざわざ出すのは一種の脅迫だ。俺の過去を全て知り得るのなら…いや、そんなことは今はどうだっていい。俺にはどうしても伝えたいことがあった。伝えなきゃならないことが…

 

 

「小久保真里は繊細な人だ。どうか、彼女の日陰をしっかりと務めてくれ、頼む」

 

 

徐に立ち上がり深々と頭を下げる俺を石倉は「は?馬鹿じゃねーの?」と、予想通り一蹴した。それでも俺は伝えずにはいられなかった、この男にとっての日陰業が何かは知らないが、「honey moon」に在籍する以上、仲間であるのに変わりは無い、零が俺に引き継いでくれたように俺も石倉に引き継がなければならないのだ。

 

 

「…お前に言われなくたって分かってるっつーの」

「えっ?」

 

 

意外な言葉に思わず顔を上げると石倉は肩をすくめて「半年以上やって来たからな」と、俺に軽く頷いてみせた。無論、本心かどうかは不明だが、今は託すしか無い。そりゃ、俺だって真里の日陰で無くなったのはまだ整理が付かないけどさ、向こうが拒んでいる以上、仕方ないのだ…

 

 

「最後に一つだけ教えといてやるよ」

 

 

訊きたいことは山ほどあるのだが、石倉の「最後」という言葉に俺はこれより先は踏み込んではいけないのだと自重した。まさか石倉が俺を気遣っているわけではないだろう、それでも、もう充分過ぎるくらいの情報は得た、これ以上はきっと「知らない方がよかった」という後悔を生み出すに違いない。

 

だが、帰り支度をしながら放った「最後の言葉」こそが最も「知らない方がよかった」という後悔…いや、違う。絶望を生み出すのだった。

 

 

「矢代豪太は死んだぜ」

「え!?」

「矢代豪太は死んだ。今朝の新聞をチェックしてみな」

 

 

世間話みたいな口調に当然、現実味が帯びるわけもなく、俺は「じゃ、俺、先出るから」と、徐に立ち上がった石倉の背中に何も言えず、ただ茫然とする他に無かった。相変わらずな隣室の盛り上がりに加えて石倉の去ったこの室内の侘しさ、世界から取り残されたような感覚にさえ陥る俺の絶望は、発狂してしまうんじゃないかって震えだけを与え続けるのだった…

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

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