相続者たちその後物語 16 | **arcano**・・・秘密ブログ

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『それでは、私の病気はあまり良くないと言うことですか手術などはしても無意味と言うことですか?』
ヒョンジュは、医師と向かい合う。医師は机上のカルテとタブレットでヒョンジュに説明をしている。

『…貴方の場合、遺伝性のもので言いにくいのですがこの国には未だこれという治療法がなく、ただ発作が起きにくいようにするしかないんです。大人になってからの発症というのも…その引き金が必ずあるはずですが…最近何か強いストレスや不安などがありましたか?』

『それは…』

『ストレスは万病に悪影響なんですよ?今回は弟さんがいてくれたお陰で救われましたが…』

『お、弟?』

『はい。イ ソンギュさんでしたね。彼は医師の卵としても優秀です。よく勉強されている…出産の時も大変だったそうで、その時の医師とも話をしましたよ…貴方は非常に運が良い…ただ、この国で出来る治療はここまでなんです。。』

一度に余りに情報を手にし、頭の整理が追いつかない。まず、親切で明るいあの隣の青年が弟だというにわかに信じられなかった。

『ソンギュさんが…弟…おとうと?』

呆然としている間に診察室の前が騒がしい。

『すみません、遅くなりました。。では、この国でなければ治療法があるんですか?』

初めて聞く弟の存在に他のどんな音も耳に届かなかったヒョンジュと医師との空間に突如割り込んで来たのはウォンだった。

『すみません、先生…関係者以外はとお止めしたんですが無理やり…』

困った様子の看護師は押し入った強盗でも見るようにウォンを睨みつけた。

『え、、と…え?ウォンさん?』

ようやく我に帰りウォンの存在に驚く。
医師は訝しがる

『…貴方は…?』

『ああ、申し遅れました。彼女のヒョンジュの婚約者のキムウォンです。貴方は担当医の?』

『あ、はい…パクと申します。ヒョンジュさん、この方は…本当に貴方の?』

『……いえ…婚約者というのは…』

思わず首を振るヒョンジュを制止する。

『婚約者で間違いありません。しかしこの際私が誰かは関係ないでしょう?ヒョンジュの話をしています。この国で治療法がない事実、もし他国にその希望があるなら責任をもって私が最高の医療を受けさせますが…』

ウォンの強襲を避けるために比較的早い時刻に病状をヒョンジュ1人で聞くことにしたが、ウォンが現れ今は何故かホッと安心している事に気がついた。

『分かりました…では専門医がいる所に当たってみます』

これまでの経緯や両親の既往歴などは既に弟と言う青年によりある程度医師に伝えられていたことを知る。
病室に戻るとヒョンジュの浮かない表情にウォンは溜息を一つ漏らした。

『…何事もうまくいく時は追い風が吹くもんだ…ソンギュという青年の事も…今の君にとって最大の不幸である俺の存在も。それから…今回の事故すらその追い風の1つとは思えないか?』

『……でも私何も知らなくて…あの隣のソンギュさんが弟?弟って…私…』

ベッドに腰を下ろし、信じられない状況に拳を握る

『…それは本人とよく話す事だな…だが見せて貰った彼の母親の写真は…君にそっくりだった。君との繋がりは少なかったが、ボロボロになった写真には嘘は見えなかった…』

『え?ウォンさん?』

『冷酷非道の王冠を被っても母親を恋しがった経験はある。よくよく考えると…あの青年に比べれば父親も自分を慕う弟もいた。素性も明かさずに隣人でいるのは辛かったんじゃないか?そう思ったらこの世で一番不幸だと拗ねていた自分が恥ずかしい…贅沢な悩みだ……って…キム・ウォンらしくない発言だな』

『そんな事ないわ…ウォンさんは…口では色々と言うけれど本当は誰より優しい人。タン君の事だっていつも拒絶し突き放しながら助けてた。私…今日本当は一人で病気の話を聞くのが怖かった…でも貴方が飛び込んできて少し…安心したのは事実だわ』


『ヒョンジュ……』

『ちょっと…ごめんなさい、、余りの事で色々…何だか心がまとまらなくて…薬が効いてくると眠くなって。少し休みたいの…シユンの事をもう少しだけお願いできる?できるだけ早く退院できるようにするから』

『シユンの事は心配しなくていい。【父親】を教える時間ができたんだ』


『はぁ……結局、こうやってシユンを頼める程信頼できるのも実際は貴方だけなのね…』

天井を見つめながら絶望を呟く。
そうしてヒョンジュの瞼はゆっくりと塞がっていく。

天涯孤独の彼女は他人を頼る事が出来ず人一倍独立心が強かった。そんなヒョンジュがこうやって息子を頼りたくないと一番思う相手に託す事はどれ程の屈辱であろうかとウォンは眠りに落ちたヒョンジュの頬に静かに指で触れた。

『……シユンだけじゃない…お前の事も全て俺に預けてくれ』

硬く閉ざされたヒョンジュの心には届かぬ願いだった。

どれ程の時間が経過したかはウォンにも見当がつかなかった。
ただ、静かに眠り続けるヒョンジュを見つめていた。
思えばこれほどゆっくりと彼女の事を見ていた事があるだろうか。
ヒョンジュの事も含め、早く認められたい一心で日々に忙殺され、その内何が大切か分からなくなってしまった。
結局、欲していたものを手に入れたと思ったがそれは大いなる間違いで、傍で一緒に生きて欲しい者を失ってしまった。
もしもチャンスがあるなら次は間違いなく手に入れる。そのチャンスがなくとも、必ずヒョンジュを取り返すと心に誓いながら彼女の額に痛々しく残された傷を見つめた。

