神道の思想に
「穢れ」という言葉があります。
「氣」が枯れる
氣枯れ=穢れ
とも言います。
だからこそ、神道には穢れを「祓う」という行為があります。
人は穢れる存在。
穢れた存在ともいえます。
毎朝、掃除をしていて思う事があります。
それは、人がいると汚れる。
人がいなくても汚れる。
汚れ=生活の跡。
汚れ=生きている証拠
でもあると思っています。
そう。穢れ=汚れ・穢れ=生きている証拠
とも考えられます。
穢れを祓う。
掃除をする。
それは、神に近づくこと。
だからこそ、掃除をした部屋の
氣(エネルギー)は循環しており
氣の持ちよう=氣持ちが良いのでしょう。
神は細部に宿る。
神は清浄なところに坐す。
隅々まで清掃が行き届き
氣(エネルギー)を配っているからこそ
神が宿るのでしょう。
部屋の掃除もそうですが
心にも穢れであったり掃除が必要になります。
祓う方法は、「習慣」だと思っています。
毎朝掃除をする。
と決めても
怠け心が現れます。
そこを乗り越えて掃除をする。
心を身体は繋がっています。
心と部屋も繋がっています。
言ってしまえば、全ては繋がっている。
毎朝掃除をする。
毎朝、ご先祖様や神様に感謝する。
これだけで、心も体も部屋すらも清浄に保つことができます。
毎朝の掃除を通して思うこと。
汚れは生きている印。
汚れを嫌だと思うのではなく、有難いものだと心の底から
思えたら・・・
少しは、成長できているのかもしれませんね。