有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

オリジナルの詩や小説を更新しているアマチュア作家のブログです。


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前回の話はこちら

 

81話はこちらから

 

 

 

車を走らせながらカーラジオの渋滞速報をBGM代わりに流すと、俺は情報網の脅威に今更ながら震えた。ナギに誘われたあのバーが情報交換の意味合いを持つ…上村唯はそう言ってたけど、こんな短時間に立て続けに起きた契約破棄、それはバーじゃない、恐らくネットの中に俺のスレッドだが何だが知らないが、存在しているのだろう。

 

勿論、簡単に辿り着けやしないだろう、仮に辿り着けたとしても恐怖心が障壁、見る気も無ければ探す気も起きない。

 

それに…今はそんなのに費やす時間など無いしさ。急がなきゃ俺は本当に全てを失ってしまう…

 

 

「あら、慧ちゃん。いらっしゃい。どうしたの?そんなに慌てて」

 

 

美容室のドアを開けると、そこには普段と何ら変わらないセーラームーン風のコスチュームを纏ったプリンセス桜の姿が在った。違う反応を予想していたため、少々安堵の溜息をついたものの、油断は禁物、俺は「突然お邪魔してすみません」と、頭を下げ、彼女に促されるままソファーに腰掛けた。

 

 

「さあ、どうぞ。特製ハーブティーよ」

「ありがとうございます」

「やーね。普段の喋り方でいいのに」

 

 

苦々しく笑うプリンセス桜に髪を撫でられ、俺はやはり彼女も状況を把握しているのだと悟った。普段はアイスコーヒーなのに今日に限ってハーブティーを出した時点から勘繰ってはいたが、これだけ短時間の間に情報が飛び交う世界を認めたくなかったのだけど、認めざるを得ない現状に俺は軽く首を振った。

 

 

「…俺さ、舞い上がってたんだと思う。日陰になって自分が求められるのが嬉しくて…いつからか周りが見えなくなってた」

 

 

ハーブティーを半分ほど飲み干すと、俺はまだ手を付けていないガラステーブルの上のシフォンケーキを眺めながら独り言のように呟いた。プリンセス桜は少し困惑した様子だったが、何も言わずにただ頷いてくれる。

 

 

「求められて当然、そんな思い上がりがあったのかもしれない。その結果が今なんだろうね。桜にも横暴な態度を取っていたと思う。だから…ごめん…」

「慧ちゃん…」

 

 

電話を切る前にキョウコがくれた言葉は「全ての顧客が契約破棄を申し立てたわけじゃない」だった。まさか、彼女が慰めを掛けるとは…なんて思っていたら「零さんからの伝言です」だってさ…けど、そっちの方が俺にとっては驚きだ、零がどうしてそこまでを知り得たのかは不明だが、見捨てられたんじゃないってことは痛いくらいに知った。俺が進むべき方向へと導いてくれたんだ。やっぱ敵わないよな、あの人には…

 

 

「実はね、零ちゃんに頼まれたのよ。「アイツを日陰のままにしてやってくれ」ってね」

「えっ?」

 

 

シフォンケーキの脇に添えられたホイップクリームをフォークで掬いながら、プリンセス桜は意外な言葉を放った。やけにスローな口調は何かを噛み締めるような、しみじみとしたものを感じさせる。

 

 

「どうして零さんが…」

「ああいう態度を取ってても本当は慧ちゃんを高く評価してるのよ。少なくともどうでもいい相手なら私にそんなこと頼まないでしょう?」

 

 

…参ったな。俺の知らないところでフォローするとか…カッコ良過ぎだっつーの。最初に出会ったときは最悪な印象だったのに俺はいつしか日暮零に憧れや尊敬の念を抱いている。っていうか、抱かざるを得ないじゃねーか。

 

 

「だけど、零ちゃんも分かってないわね。私は慧ちゃん以外の日陰なんて御免だわ」

 

 

穏やかな声は季節は違えど春の訪れを知らせる風みたいな心地であり、不意に緩む涙腺を俺はシフォンケーキを食すことによって誤魔化した。勿論、バレバレだったと思うが、桜はそれを指摘することも無く「これからもよろしくね」と、優しい眼差しを向けるのだった。

 

 

顧客ひとりひとりに寄り添うのが日陰の責務、そんな当たり前のことさえ忘れて…俺は一体何をやってたんだか…初心忘るべからず、例え、石倉や他の誰かが阻もうとも、容易く壊せない信頼関係を築くのが俺の成すべきこと、零が言いたかったのはきっとそれだ。

 

 

 

…桜の美容室を後にすると、空が茜に染まるのを眺めながら、もう1人の顧客、柴田アカリに電話を入れた。残念ながら凛香と出掛けているらしく会うのは叶わなかったが「私があなたを選んだのよ、替えるもんですか」と、桜同様、温かい言葉をくれた。

 

 

「負けちゃダメよ。あなたは私の認める日陰なんだから」

「はい、ありがとうございます」

 

 

名残惜しさを抱きながら電話を切ると、少し早いのだが、俺は一旦、帰宅することにした。顧客間に俺の情報が飛び交っているのだ、瑛斗くんやナギだってもう事情は把握しているに違いない。説明する手間が省けるので考えようによっては楽だ。

 

 

しかし、マンションのオートロックを開けた途端、その考えがいかに甘かったかを思い知らされる。

 

 

「やあ、おかえり。意外と遅かったね」

「お前…」

 

 

エントランスホールの片隅に置かれたソファにサングラスと帽子姿の石倉が足を組み、俺に向かって手なんか振っているのだ。また沸き上がる怒りを抑えながら無視して通り過ぎようとすると…

 

 

「おいおい、つれないなあ。ちょっと話でもしようぜ」

「話すことなんか無い」

 

 

肩を掴む腕を振り切って足早に廊下を進む俺に石倉はとっておきの切り札のつもりだろうか「矢代豪太!知ってるよな!?」と、声を張り上げた。石倉の読み通りだと分かっていてもその名前を出されれば振り向かざるを得ない。

 

あのお人好しの借金取りを何でこの男が知ってるんだ?

 

こめかみの辺りから汗が滴り落ちる中、石倉は更に続けた。

 

 

「お前について色々と調べさせてもらったぜ。家族のことも勿論…な」

「!!」

「帰宅早々悪いんだけど、外で話さねーか?ここじゃ、互いに不都合だ」

 

 

…盗聴器のことを指しているのだろう?大人しく従うってのもシャクな話だが、矢代豪太の名前が出た時点で、俺は石倉の操り人形と化し、頷くしかなかった。

 

こういう時に限って瑛斗くんもナギも現れる気配すら無い、そんな状況を恨みながら俺は再び灼熱の空間へと引き返すのだった…

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

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