コツコツと扉を叩く音がする 

『はい…』

ウォンが返事をすると戸を開けたのは話題に上った青年ソンギュだった。

礼儀正しくウォンに挨拶をする。

『あ…、、あの…その後ヒョンジュさんの容態は…』

『ああ、だいぶ良い…』

『そうですか。良かった…心配で…怪我が酷くて。』

『ありがとう…君がいてくれたお陰で何もかもスムーズだった。』

『…あの。。これを…』

青年が差し出したのはぼろぼろになった写真だった。家族の在りし日が映った唯一のものである。

『これは…君の大事なものじゃ…』

『……これはお守りだったんです。いつか、必ず姉を探し出す。そう心に決めて生きてきました…熱が出ても写真を見れば元気になりましたから…もしかしたらこんなぼろぼろの写真ご迷惑かもしれませんが…』

『そんな事はない。彼女が目覚めたら必ず渡すから…』

『ありがとうございます…では』

『あ、ヒョンジュの顔…見なくて良いか?』

『いえ、とんでもありません…僕は姉だと慕っているけれど…彼女は何も知らないし…ただの隣人に眠っている顔を見せたくはないでしょう…貴方だからきっとすっかり預けて眠ってしまったんだと思いますから…』

『知ってるよ…彼女はもう…弟がいる事』

『え?』

『担当医師がつい喋ってしまったんだ…』

『それで……ヒョンジュさんは…』

『初めて聞く事ばかりで混乱していた。だが話を聞きたいと言っていた…さ、どうぞ…』

ウォンはソンギュを促すと躊躇いながらヒョンジュの顔を覗いた。

『ああ…無事で…姉さんっ…』

肩を震わせ声も出さずに嗚咽する青年の肩に手を乗せた

『君が見たのはまだ大変な状況だったからな…今は話もできるし…医者も怪我の回復を待って治療できる病院を探すと約束してくれた…例えこの国でなくとも必ず治療は受けさせるから…』

『ありがとうございます…すみません。初めて会った時…良い態度ではありませんでした…』

『いや、礼はこちらがするべきだ…ありがとう…ヒョンジュを守ってくれて…』

『貴方になら…姉を託せます…必ず守ってあげて下さい…僕は学校がありますので…』

『今から大学に?ここからだとかなり距離がある…』

『はい。でも、奨学金でかよっているので休む訳にはいきません。あとほんの少しですから…では、、』

青年は立ち上がり扉に向かって歩き出した。

『待って…ソ…ンギュさん…』

『!!』

『ヒョンジュ…起きたのか?』

『ええ…。あの…ソンギュさん』

『あ…はい…ヒョンジュさん。すみません…騙すような事をして…』

『とんでもない…騙されたなんて思ってないわ。。貴方が…私の弟なの?』

『はい…貴方が5歳の時に生まれたのが僕です…』

ウォンは預かった写真をヒョンジュに渡す

『……これ…お、覚えてる…覚えてるわ』

慣れない写真撮影は幼いヒョンジュの記憶に残っていた。

『私…2度も命を助けられてたのね…ううん。シユンも』

『出産の時…大変だったってきいたが』

『ええ、珍しい型の血液だから…本当に危なかったみたいで』

『僕も驚きました…姉はずっと探していましたがまさかたまたま助手として行った先で、運ばれてきた妊婦さんの血液検査の結果で知る事ができるだなんて…兄弟でもなければここまで適合しないと言われました…』

『血というものは不思議だな…呼び合ってしまう物なのか?だが少しわかる気がするよ…タンは半分しか血の繋がりはないがそれでも、似ている所を発見すると安心を覚える。』

『それ、本当?!』

『タン!』

突然現れた弟に驚くウォン

『ね、今兄さん俺に似てるとこ見つけて嬉しくて感動するって…』

『言ってないだろ?それより何しにきたんだ…お前には会社を任せてあるだろ。』

『いやぁ、それがさ…シユンに会いにウンサンと別邸に行ったんだよ…そしたらさ…』

『なんだ?早く言え』

『いや、、信じられないもの見ちゃって…』

『信じられないもの?シユンに何かあったのか?お前は何をしてるんだ…何があったんだ』

『まぁ、落ち着いてよ…焦りは禁物。いや、焦ったよ俺も…だって屋敷に着いたら父さんの車が……って…兄さん?ちょ、、兄さん!!いっちゃった…』

タンの言葉に我が子の窮地を感じ反射的に走り出した。

『ちょっと…まだ続きあるのに…病院走らないように!って、あれ絶対聴こえてないよね?ヒョンジュ先生。あ、安心して。シユンは無事だから…』

『ええ…あの…それでお父様は結局…』

『ああ、うん。結局さ…』

病室を飛び出したウォンは父親の魔の手から息子を救うべく車に飛び乗り走り出す。

雨上がりのアスファルトからは蒸気がそこ此処から立ち上り始めていた。

その後17へつづく
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